「Die Maid sollte sein bestes
tun」
フロアのドアを開いた途端、イヤフォンから流れる要警戒の音声。
「皆守ッ」
あたしは即座にホルダから銃を抜き取り、戦闘体制に移行する。
高性能バリバリのアイスコープ兼情報ツールが速攻演算してはじき出した情報によると、敵のタイプは獣が三匹、虫が二匹、魔人が二匹。
先行して近づいてくるのは、勿論移動速度の速い虫タイプから。
(なら、GUN!)
セイフティなんかとっくの昔に外してあるから、慣れた仕草で狙いを定めた。
スコープが算出してくれる照準と、自分の経験と勘をあわせて、SHOT!
響き渡る奇声。
耳障りな物音。
協会が支給してくれるツールは、どれも物凄く精度が高くて、おまけに丈夫で信頼性抜群だから、あたしたちハンターは安心してお仕事ができるってわけ。
まったく、感謝、感謝だよねえ。
ギリギリで牙の一撃をかわしながら、半身をひねって虫の腹を狙う。
数発撃ち込みながら、まだ絶命していなかったもう一匹の攻撃をかわした。
こういうの、身体反射速度だけが頼り。
あと三半規管とか、動体視力とか、神経とかまあ色々あるんだけど、戦闘時ならではっていうのも忘れちゃいけないよね。
ガンガン出てるぞ、ドーパミン!
(多分ね)
虫を乱暴に蹴りつけて、背中の継ぎ目を狙って、鉛球を打ち込んでやった。
『敵影消滅』
ツールが告げる。
あと6体ッ
「うおりゃあああ!」
もう一匹の虫の足先が輪郭を擦った。
乙女の顔に傷をつけたな!
咄嗟に懐から引き抜いたナイフでその足を切り落としてやる。
動きが鈍くなったところで、胴と下肢の付け根に鉛球を三発。
『敵影消滅』
マガジンを投げ捨てる。
新しいのを充填するのは後回しにして、だって残りは魔人と獣だもんね。
あたしは銃をホルダに突っ込んで、代わりに鞭を引き抜いた。
パシンって、小気味いい音を立てて、床を叩きつける。
(さーあッ)
―――来い!
虫の次に足が速いのは、獣タイプ。
こちらは動作が予測不能だから、結構性質が悪い。
だ、け、どッ
「せいッ」
飛び掛ってきた獣の鼻っ面を、鞭で思い切り強打してやった。
更に飛び交う攻撃をかわしながら、鞭で打つべし!打つべし!
あたしの右側から牙が迫って、制服ギリギリを掠めていくのを、半身をひねってかわしながら、下から振り上げた鞭で腹を打ち付ける。
そのまま左に流れる鞭身を、反対側から迫りつつあった姿に打ち付けて、更に振り上げながら、正面の獣を一撃。
振り下ろして一撃。
横に薙いで左右にもう一撃。
そのまま右と、左、飛び下がって正面!
獣達の絶叫。
『敵影消滅』
残り4体ッ
「丈夫じゃないッ」
遮二無二迫り来る爪や牙をバックステップでトントンとかわしながら、途中で腰をひねりつつ、一匹を思い切り強打!
『敵影消滅』
「悪いわね」
もう一匹の鼻っ面を爪先で蹴り上げて、露になった喉元に、鞭の一撃が赤い線を引いた。
直後にバッと散った体液を除けるためにジャンプして、着地しながら鞭を戻す。
『敵影消滅』
手元で適当に束ねて、ベルトホルダの一つに止める。
動作は全部、流れるように。
反対側の、背面に手を突っ込んで、固い感触を探り当てて引き抜くと―――
(シャラリ)
金属音を立てて現れる、灼熱色の刀身。
残る敵影は魔人2体。
あたしは身構える。
直後に間髪入れず繰り出された攻撃をすれすれで避けて、薙ぎ払いながら後ろへ飛んだ。
「はッ」
着地すると同時に飛び込んで、真っ向から袈裟懸けに切り上げる。
もう一体の指先を避けつつ、その腕に一撃。
腕が切れて落ちた。
魔人が咆哮する。
腹を切りつけて、その間に脇から繰り出された攻撃をバックステップで避けて、更にその魔人の腹も薙ぎ払うと、飛び散った体液がアイスコープの左目を暗く染めた。
(やばッ)
即座につま先の向きを変えて、駆け出しながら手で拭おうとした。
―――あー、ダメだ!
(両手ドロドロだもんッ)
あたしはスコープのモードをレーダージャッジに切り替える。
これなら、視界はレーダー感知されたデータだけが表示される状態になるから、とりあえずの急場は凌げるはず。
「tun Sie mein
bestes!」
振り返って魔人達の姿を確認した。
協会の開発したレーダーは特殊なもので、微細なディティールや色彩までは表現されないものの、大まかな輪郭と動作はバッチリ補足して秒コンマ単位の時差も無く表示してくれる。
居場所が分かれば、容赦はいらない。
そのまま、きゅっと靴底を鳴らして向きを変えながら、剣を構えて飛び込んだ。
「うおおおおおッ」
細かな調整は、やっぱり訓練した勘と気配の読みだけが頼り!
風を切る音を聞いて、攻撃を避けながら確実に刃を当てていく。
「っく」
肩の上が焼けたように痛む。
「はあッ」
切っ先の狙いを定めて、魔人の体に剣を突き刺した。
轟く絶叫。
『敵影消滅』
あと、1体!
ずるりと掌で柄が滑って、死体は刺さった剣ごと、視界から消滅した。
あたしの手の中は今空っぽ。
左から迫ってくる、大きな握りこぶし。
「甘いッ」
即座にしゃがんで、足払いをかけて、バランスを崩したところに、懐から取り出したナイフを突き立ててやった。
絡まれる前に飛んで逃げる。
モニタの生命反応は微弱―――でも、まだ息がある。
考える前に、手がベルトを外して、引っ張り出した鞭で一撃していた。
『敵影消滅、オールグリーン、安全領域に移行しました』
パシンッ
「ふいーッ」
息を吐き出しながら、あたしは鞭で床を一撃していた。
(やれやれ、今回も無事に勝つ事ができました)
それからクルクルと手元で丁寧にまとめていると、後ろからラベンダーの香りが漂ってくる。
「お疲れさん」
鞭をベルトホルダで止めて、ゴーグルをおでこの少し上まで持ち上げてから、いつの間にか消滅していた魔人の体に刺さっていたはずの剣を拾い上げた。
刀身に付着していたはずの体液も、綺麗になくなってる。
両手を見れば少し汗ばんでいて、だから滑ったのかな?
(うーん、もう少し鍛錬しないとなあ)
鞘に戻してから振り返ると、皆守がアロマパイプを煙らせていた。
最初に呼びかけたあと、ちゃんと自分の身の安全を確保していたんだ。
(それが一番助かるよ)
あたしはニッコリ笑いかける。
「アリガト」
「肩、大丈夫か?」
「え?ああ、これくらいいつもの事だもん、平気、平気」
「―――まあ、お前がそう言うなら、今は構わないでいてやるが」
皆守は「寮に戻ったらちゃんと見せろよ」って言って、そっぽ向いてパイプを咥えた口の端からフーッと息を吐き出す。
(何だこいつ)
ヘンなの。
大体、皆守、戦って無いじゃん。
(それなのにその疲れた様子は何?労働して苦労してるのは、あたしだけだっての)
ちょっとムッとしながら、ナイフも拾い上げて鞘に戻した。
皆守を待たせておいて、銃のマガジンも交換しておく。
―――これでよし。
(行くか!)
「皆守、行くよッ」
「ちょっと待て」
気合を入れなおしたあたしは、ふいに腕を掴まれて、驚く間もなく―――皆守の腕の中。
顎を掴まれて、ぐいっと持ち上げられて、近づいてきた皆守の顔が、けれどキスじゃなくて、唇はもう少し下辺りに寄せられていた。
ぺろり。
(うあッ)
輪郭の一箇所を舐められた!
「ぬあーッ」
突き飛ばして、動揺しながら、それでも咄嗟に睨みつけたら、皆守は一瞬きょとんとしてから、凄い意地悪そうな笑顔を浮かべた。
「なななな、な、なにするのよッ」
「血」
「ち?」
「出てたぞ、さっき切られたんだろ?」
言われて、あたしははたと思い至る。
そういえば、戦闘中に切られたんだっけ。
触ってみるとちょっとだけヌルッとする。
指先を窺うと、赤いのが付着していた。
でも、これくらいならすぐ治っちゃうし、心配いらないかな。
(はあーッ、び、ビックリさせて!)
でも、こんな突拍子もない教え方された手前、ムカつくからお礼なんて言ってやらない。
「うるっさいなあ、知ってます!」
ヘンな事しないで!
忘れず付け足して、今度こそ、あたしは踵を返す。
ゴーグルを被りなおしながらスタスタ進みだしたら、後ろで皆守が何か言ったみたい。
聞こえないもん。
(さッ、どんどん行きましょう、お仕事、お仕事!)
歩く足の下の感触をしっかりと踏みしめて、あたしは早速、フロア探索に取り掛かったのだった。
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「まったく、別人だな―――やれやれ」
(終)