「Bitter Chocolate」
何でなんてあたしが聞きたい。
とにかく、嫌なものは嫌なんだってば!
常々そう言っているのに、どうして理解してくれないかなあ。
めんどくさくなってむくれていたら、半ば強引に占拠されてしまった。なんじゃそりゃ!
「ちょっと、重い!」
いいからと伸びてきた手が細長い棒をあたしに差し出す。
あたしは、全然納得行かなかったけど、でも仕方ないからそれを受け取って、溜息を漏らした。
「じゃ、まあ、一つ頼む」
「―――18歳にもなって恥ずかしいとか思わないわけ?」
「効率性を優先させただけだ、使えるものは使う、おまえだってそうだろう?」
そりゃ、そうですけど!
「あたしは便利屋じゃありませんッ」
「似たようなもんだ、色々助かってる」
ハハハと笑う不埒モノの頭を平手で一発ペシンと叩いて、ダマラッシャイとあたしは言い捨てた。
「せいぜい感謝しなさいよねッ」
「はいはい、有難うございます」
あたしは膝の上の―――皆守の頭を押さえつけて、耳にかかっていた髪の毛をどけた。
そして、手に持っていた耳掻きで、おもむろに耳掃除を始めたのだった。
そもそもといえば、大体の事は皆守のワガママが原因だ。
最近こいつは本当に横柄で、あたしの部屋で半同棲のような暮らしをダラダラと送り続けている。
時々私物を取りに戻ったり、何か(何してるんだか知らないけど)するために出て行く以外、ほぼ常にここにいてあたしをからかったり怒らせたり、変なことしたりしているんだ。
(迷惑ッ)
耳の中からでっかい耳垢が取れて、それをティッシュに落としながらうんざりと言葉に出さずに呟いた。
本当に迷惑で仕方ない。
ご飯の支度から、洗濯物から、果てはこんなしょーもない用事まで、まったくあたしはあんたの小間使いやお手伝いさんじゃないっての。
「皆守、耳の中汚れすぎ」
「俺は耳掃除が苦手なんだよ」
あたしには関係ないでしょうが。
ベッドに腰掛けて真面目に耳掃除を続けているあたしの膝の上で、おとなしく横になりながら、皆守はちょっと眠たくなっているみたいだった。
まあね、大体の事はすぐ出来るようになっちゃうあたしの耳掻きだから、気持ちいいのは間違いないんだけどね。
「あ、そこそこ、その辺いい」
「どこ?」
「今おまえがそれで触った、そうそう、その辺だ」
はあーと気のぬけた声を聞きながら、心底馬鹿らしくて仕方ないなあ。ホント。
すっかり綺麗にして、顔を近づけて、耳の中をふうっと吹いた。
皆守は一瞬ビクリと身体を震わせて、直後にハハと笑いながら「じゃ、反対側も頼む」って、体の向きを変えた。
今度はあたしのおなかの方を向いて、そのまま目を閉じる。
あたしはもう一度溜息と共に、もう片方の耳掃除を始めた。
「ああ、こっちも汚いなあ」
「うるさい、ほっとけ」
耳垢を取り除いて、やっぱり同じ様にふうっと息を吹きかける。
今度はビクリともしなかったし、笑いもしなかった。
ただ、ニヤリと笑って伸びてきた腕が強引に腰を抱いたから、あたしは耳掻きを握ったままペシンと頭を叩いてやった。
「いちいち殴るなよ」
おなかの辺りに顔をうずめて、あーもう鬱陶しい!
「耳掻き終わったんだから、退きなさいッ」
「イヤだ」
「皆守ッ」
髪の毛を散々わしわしして、それでも離してくれないから、あたしは諦めて耳垢の乗ったティッシュを丸めてゴミ箱にフリースローよろしくシュートして、見事収まった様子を確認してから後ろ手をついて小さく吐息を洩らしていた。
「なあ」
抱きついてた頭がそのままおでこをこすりつけるみたいに持ち上がってきて、あたしの胸に顔をうずめる。
起伏に乏しいから何の抵抗もなく登ってこられた、悔しくて、ちょっと切ない。トホホ。
皆守は蝉みたいにあたしに張り付いて、そのままジーッとしている。
「―――何?」
痺れを切らして、こっちから聞いてあげたら、ううだかああだかぼやけた返事が返ってきた。
一体何事?
「何よ、なあって」
「んん」
「おなか空いてるの?」
「違う」
「眠いの?」
そのままぐぐぐ、と押されて、お、おおっ?と思っているうちに後ろに押し倒されてしまった。
皆守はまだ乗っかったまんまだ。
おーもーいー!
「こ、こらッ」
「眠い」
「なら寝なさいよ、一人で」
「イヤだ」
「皆守ッ」
「おまえも寝るんだあきら、いやだとかは、聞かない」
な、何ーッ
「あんた、ねえッ」
「聞かないって言った、寝るぞ」
なんじゃそりゃー!
呆気に取られてるうちに、上掛けを体の下から引きずり出されて、そのまま何だかんだで結局ベッドの中に押し込められてしまった。
皆守がまた抱きつきながら、あたしの侘しいまな板の上に顔をうずめてうーとかあーとか声を漏らす。
この、変質者!
「ちょっと、皆守さん?」
「うるさい」
「あたし、眠くないんですけど」
「寝ろ」
「けど、眠くないんだってば」
「寝ないと犯す、寝ろ」
―――最低だ、こいつ、本気で最悪で最低の非人間だ、鬼だ。
ガガーンとあたしが黙り込んだのをいいことに、暫らくして皆守から本当に寝息が聞こえてきた。
相変わらず背中に両腕をまわされて、あたしはていのいい抱き枕状態だ。
見下ろして、そして、あともう一回だけ溜息がでた。
「ホントに寝ちゃうなんて、信じられない」
あたしは基礎体温が非常に高いから、そりゃ冬の最中に抱いて寝ればさぞかし心地よかろうと思うけれど、湯たんぽじゃありませんってば。
あまつさえご丁寧に足まで絡めて、うーん、なんだろうこの姿、これって何だか―――
(ママ抱っこ?)
不意にちょっとだけ面白い気分がこみ上げてきて、何となく髪の毛を撫でてみた。
皆守の髪の毛は柔らかい。肌も、男のくせに結構綺麗。さわり心地は悪くないんだ、実は。
何となくそれっぽい雰囲気を演出してみたりとか。
「甲ちゃん」
口に出して、すぐ気持ち悪くなって、突き飛ばしてやりたくなったけど、結局あたしは諦めて目を閉じたのだった。
まあ―――このまま一晩寝てくれたらお支払いはナシになるから、余計な事しないほうが絶対にいいだろう。
触らぬ皆守甲太郎に供え物なしってね、ん、違う?
(わかんないや)
もうどうでもいいかとか思って、結局寝ちゃうことにした。
胸の辺りには、慣れた体温と規則正しい呼吸音、吐息の温度、脇腹に腕の重さ、両足にも絡みつく硬い感触。
不本意だけどどうしようもないこの状況。
「ベッドが狭い」
いつものことながら、ですが。
あたしはもう一回だけ皆守の髪の毛を撫でて、今度こそ本当におやすみなさいをした。
電気つけっ放しだけど、いいや、どうせ光熱費は経費だし、カーテンはちゃんと閉まってるから。
「おやすみ」
最後にオウとか聞こえた気がしたんだけど、空耳かな?
そしてあたしの意識は、ゆっくりと、眠りの縁へと落ちていった。
(終)