「Princess after
school」
えーとね、前に聞いた事があるよ?
確か、カールが言ってたんだ、あたしを膝の上に乗っけてね。
「いい男っていうのは、女性の頼みだけは断らないものさ」
って。
何度思い返しても、格好良くって悶絶モノの名言だと思うんだけど、まあそれはともかく、そんなこんなであたしは椎名さんのお願いを聞くことになった。何でか。
「あきらサマにしか頼めない事なんですの〜」
って、そんな事言われたら、どうしようもなくない?
あたし、苦笑いでそっかとか答えながら、やむを得ず首を縦に振ることになった。
で、今に至るんだけど―――
「さあ、出来上がりましたわ」
最後にルージュをすっとひいて、離れた椎名さんはあたしの爪先から頭のてっぺんまで見回して、はぁ、と、ため息を漏らす。
「やっぱり、想像していた通りですわね」
な、何が?
ウルウルと瞳を輝かせて、傍らにあったハンディカムのスイッチをオンに入れると、あたしに向けて構えた。
「あきらサマ」
「は、ハイ」
「超絶、可愛らしいですわあ〜」
え?
ぼけっとしていたあたしは―――フリルたっぷりのドロワース、パニエ、コルセットを締めて、ニーソックスに皮のブーツ、フリルたっぷりのワンピースの上には、これまたフリルたっぷりのエプロン、とどめにお袖留めとチョーカー、ボンネット。
改めて、振り返って鏡に映った姿を見て、誰?とか思った。
これって、パパがバースデーのときにあたしに無理強いした格好によく似てますよ。
っていうか、そのまんま?
(今日って誕生日だったっけ?)
全体的にピンクでまとめて、ふわふわした格好のあたしはどっからどーみても―――正真正銘、女の子の姿。
まあ、当然だよね、だって本当に女の子なんだもん。
「うふふ」
ビデオを回す椎名さんの隣で、双樹さんが満足そうにニコニコ笑っていた。
―――一応、椎名さんもあたしの本当の性別を知らないので、気を利かせて着替えのお手伝いに来てくれたんだって。
(でも、女装の提案も双樹さんらしいけど)
親切なのか、おもちゃにされてるのか、ちょっとよくわからない気がする。
んー、双樹さんには日ごろ色々と助けられまくってるから、無下に却下とかいって逃げる事もできないんだよなあ。
でもまあ、傷だらけの体が見えないように、露出度を極力抑えてくれた事だけは、唯一にして最大の感謝ポイントだと思ってるんだけど。
だって実は結構気にしてたりするんだもん、これでも。
(まあ、職業柄どうしようもないんだけどね)
でも現実と、割り切る事は、いつでも別のところにある気がする。違うかな?
「それにしても」
双樹さんは赤いマニキュアを塗った繊細な指先をあごのラインに添えながら、フッと薔薇の吐息を漏らす。
「こんなに似合うとは思わなかったわ」
「ホントですぅ、リカ、感激です、あきらサマったら女の子みたいですぅ」
―――ドキリ。
「リカ、それは違うわ」
「え?」
「今のあきらくんは、間違いなく女の子よ、違う?」
それを聞いて椎名さん、あたしを改めて見回して、ニッコリと。
「そうでしたぁ」
ちょっと、待ったーッ
思わず恨めしい眼で双樹さんを見詰めるあたし。
双樹さん、それに気付いてこっちをチラッと見ると、椎名さんにわからないようにウィンクで返してきた。
うー、やっぱり、オモチャにされてるんですね―――トホホ。
(双樹さん、酷いよう)
むくれるあたしを他所に、二人は事もあろうかお披露目しに行く相談なんかしてる。
ちょ、ちょっと、それは本気で待った!
(ダメだよ、ヤバイよッ)
あたふたして反対しようとしたあたしを、ボンネットがずれると椎名さんが叱る。
「ロリータはぁ、ロココの精神なんですの、ですから、普段のように大きな動作は控えて欲しいんですのぉ」
「は」
「あきらサマは元気があって可愛らしい方ですけどぉ、今はお姫様なんですから、それらしく淑やかに、愛らしくなさってくださぁい」
し、淑やか?愛らしく?
(ひいーッ)
ぱ、パパみたいな事言われた、っていうかお姫様って。
なんかドキドキして、急に恥ずかしくなって、思わず俯いたあたしに、双樹さんの「お姫様ね」って笑ってるみたいな声が降ってくる。
うあーん、復唱しなくていいですようッ
「そうねえ、まあ、この格好で校内を歩かせたら、無用の騒動が起こりかねないわね」
「確かに、そうですわね」
「校則でも生徒は制服以外を着用して登校してはいけない事になっているし、改造したと言うにはあまりに原形をとどめていないものねえ」
「校章とタイで誤魔化せませんかぁ?」
「無理よ、さすがに、だってお姫様ですもの」
だ、だから、お姫様って―――うう、恥ずかしいよう。
「そうねえ、まあ、もったいないけれど、私たちだけで愉しむので十分かもしれないわね」
「そうですの?」
もったいないですの、と、不満げな椎名さん。
いやいや、勘弁してください、マジで。
「ビデオでは伝わりきらない感動ですわ、せめて、どなたか、殿方に」
「そうね」
と、殿方?
「男の子?」
振り返った椎名さんと双樹さんは一緒にそうですよって頷き返す。
すっごくいい笑顔のオマケ付きで。
「せっかく可愛らしくしたんですもの、やっぱり、男の人に褒めてもらわないとね」
「女の子はぁ、そのために可愛らしくすると思うんですの、まあ、リカは違いますけど」
「で、せっかくだから、あきらくんはやっぱり、男の子に褒めてもらいたいでしょう?」
「―――いや、俺、男、なんだけど」
双樹さんが「あら」とか言って、椎名さんも「そういえば忘れてましたわ」って暢気な返事を返してくる。
そりゃさ、本当は女の子ですけどね?
でも、別に今褒めて欲しい男の子なんて、側には―――
(はッ)
な、何ドキドキしてるのよ、あたし。
聞き覚えのある空耳がして、慌てて首を振った。
だ、だから、違うって!別にアイツに見て欲しいなんて、思わないってば!
「ちーがーうーッ」
「あきらサマ?」
はッ
(こ、声、出てたッ)
ビックリして眼を丸くする、椎名さんと双樹さんに気付いて、あたしは慌てて両手を振り回す。
「ちちち、違うの、いや、違うんだ、俺は女じゃない、それに、男に褒めてもらったって、嬉しくなんかないって!」
「―――そうですのぉ?」
「うんッ」
「やっぱり、つまらないですわ」
本当にガッカリした様子の椎名さんの隣で、双樹さんが意味深な微笑を浮かべていた。
な、何ですか、その生暖かい視線は。
「まあ、あきらくんがそこまで嫌だっていうなら、この姿は私たちだけで愉しませてもらいましょう?ねえ、リカ」
「ええ、咲重お姉さまがそう言うんでしたら―――でも、リカ、今のあきらサマの姿を見たら、喜ぶ方がたくさんいらっしゃると思うんですけど」
は?
「あら、例えば?」
「取手クンとぉ、真里野クンとぉ、朱堂さんも案外喜びそうですわね、他は、肥後クン、墨木クン、トトクン」
「軒並みね」
「生徒会長も喜ばれると思いますわ」
「そうね、まあ、あの方はお顔には出されないでしょうけど」
あ、阿門?
「夷澤も喜びそうよね、神鳳も」
「あの探偵の方もそうですわ、それと、九龍のマスターさん、あとは」
「皆守?」
「はい」
にこおっと笑って、双樹さんも一緒になって笑う。
そんでもって二人はあたしを見た。
あたしは―――言葉もなく、フリーズ。
(み、皆守が)
喜ぶ?
今のあたしを見て?
(そッ)
そんな、もん!
「ちがーう!」
思わず怒鳴っちゃった。
でも、あたし、そんな事に構ってる余裕すらない!
だって、皆守に、よりによってあんな変態に、こんな格好を見られたらッ
(末代までの恥だぁッ)
もう心臓バクバク、目の前くらくらして、思わず踵を返して、ダッシュ!
とにかくここから逃げ出したかった。
あ、そういえば、ここはリカちゃんの研究会、部室(というか、科学室ね)で、今は放課後、多分もうすぐ下校の鐘がなる時間。
ドアをパーンと開いて、後ろからなんか聞こえた気もしたんだけど、構わず飛び出した。
ドアを抜けて、廊下を走り出そうとした途端。
「ひゃッ」
「った!」
ドンッ
ぶつかって、そのまま弾かれてよろめくあたし、握る手の感触。
腕をつかまれて、誰かの胸に引っ張り寄せられた。
そのまま、俯いて(鼻ぶつけたよ、痛い)慌てて顔を上げると、すぐ目の前のビックリした顔と視線がバチンてぶつかった。
「―――あきら?」
み、み、み
(みーッ)
皆守ッ
よりによって、こんなときに!
―――ああ、つくづく運のないあたし。
こいつに関して、やっぱり相変わらずです、ハイ。
暫く二人で呆然として、そのまま固まっちゃった。
皆守の、深くて黒い瞳がじーっとあたしを見ていて、あたしは多分赤くなってるはずの瞳で見詰め返す。
何か、何を言えばいいのか、どう取り繕えばいいのか、ちょっと待ってその前に助けられたんだっけ?ありがとう?っていうか抱きしめられているのは納得いきません、早く離して下さい。
(そうじゃなくて!)
おずおずと、体を離す動きにあわせて、皆守の腕がだらんと離れた。
そのまま、二歩、三歩、後退りをして、胸の前で両手をきゅっと握り締めたあたし。
多分顔も赤いんじゃなかろうか。
夕日のせいだと―――思いたいんだけど。
そういえば、ぶつかったショックでボンネットずれちゃったんじゃないかな?
いやいや、違う、そうじゃなくて、落ち着けあたし。
(そそ、そうじゃなくて、そうじゃなくてーッ)
皆守は、まだ硬直したまま、馬鹿みたいに口が半開きになってる。
よだれ垂れそう、うっわ間抜け面、ハニワ?ムンク?
そういえばヤツの顔も、なんだか赤いよーな。
(夕日のせいじゃないかな)
直後、その間抜けな口の奥から、ぼんやりした言葉が一言、ぽつりとこぼれて落ちた。
「可愛い―――」
は?
(え?)
今、何て?
ゾンビみたいにだらりと両肩を落として、ぼやっとしていた、口元が、急にぎゅっと結ばれて、眉間が寄った。
直後に動物的直感で何かを感じ取るあたし。
(はあッ)
「あきら」
「ギャーッ」
そのまま、靴底をきゅっと反転、来た方角にダッシュをかましたあたしは、ドアに飛び込んで、ばちーんと力任せに閉じた。
向こうから舌打ちと「逃げられたか」って小さく聞こえた気がしたんだけど、知りません、無視無視!
「は、はあーッ、はあーッ」
ノブを握ったまま、がに股で、肩で息を繰り返すあたしの背後から、ため息がふたっつばかり、これ見よがしに落とされた。
「―――惜しかったわねえ」
「あきらサマには、レディとしての心得をみっちり学んでいただく必要がありますわ」
「ちょ、待てーッ」
顔を真っ赤に染めたまま、振り返って怒鳴ったあたしを、そんなこと全然気にもしないで二人はニコニコと笑っている。
ひい。
(いじめられてるよう、あたしッ)
こ、こんな、心臓に悪いことは、もう金輪際お断り、勘弁してくださいッ
「椎名さん、双樹さん、いい加減にしてよッ」
「さあ、あきらサマ、今度はこちらのワンピースをお召しになって」
「メイクは私がしてあげる、あらあら、ルージュがとれちゃったじゃない、しょうがない子ね」
「―――ふ、二人とも」
「はやく、お着替えしないと、下校の鐘が鳴ってしまいますわ」
「皆守も帰っちゃうかもしれないわね、さあ、あきらくん、早く早く」
聞いてください、頼むから。
この分じゃ、鐘が鳴っても帰れそうもないです―――あう。
******
「なるほど」
響く靴音。
夕日に伸びる影。
ラベンダーが香る。
「あんなのも、悪くない、な」
姫君のお目付け役は、口元を吊り上げて、にんやりと淫蕩交じりの笑みを浮かべた。
(Only the god
knows―――)
(終)