「Lavendel Haube」
ここは山奥のとある一軒家―――
「うむ」
阿門ママはバスケットの中身を確認して、深々と頷きました。
「これでよい」
キッチンに立っていた阿門ママは、お部屋の方を振り返って呼びかけます。
「ラベンダー頭巾、ラベンダー頭巾は居るか?」
少し間を置いて、億劫気な声が『なんだよ』と返事をしました。
お部屋からキッチンに続く鴨居の向こうから姿を現したのは、眠そうな顔の口元にアロマの紙巻パイプを咥えて、ラベンダー色の頭巾を被った、覇気の無い青年の姿です。
この子の名前は、ラベンダー頭巾といいました。
ラベンダー頭巾はいかにも大儀そうにのろのろと阿門ママに近づき、何用だと視線で訴えかけました。
「これを、山奥にある赤い屋根の家まで届けて欲しい」
「山って、どこだ」
「我が家の裏手にある天香山だ、その山頂にある荒吐神のお社の近くにその家は建っている」
バスケットにふわりとクロスをかけて、端っこを飛ばないようにキュッきゅっと詰め込んでから、阿門ママはラベンダー頭巾にバスケットを手渡しました。
「面倒くせぇなあ」
持ち手を掴んで、しげしげと眺めるラベンダー頭巾に、阿門ママは乱暴にして中身をこぼしてしまわないようにと注意します。
そして、エプロンのポケットから簡単な地図と、道行ラベンダー頭巾が寝てしまわないように新しい紙巻を何本か取り出して、ラベンダー頭巾の制服のポケットに詰め込んであげました。
「眠くなったらこれを吸うように、ラベンダー頭巾よ、行くがいい」
阿門ママに見送られて、ラベンダー頭巾はお家を出発したのでした。
山道は案外歩き辛いものです。
体力も気力もあるのですが、いかんせん根性が足りないラベンダー頭巾は途中で何度も寝てしまいそうになりつつ、うつらうつらと山道を登っていました。
咥えたアロマのパイプから漂う香りだけが、退屈な道中の道連れです。
「いい風が吹いてるぜ―――空と、雲と、風と、ラベンダーの香り、それが俺の日常を取り巻く全てだ」
山の木々や、小鳥達の声を聴いているうちに、うっかり心地よくなってしまっているようです。
気だるげな足取りで黙々と山登りを続けていたラベンダー頭巾の耳に、不意にガサゴソと不審な物音が飛び込んできました。
「!―――誰だッ」
するとどうでしょう、さっきまでのやる気の無い態度はどこへやら、ラベンダー頭巾はグリーンベレーも真っ青な素早さで即座に臨戦態勢を整えます。
バスケットを後ろに下げながら、油断なく構えた目の前の草むらがまたガサゴソと揺れました。
「そこかッ」
姿も確認せずに繰り出した、一撃必殺の素早い蹴りが、草むらをなぎ払いました。
「ぐあッ」
途端、横様に吹っ飛んで姿を現したのは―――
「うぐぐ、ひ、酷いッスよ、先輩」
「ん?」
転がり出た場所で、恐らくさっきの蹴りがあたったのでしょう、片方の肩から腕にかけてを押さえながらよぼよぼとこちらを振り返ったのは、メガネをかけた狼さんでした。
この狼はとても珍しい種類のもので、いつも全身からほんのり冷気を放っています。
辺りが急に寒くなったので、途端に機嫌の悪くなったらベンダー頭巾が、そのまま傷ついた狼を見捨てて山登りを再開しようとした途端、狼は慌ててラベンダー頭巾の行く手を遮りました。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
「―――何だ」
ラベンダー頭巾はいよいよもってあからさまに不機嫌です。
メガネの狼は僅かにびくりと震えながら、けれど男の名誉にかけて、ビビっている姿など絶対に晒すわけにはいかないので、頑張ってラベンダー頭巾を真っ直ぐ睨み返します。
「そ、その、あんたにちょっと用があって」
「俺は無い、じゃあな」
「カレー屋が!」
構わずさっさと歩き出そうとしていたラベンダー頭巾の足が、俄かに止まりました。
「何?」
「この林の向こう、新しいカレー屋が出来たんスよ、それ、教えてやろうと思って」
狼を一瞥して、ラベンダー頭巾は紙パイプを消すと、おもむろに鼻をくんくんとさせてみました。
―――クミン、コリアンダー、ターメリック、カルダモン、シナモン、ジンジャー、フェンネル
芳しいスパイスの香りが、成る程確かに、風に乗ってほんのりと漂ってきます。
無類のカレー好きのラベンダー頭巾は、思わず喉をごくりと鳴らしていました。
「こ、これは」
「ね、俺の言ったとおりでしょう?」
「オイ、狼」
「何スか?」
得意満面にしている狼を振り返って、ラベンダー頭巾は手に持っていたバスケットをずいと突き出しました。
「阿門から頼まれた届け物だ、お前がこれを持って行け」
「は?」
「俺は、これからカレーを食いに行かなきゃならない」
ラベンダー頭巾にとって、すでに最優先事項はカレーに変更されています。
阿門ママの頼みでも、カレーの魅力の前では果てしなくどうでもいい事です。
否定も反論も赦さない気迫のラベンダー頭巾に、狼は再びたじろいで、おとなしくバスケットを受け取りました。
「届け先はこれだ、中身は揺らすとこぼれるものらしいから慎重に運べよ、へましたらただじゃ済まさないからな」
「そんな、元はといえばあんたが請け負った仕事でしょう?」
「黙れ、いいか、ちゃんと運べよ、後で阿門にケチでもつけられちゃ迷惑だからな、じゃあな、任せたぞ」
ラベンダー頭巾は身勝手もいいところのメチャクチャな言いつけをして、そのままさっさと木々や茂みを分け入っていきます。
後姿を見送って、ため息を漏らした狼の、メガネの奥の瞳が不意にキラリと輝きました。
「―――フッ」
バスケットの中身をチラッと確認してから、口元ににんまりと笑みが浮かびます。
「まあ、こういう展開なら、恐らく、そういうことなんだろうからなぁ」
期待を込めて呟いた声には、どこか確信めいた響きが混ざっていました。
つい急ぎ足になってしまうせいで、疎かになりがちな手元に十分注意を払いながら、狼は山を登っていきました。
コンコン。
「はーい」
ここは、天香山山頂、荒吐神さまのお社の傍に立つ、赤い屋根の一軒家。
ドアをノックすると、案の定若い女性の声が答えます。
狼はいよいよ期待に胸を膨らませて、千切れんばかりに尾っぽを振りながら、扉が開くのを待ち構えました。
この扉が、開いたら―――
(そのまま押し倒して)
ぺろりと、平らげてしまいましょう。
すでに準備は万全です。
(ようし)
喉がゴクリと鳴りました。
程なくして、ドアがカチャリと開きます―――
「先輩ッ」
「あら?ハッ」
勢いよく抱きつこうとした狼は、そのまま直後に鞭の一撃で吹っ飛ばされていました。
慌てて起き上がった目の前で、ドアの向こう、緋色の髪をした女の人が非常に不快気な様子でこちらを睨みつけています。
「ちょっと、どういうつもり?貴方まさか、私の事をそういう目で見ていたの?」
「バッ、じょ、冗談じゃないッスよ、何で俺が双樹さんなんかに」
「なんかに?」
キラリと睨みつけられて、狼の尾っぽはキュッと股の間に入り込んでしまいました。
お家の中にいたのは、双樹さんと、そして。
「おやおや、誰かと思えば、狼君じゃないですか」
「神鳳さんまでいたんスか!」
「居てはいけませんでしたか?」
「い、いや」
がっくりと項垂れて、目算の外れた狼は急に元気をなくしてしまいました。
(おかしい―――こういう場合、俺が狼、ラベンダー頭巾があの人なら、おばあさん役は先輩なんじゃないのか?そんでもってとりあえず俺に食われて、そのあとで誰かが助けに来るとか、そういう展開が一般的なんじゃ)
「ちょっと、狼?」
「は、ハイ」
考え込んでいた狼は、双樹さんに呼ばれて慌てて顔を上げつつ答えます。
狼は、この、双樹さんと神鳳さんにまったく頭が上がらないのです。
ついでに言うと阿門ママも苦手で、ラベンダー頭巾は宿敵でした。
今日はようやく、あの忌々しくもふてぶてしいラベンダー頭巾の鼻をあかしてやれると思っていたのに。
「狼、そんなところに突っ立っていないで、バスケットを早くよこしなさい」
「そうですよ、狼君、それは阿門ママ様からの届け物ではないのですか?」
「は、はあ」
近づいて、バスケットを手渡すと、中身を確認した双樹さんがキャアと歓声を上げました。
「1990年物のボルドーだわ、それに、焼きたてのバケット、阿門ママ様お手製のバター、ブルーチーズ、ローストビーフ!」
「これは、ご馳走ですね、さすが阿門ママ様です」
「ウフフ、素敵、後はあの方御自身がいらっしゃるのを待つだけね」
「はい、ですが、その前に室内を飾り付けておかなくては」
「そうね、せっかくのクリスマスパーティーですものね」
そうなのです、今日はクリスマス、阿門ママや、双樹さん、神鳳さんはここでパーティーをするつもりなのです。
「狼」
手持ち無沙汰で立っていた狼は、急に呼ばれてビックリして双樹さんを振り返りました。
「な、何スか?」
「部屋を片付けて、飾り付けをしなさい」
「えッ」
何で俺が、と言いかけた狼の前で、双樹さんは手にしていた鞭の両端を掴んでパシンと鳴らしました。
すぐ傍では神鳳さんがどこからか取り出した弓の弦の調子を見ています。
片方の手には、何か青緑色のものを鏃に塗りつけられた矢を数本携えていました。
何かよくないことを予感させる光景に、狼は息を呑み、それから渋々、頷きました。
「わ―――かりましたよ、やればいいんでしょ、やれば!」
「あら、お利口さんな狼ね」
「ええ、強いものには巻かれろ、まさに大自然の掟そのものです」
言いたい放題の二人を前にして、すっかり面目のなくなった狼は、そのままショボンとお家の中に入っていきました―――
そうして、数時間後。
「遅くなったか」
「阿門ママ様!」
「いらっしゃいませ、いいえ、そんなことはありません、皆で貴方のお越しをお待ちいたしておりました」
ノックの音に扉を開いて、双樹さんは瞳をキラキラと輝かせています。
神鳳さんも和やかに、ようやく到着した阿門ママを歓迎しました。
「家の用が立て込んでいてな」
「まあ、それはお疲れ様でした、さあ、どうぞ、暖炉の前が暖かいですよ」
双樹さんに案内されて歩く途中、阿門ママは台所でキリキリ働いている狼の姿に気付きます。
「あれは?」
「お料理を作っているんです、阿門ママ様のために」
「お、俺は別に、好きでやってるわけじゃねえッ、双樹さんがやれって言うから」
キラリと、双樹さんの両目が輝きました。
途端狼は黙り込んで、オーブンの中の七面鳥をわざとらしく覗き込んだりしています。
阿門ママはそんな2人を交互に見てから、軽くため息を漏らしました。
「ラベンダー頭巾の姿が見えないようだが」
「あの子でしたら、私たちも存じ上げません、ですが、届けものなら狼がきちんと持ってきています」
「そうか」
「先輩なら今頃森のカレー屋でカレー食ってるッスよ」
ったく、と呟いて、狼は不満たっぷりに肉きり包丁を握り締めていました。
ローストビーフを切り分けて、サラダのボウルにちぎったレタスを放り込んでいきます。
「ったく、何で俺がこんな事を」
「狼」
はたと、振り返ればすぐ傍に阿門ママが立っていました。
「な、何スか」
狼は、一瞬物凄くビックリして、それからまだちょっとドキドキしつつ、阿門ママを見上げます。
「ローストビーフは」
「は?」
「ローストビーフはもっと薄く切った方がよい、それと、サラダならシーザーサラダだ、俺の届けさせたブルーチーズを使え」
ぽかんとする狼を放っておいて、双樹さんと神鳳さんはそれがいい、そうしなさいと、狼に命令して、阿門ママをしきりに褒めちぎっていました。
「何で俺がそんなことまで―――」
狼はもう殆ど泣きそうです。
いっそこの手に持った肉切包丁で阿門ママを刺してやろうかと不穏な事すら考え始めていました。
その時でした。
『メリークリスマース!』
元気な掛け声と一緒に、ガラガラガッシャンとガラスの割れる音が家中に響き渡ります。
阿門ママも、双樹さんも、神鳳さんも、狼も、びっくりして音のした方へと駆け出しました。
パーティーの準備の整った居間を覗き込むと、そこには―――
「メリクリ!そんでもってアケオメとか言うんだっけ?今どきの日本語って訳わかんないよね〜」
「サンタちゃん!」
「サンタさんじゃないですか」
「サンタか」
「せ、先輩ッ」
真っ赤なローブに真っ赤なブーツ、真っ赤な帽子を被った、可愛らしいサンタさんが、大きな荷物を抱えて、割れた窓の手前にちょこんと立っていました。
ぴょこぴょこ跳ねるこげ茶色の髪の下では、光によって色を変える瞳が、今は赤い色でキラキラと輝いています。
ニッコリ笑った姿に最初に飛びついていったのは、双樹さんでした。
「いらっしゃーいッ」
「うわ、ふ、双樹さん、苦しいよッ」
「ウフフ、サンタちゃんは何を着ても似合うのねえ、可愛いわ、食べちゃいたい」
「えッ」
「双樹さんッ」
出遅れた狼は多少焦り気味です。
(その役は、俺がするはずだったのにッ)
おばあさん役がサンタさんでなかった地点でアウトなのですが、雑草根性たくましい狼はその程度の事でめげたりはしないのです。
虎視眈々とチャンスを狙いながら、暫く状況を見守る事にしました。
「サンタよ」
抱きついた双樹さんに頬擦りされながら、顔を上げたサンタさんに、阿門ママは深いため息を漏らしています。
「―――何故、窓を割ったのだ」
「え、だって、こうでもしないと家の中に入れなかったから」
「何故玄関から入ってこない」
「だって、めでたい日にはサプライズって、我が家の伝統だもん、本当はサンタだから暖炉突入が正式なスタイルなんだろうけど、火が燃えてて危なくって」
「それで、窓から入ってきたというのか」
「あ、大丈夫、アタシ怪我なんてヘマしないから、プレゼントもこの通り、全部無事です!」
袋を掲げて胸を張るサンタに、阿門ママはもう一度、今度はさっきより深い、深いため息をしみじみと吐き出して、眉間の皺を指先でコリコリと解しました。
「まあまあ、阿門ママ様」
神鳳さんがにこやかに取り成します。
「そんなことよりサンタさん、表は寒かったでしょう、さあ、貴方も暖炉にあたってください」
「エヘヘ、アリガト」
「狼は窓の修繕をお願いしますね」
「えッ、な、何で俺が」
途端思い切り嫌そうな顔をした狼でしたが、直後に耳と尻尾を垂れて、工具を取りに行ってしまいました。
神鳳さんは毒の塗られた弓矢を再びさりげなくしまいます。
「さあ、サンタさん、阿門ママ様、パーティーを始めましょうか」
「ウフ、楽しい一日になりそうね」
「うんッ」
「フッ―――まあ、このような日があっても、構わぬだろう」
すっかり全壊した窓枠に板をあてがって、釘と鉄鎚で固定していく作業にただ一人きり没頭する狼の姿を無視して、クリスマスパーティーはいよいよ幕を開けたのでした!
「はああ〜食った食った!」
満腹のお腹をさすって、暖炉の前でサンタさんは満足げにニコニコしています。
隣では寄り添うように座った双樹さんが、やはり同じようにニコニコしながらその姿を眺めていました。
「サンタちゃん、美味しかった?」
「うん、いちごのカナッペも、ケーキも、アイスも、サラダも、肉巻きも、ソテーも、フライも、煮物も焼き物も炒め物も全部美味しかったよ!」
直後に狼がウエッと吐き気を催したような態度を取ります。
神鳳さんも少し気持ち悪そうにしています。
いちごを使ったお手製料理の数々は、全部サンタさんが自分で作ったのですが、食べたのはサンタさんと阿門ママだけでした。
「ふむ、面白い味わいだな」
いちごとほうれん草のソテーを食べている阿門ママに、悪食め、と悪態をついた狼は、直後に鞭の殴打を受けてしゃがみ込んでしまいました。
双樹さんは専らサンタさんを観賞することを愉しんでいるようです。
「ねえ、ストロベリーシャーベットもあるのよ」
「凄い、素敵!」
「ウフフ、サンタちゃんはいちごなら何でも好きなのねえ」
「うん、生で摘みたてを食べるのが一番だけど、他の食べ方でも大好きだよ、これでもかなり研究したんだ」
「そう、ウフ、可愛い」
頭をいい子いい子と撫でられて、サンタさんはアッと声を上げました。
「そうだ、あたし、クリスマスプレゼント持ってきてたんだ!」
すっかり忘れていたと、そのまま荷物の元へ駆けて行きます。
その途端、何かのアンテナがぴこんと立ち上がる感覚に、狼はハッとサンタを目で追いました。
(これは、もしや)
何だか、チャンスがめぐってきそうな予感がしています。
和やかな雰囲気の中、ただ一人神経を張り詰めて、狼はサンタさんの一挙手一投足に注目します。
「えーっとねえ」
サンタさんはまず、取り出した箱をよく確認して、阿門ママのところまで持って行きました。
「これは、阿門ママにね」
「何だ」
「開けてみて」
阿門ママが箱を開くと、中から低反発枕とゲルマニウムネックレスが出てきました。
「ママはいつも疲れてるみたいだから、これでゆっくり身体を休めてください」
「サンタちゃん!」
双樹さんが感激したようにサンタさんのところへ駆け寄って、そのふくよかな胸に思い切り抱きしめます。
「あなた、なんて優しいのかしら!」
「むごご、むごごごごーッ」
「阿門ママ様、良かったですわねッ」
「―――うむ」
阿門ママは湧き上がる言葉や感情を無理に消して、頷くだけに留めておきました。
その疲労の原因がどこにあるのか、いっそはっきり言ってしまいたいのですが、今日はクリスマス、子供たちに無用のしょんぼりを与えるのは宜しくないと思ったのです。
阿門ママはそういう人なのでした。
苦労性がすっかり身に馴染んでしまっています。
「むごご、むごッ」
「双樹さん、サンタさんが苦しがっていますよ」
神鳳さんの助け舟で、サンタさんは辛くも一命を取り留めました。
「ぷは、い、息ができなかった」
「ごめんなさいね、サンタちゃん」
「大丈夫、平気だよ」
「そう、良かった―――ねえ、サンタちゃん?」
「うん?」
「あたしに、プレゼントは?」
サンタさんは、ちょっと待っててと言って、再び袋の中を覗きにいきました。
そして取り出した箱を確認して、今度は双樹さんに手渡します。
「はい、これです」
「まあ、嬉しい、開けてもいいかしら」
「どうぞ」
促されて取り出すと、それはアルバムでした。
開くと、阿門ママの写真がたくさん収められていました。
「双樹さんはこれがいいだろうと思って、全部隠し撮りだよ、レアモノなんだから」
ぐ、と言葉に詰まる、多少ショッキングな様子の阿門ママとは別に、双樹さんは有難うといいつつ、何故か少し物足りなさ気です。
「―――これじゃ、イヤだった?」
「ううん、そうではないわ、全部視線がこちらを向いていない写真だなんて素敵、まさしくレアだわ、これからは毎晩これを抱いて眠るつもりよ、でも」
「でも?」
双樹さんの瞳が、キラキラとサンタさんを見詰めます。
「あたし、これとは別に、貴方の写真もたくさん欲しかったわ」
「え?」
「寝ているサンタちゃん、お料理しているサンタちゃん、交戦中のサンタちゃん、そうね、今度、誰かに頼んで用意してもらおうかしら」
「あ、あの?」
「ウフフ、新しい楽しみが出来ちゃったわね、ありがとうサンタちゃん、これは私の宝物にするわ」
一人で提起して、一人で完結してしまった、そんな双樹さんを見詰めるサンタさんは複雑な表情です。
「あー、えっと、次は神鳳くんだね」
「私にもあるんですか?」
「もちろん!」
サンタさんは袋の中から箱を取り出して、神鳳さんに手渡します。
開けてみると中にはハニワのような形をした何かが入っていました。
「それはね、ハニワ型花入れです」
「ほお」
「神鳳くんってお花生けるんでしょう?えっと、確か、菓道?」
「華道ですね」
「そうそう、それ、その時にでも使ってよ、この間ダニの市で見つけてきたんだ、レアものだっておじいちゃんが言ってたよ!」
「のみの市ですね、確かに、面白い形をしています、有難うございます、大切にしますよ」
神鳳さんはニコニコとハニワを抱えて微笑みました。
「えーと、これで全部かな?」
「先輩!」
狼が慌てた様子で叫びます。
「ん?」
「ん?じゃないッスよ、俺、まだプレゼント貰ってないですッ」
「ああ、そういえば、狼くんもいたっけ」
(いたっけって)
すっかり忘れられていた狼は、くじけそうな気持ちを必死に励ましながら、思い切り尻尾を振ってサンタさんに近づいていきます。
「俺にも、何かないんスか?」
「ええと、ちょっと待ってね」
サンタさんは袋の中身をのぞきこんで、アッと声を上げました。
狼の中のスケベアンテナがいよいよめまぐるしい光を放ち始めます。
「―――どうしたんスか?」
「―――ごめん」
(キタッ)
内心ガッツポーズをとりました。
初めて、狼の目論見どおりの展開になりそうな予感が、ひしひしと伝わってきています。
サンタさんは袋を持ち上げて、逆さまにして振りました。
中からはチリひとつ落ちてきません。
「プレゼント、もう無いや」
狼は小躍りしそうな気分をグッと堪えて、代わりに、いかにも残念そうに肩を落として思い切りため息を落としてみせました。
「そう、ッスか」
「あ」
「まあ、俺は、どうせ呼ばれてないッスからね、プレゼントなんてなくても当然か」
「狼くん」
「いいんスよ、パシリにされて、裏方やらされて、飯だって片づけだって、飾り付けだって全部俺がやったけど、仕方ないんスよ」
しょぼしょぼ、しょぼとんとしつつ、抜け目なくサンタさんを窺ってみると、案の定すっかり弱り果てているようです。
(YES)
狼はお腹の中で、両脇に腕を思い切り引くタイプのガッツポーズをイメージします。
サンタさんは実はとても情にもろい人なのです。
弱っている誰かを見かけたら、口では何も言いませんが、態度で120パーセント以上の気遣いをしてみせるサンタさんが、この後どんな態度に出るかは想像に難くありません。
「はああ」
トドメにもう一度ため息をつくと、両脇でギュッと拳を握り締めて、サンタさんは狼の方へ身を乗り出してきました。
「狼くん」
「何スか」
「ごめんね、あたし、もう何も持ってないから、物ではあげられないけれど」
(キタキタ、キタッ)
「その代わり、狼くんにしてあげられること、何か無いかな?」
キターッと、狼は叫びだしそうな気持ちを必死に堪えます。
まさに、このシチュエーションを待っていたのです!
この際、周囲なんて関係ありません、いいえ、何だったらアレコレする様を見せ付けて、羞恥に悶えるサンタさんの姿すら堪能してしまいましょう。
狼の理性は殆どすっ飛びかけていました。
目の前にはとても、とても美味しそうな、可愛らしいサンタさんの姿。
思わず舌なめずりをして、両手を肩に置きます。
「先輩」
見上げてくる瞳は何だか震えているようで、体の下半分の、ごく一部分が急速に熱を帯びて膨張を始めているようでした。
「なら、俺は」
貴方が欲しい、と。
一世一代のセリフを狼が囁こうとした、まさにその時です―――
「ん?何だ、もう始まってたのか」
居間の鴨居を抜けて、姿を現したのは、アロマの紙巻、ラベンダー色の頭巾。
「ラベンダー頭巾じゃないの」
双樹さんの呼び声に、狼は口を半開きにしたまま硬直していました。
内側で急激に高まりつつあった熱が一気に下がり、ガラガラと何かの崩れ落ちていく音がどこからともなく聞こえてくるようです。
「うん?」
辺りの妙な雰囲気に気付いていないのか、気にしていないのか、ラベンダー頭巾は何でもない様子で向き合っているサンタさんと狼の姿に目を留めました。
「お前等、何やってんだ」
「あ、や」
「あのね、あたしがね」
やはり、ただ一人、まだ困り顔のままのサンタさんは、ラベンダー頭巾に説明を始めました。
その間、狼の肝は一気にゼロ以下まで冷え切っていきました。
本来冷気を発するのは毛皮だけのはずなのに、今は体の内側まで寒々としているようです。
「ふうん」
全部聞いて、ラベンダー頭巾は含みのある声で一言呟き、紙巻をフウッと煙らせます。
「なるほど、な」
そしておもむろにサンタさんの傍まで歩み寄り、片手をガッと掴んで持ち上げました。
「ちょ、な、何すんのよッ」
「コレ」
「え?」
サンタさんの手には、空の袋が握られています。
「これがあるだろ」
「は?」
「プレゼント入れてた袋、狼にゃコレで十分だ、色々使い道もあるだろうさ」
ニヤリと笑ったらベンダー頭巾を見て、狼は顔面に立て縞をザーッと落としていました。
なんということでしょう!
一方のサンタさんは、少しきょとんとした後で、そうだねと明るい声と笑顔を発します。
「この袋って丈夫で、何でも入るんだよ、まあ、そんなにサイズは大きくないけど、でも鶏三羽くらいなら入れて持ち歩けるから!」
「せ、先輩」
「ハイコレ、お気に入りだけど、あげる!プレゼント!」
ギュッと差し出されて、狼はすでに突っ込む気力すらなくしていました。
一瞬見開いた目を、そのままゆるゆると半開きにして、そろりと片手を差し出しました。
その手にサンタさんは瞳を輝かせながら、大切そうにソッと袋を手渡してきます。
(ああ)
狼はサンタさん自身を貰うつもりでしたが、何の因果か、手に入ったのは袋だけ。
すっかり意気消沈して、オマケに絶望しかけて、袋を握った手を下ろしながら一緒に顔を俯けました。
その肩を双樹さんがポンと叩いて「良かったわね」と半分皮肉交じりの声をかけてきました。
「まあ、大概君の目論みは成功しないようになっているんですよ」
神鳳さんのトドメの一言に、いまや狼の気分は床半分位まで埋まってしまっています。
まさしくどん底の、その様子を阿門ママだけが呆れた様子で眺めています。
「で?」
「え」
ようやく元気を取り戻しかけていたサンタさんに、ラベンダー頭巾がグッと顔を近づけました。
「お前はコレで、本当に何もなくなったわけだが―――なら、俺によこすプレゼントは無いな?」
「あッ」
再び困り顔になりかけたサンタさんの頭を、帽子を取り上げて、ラベンダー頭巾はいい子、いい子と何度か撫でます。
「別に構わないさ、なら、俺は最後のひとつを頂くまでだ」
「最後のひとつ?」
「ああ、おまえ自身をな」
「えっ」
驚く暇も無く、サンタさんは易々とラベンダー頭巾の肩に担ぎあげられていました。
そして唖然としている面々に、くるりと背中を向けて、ラベンダー頭巾は空いているほうの手を半分ほどまで上げてヒラヒラと振ってみせます。
「メリークリスマス、いい年を、じゃあな」
「ちょ、ちょっと!」
ようやく我に返ったサンタさんが、慌ててラベンダー頭巾の背中を叩いたりつねったりして暴れていましたが、ラベンダー頭巾はまったく相手にせず、現れたときと同じくらい唐突に、サンタさんを攫って家から出て行ってしまいました。
残された彼等の仲で、最初にショックから立ち直ったのは―――
「なーッ」
狼でした。
袋を握り締めたまま、天を仰いで絶叫します。
その声ではたと気付いた阿門ママや双樹さん、神鳳さんは、顔を見合わせてから、気を取り直して再び談笑を始めたのでした。
「仕方ないですねえ、ラベンダー頭巾さんは」
「あーあ、サンタちゃんがいなくなっちゃって、凄く残念、阿門ママ様、いちごのカナッペお召し上がりになりますか?」
「うむ、頂こう」
「ああ、コレは花入れでなく、ただのハニワですね、天辺が壊れて穴が開いているから、花入れとして販売していたんでしょう」
「阿門ママ様、そのゲルマニウムネックレス、とてもお似合いですわ」
「うむ」
「双樹さん、モノは相談なのですが、あなたのアルバムの中から、阿門ママ様の隠し撮り写真を何枚か、僕に分けてはもらえないでしょうか」
「条件次第かしら」
「では、サンタさんの隠し撮り写真を用意してきますので」
「ウフフ、いいわよ、そういうことなら話に乗ってあげる」
「約束ですよ?」
「そっちこそ、飛び切り可愛らしいのをお願いするわ」
「了解しました」
「―――お前たち」
狼はたった一人で遠吠えています。
「あんたらなんて、あんたらなんて、全員、だいっ嫌いだーッ」
―――いつの間にか雪まで降り始めた、クリスマスの夜は、深々と更けていくのでした。
(終)