「それで」
声は言う。
「結果は?」
苦笑いを浮かべた管理官は、ただ黙って書類の束を手渡してきた。
受け取って内容を確認すると、玖隆も困ったような、照れ臭いような表情を浮かべて笑う。
「悪いな、ロバート」
「君の父上に伝えておいてくれないか、今度の貸しは高くつくと」
「伝えるだけは、確実に、伝えておくよ」
「まあ、我々にとっても利益の多い話だ、上層部も特に問題視はしていない」
「そう」
「むしろますます期待感が高まったと認識しておいたほうがいいだろう、初任務で、しかも、ライセンス持ちですらない、殆ど一般民間人のような彼が、これだけの成果を上げてしまったのだから」
「ロバート、それは違う」
彼の経歴書ぐらい入手しているんだろう、と、向かい合って腰掛けていたソファから立ち上がりながら、玖隆は書類の束を振る。
「こいつは民間人なんかじゃないぜ、むしろ、れっきとしたバディ予備軍さ」
「天香学園だったか」
「そうさ」
「ヘラクレイオンに続いて、確か君の2番目の任務だったな」
「ああ、そうだ、秘宝回収どころか、遺跡自体をロストして、最終的に調書と始末書、併せて100枚近く書かされた因縁の仕事だよ」
「―――以前、君の父上から聞いた」
何を、と問いかける若者に、先達は穏やかな微笑を浮かべる。
「だが、君は、そこでかけがえの無い友を得たのだと」
「まったくアルはお喋りだな」
「君には悪いが、同感だ」
「ははッ」
「それが彼なのか?」
玖隆は沈黙する。
その間をロバートは肯定と受け取って、僅かに口の端を吊り上げた。
「私は、運命論者ではない、相応の努力と情熱が報われたのだな」
「そんな殊勝なタイプじゃない、あれは、単にしつこいだけさ」
「しつこさも度を越せば見上げたものだ」
―――頑張りたまえ、と。
「情熱に応えられるように、人生は一人でも生きられるが、二人で望めば更に多くのものが得られるだろう」
「以前にもそんな台詞を聞いたことがあるよ」
「父上からだろう?」
ニヤリと微笑を浮かべて、軽く会釈すると、玖隆はそのまま歩き去っていく。
管理部門室の端に設けられた簡易応接場所、そこから、デスクの隙間を縫って、ドアを出て行くまでを見送った後、ロバートは改めて調書の類を手に取ると、記された文章をどこか楽しげに再読し始めた。
「追いつかれちまったな」
廊下を歩きながらポツリともらす。
「まさか、ここまで追ってくるとは思っていなかったなあ」
天香で交わした約束に嘘偽りは無い。
玖隆は皆守を忘れたことなどなかったし、常に心の片隅に彼の面影が有る事も重々承知していた。
けれど、それぞれの道は、それぞれ選び、歩みゆくものだ。
皆守と自分の道は一度ごく近くまで寄り添ったかもしれないけれど、交わりはしなかった。
望みを捨てる事はできないし、そのためだけに生涯を捧げる覚悟は変わらない。
そして皆守は皆守で、自分の歩むべき道を選んで歩き出すだろうと、そう思っていた。
別れ際の彼は、出会った頃の彼ではなくなっていたから。
その手で望みを掴み、その足で迷わず進んでいけると、信じたから。
(でも、お前はこちら側に来る事を望んだんだな)
傍らにあること。
同じ景色を見て、同じ時間を生きること。
―――傲慢などでなく、彼が身をもって示した決意だ。
考えもしなかった。
あれから、十年近い歳月が過ぎ去った。
狭い檻の中で喘いでいた男が、ただ一度だけ想いを重ねた、それこそ、キスしか交わさなかったような相手に捧げる情熱だけを伴に飛び出し、がむしゃらに走り続け、遂には追いついてしまった。
(まったく、無茶苦茶だ)
玖隆は笑う。
おかしくて、おかしくてたまらない。
(今なら、いや、今度こそ、一緒に飛べるな、甲太郎)
舞台はすでに整った。
あとは―――開幕を待つだけだ。
「とりあえず」
十代の頃よりえらの張った、がっしりとした顎から首周りを掌でさすりつつ、呟く。
「アリアのことをどう切り出すか、だろうな」
結婚していたのだと話したら、やっぱり殴られるだろうかと、考えつつ頬が緩んで仕方ない。
未来を思うと、心が躍るようだ。
(有難う、甲太郎)
はじめにそう、伝えよう。
(そして、ようこそ、こちら側へ、お前もこれから、愚か者の仲間入りだ)
襟元を探ってリングを取り出した。
軽く口付けて戻す。
楽しくなりそうだと、考える以上に想いがあとからこみ上げて途切れない。
長く、遥かな距離と、時間を隔てて、追い続けてきた翼の音が今、すぐ傍まで近づいているような、まるで耳元で鳴り響いているかのような、そんな気配を感じていた。