「Fellow trader?」
―――Starting up H・A・N・T
ナビゲーションボイスと共に起動したHANTをアサルトベストのポケットに戻して、息を殺してゴーグル越しに周囲の様子を確認する。
天香学園PM11:00
寮則が厳しい学校だから、こんな時間に出歩いている人もいないみたい。
まあ、もっとも、墓場なんて明るい内でも来たがる人なんて稀だと思うけど。
(よっぽどの変態か、墓石マニアくらいなものよね)
この辺りは地質的なものなのか、それとも他に要因があるのか、微妙に霞がかっていて、おまけに辺りは外灯すらない真っ暗、暗闇。
あたしのような人種には非常にありがたい状況―――そうなのだ、あたし、これからこの墓場で宝探しをやらかそうっていう酔狂な人種なのです。
ロゼッタ協会IDno-0999、コードネーム「Berry」こと玖隆あかり、何を隠そうこのあたしは、キュートでクールなトレジャーハンター様だったりしちゃうのだ!
(はーっはっはっはっはーッ)
―――まあ、でも、スクール卒業したての駆け出しひよっ子ハンターですが
―――そんでもって初任務で危うく死に掛けたうっかり者ですが
(ま、まあ、過ぎた過去は、いいんだよ、うん)
あたしは自分に気合を入れなおす。
何はともあれ、お仕事、お仕事。
こんな、島国日本の、しかも主要都市とはいえゴミゴミ、ゴチャゴチャした街にある全寮制の学校なんかにわざわざ身分を偽って編入までしたからには、それなりの成果を上げないと格好がつかない。
ぬかるむ足元を用心して踏み出しながら、あたしは昼間の事とか思い出していた。
まず一番に思い出すのが、親切でおせっかいなクラスメイトの八千穂明日香さん。
昼休みのたびに学内をあちこち案内してまわってくれたんだ、ああいう人が傍に一人いると便利だよねー
んでもって担任の雛川先生は、案外鋭いタイプみたいだけど、情に訴えれば結構オマケしてくれそうなタイプ。
コレも扱いやすそうでよし。
それから、まあ購買のお爺さんはどうでもよしとしよう、ちょっと気になるけど、危害を加えてきそうな気配は無いし。
あとあと、誰かいたっけ?
―――そういえば八千穂さんがあともう一人クラスメイトがいるみたいなことを言っていたような。
詳しい話聞きそびれちゃったけど、興味ないからどうでもいいか。
考え事しつつ、それでも周囲に注意を払って歩くのは、あたしの得意技だ。
時々、聞く気が無かったり考え込みすぎちゃったりすると今度は周りが見えなくなるんだけど、きちんと気をつければ一度に二つも三つものことを同時進行できる、器用さだけはスクールでめいっぱい褒められたあたしの得意スキルの一つです、なんてね。
お米粒に文字だって書けちゃうんだから!
(ま、まあ、それは関係ないね、はは)
あたしは墓地の、ほぼ中央辺りに立って、ぐるりと周りを見回した。
目立っちゃいけないからすぐ近くの墓石に身を潜めつつ、さてどうしたものかと考える。
学園内に墓地だなんて、いかがわしすぎるよね。
ロゼッタ協会日本支部からの探索依頼、天香学園に秘められた超古代遺跡―――その入り口は、間違いなくここにあるだろうとあたしは踏んでいる。
諜報員の報告ではM+M機関も動いているっていう話だから、遺跡には化け物が出る可能性が高い。
M+M機関っていうのは、まあロゼッタの戦友であり仇敵みたいなもんで、簡単に説明すればお化け退治専門のエクソシスト集団っていう話。
彼等も何らかの情報を得て、この学園に潜入している可能性が高いんだって。
(まいるなあ)
実際、利害がぶつかったときのM+Mってホント容赦ないらしいんだよね。
そのかわり利害一致しているときは何よりも心強い助っ人。
あたしも人伝に聞いただけだから実際のところは良くわからないけれど、つまり、そういうこと。
そんでもって今回、ロゼッタは遺跡の調査及び秘宝の確保、M+Mは―――わかんないけど、お化け退治?
もしかしたら遺跡に何か封じられていて、それを調査しに来たのかもしれない。
(と、したらば、だ)
必要に応じて壁だって壊すし銃だってぶっ放す賑やかしのあたしはきっと―――
(敵、かなぁ)
いやーん!
思わずマシンガンを引き寄せたら、少し離れた場所から何かがずるずる動く音が聞こえた。
な、なんだろ、何か重たいものをスライドさせているような音なんだけど。
(行ってみよう)
こそこそと姿勢を低くして、あたしは墓石の間を抜けていった。
―――んん?
(あれ、墓石が)
夜霧が切れて、うっすら見えた視線の先、平たい置石がずれて、元あったらしい場所には人一人通り抜けられるくらいの真っ暗い穴が覗いている。
(もっと近くに行ってよく見ないと、わからないな)
それはただの墓穴かもしれないけれど、あたしの中の何かがピコンピコンと反応していた。
穴は、深そう。
棺桶を埋められる程度じゃなくて、もっと奥深く、そう、地底まで続いていそうな、そんな感じが。
(けど、どうして)
色々疑問に感じつつ、それでも女一匹ハンター家業、ビビってなんかいられません、リスクがあるのはもとより承知、周囲に細心の注意を払いつつ、こっそりコソリと近づいた。
淵にしゃがみこんで、中を覗く。
(ああ―――)
案の定、深い。
近くの小石を拾って落としてみたけれど―――いつまで経っても反響音が聞こえてこない。
(ビンゴ)
あたしはもう一度周囲を確認してから、降下用のフックを地面に打ち込み始めた。
とにかく、潜ってみない事には始まらないモンね。
ごそごそと作業していると、フッと妙な気配を感じる。
あたしはすぐ顔を上げた。
(何?)
嫌な感じ。
穴のそばにある墓石に身を潜めるようにしながら、息を殺して様子を窺う。
どくん、どくん、どくん。
急に緊張感が高まってきた、これは、あたしの心臓の音。
不用意に戦闘態勢に入って、殺気でも感じ取られたら厄介なことになる可能性もあるから、とりあえずショルダーのコンバットナイフにだけそっと掌を這わせておく。
何だろう、一体、コレは―――
「誰だ」
低い声。
あたしはハッと息を呑む。
男性、年齢は十代から二十代前半、同じくこちらを警戒していて、気配からして民間人ではない。
(同業者?)
ふと、脳裏にM+Mが潜入しているっていう情報が過ぎっていた。
って、ことは、まさか―――
「そこにいるのは、誰だ」
足音が聞こえて、近づいてきたみたいだった。
あたしは呼吸を整えて、コンバットナイフを抜きながら、極力冷静な対応を心がけて、口を開く。
「人に物を尋ねるときは、まずそちらから名乗るのが礼儀ってものでしょう?」
足音が止まった。
張り詰めた気配。
夜霞の向こうから、こちらを探っている雰囲気がびしびし伝わってくる。
―――もし、コレが探索用の装備とかしていなかったら、すいませ〜ん迷子ですとか言って場を和ませちゃうんだけど、この格好じゃ言い訳つかないからなぁ
(万事塞翁が馬、バンバンジー急須?)
違うか。
くだらない事考える余裕があるなら、まだ大丈夫だ。
足音がまた、ゆっくりと近づいてきた。
「同業者、みたいだな」
(や、やっぱりーッ)
M+Mだ、初日からガチかますなんて最悪ッ
(どーしましょ、遺跡の中に誘い込んで戦うべきだよね、やっぱり)
さすがに、地上の、しかもこんな墓地で戦闘なんていったら、誰かに気付かれちゃうかもしれない。
それに、この学園には『生徒会』とかいう厄介な自治体も存在するみたいだし。
(面倒な事になったなあ)
ああん、あたし、最初のヘラクレイオン遺跡から、微妙にラッキーに見放されていませんか?
っていうかハンターの現実ってこんなものなのか、はう、勉強になりますよう。
(じゃなくて!)
霧の一部に影が映って、それは人の形を取り、やがて乳白色の幕を抜けて、男子学生服姿のエージェントが姿を現した。
「出て来い、どうせ、ロゼッタのネズミだろう、すでに情報は入手している」
そこまで言われて隠れているわけにいかないもんね。
あたしはコンバットナイフを引き抜いて、後ろ手に隠しながらそっと立ち上がった。
墓石を間に、真っ黒い影法師のような姿のエージェントの瞳がキラリと光る。
「よう、こんな時間に夜遊びだなんて、感心しないな」
「貴方に関係ないでしょ、お説教なら他所でして」
「そういうわけには行かない、こっちも、仕事だからな」
声を聞いているうちに、あたしの中にまた疑問符が生まれる。
けど、これ、何で?
不意に風が吹いて、霞のベールがすっと消えた。
ほのかに香る、ラベンダーの香り。
切れた雲の間から、顔を覗かせた満月があたし達の姿を煌々と照らし出す―――
「お望みどおり先に名乗ってやる、俺はM+M機関から派遣されたエージェント―――」
お互いの顔が良く見えて、あたしたちはふいに固まっていた。
目の前のエージェントも『えッ』っていった感じであたしをまじまじと見詰めている。
だって、だって、こいつって、まさか―――
「甲ちゃん?」
「―――あかり、なのか?」
きょとーんとして、そう、あたし、この顔知ってます。
っていうか幼馴染の皆守甲太郎君です!
何年か前、5年間くらい日本で暮らしていた頃のお隣さんで、いちいちあたしに構ってくれてた、一番仲良しの、何だか妙にテンションが似通った、そんでもって優しくてちょっと意地悪だった、あの!
「―――お前、こんなところで何やってるんだよ」
「そ、それは、あたしのセリフですッ」
甲ちゃんは暫く呆然と立ち尽くしていたんだけど、ハッと何かに弾かれたようにあたしの傍まで駆け寄ってきて、顔を見下ろしてきた。
両手で両肩を掴みながら、あたしの全身をくまなく見渡して、ふうってため息を一つ漏らす。
それからやれやれと首を振って、何だかグッタリした様子で俯いていた。
「まさか、お前がロゼッタのハンターになっていたとは知らなかった」
あ、あたしだって甲ちゃんがM+Mのエージェントになっていたとは驚きです!
「何故だ?」
「あ、えっと」
そんで、あたしはぼちぼちと、甲ちゃんに事の経緯の説明を始める。
話の途中くらいから、段々眉間に皺がよってきて、最後にはプイってソッポ向かれちゃった。
あれれ、何で?
好きな人が出来たからハンターになったって、理由にならないのかな?
「甲ちゃんは?」
「俺は、両親がエージェントだったんだ」
は?
「俺も知らなかったんだがな、気付かないうちに色々と仕込まれていたらしい、15の誕生日に全部告白されて、ついでに俺の将来も決まっていると言われた」
最悪だぜと呟いた、甲ちゃんのご両親を思い出して、今度はあたしがハーッとため息を吐く番だった。
確かに、ちょっと変わった人たちだなーとは思っていたけど。
(まさかエージェントだったなんて)
世間って、分からない。
「そんな事より」
甲ちゃんがまたあたしの目の奥を覗き込む。
「あかり、それじゃお前、ここにいるのはやっぱり」
「―――そうだよ、仕事だよ」
ロゼッタ協会の正規ハンターとして、お仕事しに来ました。
甲ちゃんはそうかと呟いて、ちょっと困った様子でまた眉間に縦皺を浮かべた。
「そうか―――俺も本部から派遣されてきたクチだからな、今更降りるわけにも行かないんだが」
暫く考え込んで、よし、と小さく呟く。
「決めた」
「何を?」
「お前の目的は、ここの調査と秘宝の確保なんだろ、どうせ」
そ、そうですが。
「うん」
「俺の目的はこの遺跡内部の調査及び化け物退治、とりあえず、俺達の目的は食い違っていない」
「そうだね」
今はまだ、とりあえずは。
「なら、俺はお前のバディになってやる」
え?
「え?」
ええーッ
ビックリするあたしの肩をポンポンと叩いて、甲ちゃんは「ヨロシクな」っていつかの笑顔を浮かべて見せる。
い、いいの?
「そんな、だって甲ちゃん、お仕事でしょ?」
「今更お前と戦う気になんかならねえよ、大体、そういう仲じゃないだろうが」
「そ、それは」
「お前は俺と戦うつもりだったのか?」
「うッ」
必要とあらば―――けど、本気を出せるかどうかって訊かれると、かなり怪しい。
「どうせお互い建前程度にやりあうだけになるなら、体力と弾の無駄遣いだ、なら、仕事は手際よく効率的に、だろう?」
「で、でも」
「探索はお前のほうが専門分野だ、俺がバディ同行して、戦闘で手助けをしたほうがよほど成果が上げられる、お前の仕事の進行と一緒に、俺も俺の仕事をさせてもらう、だから俺もマイナスにはならない」
まあ、確かにそれはかなり魅力的な提案―――というか、現状において最適な打開策だと思うんだけど。
「ううーん」
ポンポンと、今度は頭を叩かれた。
ゴーグルを外されて、ちゃんと全部見えたあたしの顔を確認して、甲ちゃんはうんと何だか納得する。
「ま、昔のよしみでよろしく頼む、な?」
「あ、は、はい」
ううーん、結局このパターンで押し切られちゃうわけか。
あたしと甲ちゃんの関係って、そういえばこんな感じだったね?
急に昔に戻ったような気分がしてきて、さて、の掛け声と一緒に振り返ったら、ようし、何だか気合が入ってきたぞ!
「頑張るぞッ」
「おう」
降下用のフックの設置に取り組む、あたしの傍で甲ちゃんが様子を見ていた。
辺りはまた霧が深くなって、気付けばあたし達の姿は乳白色の海に沈みこんでいる。
急に心強くなったみたい、甲ちゃんが一緒にいてくれるなら、多分この仕事、成功するでしょう!
(まあ、利害が違っちゃったときは、その時考えようか)
余計な心配をしすぎないことが、何事も上手くやる一番の方法だもんね。
ロープを括りつけて、先に降りていく甲ちゃんの姿を見送りながら、あたしの鼻先に、覚えのあるラベンダーのコロンがふんわり香っていた。
(終)
※ちなみに、副会長の正体はやっちです(笑)