「Petal of peach」
法令番号、法律第二十号、最終改正平成13年12月12日、法律第百五十二号。
いわゆる、未成年飲酒禁止法というヤツ。
あたしに知識があるわけじゃなくて、こんなのインターネット検索すればすぐに調べがつくし、そもそも『お酒は二十歳を過ぎてから』なんて、今日日字の読めるチビッ子ですら知ってる日本の常識―――の、はずなんだけど。
「やっぱりビールはドイツ製に限るな」
「青島ビール知らないんっすか?」
「馬鹿、ビールはキリンだろうが」
「ステラ、オイシーデスヨ!」
「ステラ?」
「日本男児なら日本酒を飲まんか!」
「あれ、先輩知らないんッスか?ポン酒は悪酔いするんスよ」
「ああ、そうだな、清酒なら、むしろ焼酎にすべきだ」
「真露か?」
「オマル・ハイヤーム」
「はぁ、皆守先輩は安モンの銘柄ばっかりッスね」
何だとと急に不機嫌になった皆守が、あたしの肩に腕を回したまま身を乗り出したもんだから、つられて前倒しになりかけたあたしはコップの中のカクテルをちょっとだけ床にこぼしちゃった。
「もう、何するんだよ!」
怒りながら、すかさず夕薙くんが手渡してくれた布巾でそこを拭き取る。
相変わらずのジェントルマン、素敵だなあ。
「アリガト」
皆守、気をつけろとか怒られて、皆守はますます不機嫌顔に、コップの中のビールをあおる。
今日は、何だか知らないけど、飲み会。
会場は夷澤くんのお部屋。
うやむやのうちに決められちゃったらしくて、飲みだす前まで夷澤くんはすっごい嫌そうにしていた。
まあ、いつもの事なんだけどね。
そんでもって騒ぎが始まっちゃえば、やっぱりいつものように、夷澤くんも楽しそうに乗ってくる。
メンツはもちろん部屋主の夷澤くん、それで皆守、夕薙くん、真里野殿、トトくん、それと。
(あたし、女の子なんですが)
―――まあ一応、ここでは男ってことで通してますけどね。
でもなんだってあたしまで誘われたのか、よくわかんないんだよねー。
おまけに我々全員未成年、まあ、夕薙くんは違うかもしれないけど、でも、これっていけないことなんじゃないんでしょうか?
皆守に連れられてここに来たあたしは、隣に座った皆守にやれお酌しろ、こっち来いだの、いいようにこき使われてる。
んもー、まさか、そのためだけに呼んだんじゃないでしょうね?
「先輩」
「うん?」
夷澤くんが、コップを差し出してくる。
「すいませんけど、そこのビール注いでもらえますか?」
あ、これね。
あたしのすぐ側にある、アサヒのスーパードライ。
「いいよ」
受け取って、注いで、コップを渡したら、真里野殿がゴホン、ゴホンと咳をしながら、すまんが拙者にもとコップを差し出してきた。
「いいよ」
二人とも、顔が赤い。もう酔いが回っちゃってるんだ。
「はい、どうぞ」
「う、うむ、すまん」
「玖隆、すまないが俺にも頼めるかな」
「うん」
どうぞ。
「我ガ王、ボクニモ一献、頼ミ申ス」
はいはい、もう、しょうがないなあ。
―――って、あれ?
(なんか、あたしの周りに酒瓶が集まってる)
あたしがお酒を注いであげたみんなは、なんかニコニコしながらコップを空けて、会話に興じてる。
うーん。
(気のせい、かなぁ?)
「先輩」
「ん?」
「そっちの焼酎、注いでもらえますか?」
「あ、うん、はいどうぞ」
「あ、すいません」
「師匠、拙者には日本酒を」
「はいはい、おっとっと、ごめんね、ちょっとこぼれちゃった?」
「か、構わん、気にするな」
あたし、日本酒で濡れた指先をぺろり。
(ん?)
視線を感じて顔を上げたら、皆サッと他所を向いて、またお喋りを始めた。
(???何なの、一体)
「我ガ王、ワインヲ一献」
「え?あ、うん、はいどうぞ」
「シュクラン」
「玖隆、俺にはビールを、そっちのシュナイダー、ああ、そうだ」
これ、パパもよく飲むビールだ。
「夕薙くんはドイツビール好き?」
「ああ」
「そっか」
エヘヘ、ちょっと嬉しいかも。
「先輩、すいません、俺にもそれ、シュナイダー、ください」
「うん」
「しっかし、先輩、酔わないッスね」
あたしはさっきから別にお酌ロボになったわけじゃなくて、実はちゃーんと呑みながら応対してる。
夷澤くんの言葉に、ニヤリと笑ってグラスを振った。
「これくらいじゃ、酔いません」
もっとずーっと小さい頃からパパに仕込まれてるもんね。
アルコールに強い国民性というか、おかげさまで結構な量飲んでもほとんど酔わないし、酔っ払ったとしても有事の際には秒単位で素面に戻れちゃうんだな、これが。
―――女の子としては、あんまり可愛くない部類に入るんだって事は、最近知った事なんだけどね。
(でもでも、酔っ払ってとんでもないことになったら困るじゃない!)
そうだそうだ、その通りだ。
だってそんな事になったら、捕まっちゃったり、出し抜かれちゃったり、最悪殺されちゃうかも知んないもん。
ハンターとしては―――いい、特性だよね?きっと。
(むー)
途端に夷澤くんが、なんだかちょっとムッとして、横からグラスを差し出してきた真里野殿が困った感じで今度は焼酎をくれって言ってきた、その時だった。
「うわあ」
いきなり皆守が立ち上がって、おかげであたしはまたバランスを崩す。
そしたら今度は腕をつかまれて、ぐいっと引っ張りあげられていた。
「ちょ、ちょっと、何?何だよッ」
アワアワして、オマケにグラスの中のワインがだばだばこぼれちゃった。
うわー、これはやばいよ、制服にもかかったかも。
周りの皆もあたふたする中、そんな事意にも介さない皆守は、たった一言。
「帰るぞ」
それだけ告げて、ズンズン玄関に歩き出していた。
―――もちろん、あたしを捕まえたままで。
「あ、ちょ、ちょっと、先輩?」
「うぬッ、は、袴に酒が」
「布巾、おいトト、布巾取れ、皆守!」
「ちょ、待ってください、玖隆先輩の事どこに―――うわ、俺のズボンに染みが」
キ、バタン。
最後にその音だけ残して、部屋の中の騒ぎは聞こえなくなった。
あたしは腕を引っ張られながら、そろそろ深夜も回りそうな廊下をよれよれと歩く。
「み、皆ッ」
ホントは怒りたかったんだけど。
「―――時刻を考えろ、騒動を起こしても、何の得もないぞ」
そりゃまあ、その通りですとしか言いようのない言葉にシャットアウトされて、やむを得ず、おとなしく連行された。
着いた場所は皆守の部屋。
中に入って鍵を閉める。
そのまま、ベッドまで連れて行かれて、放り出された。
―――まさかッ
「ちょ、ちょっと、皆守!」
いーやーでーすー!
普段のアレに輪をかけて、酒臭いエッチなんてお断りだようッ
絶対、絶対受け入れるもんかと、そのまま乗っかってこようとする皆守を断固阻止しようとした。
だけど。
「やーだーッ」
皆守は、うめき声だか何だか、よくわからない一声を漏らして。
「やー」
あーあーあ―――あら?
バタリ。
胸の上に突っ伏して、深く息を吐き出してる。
よくよく見ると呼吸が浅い、顔もほんの少しだけ赤い、全身は凄くあっつくて、いつもより動悸も速いようだった。
これって、もしかして?
「皆守?」
あたしは、もじゃもじゃした髪の毛を触りながら、そうっと覗き込む。
「もしかして、あんた」
「う、うう」
―――酔っ払ってるの?
なんだか、ちょっと変な感じ。
そういえば、力入ってないじゃない、重いなあ。
見慣れた皆守の部屋の、慣れ親しんだベッド(嫌な表現だね、これ)
天井も、見える景色もいつもとおんなじ。
微かに漂うラベンダーの香りもあんまり変わんない、ちょっと酒臭いけど。
でも、でも。
「あきら」
身じろぎして、苦しそうにしてる皆守をちょっとずつ押しのけて、あたしは上半分だけ体を起こした。
膝の上に乗っかってる姿を眺めながら、ぼんやりして考える。
部屋に入るとき、投げやりにスイッチを叩いて点けた蛍光灯が、辺りの景色をやたらクリアに照らしている。
「皆守」
う、うう。
「―――大丈夫?」
あきらぁ。
「なあに?」
「み、水」
「ミミズ?」
「違う、水」
こんな時まで突っ込みを忘れないだなんて。
(バカ)
あたしは立ち上がって、お水を汲みに行こうとした。
途端皆守が腰に抱きついてきて、セミみたいにじっと動かなくなる。
「ちょっと、どいてよ」
せっかくお願い聞いてあげようとしてるのに、これじゃ動けないじゃない。
皆守はそのままジーっとしていて、あたしはもう少し待ってみたんだけど、やっぱり動かないから今度は頭をぐいっと押してみた。
「うわ」
その途端に、起き上がった皆守が顔を近づけてくる。
「あきら」
「ちょッ」
ビックリするまま、避ける暇すらなくて。
「うム、ンンッ」
唇がムニッと塞がれて、バターンと。
(うーッ)
あ、頭ぶつけた―――っていうかちょっと骨ぶつかったッ
あたしは、皆守とマットの間に挟まれて、痛くはなかったけど(ぶつかった場所は痛かったけど)息苦しいやらで、もうなんだかわけが分からない。
(はッ、離れろーッ)
唯一自由の利く手足をバタバタさせてたら、また唐突に起き上がった姿が、覆いかぶさるようにあたしを見下ろして、ぼうっとした顔でぽつりと。
「お前、小さいな」
は?
(また落っこちてくる!)
けど、今度はキスじゃなくて、肩に顔をうずめるみたいにして、皆守は動かなくなった。
―――重い。
(あと、熱い)
お酒臭い大男のプレス攻撃に、もう半分くらいうんざりしながら、あたしはため息を漏らしていた。
なんだかこれって。
「最悪」
バカ。
うう。
低い声が聞こえて、重石が身じろぎする。
「あきらぁ」
「何?」
「あきら」
「何よ」
「あきらあ!」
「聞こえてるってば、何よ?」
「―――は、俺のもの、だ」
「え?」
最後の一言がよく聞こえなくて、聞き返したら今度は頭をパンって叩かれた。
痛い!
「お前、なあッ、あんまり誰にでもいい顔、してるんじゃねえぞ」
「は?」
「何が―――で下さいだ、ふざけやがって、そりゃ俺だけだろうがッ」
はああ?
「俺だけいいんだ、馬鹿、それなのにくそ、お前、あいつら絶対後で―――」
あたしはわけもわからず、今度は急に怒り始めた馬鹿を横目でうかがう。
一体何の話なんだか、何で怒ってるんだか、全部謎なんですけど。
しかも、いきなり叩かれたし!
(くっそお)
なんだかムカムカしてきて、文句の一つでもいってやらなきゃ気が収まらん!
そもそも、あたし、何でまたこいつにいいように引っ張りまわされてるわけ?
飲み会にも強制連行だったし、帰るのも強制、しかも、今はこいつの自室で抱き枕状態だなんて。
(絶対不条理だ、JAROに訴えてもお釣りがくるくらい不条理だ)
まあ、この際広告宣伝機構なんてあんまりっていうか全然関係ないんだけどね。
あたしは酒臭い伸しイカを粛清すべく、髪の毛を束で握ってやろうとした。
途中まで手を伸ばしたんだけど。
―――でも。
「あきらぁ」
急に情けない声がして。
うーっとか言いながら、肩に何度もおでこをこすり付けられて。
ぺっとり乗っかってくる、ダルダルの仕草に、不意に気が抜けてしまった。
(何これ)
さっきからのわけわかんない感じ、正体がちょっと判ってきたかも?
(何か、これって―――)
こいつってばいつでもハイプレッシャーで、傲慢で、強引で、我侭で、身勝手なのに、今は何だか。
(ちっちゃい)
甘えんぼしてる?
小さな男の子みたい。
そういえばあたしの制服の、脇の辺りを握り締めて、さっきから変な事なんて全然しない。その気配すらない。
体重全部預けて(だから重いんだ)安心しきって頼りきって、抱きついてるんだ、まるで赤ちゃん?
―――それ、気持ち悪いな。
(でも)
まだ、この馬鹿の体温は凄く熱くて、そんでもってどうやら―――ちょっと眠くもなってきてるみたいだった。
そういえばさっきまで、早いピッチでぐいぐい呑んでたもんね。
皆の倍以上飲んでたんじゃなかろうか?
そのときからちょっと機嫌が悪いみたいだったけど、何で?
(わからん)
でもでも、こいつが結構いける口だってことはわかったかも。
あたしには遠く及ばないけれど、この歳でこれだけ呑めたら上出来だ。
(うーん)
あたしは天井をもう一回見上げて、やっぱりまたため息をこぼしていた。
どうしよっか、これ。
っていうか、あたしもちょっと眠い気がするなあ。
(おっかしいな、酔っ払ってないはずなんだけど)
それとも、皆守の眠気につられたかな?
考えてる間に、すうすう寝息が聞こえてきた。
乗っかったまんまで寝ちゃったんだ。
重い。
(どかそっか?)
でも、皆守は本当に重たくって、頑張ったらまた起きちゃいそうだった。
―――もう、しょうがないなぁ
やむを得ず覚悟を決めるあたし。
今日だけ、特別だからね?
この部屋には、ラベンダーの香りと、淡く漂うお酒の匂い、そんで、とくとく、とくとく。
これは、あたしの?それとも、皆守の心臓の音?
眠い眼をこすって、その手で髪の毛に触ってみた。
相変わらずもじゃもじゃして、でもねこっ毛でやあらかいな。
撫でてみると案外気持ちよかった。
だから、何回も、何回も繰り返して撫でて、そのまま背中をポンポンと叩く。
「みなかみ」
ああ、眠いや。
あくびが出ちゃう、ふあ。
乗っかってる皆守が、あたしの名前を呼んだ気がした。
「なあに?」
あたしは、何となく幸せな気分で、髪の毛をまたちょっと撫でて、お休みって呟いて、そのままゆっくり、瞼が落っこちてくる。
「あきら」
「んー」
「お休み」
おやすみ、なさい。
最後に誰かの笑い声が聞こえた気がしたんだけど、空耳かもしんない。
あたしはそのまま、ゆっくり眠りの底へと落ちていった。
(終)