ぱちりと、前触れなく瞳は開かれていました。

辺りは真っ暗です。

けれど、足元がフワフワと暖かくて、起き上がって少し身体を振ると、よりはっきりと周りの景色が見えてくるようでした。

 

もぐたんは、種類をアロマモグラといいます。

主食はカレー、ラベンダーの香りがするのが特徴で、大人になるためにある儀式を必要とします。

個体数はあまり多くなく、もぐたんは自分以外のアロマモグラを見た事がありません。

それでも、もぐたんは自分の事がよくわかっていました。

もぐたんはお嫁さんを探していたのです。

そのために穴を掘って、地下を高速移動していた最中でした。

 

きゅ、きゅきゅと鳴きながら、高い壁をよじ登りました。

もぐたんの身長では一生懸命背伸びをしても、上の縁に手をかけて顔を覗かせるだけで精一杯です。

辺りは真っ暗でしたが、もぐたんは明るい場所より暗い場所のほうがよく見えます。

ここは、さっきまでいた場所とちょっと違うところのようでした。

硬くてごつごつした石や、湿った土が無い代わりに、下はフワフワとした何かが敷き詰められています。

手に触れる壁の縁はやわらかくて、試しにちょっとかじってみると簡単に歯型がつきました。

前にいた場所と比べれば、それほど広くない場所です。

でも、もぐたんにとっては十分すぎるくらい広い空間でした。

もぐたんは、きょろきょろしている内に、急に体に何も触れていないのが不安になってきました。

アロマモグラは趨触性、体毛が何かに常に触れている事を好みます。

壁から離れて、やわらかい足元の何かを掘ってみましたが、その下には壁と同じものがありました。

それも掘っていきます。

硬い爪の先は壁と同じものをあっさりとビリビリに破き、更にその下の何かを露にしてしまいました。

そこも、頑張って掘りましたが、どうやらその部分はもぐたんの爪ではどうにも太刀打ちできないもので出来ているらしく、傷がついただけで掘る事ができません。

もぐたんは急に悲しくなってしまいました。

自分の体の匂いをくんくんと嗅いでみましたが、やっぱり気持ちは落ち着きません。

もう一度柔らかな何かの上に戻ると、壁の縁に手をかけて、一生懸命乗り越えようとしました。

ガタガタと壁と一緒にもぐたんのいる場所が揺れました。

それでも、もう我慢の限界だったもぐたんは諦めません。頑張って壁を掴んだりかじったりして何とかここから脱出しようと試みました。

そのときです。

ガタンと、ひときわ大きくゆれたもぐたんの居場所が、そのままわけのわからないことになりました。

気づけばもぐたんは思い切り強い衝撃を受けて、固い場所に投げ出されていました。

振り返ればさっきの壁ややわらかい何かがおかしな形になって転がっています。

もぐたんの今いる場所は柔らかくなく、冷たくて、つるつるしていました。

もぐたんはますます不安になってしまいました。

俺は、こんなわけのわからない場所に放り出されて、一体どうすればいいんだろうか?

もぐたんは男の子でしたが、涙が浮かんできそうになりました。

どうにも心細くて、きゅうきゅうと何度も鳴いてみました。

「ん、んん?」

ごそごそと音がして。

「なあに?」

生き物の気配がします。

もぐたんは一瞬ビクッとして、鳴くのをやめようかとも思いましたが、もしかしたら仲間かもしれないと思ってもう少しだけ鳴いてみることにしました。

きゅうきゅうと呼び続けていると、高い場所からくぐもった声が聞こえてきました。

「うるさいなあ、何よ、もう」

もぐたんは上を見上げました。

真っ暗な板底が見えて、更にその上に何かあるようです。

縁からやわらかそうな何かが垂れていました。

もぐたんは一生懸命背伸びして、その上にいる何かを呼んでみました。

きゅうきゅうと、精一杯の声で呼び続けます。

「んー」

不意に、ずるりと、上から何かが伸びてきました。

もぐたんはビックリしてちょっとだけ後退りをしました。

それは生き物のようでした。

平たい部分から五本、何かがにゅうと伸びています。もぐたんの手に少しだけ似ています。

もぐたんは少し様子を伺って、それから傍にいってくんくんと匂いを嗅いで、それが何なのか確かめようとしました。

手のようなものは、温かい気配がしました。

それと少しだけいい匂いがします。

もうちょっとだけ近づいて、それから恐々上に乗ると、さっきまで足元にあった柔らかなものよりとても暖かくて、もぐたんはすぐに安心してしまいました。

途端、その手がにゅうとまた上に登っていきます。

もぐたんは慌てました。

けれど、逃げる暇も無く戻った手は、更に暖かくて暗い場所にもぐたんを連れ込みました。

「ううん」

かすかな吐息に、闇の中で目を凝らします。

柔らかな感触と、ドキドキするようないい匂い、あったかい気配に、もぐたんはすぐにピンと来ました。

―――これは、女だ。

メス、というのは気配ですぐわかります。本能がそう教えるのです。

近づいていって様子を伺うと、やっぱり女の子のようでした、あちこちからたまらなくいい匂いと擦り寄りたくなるような雰囲気があります。

その子の手がもぐたんをすいと引き寄せました。

どこかに連れて行かれます。

全身にぴったりと、隙間無く触れる感触に、もぐたんは心から落ち着きを取り戻していました。

なんということでしょうか。

今日は役得です。

よくわからないうちに、妙な事になっていましたが、図らずももぐたんはお嫁さんになってくれそうな人とめぐり逢ってしまったのです!

(今日はラッキーだぜ)

けれど、まだ言葉を喋る事のできないもぐたんは、かわりにきゅ、きゅ、と鳴きました。

手が柔らかな体毛を丁寧に撫でてくれます。

「わかったから、もう寝なさい」

クスリと笑うようなその声は、もぐたんの好みの声でした。

明るい場所でちゃんと顔を見てみたいものです。

瞼を閉じて、もぐたんはそのまますうすうと眠りにおちて行きました。

明日の朝、ちゃんと顔を見たこの子が、自分のおよめさんにふさわしいような子である事を、お祈りしながら。

 

(続くかもしれない)