Marshmallow honey

 

 ドアノブを握ってみたら、鍵が開いてて、ちょっとビックリ。

こそっと中を覗くと、振り返る後姿。

「よお」

「よ、よおじゃ、ないだろッ」

―――やっぱりこいつだったか。

あたしはうんざりしながら、片手に下げたビニール袋の持ち手を握り締めて部屋に入る。

入ったらきっちり施錠。

はっきりいって、人に見せらんないものばっかり置いてある部屋なんだから、迂闊に開けっ放しになんか出来ませんって。

しかも、今は冬。

(寒いし)

「遅かったな」

「なにが遅かったなだ、どうやって入ったんだよッ」

「スペアの鍵、借りたままだったからな、返しにきた」

そう言って皆守は顔の前でワッカにぶら下がったルームキーをぶらぶらさせる。

あたしは暫く考え込んで、ようやく思い至っていた。

そういえば、こいつ―――朝ごはん食べた後でまたベッドに戻っちゃったから、起すのもめんどくさくて鍵一個預けて、あたしだけ登校したんだっけ。

(すっかり忘れてたよ)

なるほどなるほど、納得。

(って違ーう!)

い、いかんいかん、合理的に説明がついたからちょっとすっきりしかけたけど、そもそも根本的な部分でおかしいんだってば!

うーとかあーとか言いながら、考え込んだりじたばたしていたあたしを、皆守は珍しい動物でも見るような顔で眺めて、ひと段落着いた頃合を見計らって自分の隣の床をぽんぽんと叩いた。

「まあ、とりあえず座れ、な?」

「自分の部屋みたいに勧めないでッ」

あたしはプリプリ怒りながら、勝手に出してた卓上テーブルの上の、広げられっぱなしのアロマの紙巻セットを乱暴に床に下ろす。

「うわ、お前、ちょ、待て、ああッ、粉がこぼれただろうが!紙が、ぐしゃぐしゃに」

「うっさいッ」

鼻息も荒く、跡地に袋の中身をバラバラと落とす。

皆守は呆れたような、ちょっとムッとしたような顔であたしの動作を見送って、それからテーブルの上の品物に目を向けていた。

一つとって、変な顔して眺める。

「何だ、これは」

「チョコ」

どう見ても、見たまんま、包み紙にもChocolateって書いてあるでしょうが。

テーブルの上に乗っかっているのは、チョコ、ビスケット、キャンディ、アイス、マシュマロ、それに、紙パックのジュース。

全部ざっと見て皆守が小さく「うわ」って呟いた。

「お前―――」

「何?」

「これ、全部、イチゴ味か?」

「そうだよ!」

ますます変な顔する皆守とは逆に、あたしはテーブルの反対側に座りながら、そのうちの一個を手に取った。

えへへーッ

実はコレ、全部肥後くんがくれたんだよね。

あたしは皆守に説明しつつ、マシュマロの入った袋を開く。

肥後くん、あたしがイチゴ味のお菓子や飲み物が大好きだって聞いて、自分の分を通信販売で取り寄せるとき、一緒にあたしが喜びそうなものも選んでくれたんだって。

鉄人にはいっつも美味しいお菓子をご馳走になっていましゅからねーって、嬉しいなあ。

別に、お菓子作りは趣味みたいなもんだし、見返りが欲しくてあれこれ作ってはおすそ分けしてたわけじゃないけど、こういうことあると、親切にしておいて良かったなあとかつくづく思っちゃう。

あたしって現金?

違うもんね、親切の基本は無報酬だもん、でもそれが積もると利子が付くってだけの話。

取り出したマシュマロを口に放り込んで噛むと、中に何か入ってた。

んん?

これは―――

もぐもぐ、ごっくん。

「イチゴ味のチョコが中に入ってる!」

多少興奮気味に叫んだあたしに、皆守はまた呆れた視線を向けた。

反応の悪い奴め、これがどれほどグラッチェな事かわからんのか!

「チョコだよ、皆守、マシュマロの中に、チョコ!」

「へえ」

「しかもイチゴ味!」

「そりゃ、良かったな」

皆守はあたしのお菓子の袋をいくつか床に下ろして、開いたスペースで紙巻を再開した。

マキマキする様子を眺めながら、あたしは次のマシュマロを取り出して、半分くらいでかじって分ける。

やっぱり、チョコだ!

「ほら、皆守ッ」

「ああ、わかったわかった、良かったな」

「うん!」

頷いて残りを口に放り込んだら、またこっちをじっと見られた。

うわーん、幸せ、だよう!

もしかしてこのお菓子たちって、全部こんな風に隠し味が入ってるのかな?

(ど、どうしよう)

それって素敵過ぎるかも―――

キャンディやクッキー、チョコ、アイスを眺めて、あたしはホウってため息を漏らしていた。

肥後くん、有難う。

今度飛び切り美味しいケーキを焼いてご馳走するから、また何か頂戴ね。

(今度こそ現金だな)

ジュースだけ、普通のジュースみたいだった。

ただ、イチゴ果肉入りとか書いてあるから、俄然あたしのボルテージは上がり気味だ。

この中に、果肉が――― 一体どんな素敵な味に仕上がってるんだろ、ドキドキ。

はむ、とマシュマロにかぶりついて、もきゅもきゅしてるとどうしてもエヘラエヘラしちゃう。

ううーん、我ながらバカ。

でもどうしようもないもんね、だって好物なんだもん!

次の一個を取り出そうとしたら、その前に伸びてきた手がヒュッとそれを攫っていった。

「んッ」

あたし、隣を振り返ると、皆守がそれをポイッと口の中に放り込んだ。

もぐもぐ、ごくん。

「甘いな」

「当たり前でしょ」

しょっぱかったらどうすんのよ。

美味しい?って訊いたら、まずくはないって答えられた。

それは、美味しいという意味ですか?

「食えないことは無いという意味だ」

「あっそう」

フンだ、そんな無感動な人間には、もうマシュマロはあげませんよーだ。

けど、あたしが取ろうとしたら、また手が伸びてきて先に取られた。

何ーッ

「ちょっと、何するんだよ!」

皆守は返事をしないで、キッチンに行って、フォークを一本取って戻ってきた。

先端部分にマシュマロをぐさりと突き刺す。

「ああッ」

か、可哀想とか思わないけど、チョコがッ

反対側と両端からむにゅっと飛び出したチョコを気にしないで、次に取り出したのは、ライター?

「どうすんの?」

皆守は慣れた手つきで着火して、その火でマシュマロをじりじりとあぶりだした。

「っあー!」

思わず身を乗り出したあたしに、こげる手前まであぶったマシュマロを刺したフォークごと、差し出してくる。

「ホラ」

「え」

「食ってみろ」

あたし、先端のマシュマロをパクリ。

「んんッ」

こ、これは!

「―――どうだ?」

「おいしい!」

目をキラキラさせて答えたあたしを見て、皆守は満足げにニコリと笑った。

「だろ?」

あたしは思わず膝を詰めて、至近距離から顔を見上げる。

だ、だって、こいつ、あんなそっけない態度取ったくせに!

(マシュマロ博士?)

「は、博士ッ」

「博士?」

「なんで、どうして知ってるの、美味しい食べ方、研究したの?」

「バカ、俺に限ってありえないだろ」

「そ、そうか、でも、じゃあ、今発明したの?一口で?」

「あのなあ」

こんなもんは、まで言いかけた口が、ふと黙る。

そしてニヤリと笑って、掌であたしの頭をポンポンと叩いた。

「―――朝飯前、だぜ」

「す」

凄いーッて抱きついた頭の上で、皆守がハッハッハと笑っていた。

何か、いつものこいつらしくない感じ。

っていうか、お菓子名人だとは全然知らなかった。

(何だか急に親近感湧いたなあ)

起き上がったあたしは、フォークちょうだいって皆守に手を差し出した。

残りも焼いて、食べるんだもん。

けど、皆守は、まずそこに座れって、博士みたいな顔して言う。

ううん、皆守がマシュマロに見えてくる―――

「ホラ」

またフォークに刺して焼いてくれたのを頬張って、もぐもぐごくんと飲み込んでからあたしはちょっとだけ首をかしげる。

「皆守」

「ん?」

「あたし、自分で焼いて食べられるよ」

「お前は何も分かっちゃいない、いいか、火加減が重要なんだ」

「そうなの?」

「ああ、いいから俺に任せておけ」

あたしは皆守の隣で、マシュマロ焼いてもらって、差し出してくれたそれをパクパク食べならが、なんだか餌付けされてるみたいな気がするなとか考えてた。

お菓子は元々あたしのものだし、焼き方の発明は皆守だけど、だからってそれくらいの事でこいつが好きになるかどうかって訊かれたら、それは別の話ですって断言できるんだけどね。

(まあ、便利なものは活用するに限る)

自動マシュマロ焼き機になった皆守に、おとなしく食べさせてもらっちゃいますか。

紙巻造る途中で放り出したまま、皆守はなんだか楽しそうにマシュマロを刺しては焼いて、あたしの口まで運んでくれる。

「うまいか?」

「ふまい」

もぐもぐ。

「そりゃ、良かったな」

焼けたマシュマロの甘ったるい匂いのする部屋で、袋の中身が空になるまで、テンポラリーパティシエはあたしのために腕を振るってくれたのだった。

 

(終)