「The Other Side
of Midnight」
『やっばあ』と思ったときにはすでに時遅しだったわけで―――
「あきらッ」
皆守の怒鳴り声を背後に聞きながら、あたしの体は大きく横にぐらりと傾いでいた。
このまま倒れてなるものかッ
必死に、鞭の一撃で加賀智を倒したと思ったら、直後に死角に潜んでいた蚊欲の攻撃を受けて、痛みと同時に視界が闇一色に塗りつぶされる。
(マジですかッ)
それでも何とか、感覚でマシンガンをブッ放して、石室に響く断末魔の声と、HANTから聞こえてくる敵影消滅のナビゲーションボイス。
な、何とか、勝てたみたい。
へなりとそのまま座り込んだあたしの肩を、掴む感触がする。
「おい、あきら、大丈夫か?」
「みあかい?」
全身がシビシビ、痺れてるからろれつがうまく回ってくれない。
オマケになーんにも見えなくて、状況は非常にバッド。状態異常麻痺および、失明中。
(あーもう、おまけに寒気までしますよ)
起こるだけ起こった感じで、もうどーしようもなくて、あたしはそのままぺったりと動作不能に陥っていた。
ここは、毎度おなじみ、天香学園地下深くに広がる超古代遺跡の一室。
細部の追加調査だけしようと思って、本当は一人で潜るつもりだったんだけど、案の定皆守に見つかって、奴はやっぱりついてきた。
(うーん)
まあ、こいつが小姑みたいに目ざといのも、粘着気質で人の話を聞かないのも、もう慣れっこなんだけどね。
しかし―――
(この状況は、非常にいただけないぞ?)
唸るあたしのすぐ側で、背中に腕を回して、そっと抱き寄せられた。
「痺れてんのか?」
「う」
「―――どうやら、目も見えてないらしいな?」
「うゥ」
すでに日本語すら喋れませーん。
おまけに、首を上下に振るたびに、ぞわぞわ背筋が粟立って、頭痛と眩暈までするし、何より本気で全然何にも見えないし。
うあー!
肝心要のハンターが、こんな調子でどうするのッ
(やばい、非常にやばい、やばすぎる!)
あたしは、いまや冷や汗だか何だかわからないいやな水気をじっとり滲ませて、まだ手の中にあるマシンガンのグリップとウィップの柄をぎゅっと握りしめていた。
遺跡調査は、ハンターとしてのあたしが頑張らなきゃならない、あたしのお仕事だ。
だから、戦闘諸々は全部あたしが一人きりで引き受けるし、バディとして頑張ってくれてるみんなにも極力負担がかからないように、いっつも細心の注意を払って作業してる。
だってここで一時契約的に手伝ってくれてる皆は、ごく一般の民間人の方々なんだもん。
そりゃ、何人かは非常に優れた戦闘能力を有してくださっているけれど、今日のゲストの皆守さんはまったくもって戦闘の『せ』の字も持ち合わせていらっしゃらないわけで。
それでもしょっちゅう庇ってくれたりするから、そこそこは助かってるんだけど、実際本当にそのつもりで行動しているのかどうかって点では微妙だしねえ。
(だっていつも、眠いとか言ってるし)
ホントかウソかわかんないけどさ。
でも、とにかく、はっきりいって、この状況であたしが戦えなくなるっていうのは、死活問題なのだ。
それは、あたしだけじゃなくて、皆守も同じ。
っていうか皆守のほうがきっと内心物凄ーく焦ってるに違いない、だってもし状況が逆だったら、あたしなんかホント冗談じゃないもん。
なんにせよ、今化人にでも見つかったら、嬲り殺しにだってされちゃいかねない状況だ。
(や、ヤダヤダヤダ!そんな事考えないッ)
恐ろしい想像にぞっとして、でも奇跡なんてそうそう都合よく起こってくれるわけ無いから、本気で肝が冷えてる。怖い。
だんだん力が抜けつつある指先から、武器が落っこちそうになったら、あたしのじゃない指先にさっと取り上げられた。
(え?)
何か、顔のあたりでこすれて、もしかしてゴーグルを外されてる?
(え?何?皆守?)
この状況では他に考えられないけど、あたしの五感自体今はほとんどまともに機能していない。
ナビの声が急に聞こえなくなって、ゴーグルらしきものは首から下げられたみたいだった。
「これは邪魔だな」
低い声。
マシンガンのベルトに手をかけられたみたいで、あたしは慌ててそれを阻止しようとした―――つもりだったんだけど。
―――う、動けない。
(ひーッ)
いよいよ本格的に麻痺したあたしの体は、電気信号を全部無視して完全ストライキ中だ。
その司令塔自体、現在じわじわと蝕まれつつあって、正直今上下左右の感覚すら怪しい。
触れる感触から、なんとなく、武装を解かれて、アサルトベストの前を開かれて、気道の確保をしたついでに一瞬だけ息ができなくなった。
唇が塞がれたみたい、ラベンダーの香りと一緒に、柔らかい感触が離れてく。
(め、眩暈が)
くらり、と頭の中が一回転して、あたしは何かの力に促されるまま、ぱたりと何かに倒れ掛かった。
あったかな感触がしっかりと受け止めてくれて、どっかをポンポンと叩かれた気がする。
「おとなしく気絶でもしてろ」
誰かの声?
鼓膜の奥でぼわーんって広がって、ああ、意識がだんだん遠く―――
(だ、ダメだよ、こんな場所で気絶したら)
「そのほうが、都合がいい」
え?
「心配するな、後の事は、俺が何とかするから」
でもあたしときたら、もうほとんど夢うつつで、だから最後の言葉は何だかよくわからなかった。
パパ?それとも、カール?
(だ、れ?)
意識が途切れる前、ひとつだけわかった事は―――あたしに囁いてくれた声は、あったかくて、頼もしくて、とても安心できたから―――
(も、ダメ、だ)
―――もう一度ラベンダーの香りを感じながら、あたしはそのまま気を失ってしまった。
「はッ」
ぱちり、と目が覚めて、慌てて起き上がろうとして、またクラッときた。
倒れかけたあたしの体を支えながら、いきなり無茶をするなと、聞き覚えのある声があきれた様子で響く。
「あ、れ、ここは?」
「確か、魂の部屋、だったか?」
視界をぼんやり照らし出す緑の光に、ああそうかと納得したら、皆守に顔を覗き込まれていた。
「大丈夫か?」
「え?」
「具合、どこも平気か」
「あ、う、うん」
えーと、何だか優しい?
(いやいや!)
あたしはちょっと俯き加減のままで、こっくり頷き返した。
「そうか」
皆守の手が、するりと髪を撫でる。
「―――まったく、肝心要のハンター様が、いきなりぶっ倒れてくれるなよ」
むむッ
「な、何よう」
悪かったですねえ、鈍臭くて。
少しむくれながら下を見ると、アサルトベストの前は別に開かれてなかったし、銃火器の類も全部ちゃんと装備していた。
あ、そういえば、ゴーグルも被ってるや。
(あれれ?)
あたしは何だか少し不思議な気分で、自分の状態のチェックに取り掛かっていた。
武器よし、防具よし、ツールの類も問題なし、気を失う前と、状況になんら変化は見られない。
(えーっと)
これは、どういう事なのかな?
―――確か、気絶前に、誰か(恐らく皆守だと思うんだけど)に何かされた気がしたんだけど。
眉間を寄せて皆守を見上げたら、どうした?って不思議そうに声をかけられた。
「ね、ねえ、皆守?」
「うん?」
「あのさ、あたし、何でここにいるんですか?」
「―――は?」
直後に唖然とした表情で、ポカーンと口を開いて、それから皆守は、ますます困惑した顔であたしをまじまじと見詰めてくる。
「お前、覚えてないのか?」
へ?
「―――さっき戦闘直後、麻痺と失明して、ついでに体調までおかしくしていた事は、覚えてるか?」
は、はあ。
あたしはまた頷き返す。
「じゃあ、その後、ここまで、這い蹲りながら戻ってきた事は?」
「え?」
「俺が手を貸してやるって言うのに、聞かずに化け物達からこそこそ逃げまくって戻ってきた事は、覚えているのか?」
は、はい?
「そうだな、例えるならゴキブリみたいだったぜ、トレジャーハンターって言うのもなかなか悲惨な商売だよな」
「ご、ゴキブリ?!」
ああ、そうだと、皆守は何だか馬鹿にするみたいな顔で、口元のアロマをふうっと煙らせる。
「死に物狂いっていうのはああいうことを言うんだな、ひとつ勉強になったぜ、お前ときたらこの部屋までたどり着いて、中に入った途端ばったりいって、そのままずっと目を覚まさないものだから、正直俺も肝を冷やしたよ」
「な、何で」
「そりゃあ、お前、厄介者を担いで帰らなきゃならんのかってな、言っとくが俺はごく平凡な男子高校生様だぞ、お前みたいに特殊で特別なのと一緒にしてもらっちゃ困るさ」
「な、何おう!」
ムカッと来て、殴りかかったら、皆守はハハハとか笑いながら適当に腕で防御した。
あたしはというと―――悔しい事にまだ本調子じゃないから、その程度の動作で簡単にパンチが防がれてしまう。
くうう、おのれッ
「ったく、暴れるなよ、ようやく具合が治ったんだろう?」
「うっさい!」
「やれやれ、その調子じゃ帰るくらいは普通に動けるな」
「悪かったですねえ、ゴキブリでッ」
「本当のことを言われて怒るなよ」
本当の事だから怒るんですッ
(しっかし)
―――うーん、ホントに自力でここまで戻ってきたんだろうか?
(いまいち腑に落ちないけど)
でも、まあいいか。
とにかく命拾いした事だし、細かい事気にしてもしょうがないだろう。
(でも、皆守の言う事が本当だったら、あたしってかなりのプロ根性だわ)
正直、自分にそれほどのガッツやスキルや体力があるとは思えないんだけど、事実あたしはここにいて、皆守が嘘をつくメリットも見当たらないから、多分そうなんだろう。
いや―――なんかそんな気がしてきたぞ、うん。
(驚き)
ゆっくり立ち上がって、手足の状態を確認して、あたしはちゃんと自分が動けることを把握した。
隣で皆守がいちいち茶々を入れるから、指を折ってみたり、ジャンプしてみたり、色々して、結局今日はもう引き上げる事にした。
これ以上探索続けらんないもんね、かなり疲弊しちゃったし。
おとなしく寮に帰って寝よう。
「行くか?」
皆守に訊かれて、うんと答える。
こいつにももしかしたら迷惑かけたかもしんないし、なら、早いとこ休ませてやらないとね。
(正直今日の事にかこつけて、いちゃもんつけられたらたまんないからなあ)
さっさと行こうと歩き出した、あたしの後ろから少し送れて、皆守がついてくる気配がした。
「―――ったく、危なっかしい事この上ないぜ、ついてなきゃ不安でしょうがない」
「ん?」
振り返ったあたしに、皆守が「あ?」と変な顔をしてみせる。
「皆守、今、何か言った?」
「別に?」
あれ?
「おいおい、今度は耳か?勘弁してくれよ」
「な、何よ、そんなわけないでしょッ」
「だったら早く戻ろうぜ、疲れた」
むくれてそっぽを向いて、あたしは俄然早歩きになる。
もう、何よ、偉そうに!
「皆守なんてどうせあたしの後からついてきてただけの癖に、一端の口利かないでよ」
「悪かったな―――何も知らないくせに」
魂の部屋を出たら、そこはもう大広間だった。
おお、こんなところまで戻ってこれたのね、あたしってば凄いなあ。
トレジャーハンターは、やっぱり天職だったのかもしれない。
どんどん先に行くあたしの後から、いつものように皆守がふらふらとついてくる。
遺跡から戻って―――自室で武器のチェックをしていたあたしが、弾薬の数が異様に減ってる事に気付いて首を傾げたのは、また後のお話。
(終)