「Ihr Name」
ねえねえあーちゃんと、午前の授業も終わったお昼休み突入直後、八千穂さんがあたしの机の脇に駆け寄ってきた。
「さっきの授業、最後ノートとりきれなかったの、あーちゃん取れた?」
「うん」
「よかったあ!」
写させてーと、隣のイスをズズズッと引き寄せて腰掛ける。
覗き込んでくる、八千穂さんにノートを開いて見せてあげながら、熱心にペンを走らせる彼女をあたしはしみじみ眺める。
こうして、体を乗り出してると、改めて目立つんだよねー
八千穂さんのバスト。
いや、それだけじゃなくて、柔らかそうでツルツルふっくらした女の子らしい体型が非常にうらやましい。
(肌の色は白いし、傷なんてないし、出るとこ出てて、引っ込むところは引っ込んでるし)
スタイルなんかは部活動の賜物なんだろうけど、それにしたっていいなあ。
あたしだって日々半端じゃない運動量をこなしてるはずなのに、この差は一体どの辺りで生まれるんだろうか。
我が家のママもそこそこおっきいし、実を言えばうちの親戚関連は大体大きめ体質のはずなんだけど。
(あたしだけ突然変異とか、そういうことだったりして)
―――そんなの嫌すぎる。
(っていうか、切なすぎる)
なんだよもう。あー、バカな事考えるもんじゃないなあ。
内心ため息をつきながら、ふっと顔を上げたら八千穂さんとバチンと目が合った。
(や、やばッ)
じろじろ見てたこと、バレたかなッ
冷や汗が滲みかけたあたしに、彼女は何故かニコッと笑いかけてきた。
うわ、可愛いなあ。
「あーちゃん」
「え?」
「ノート、ありがと、写し終わったよ」
あ、ああ、なんだ、そういうことか。
ホッとしたついでに変な作り笑いでハハハとか笑ったあたしを、八千穂さんは相変わらずニコニコと眺めている。
えーと、まだ何かあるのかな?
「ねえ、あーちゃん?」
「何?」
「触ってみたい?」
は?
「え?」
八千穂さんはニコッと笑って、そういえばさ、って話題を切り出してきた。
―――今、ものすごい事を言われたような気がするんだけど。
(ききき、聞き間違いかな?空耳だよね、やっぱり)
あたしは無理やりそうだと思い込むことにして、さらりと八千穂さんの話に便乗する。
「な、何?」
あーダメだ、どもっちゃったよ。
(分かりやす過ぎる、あたし)
「あーちゃんって、苗字は玖隆だよね」
「ん、うん、そうだけど」
「あーちゃんは男の子だから、もし結婚とかしたら、苗字は変わんないまんまなんだよね」
「そうだね」
と、いうか、うちの一族は婿入り嫁取りしか認めてないから、もし結婚したとしても本名の苗字は変えらんないんだよね、多分。
まあ、あたしの子供の代辺りまで行けば関係なくなるんだろうけど、少なくともあたしは従うことになると思う。
でも今後の人生にまったく関係のない話ですけどね。
だってあたし、今のところ一生、お婿さんもらうつもりも、子供産むつもりもないし。
(何たって、あたしはトレジャーハンターなのですから!)
世界をまたに駆ける格好いい女に、旦那や子供は要らんでしょう!
なんたって、いずれは女版ロックフォードになるつもりのあたしなのだから!
「ちょっと、あーちゃん、聞いてる?」
「はっ」
―――い、いかん、またいつもの癖が出てた。
あたしは慌ててゴメンねとか謝りながら、モードのスイッチをパチンと切り替える。
「で、何の話だっけ?」
「もう、あーちゃんって時々人の話聞かないよね!」
―――鋭いご指摘。
「ご、ごめんなさい」
しょんぼりしたあたしに、八千穂さんは膨らましていた頬をすぐに緩ませて、アハハと笑いながらいいよって言ってくれた。
ホント、すいません、以後なるべく気をつけたいと―――思うけど、無理な気もするような、あう。
「じゃあ、続きだけど、あーちゃんの苗字は玖隆でしょう?」
「うん」
何度も確認するね?
(何で?)
「でね、あたしとあーちゃんがその、一緒になったりとかしたら、玖隆明日香になるんだよね」
「へ?」
は?
「なんだか昔の人の名前みたいで、ちょっと格好いいよね」
えーと。
あの。
「玖隆明日香かあ」
悪くないよねって、どういうことなのか訳のわからないあたしはボーっとしてる。
それは、天然なんですか?
それともモーションかけられてるのかな、この場合、どう判断すればいいわけ?
(え、ええと、えーっと、えーっと)
ぼけっとして、それから猛烈に混乱して、唖然としたまま口半開きのあたしの頭に、オイの声と一緒に軽いげんこつが振ってきた。
「あいたッ」
「なにボーっとしてんだ、あきら」
えっ
振り返ると皆守。
呆れた顔で立って、こっちを見下ろしてる。
「あ、皆守くん」
まだポケーが抜けてないあたしから視線を移して、皆守と八千穂さんはなんか話し始めた。
「八千穂、もう用は済んだんだろ」
「あ、うん、あーちゃんのノートって綺麗だよね、皆守くん知ってた?」
「ああ、まあ、それより、ならこいつは貰ってくぞ」
「お昼?」
「そうだ」
「エヘヘ、二人って仲いいよね、ちょっと妬けちゃうなあ」
「バカ、言ってろ、ほら、立てよあきら」
ぐっと腕を捕まれる感触と一緒に、イスから無理やり引き上げられたあたしの目の前で、八千穂さんがてきぱきとノートや教科書をあたしの机に片付けて、いってらっしゃーいと片手を振った。
「あ、ねえ、あーちゃん」
「な、なに?」
そのまま皆守に引っ張られていく直前、八千穂さんはまたニコッと笑いかけてきて。
「―――皆守あきらっていうのも、悪くないよね」
―――は?
「玖隆甲太郎?まあ、どっちでもいいけど、じゃ、また後でね!」
そのまま自分の机のほうにパタパタって駆けていく。
あたしは皆守に引きずられながら、ずるずると教室を―――
(は?)
はあ?
はああああ?!
「どうした、あきら」
「っつ!」
瞬時にあたし、皆守の腕を振り払って!
「バッカ!」
「は?」
「そんなこと、あるかー!」
絶叫して、ダッシュ!
もうとにかくガムシャラに駆け出した。
皆守の声がなんだか聞こえたような気もしたけれど、無視だ!当然無視、無視!
(そんな事、そんな事、そんな事ッ)
「あって、たまるかあああああ!」
―――あたしの空しい叫び声が廊下にこだまする。
その後、お昼ご飯を食べるのも忘れて、廃屋街辺りまで駆け抜けて、力任せの破壊活動にいそしむあたしが生徒会に捕獲されたのは約三時間後のことだった。
そのまま寮に強制連行されて、夜になって皆守が部屋に来るまで、あたしは部屋でずっと不貞寝を決め込んだ。
夜も、ふてぶてしい態度のあいつに逆恨みして殴りかかったんだけどね。
―――それでも支払いはさせられてしまいましたが、うう。
(終)