Jealoussic Darling

 

 Hello Everybody! listens to my Radio―――

ラジオのスイッチがオンに入り、軽快な音楽と共に英語チャンネルが始まる。

あきらの部屋の目覚ましだ。

目覚めた直後はまだぼんやりしている俺の胸の辺りで、こげ茶色の髪の毛がもぞもぞと動く。

ふと見上げた顔の、瞳は暗いグリーンをしていて、綺麗で思わず笑みがこぼれてしまった。

人の気持ちも知らず、その目はそのまま不機嫌そうに俺を睨みつける。

「おはよう」

「おはよ」

むっくり起き上がった、裸の背中のラインに見惚れた。

顔以外は全身くまなく傷らだけだけど、それすら俺にとっては魅力の一つだ。

俺は、たぶん厄介な病気にかかっているんだろう。

(まったく)

神経全部を痺れさせる病は、けれど治るどころか、日を追うごとに進度を増していくようで、正直かなりまいっている。

いつからこんな馬鹿みたいに甘ったるい事を考えるようになっちまったんだ。

出逢った当初は、義務と、俺個人が単純に面白い奴だと感じた、その程度の相手だったのに。

伸ばした細い指先がぱちんと電源を切って、ぐーっと伸びをする、ネコみたいな仕草にそろりと腕を伸ばす。

外はまだ寒いし、空になった腕の中は何だか少し物足りないから。

けれど、気まぐれなネコはそうすると決まって振り返りざま俺を引っかいて暴れやがる。

一体何が気に食わないんだと思うけれど、まあ、俺達の始まりを考えれば、当然なのだろう。

案外傷付けてしまっているのかと、そのたび多少の罪悪感に胸が痛む。

(まあ、今更なんだが)

けれど、あと少しで目的が果たされようとした、そのほんの手前で―――机の上に置かれた端末の呼び出し音が、ぬくもりを攫っていってしまった。

上掛けの一枚を引っ張り寄せて、裸の身体に簡単に巻きつけながら立ち上がり、そのまま通信のスイッチを入れる様子を見送って、何となく面白くない。

俺はベッドにもぐりこみ、首から上だけ出した状態で、不満をこめた視線を送りつけてやった。

ああ、そうだ、パイプ。

どこに置いたか―――机の上か、ここからじゃ手が届かないな。

(けど、寒い)

あきらに取れと言おうとして、片足だけ布団の隙間から伸ばして背中を蹴ろうとした。

直後、あきらがヴォルフ!と聞きなれない単語を発する。

(ヴォルフ?)

 

Sie sein wirklich? Lange Trennung!

Es ist herrliches hatte gebildet kräftig?

Selbstverständlich Stärke I! Auch Arbeit ist vorteilhaft

Ja, エヘヘ、Es ist herrlich…」

 

―――暫く様子を窺って、腹の奥のほうがズシンと重くなっていくようだ。

何なんだ、これは。

端末越しに会話するあかりは、なんと言うか、まるで別人のように―――

(可愛い)

グッと何かが捩れるような感じがする。

体が強張って、いつの間にか汗ばんだ掌は掛け布団を半分ほどめくり、握り締めていた。

 

Wie es plötzlich, Ist Arbeit des Wolfs vorteilhaft?

JaIn Ordnung, Sorgend nicht, im Vater, sagen

 

普段と全然様子の違うこいつに焦れる。

こんなもんはアレだ、嫉妬なんかじゃないと、訊かれれば多分俺は即答するだろうけれど、ホントの所は多少自覚くらいある。

自分の事だ、さすがに判らないはずないじゃないか。

(クソ)

胸の中で毒づいて、ジリジリしながら様子を窺っていた。

外国語だから、会話の内容すら俺には分からない。

 

Die Stimme des Wolfs zu hören, bin ich herrlich

 

幸せそうな顔しやがって―――しかも、頬を赤らめて喋るな。

 

Soist es schüchtern

 

何なんだ、その甘えた声は、今まで一度も聴いた事が無いぞ。

 

「えへへ、Danke

 

今、ここに、俺の知らないあきらがいる。

そう理解したとき、俺の中で何かが爆ぜた。

ベッドからむくりと起き上がると、暖房も入れていない部屋の寒気が骨まで染みてくる。

端末の使い方は、いつも脇からこっそり盗み見していたから、多少なら分かる。

これでも覚えはいいほうだ。

要はやる気のあるナシであって、俺は結構こいつにとって使えるはずだと自信がある。

―――まあ、まだ本当の意味で『協力』してやれていないのが歯痒いんだが。

(そんなことはどうでもいい)

素っ裸の俺は、そのままぶらりと華奢な背中に近づいて、無造作に腕を伸ばす。

職業柄こういった気配には敏感なはずなのに、会話に夢中になっているのか、俺の行動を気に留めるそぶりもない。

ますますイラつく。

片手で肩を掴むと、肌が少し冷たくなっていた。

一瞬ぴくりと動いて、ようやく気付いた気配が少しだけ強張った、様子に構わずもう一本の腕を正面に回して、端末のボタンをパチンと押す。

 

「っあー!」

 

狭い室内に響き渡るほどの大絶叫を上げて、振り返ったあきらはそのままの勢いで俺に食って掛かってきた。

 

「な、な、何するのよッ」

「フン」

「人の通信勝手に切って、このバカ、バカ、最低、悪魔、ひとでなしッ」

 

―――さすがにこれは煩すぎる。

両手の指を耳の穴に突っ込んだ俺をギラリと睨みつけて、あきらは端末に向かいなおすと、慌ててスイッチを入れて何か操作し始めた。

俺はまたイライラして、膝で太ももの辺りを蹴りつける。

再び振り返ったあきらは、今度は迷わず俺の胸の辺りを殴りつけてきた。

グッ、きゅ、鳩尾?

(違う、ずれてる)

けど、そのまましゃがんで咽込んだ俺に構わず、再び繋がった通信画面に向かって、何かしきりに話しかけていた。

あたふたしている様子を恨めしく睨み上げていたら、暫くして通信は切れて、一体何事か話していたのか分からないが、あきらはそのまましゅんと項垂れていた。

「久しぶりに話できると思ったのに」

少し拗ねているような、様子が少しだけ可哀想で、それ以上に憎らしい。

名残惜しむように指先でパタンと端末を閉じて、振り返ったあきらは俺のほうを見もせず、さっさとベッドに戻っていってしまった。

「オイ」

一度起きたら二度寝はしない。

朝は強い方の、こいつにしては珍しい。

俺は、ヨロリと立ち上がると、そのままベッドサイドまで近づいて、あきらが潜り込んでいる上掛けの端を持ち上げた。

「入ってこないで」

「バカ言うな、寒いだろうが」

「もう起きちゃえばいいじゃない」

「俺の起床時間は、もう少し遅い」

「だったらなんで起きてきたのよ、何であんなことしたの」

「知るか」

直後、ぐわっと起き上がったあきらが、迷わず俺の首を両手で掴んだ。

は、反応が早いじゃないか。

油断してたせいもあるが、逃げられなかった、く、苦しい!

「知るかですーむーかー!このバカ!ボケ!悪魔ッ」

「あ、あきらッ」

「お前のせいで、お前のせーいーでーッ」

「グッ、ま、マジ、絞まってる、おいッ」

細い両手首を掴んで、必死に解こうとして―――こいつ、いざとなるとこんなに力が強かったのか?

あきらは俺が落ちる直前まで首を絞め続けて、ようやく気が済んだのか、手を離して肩で息をする。

ああ、こんなんじゃ首に手の跡が残っちまってるだろう、間違いなく。

(勘弁してくれ)

当分包帯でも巻いておく事になるのかと、うんざりしている俺の前で、裸のあきらは再びベッドの海に潜り込んでしまった。

様子を見て、俺も、そろそろとベッドの端から爪先を滑り込ませていく。

ああ、やっぱり、さっきよりずっと暖かい。

それは単純に上掛けやマットがあるせいだけでなく、こいつがいるから暖かいんだと、俺はしみじみ人肌の温もりの心地よさを噛み締める。

まあ、あきらのでなければ、気持ち悪いだけなんだが。

さすがに抱きしめるのはためらわれて、俺はお預けを食らったイヌの気分で壁を向いているあきらの後頭部をつまらなく眺めていた。

(人の気も知らないで)

こいつは、俺がどうしてあんな事をしたのかなんて、深く考えたりしないんだろう。

どうせ意地悪をされたくらいにしか思われていない。

それが一番悔しいんだと、何となく気付いて、僅かにへこむ。

結局、全部自業自得か。

(はあ)

ため息をついた直後に肩がぴくりと揺れて、急に振り返った姿を喜んだのは一瞬、今度は髪を束で握り締めてため息を吐くなと目を三角に吊り上げる。

「こ、こら、いい加減にしろッ」

「それはこっちのセリフだぁッ」

「あきら、お前な!」

―――仕方ない。

ネコがそっけないのなんか当たり前、まして、野良猫なら、手懐けるのに時間がかかるのは承知の上だ。

ヴォルフってのは一体誰なのか、何の話をしていたのか、それはこれからじっくり時間を掛けて聞き出してやることにして、とりあえずは仕返しをさせてもらおう。

俺の意地が悪いことなんて、先刻承知の上だろう?

(散々イライラさせた罰だ)

掌で触れると、敏感な身体はすぐに反応する。

途端、真っ赤になって睨みつける表情は、多分俺しか知らない。

そのことで少しだけ優越感に浸りながら、今朝は遅くなりそうなぬるい気配の室内に、窓辺からうっすら朝の光が差し込んでいた。

 

(終)

※独文デタラメなので、ツッコミとか勘弁してやってください(汗