※こちらは『SHAPE OF MY HEART』後の完全捏造九龍大人Verです
「Zero-Encounter」
桜舞う三月。
退屈でたまらない式典に、それでも「最後だから」と説得されて、皆守甲太郎はおとなしく参列していた。
周囲のあちこちですすり泣くような声と、気配。
そんなに感慨深いものなのか―――
鼻で笑おうとしたけれど、それはできなかった。
何故なら、自分も、この学園に忘れられない思い出をたくさん持っているから。
あくびをかみ殺して、左手をこっそり窺うと、思わず忍び笑いがもれていた。
(あいつなら)
去年の末、一緒に年を越すこともままならなかった、あの鮮烈な赤色に染まった広い背中を思い出す。
(こんな面倒臭い式典なんか、とっとと抜け出して、余計な騒動でも起しやがるんだろうな)
それとも、皆に混じって真面目な顔で、一般人のフリなんかして参加するのだろうか。
皆守の薬指には、淡い輝きを放つ金色のリングが嵌められている。
これは、約束の証だ。
彼が、自分にしてくれたものの。
そして―――自分が、彼に立てたものの。
長ったらしい祝辞が終わり、一人ずつ名前を呼ばれて、卒業証書を受け取る場面になったらしい。
名前を呼ばれて、皆守は立ち上がっていた。
今日ばかりは、おとなしく、最後の祭に付き合ってやるか。
壇上に上って、背筋を正す。
足元に、どこかから舞い込んだのか、桜の花びらが一枚落ちていた。
「あーちゃん、来なかったね」
残念そうなそぶりは、その数十倍も落胆している内心を押し殺してのものだろう。
八千穂明日香は困り顔の笑顔を浮かべていた。
「あの日、あーちゃんがもうここを出て行っちゃうって、わかってたんだけどさ」
話しながら歩く彼女の周囲を、桜の花びらが舞っている。
少し遅れた後ろから白岐幽花がゆっくりとした足取りで続き、皆守は更にその後ろを歩いていた。
三人で並んでいると、少しだけ物足りないような気がする。
半年ほど前には想像もできなかった面々を、繋いだ張本人だけがこの場にいない。
「でも、ひょっとしたらあーちゃんのことだし、卒業式にはひょっこり帰ってきてくれるかなあとか、ちょっとだけ思ってたんだけどね」
「そうね」
「あ、白岐さんもそう思ってたんだ?」
何だか嬉しいなあと言って笑っている、八千穂の姿は、それでもやはり寂しげだ。
白岐もどこか浮かない表情でいる。
皆守は、アロマを燻らせながら、青く晴れ上がった空を見上げていた。
「―――まあ、そういう薄情な男だよ、あいつは」
「ええーッ」
ぱたぱたっと足音がして、視線を下ろすと八千穂は不服気に頬を膨らませていた。
「そんな事言って、ホントは皆守クンが一番ガッカリしてるくせにッ」
「オイ」
「強がりは良くないぞ、あたし、期待してたんだから!」
「何を」
「皆守クンが、あーちゃんを呼んでくれるかもしれないって」
「あのなあ」
無茶苦茶言うなよと、皆守はアロマをひと吹きする。
「俺だって、あいつと連絡を取る手段なんか、何一つ持っちゃいないぜ」
「ええッ、嘘!」
「嘘ついてどうする、あいつの端末、もう繋がらなくなっていたし、履歴書だってどうせ生年月日や身体データ以外は全部デタラメだろう、メールも送れない、電話番号も知らない、住所も知らない、というか、常に移動しているような奴に連絡を取る手段なんか、あるかよ」
「えーと、あーちゃんが派遣されてきたっていうなんたら協会」
「ロゼッタ協会よ、八千穂さん」
「あ、そうそう、それ、アリガト白岐さん!」
いいえ、と白岐が微笑む。
「その、ロゼッタ協会の連絡番号とか、知らないの?」
「それこそ」
皆守は笑っていた。
桜の香りより強いラベンダーの香りがふわふわと漂っている。
「いち一般高校生でしかない俺が、知るはずないだろう」
「でも、あーちゃんから」
「聞かされていない、あいつはここでの件以外、仕事に関して詳しい話は一切しなかった」
「皆守クンにすら、教えてくれなかったの?」
「そりゃ、どういう意味だよ」
八千穂は相変わらず驚きを隠しきれない様子で、その隣で白岐はただ静かな眼差しで皆守を見詰めていた。
彼女達の心境は、まあ、わかる。
実際皆守と彼の関係は『ただの友人』の範疇をとっくに逸脱していたのだし、それは恐らく、周囲の人間にも伝わっていたのだろう。
恋人とも違う、けれど、親友などという表現ですら生ぬるい。
(俺の―――半身?)
だろうか。
いや―――
「違うな」
「えっ」
少女たちが見上げてくる。
「晃は、元よりここに戻って来るつもりなんてなかったのさ」
「そんな」
「俺にはわかる、アイツは、そういう奴だ」
胸いっぱいに春の気配を吸い込んで、アロマのホルダを指先に移した。
「約束が、あるらしいからな」
「約束?」
「あいつは女神と約束しているんだ、だから、振り返らない、戻らない、そんなことをしている暇はない」
スッと瞳を細くして、皆守は再び空を見上げていた。
「そんな人間を捕まえようだなんて、雲を掴むような話じゃないか、まして」
「何?」
「―――待っているだけじゃ、永久に、追いつくことなどできない」
「皆守クン」
「ここにいる限り、あいつには―――晃には、出会えないんだ」
風が髪を揺らして、八千穂は皆守を眩しく見上げていた。
白岐も同じように切ない顔をしている。
舞う桜の花吹雪の中、旅立ちのときは、静かに、けれど、確実に、訪れたのだと知った。
「ねえ、皆守クン」
「ん?」
「皆守クンは、卒業したらどうするの?他のみんなの進路は知ってるけど、皆守クンの進路だけあたし聞いたこと無いから」
「そうだなあ」
アロマのホルダを唇に挟んで、香りをゆっくり吸い込んだ。
その動作の最中、左手薬指に輝く金色のリングを、八千穂と白岐は密かに目で追う。
「まあ、卒業できただけでも、儲けモノだったからな」
成績は追加テストで何とか補ったけれど、出席日数は阿門が色々と手回ししてくれたらしい。
まるで厄介者払いされるみたいだなと皮肉った皆守に、阿門は、お前はもうここにいるべきではないとキッパリ返してきた。
『生者は外に出るといい、ここは―――俺が守る』
そう語る墓守の長は、すでに当時のぎらついた影も消えうせ、穏やかな表情だった。
守るべきものの形状が変わったのか、それは、彼自身の心境すら変化させたのか。
どのみち、彼の投じた一石は大きかった。
皆守はアロマをひと吹きすると、いつもの飄々とした様子で振り返っていた。
「今年は一年、おとなしく浪人生でもするつもりさ」
「浪人って」
「来年、大学受験するからな、そのための準備とか、まぁ、色々だ」
「へえ、そっか!」
もう一度、口の中でそうかと呟いて、八千穂は不意に破顔一笑する。
「うん、そうだね、じゃあ、頑張れ、皆守クン!」
「おう」
「真面目に勉強して、来年はちゃんと大学受からなきゃダメだぞッ」
「あのなあ、お前は俺の担任か?」
「だって、あーちゃんの後、追っかけるんでしょ?」
ぴたりと皆守の動作が止まった。
相変わらず楽しげな八千穂の隣で、白岐も優しく微笑んでいる。
「頑張ってね!」
「皆守さん―――貴方なら、きっと、彼に追いつくことができる」
「そうだ、あーちゃんに逢ったら伝えておいてよ、あたしが『何で卒業式に来なかったの』ってものすごーく怒ってたって!」
「フフ、八千穂さんったら」
「マミーズのパフェ位じゃ勘弁してやらないんだからって、そうだなあ、この間テレビでやってた超高級パーラーのウルトラスペシャルジャンボパフェバーガーご馳走してくれなきゃ、一生口きいてやらないぞって、ちゃんとそう言っておいてね」
「それじゃあ、私も、一緒に何かご馳走してもらおうかしら」
「あーッ、それがいいよ、白岐さん、そうだ、これからどっか甘いもの食べに行かない?」
「ええ、いいわ」
「よし、決まり!」
皆守クン。
八千穂が皆守の肩を何度も叩く。
目尻に―――光るものが滲んでいる。
「いい?ちゃんと伝言ヨロシクね、でないと皆守クンに奢ってもらうんだから」
「は?何でそういう話になるんだ」
「当然でしょ!だって、皆守クンとあーちゃんは、一心同体なんだもんッ」
白岐の手をとって、八千穂は駆け出していく。
「ガンバレーッ、皆守甲太郎!」
途中で振り返って、大きく手を振った。
白木も柔らかに微笑んでいて、2人の背中は桜の向こうに遠くなる。
皆守は相変わらず佇んだまま―――かすかに、唇に笑みを乗せていた。
「あいつら」
ラベンダーが香る。
アロマのホルダを再び指先に移した、その手の薬指で、金のリングがキラリと光る。
「そうだな―――確かに、雲を掴むような話だ」
(だが)
皆守は、リングの表面に軽く口付けた。
「お前が傍に、いてくれるなら」
この指輪の存在自体が、あの日屋上で交わした約束そのものだ。
その思い出がある限り、俺はやれる。
お前に向かって歩き続けられる。
中空を舞う桜の、一片を捕まえて、空へ飛ばした。
かつて自分を苦しめた、今は、何物にも変えがたい支えとなっている、過去を両手に抱いて、このまま高く、どこまでも果てしなく―――
必ず捕まえると、呟いた口元はそのまま端を吊り上げて、皆守は一歩を踏み出していた。
これまでとは明らかに違う、強い決意を持って。
足元から続く道のりが日差しに照らされ金色に輝き、その向こうに見える景色には、僅かに銀色がかかっているかのようだった。