「ちいっすセンパイ、お邪魔します」

ひょっこりと頭を下げて入ってくる、彼はメガネをかけた、神経質そうな男の子です。

ドアを空けたあきらくんはいらっしゃいと笑って招き入れました。

「相変わらずごちゃごちゃした部屋っスねえ」

「そう思うんなら、夷澤、ちょっと荷物置いとかせてよ」

「嫌っすよ、センパイが俺のところに預ける荷物っていったら、どうせガラクタか食材の類でしょ」

「む、何だと、食材はともかく、トレジャーハンターの備品にガラクタは一つもないぞ!」

「ハイハイ、そうでしたね」

テーブルを出して、その前に胡坐をかいて座ります。

いざわくんは、ふと振り返ったベッドの上に、紫色の小さくてフワフワした生き物を見つけて、不思議そうに目を細くしました。

「あれ、センパイ、こいつ何スか?」

「ん?」

ふりかえったあきらくんに、もぐたんはキュッキュと呼びかけます。

「ああ、遺跡で見つけた子だよ、お名前は、もぐたん」

「もぐたんって、これ、もぐらっすか?」

「そうだよ、可愛いでしょ」

あきらくんはキッチンでお湯を沸かしているようでした。

「へえ、もぐらかあ」

いざわくんは、生まれて始めてみるもぐたんの姿に興味津々の様子です。

でもそんな事はどうでもよくて、もぐたんはまだじいっとあきらくんを見詰めていました。

こうやって遠目に見ても、今のあきらくんは男の子にしか見えません。

実は、もぐたんを助けてくれたこのあきらくんは、諸々の事情があって男の子のフリをしているのですが、本当は可愛い女の子だという事を、もぐたんだけが知っています。

恐らくいざわくんは知らないのでしょう。

あきらくんが本当はあかりちゃんだということも、小さな胸がちょっとだけコンプレックスであることも、体つきが華奢でさぞかし抱き心地が良いだろうということも。

ついでに、彼女がいずれもぐたんのお嫁さんになる事も知りません。

でもそれはあきらくんもまだ知らないことで、もぐたんが一人で決めていることでした。

「センパイ」

「うん?」

「もぐらって土の中で暮らしてるんじゃないんスか?」

「うーん、多分そうだと思うんだけど、でももぐたんは俺の部屋で平気みたいだよ」

あきらくんはもぐたん以外の人の前では自分を「俺」といいます。その事もきっといざわくんは知りません。

「それに、紫のもぐらって、見たことないんスけど、突然変異とか?」

「その辺りは微妙にわからないんだよね、調べてみたけど、その子の事はどの文献にも載ってなかったし」

「じゃあ、新種とか」

「可能性としてはあると思うけど」

「だったら」

カップを持って戻ってきたあきらくんに、いざわくんは瞳をキラキラさせてテーブルの上に身を乗り出しました。

もぐたんがきゅっきゅと鳴きます。

「どうしたの?」

振り返ったあきらくんはテーブルの上にカップを置くと、そのまま手を伸ばしてくれたので、もぐたんはそこにぴょんと飛び乗って、おとなしく抱っこされました。

「センパイ、もし新種だったら、どこかの研究施設に売り飛ばして、稼げるんじゃないんスか?」

なんて事をいうのでしょう!

とてもいい提案をしたような顔をしているいざわくんを、あきらくんはちょっと睨みつけます。

「あのね、別にそれほどお金には困ってないよ」

「でも」

「それに、こんなに可愛いのに、そんな物騒なことするわけないでしょ?」

あきらくんに抱かれて、もぐたんはまたきゅきゅと鳴きました。

いざわくんは少し勿体無いような顔をしていましたが、すぐに諦めたらしく、カップの中のホットミルクをごくんと飲んでいました。

「あ」

「どうしたんスか、センパイ」

「そういえば俺、洗濯取り込んでないや」

「はあ?ずぼらッスねえ」

「ほっとけ、ちょっと行ってくる、あちこちいじるんじゃないぞ!」

「はいはい、了解」

あきらくんはもぐたんをそっとベッドの上に置くと、じゃあねと囁いて部屋から出て行きました。

バタンとドアの閉まる音の後、もぐたんはいざわくんと部屋に二人きりです。

「―――やれやれ」

いざわくんはカップを置いて、ふと周りを見回します。

「センパイも、もうちょっと収納とか考えたらいいのに」

呟きながら立ち上がって、ベッドの上に腰を下ろしました。

どすんと、衝撃でもぐたんは跳ね飛ばされて、コロンと転がりました。

「大体、あの人はあんなくせして結構乱暴だし、いい加減じゃないけど大雑把だし、鈍いし、痩せてるし、髪は染めてないって言ってたけど茶色いし」

いざわくんはあきらくんがいないのをいいことに文句を言い始めたようです。

「細いって言うか、華奢だし、色も白いし、目はちょっと変わった色で―――キレイだし」

もぐたんはじっといざわくんを見上げていました。

「男らしくなくて、顔も女みたいだし、っていうか何だか知らないけどいつもちょっといい匂いがするし、美人じゃないけど可愛いし、でもあれ、そのうちかなり美形になりそうだよなあ」

まだ見ています。

「でも男なんだよな、はあ、響といい、絶対生まれる性別を間違えてるぜ、いや、あきらさんだったら、俺、男でも」

まだ見ています。

「あの人だったら俺、男でも、多分、いや、結構」

まだまだ、見ています。

「抱ける、かも」

その時でした。

ギュ、と低い鳴き声がして、振り返ったいざわくんは、突然顔を切りつけられていました。

「うわッ」

ビックリして倒れた上から、更に続けて、一撃、二撃。

「こ、こいつ、やめろッ」

慌てて振り回される腕を、驚異の動体視力で見切って、もぐたんは確実にダメージを与えていきます。

切りつけ、殴りつけ、蹴りつけて、散々痛めつけて、ようやくもぐたんの気が済んだ頃には、いざわくんは見る影もなくボロボロになっていました。

「な、な、何が」

レンズの割れたメガネをかけなおして、ヨロヨロと起き上がります。

その様子をじっと見詰めて、もぐたんは不意に、口を開きました。

「おい、お前」

「は?」

いざわくんは慌ててキョロキョロ周りを見回します。

「い、今の声は」

「俺だ」

ふと見下ろすと、そこに、後ろ足で立っているもぐたんの姿がありました。

「え?」

「え、じゃない、よく聞け、この仮性包茎眼鏡野郎」

「えええーッ」

これは、まだあきらくんには教えていない、もぐたんの秘密の一つです。

「こっ、こいつ」

―――実は、もぐたんは、もう言葉を喋れるようになっていたのでした。

アロマモグラは正常に発育すれば、飼育の翌日から人語を操るようになります。

けれど、それでは面白くないので、もぐたんはまだ喋れないフリをして、あきらくんと一緒にいるのです。

賢いもぐたんは、女の子がどうすれば気を許すかだなんて、当の昔にお見通しでした。

喋るともぐたんの声は、なかなか渋くて色気のある、イイ男の声です。

小さな腕で腕組みをしながら、もぐたんはいざわくんを睨みつけます。

「お前、あきらに気があるようだがな」

「なッ」

いざわくんは途端、ゆでだこのように真っ赤になってしまいました。

案の定ビンゴだったようです。

もぐたんはシッポを苛々と上下にピコピコ揺らしました。

「身の程を知れ」

「は?」

「あれは、俺のものだ」

咄嗟のショックで暫らく硬直していたいざわくんは、空白のひと時を置いてようやく正気に戻ったようでした。

「なッ」

もぐたんは耳を両手で塞ぎます。

いちいち大声を上げるなんて、まったくもって頭の悪い、うるさい小僧です。

その程度の分際で、あきらくんに発情するなんて、百億万光年くらい早いのです。

「お、お前、何言ってんだよ、お前こそ身の程を知れ、このもぐら如きがッ」

「黙れ、童貞如きが何を言う」

「おっ、お前こそ、どうせ童貞だろうが」

「俺はもうあきらと寝ている」

「なッ」

いざわくんの眼鏡が、またぴきっと音を立ててひび割れました。

「お、お、おま、おまえ、嘘をつけ、なにがッ」

その時です。

「何一人で騒いでるんだ、廊下まで聞こえたぞ」

ドアノブがガチャリとまわって、洗濯物を抱えたあきらくんが戻ってきました。

「ん?夷澤、どうしたの、その顔」

「せ、センパイ、こいつ、こいつが!」

もぐたんは四足でぴょこんとベッドから飛び降りて、素早くあきらくんの足元まで駆けていきました。

「もぐたん、ただいま」

ニッコリ笑う姿を見上げて、もぐたんは後ろ足で立ち上がりながら、きゅッきゅと一生懸命に鳴きました。

いざわくんはまた口をあんぐり開けて固まっています。

「どうしたの、もぐたん、何かあったの?」

「な、何かっていうか」

柔らかな掌に抱き上げられて、もぐたんはあきらくんの胸元でうずくまりました。

そのままチラッといざわくんを振り返って、またきゅっきゅと鳴きます。

いざわくんはガバッと立ち上がって、あきらくんの傍まで駆け寄ってきました。

「そ、そいつ、センパイ、寝たって、いや、そいつヤバイですよ!今すぐ捨ててきた方がいいッスよ!」

「どうしたんだよ夷澤、まさか、もぐたんのこと苛めたの?」

「俺じゃなくて、こいつが」

「夷澤ッ」

気づけばすっかり怪訝な顔をして、あきらくんはいざわくんを睨みつけています。

「さてはお前、本気で研究機関とか、考えたんだろ」

「へ?」

「もぐたんはおとなしくていい子だよ、それが夷澤に怪我をさせて、俺が戻ってきた途端駆け寄ってくるだなんて、何かあったに違いない」

「いや、だからその」

「出てけ」

「へ?」

「夷澤は当分入室禁止!外で頭を冷やしてきなさいッ」

「ちょ、ちょっと、センパイ、待ってくださいよ」

「問答無用、おまえこそ紐で縛って動物愛護団体に売るぞ!いいから、出てけ!」

「せんぱ」

「ええーい!」

あきらくんは、いざわくんの腕を捕まえると、そのまま玄関まで引っ張っていって、外に放り出してしまいました。

ドアをバタンと閉めて、ガチャリと鍵をかけます。

外からいざわくんの泣き声と、ドアを叩く音が聞こえてきましたが、あきらくんはそのまま無視してベッドに腰掛けると、抱っこしていたもぐたんを膝の上に置きました。

「もぐたん、大丈夫?」

もぐたんはきゅうきゅうと甘えた声で鼻を鳴らします。

すると優しい掌が、紫色の体毛をゆっくりと撫でてくれました。

「そっか、でも、大丈夫だよ、当分あの馬鹿はここには入れないから、ね?」

きゅっと鳴いて、擦り寄ると、あきらくんはくすぐったそうに笑って、またもぐたんを撫でてくれます。

「よしよし」

きゅ、きゅっきゅと、もぐたんがあきらくんのシャツに爪をかけて登ろうとしている間にも、外ではいざわくんが何か叫んでいました。

全く持って身の程を知らない、しつこいメガネ野郎です。

「こら、もぐたん、ダメでしょ!」

するりとシャツの中にもぐりこむと、あったかくてやわらかい肌の上に巻かれたさらしの上からもっとぴたりと身体をくっつけます。

こんなに気持ちのよいモノは、もぐたん一人で独占です。

他の誰にも譲ったり、貸したり、ましてやあげるつもりなんて全然ありません。

「もー、しょうがないなあ」

外が、少し静かになったようでした。

もぐたんはきゅうきゅう鳴きながら、さりげなくさらしをほぐし始めていました。

お楽しみはこれから、もぐたんは、夢をかなえるためにも、もっと大きくならなくてはなりません。

(それまで待ってろよ、あかり)

近い将来、たくさん子供を作れるようになるまで。

「こら、もぐたん!や、やだ、もう、くすぐったいってば!」

アハハと笑う声に、徐々に露になりつつある胸の感触を楽しみながら、またきゅッきゅと鳴きました。

早く大きくなってやる。

もぐたんは、今また新たに決心を固めたのでした。

 

(続くかもしれない)