「しっかし、朱堂がいなくて良かったな?」
「ああっ」
恐ろしいことに気付いたように、今更大きな声を上げる。
メイド服の少女は先ほどから腕に抱きついて、頼りっぱなしで歩いている。
偽物の胸の感触は色々複雑な気分にさせられるけれど、実物を知っているからまあいい、と納得した。
これくらいボリュームがあってくれれば男としては嬉しいところだが、元のサイズでも何も不満はない、小ぶりだが形が良く、何より肌が吸い付くように柔らかく瑞々しいので、それだけで充分満足している。
肌色の襦袢なんか着ないで、露出の高い服を着て欲しい所だけれど、流石にそれは無理だろうと、パイプから立ち上る花の香りを感じつつ思う。
彼女と周囲が、柔肌に刻まれた数多の刻印を見逃さないだろう。
自分にとっては既に彼女の一部として受け入れてしまっているから、これ以上増えなければ何も問題ないし、増えたとしてもまた受け入れるだけだから、やはり問題はない。
改めて、後で衣装だけ着せてヤるか。
そんな事を考えていたら、いやらしい顔をしていると睨まれてしまった。
この顔は生まれつきだ。
「なあ、オイ」
「うん?」
「どこか見に行きたい所はあるか?」
「そうだなあ」
やきそば、たこ焼き、お好み焼き、フランクフルトに磯辺焼き、ピザ、ケーキ、ポップコーン。
「食い物ばかりじゃねえか」
「だっておいしそうなんだもん」
まさか全部食べるつもりじゃないだろうなと内心頭を抱える。
普段から体の割によく食べるから油断ならない。
そっちはどうなのかと訪ねられて、さっきカレー食ったから腹いっぱいだと答えると、フウンとつまらなそうな声が返ってきた。
「ホント、カレーばっかりだよね、きっと血の色からしてカレーなんだ、カレー臭漂ってるんだよ」
「その言い方はやめろ、カレーはな、スパイスのいい香りがするだろ」
「毎日だから飽きた」
「そのうちお前も好きになるさ」
昨晩も今朝もカレー、先ほどもカレーを食べて、今晩も二人でカレーを食べるだろう。
しかし、と、少し前の事件に思いを馳せる。
あの客、狙いが違っていれば、口出しせず眺めていられたのに。
(よりによってチョイスが悪過ぎるんだよ、まあ、確かにあの中じゃ飛びぬけて上玉だが、最初っから特賞狙うなって話だ)
欲が過ぎれば身を滅ぼす、この後は大人しく文化祭を見て回るか、家に帰って泣き寝入りだろう。
どちらにせよ恥知らずの無神経野郎にはいい薬だ。
(だがまあ、イベント自体は成功だな、目的も果たせたし、収益も上げられた、アフターフォローもぬかってない、ここまで関わったのなんか初めてだよなあ、ま、楽しくはあったが)
不意に腕をクイクイと引っ張られて、見れば「あれ」と指差す先に、件の男の姿があった。
友人達に励まされている様だったが、向こうもこちらに気付くと「あ!」と叫んで駆け寄ってくる。
(面倒臭いことになった)
目の前までやってきた男は早速「お前ら」と恨み節を切り出した。
「まさか、付き合ってたのか?」
「はあ?」
「だからか!さっきのダーツ、アレはやっぱり」
「ちょ、ちょっと待てって、何でそう思うんだ、そんな」
「だったら何でくっついてんだよ、お前ら、もしかして見せつけてんのか?俺のことバカにしてんのか?クソ!ふざけやがって!」
無言でやり取りを眺めながら、確かに、と思う。
傍から見れば完全に男女のカップルだったろう、連れ合いは天然でボケているから恐らく気付いていなかったに違いないが、周囲の目はそう認識していると分かっていた。
だからあえて見せ付けて楽しんでいたのに。
(この馬鹿は)
台無しにされてしまう、連れが気付いてしまったら全て水の泡だ。
いい加減にしろと言ってやろうかと思ったその時だった。
(なっ)
連れがいきなり、リボンを解いて、メイド服を脱ぎ始めた。
「お、おいコラッ、お前!」
男と、通りがかりの通行人が、目を見開いて凝視する。
「やめろバカッ、何考えて」
慌てて止めようとした、その時。
「ほら」
胸の辺りまではだけた服の裏側を見せて。
「シリコンだよ、これ」
言ってのける少女は、首と顎の境界線辺りまでカバーする極薄の肌色をした襦袢を着込んでいる。
これは彼女の肌の傷跡を隠すためのものだけれど、よく見なければ気付かない、普通に裸と勘違いするだろう。
「そんでもってこの胸、分かる?」
さらしを巻いてまっ平になっている胸元をポンポンと叩いてみせた。
「俺は、男」
「は?」
「だから、男だって言ってんの、胸はシリコンで、下は無理矢理くびれ作ってるだけ、中身は男です!」
「―――ウソ」
ぽつんと男は呟いて、突然自分の頭を両手でガッと掴むと、うそだああああ!と叫んでその場に崩れ落ちてしまった。
これで二度目だ、呆れ顔の友人達がヨシヨシとその肩や腕をおざなりに叩いている。
「うそだ、そのルックスで男なんてウソだ、信じられるかよオイ!」
「確かにな」
「可愛いもんな」
「だよな、そうだよな?男なんてサギだ、あんまりだ、畜生、このトキメキをどうしろって言うんだよ!」
「まあ、お前好みとは思うが」
「よく見ろ、あの子にも、俺たちと同じモンがついてんだぞ」
「あのヒラッとしたスカートの下に」
「シリコンパットって恐ろしいよな」
「けどあの胸、間違えようがない」
「アレは男だ」
「ああ、間違いない、可愛いけど、確実に男だ」
「文明を呪えよ、残念だったな」
「うわあああああああ!」
突然男が走りだし、友人達は口々に「すいません」と詫びてから、後を追って行ってしまった。
ポカンとしていたら、後ろのボタンを留めて欲しいと言われて我に返る。
「―――お前も無茶するな」
「手っ取り早いだろ」
「まあな」
普段から気にしているバストサイズで自ら欺いたくせに、指摘されて悔しかったのだろうか、少しぶっきらぼうな口調が面白くて愛らしい。
抱きしめたい衝動に駆られたけれど、この場ではいけないだろうと、合方の手を引っ張って歩き出した。
「何だよ」
「トイレ、急に腹が痛みだした」
「だったらそこに」
「こんな煩い場所のトイレなんて使えるか、寮に戻るぞ、あっちのトイレがいい」
「な、何言ってるんだバカ!文化祭の最中だぞ、寮なんて戻るか!」
「お前の所有権は今日一日俺にある、文句は言わせない、一緒に来い」
「そんなの横暴だ、不条理だ!もー!いい加減にしろよ、バカッ」
それでも、ぐいぐい引っ張られるままについてくる。
―――権利は『デート権』とあるだけで、今日一日付き合う義務は定められていないのに。
(やっぱり、最高だな)
握った手の柔らかさに嬉しくなる。
(無期限なら、一日程度で済ませるものか、これは俺が当てたんだからな、もう俺のものだ)
寮に戻ったら何をしよう。
とりあえず、あの真贋すら見抜けないバカ共が勘違いした柔らかなふくらみを思う様堪能させてもらおうか、それとも『ついている』疑惑をかけられた下肢を撫で回してやろうか。
睨む瞳も、尖った唇も、ヒラヒラした格好も全て可愛らしい。
早く抱きしめたくて足を急がせる傍らに、拗ねた気配が手を引かれながら文化祭を抜け出していく。
二人は、喧騒から一時、姿を消した。
今度こそ終
どこまでやったかはご想像にお任せします。