Alice field

 

 私がハンターになったきっかけは、フィールドワークが基本の考古学者であるパパが、ある遺跡の探索に私を連れて行ってくれたとき、同伴したハンター(後で知ったんだけど、彼はこっち方面では知らない人がいないくらいの有名人で、実力は協会でも五本の指に入るほど、こなした依頼や功績の数は計り知れないらしい)に色々と助けられ、すっかり彼に恋した私は、そのままパパの反対も振り切って、後を追って協会のスクールに申し込み―――っていうのだったりする。

その話を以前同僚の子にしたとき、散々笑われて、呆れられちゃった。

「たかが、恋愛如きで、こんな命がけの仕事を選んだってわけ?」って。

うーん。

確かに、そう思う人もいるかもしれないけどさ。

でも、私にとっては、凄く重要な事で、彼の側にいるためなら何だってするくらいの覚悟ができちゃったんだもん。

それに、甘い考えだと高をくくっていた周囲の予想に反して、この業界、私の肌に合っていたらしく、動機を聞いてバカにした子や、心配で胃潰瘍にまでなっちゃったパパがビックリするくらい、私はあっという間にスクールのカリキュラムをトップの成績で修めて、晴れてハンターライセンスを取得しちゃった。

「君がそこまで本気なら、僕はもう何も言わないよ」

最後にパパが、一つだけ私と約束をして、ハンターとしての仕事を認めてくれたとき、嬉しかったなあ。

私が恋したハンターは、元々パパと親友で、その人も応援してくれたから、ここまでこれたんだって思う。

もっとも、スクール時代に私は散々彼にアプローチしまくったんだけど―――そっちは全然ダメでした。

「もっと素敵なレディになったら、その時は喜んでお相手いたしましょう」

私、その言葉を鵜呑みにしてメチャクチャ頑張ったんだけど、結局いつまでたっても妹みたいにしか扱ってくれなくて、今では半分くらい「このままでも構わないかな」って思い始めちゃっている。

でも、気持ちは届かなくても、彼が私の理想であり、憬れの人だっていうのは少しも変わらない。

あの人を好きになってよかった、この想いは多分、一生モノ。

でも、それと現実の恋愛はちょっと違ったみたい。

白馬の王子様は、大人になる前の女の子を導いてくれる綺麗な幻。

彼が私の王子様でいてくれることはとても幸福で、まだ暫く夢の時間は続きそうだから、私もお姫様のままでいられる。

 

誰かがこの目を覚まして連れ去る日まで、ずっと。

 

「なんて、ちょっとロマンティックかなあ」

シャワーを浴びながら私、苦笑いをして隣のボックスを覗き込んだ。

「そんな事ないわよ」

振り返った双樹さんがニッコリと笑う。

白い肌が蒸気に包まれて、綺麗だなあ、やっぱり。

ふっくらした胸元にたっぷりボディソープの泡を乗っけて、緋色の髪をシャワーに濡らしながら、同い年なのにずっと大人っぽい彼女はそのまま茶目っ気あふれる眼差しであたしを見詰めている。

「あかりちゃんって情熱的なのね、ちょっと妬けちゃうわ」

「えッ」

「ウフフ、でも、それは私じゃないけれど」

何の話だろ。

「けれど、とても素敵なお話だと思うわ」

「そ、そうかな」

「ええ、好きになった人をそこまで一途に追いかけるなんて、そうできることじゃないわよ、しかも貴女、彼を酷く思ったりしていないじゃない」

「どうして?」

「殆どの女の子はとても現金よ、振り返ってくれない誰かを、ただ追い続けていられるほど、強くはないわ」

「それって強さの話なのかな」

「そうね、信じるって行為は、何も相手を対象に行うだけのものではないから」

よくわからなくて、首を傾げた私に、双樹さんはまたフフと笑っただけだった。

「貴女って、本当に素敵ね」

「そ、そんな事ないよ、双樹さんのほうがずっと魅力的だよ」

「勿体無いとは思うのだけど、売約済みならしょうがないのかしら」

「え?」

売約済み?

「あかりちゃん」

身体の泡を流して、豊かな髪にたっぷり含まれていた水気を軽く切ってから、双樹さんは何だか意味深に瞳をキラキラさせる。

「一つ、教えておいてあげる」

「何?」

「あなたを連れ出す馬車の準備は、もう始められているわよ」

「えッ」

ぱたん。

ボックスから出て、彼女はそのままシャワールームから出ていっちゃった。

あたしはまだシャワーに打たれたまま、今の言葉を反芻して考える。

馬車の準備って、どういうことなんだろ。

(双樹さんって時々、何だか謎かけみたいにわからない事言うからなぁ)

あたしの告白に絡めた話をされたのは確かだと思うんだけど、いまいち要領を得ない。

第一、そんな人まだ現れていないもん。

「うーん」

スポンジを握り締めて、体洗いの続きを始めようとしたら、胸元に幾つも赤い痣を見つけてうんざりした気分がこみ上げてきた。

―――今晩も、また散々支払わされちゃったからなあ。

「大体、あいつってばねちっこいんだもん」

制服でどうせ見えないからって、そこらじゅうにキスしまくりやがって、あのバカッ

こすってもどうせ消えないけれど、ごしごしとあちこち、あたしは鼻息も荒くスポンジを肌の上に滑らせまくった。

内側に残ってるアレや、肌にこぼされた色々なものも、全部一緒に洗い流しちゃうつもりで。

その間に、双樹さんの言葉も、泡と一緒に全部流れて、シャワールームから出る頃にはすっかり消えてなくなっていた。

 

 

「ねえ、貴方」

翌日、天香学園、教室棟の屋上にて。

「―――アレってどういうつもり?」

「何の話だ」

「昨日、あの子と一緒にシャワーを浴びたとき見たのよ」

重役会議の片割れが、意図するところに気づいてフンと鼻を鳴らす。

唇に浮かび上がった意地の悪い笑みを見て、もう片方が呆れた様子でため息を漏らした。

「あの位置じゃ、恐らくあの子は気づかないでしょうね」

「だろうな」

「一緒に入浴する相手は私くらいだし」

「そうだな」

「釘を刺さしておかないの」

「お前がわざわざ、教えてやるはずがないだろう?」

緋色の髪を、白魚の指先がふわっとかきあげて、微笑んだ。

「そうね」

こんな面白い状況に、水を注すような趣味はない。

―――昨日、傷だらけの背中の、肩甲骨の下辺り、油性マジックで書かれたと思われる『売約済み』の文字。

「貴方にしては子供っぽいいたずらね」

「よく寝ていたからな、まあ、そのうち消えるだろう」

「嘘」

ふわりとラベンダーが香る。

「どうせ、文字なんか消えたって、あの子に刻んだ本当の文字は、絶対消さないつもりの癖に」

薄い唇がニヤリと笑う。

「―――当然だろう、俺は、狙った獲物を逃がしてやるほど、お人よしでも間抜けでもない」

「可哀想な子ウサギ」

「そうかな?俺はもう、覚悟ならできてるぜ」

「落ちる覚悟?」

「裏切る覚悟だ」

風が吹いて、まるで睨みあう様に向かい合っていた二人は、次の瞬間にはお互い緊張を解いて意味深な笑みを浮かべていた。

「お前だって、似たようなものだろう?」

「さて、どうかしら、私、こう見えて結構一途なのよ?」

「知っている」

「でも、お気に入りを壊す趣味もないのよね、本当にどうしたものかしら」

「困ったものだな」

「ええ、でも―――恐らくは、お姫様の銃弾で、夢のお城は崩されてしまうでしょうから」

「何だ、それは」

「貴方がきっと、眠りから覚めて一番初めに出会う運命になるのでしょうね」

鐘の音が鳴り響いて、緋色の髪が振り返った。

「お喋りが過ぎたわ、じゃあね」

「おい」

「なあに?」

「―――アイツ、昨晩はどうしていた?」

長い睫が数回瞬くと、そのまま、柔らかな笑顔を形作る。

「そうね、疲れていたけれど、でも不機嫌そうではなかったわ、安心した?」

「フン」

「ねえ、襟の位置から覗いてしまう、首筋のキスマークはわざと?」

フェンスに凭れて背中を向けてしまった、姿から視線をはずして、ヒールの踵がコツ、コツと鳴った。

蝶番を軋ませて、屋内に戻る。

「本当に、困ったものね」

アリスがウサギを追いかけていたのか、ウサギがアリスを追いかけさせていたのか―――

「夢の幕引きをする誰かは、王子様であるとは限らないというわけなのかしら」

それは、ここにある全てにいえること。

唇に艶かしい笑みを浮かべながら、赤い爪先が一段、一段、階段を下る。

いたずらウサギの鐘の音が、最後の余韻を、あわせていつまでも響かせるようだった。

 

(終)