「待ってたのよ、あかりちゃん!」

「双樹さん」

生徒会のドアを開けるのと同時に、机に向かっていた双樹さんがパッと立ち上がって笑いかけてくれた。

そのまま駆け寄ってくるから、ニコニコして待っていたら、甲太郎は窓の近くの立派な席についている阿門君のほうへ歩いていっちゃった。

生徒会室にある机は、四つの役員席のほかに、補助用の机がひとつ。

どれも書類が山積みにされていて、部屋のほぼ中央にある応接スペースの卓上には、ポット三つと湯飲みがたくさん用意されてあった。

他の皆はともかく、渦中の最たる関係者だった生徒会は後始末やらで大忙しみたい。

半分は―――あたしのせいでもあるんだよね、多分。

だから罪滅ぼしと、ホントはこっちがメインなんだけど、身分がばれて帳尻併せに召喚された甲太郎を助けてあげるため、お手伝いしにきたっていうわけ。

元執行委員は、役職を解かれているけれど、それでも自主的に生徒会を補佐してくれているみたい。

他の皆も何かと忙しそうにしていた、まあ、年の瀬だからね。

(でも、ここが一番大変だろうけど)

こんなにたくさんの書類を、もしかして年内にあげなきゃならないんだろうか。

「皆守君、君の仕事は、これだけです、目を通して会長に上げる分だけ判を」

「夷澤は?」

「ダメですよ、そんな嫌そうな顔をしても、彼には細かな計算を手伝ってもらっていますからね、貴方の補助は、認められません」

被害額や今後の予算算出だけで僕ももう手一杯なんですよって、神鳳君、相変わらず表情だけじゃ読めない人だなあ。

(ニコニコしてるけど、目が笑って無いんだよね、目が)

「ねえ、あかりちゃんは私を手伝ってくれるんでしょう?」

双樹さんの机の上には、黒い表紙の記録書面の類が山積みにされていた。

―――あう、あたし、この間の自分の報告書類だけで、すでにお腹いっぱいなんですけど。

「ね?」

「う、うん」

「よかった、今件に一番係わり合いの深い貴方のお手伝いがあれば、色々と助かるわ」

うう、グサグサきますね、グサグサと。

けど、阿門君と夷澤君の机が一番酷いみたいで、甲太郎と話が済んだら、阿門君は再び黙々と仕事に取り組んでいた。

夷澤君の姿は書類に隠れて見えません。

近づいて、谷間からぴょこっと覗き込んでみた。

「夷澤君?」

「ふあ!あ、あき、いや、あかり、せんぱッ」

ガタンッて机が揺れたせいで、あらら、書類の山の一角が雪崩を起こしちゃったよ。

ビックリして、慌てて拾い集めたら、すいませんとか謝りながら、夷澤君も椅子から転げ落ちてくる。

「大丈夫?疲れてるみたいだけど」

「そ、それは、ないです、大丈夫ッスよええ、俺、ガンガン元気ッスから!」

「は?」

やっぱり疲れてるみたいだ。

「ああああの、あの、先輩、先輩は、その」

「うん?」

あきらって、呼ぶ声。

振り返ると、甲太郎が、やれやれって顔で肩を落としている。

「何してるんだお前、ったく、手伝いが仕事増やしてどうするよ」

「そ、それはその」

「夷澤、お前も、話し合いの取り決め、忘れるんじゃねえぞ」

「言われなくても分かっていますよ!」

「どうだかな、今だって呼んでたろ、その調子でうっかり口を滑らせたりするなよ」

「あんたこそ気をつけたらどうです」

「何だと?」

「今後は、俺たちが目を光らせていますからね、あまり暴虐武人な振る舞いは」

「本人が自分の意思で勝手にくる分には止めようが無いだろう」

「うぐッ」

何のことだか、半分だけ察しがついた。

甲太郎の言った『話し合い』って、それはあたしに関しての事だ。

素性は勿論、性別に関しても、結局これまでどおりの認識で通そうって事で全員の意見が一致したんだ。

何故なら、あたしは一応3年生で、来春には卒業することになっているから。

残り僅かな期間に、わざわざ混乱を起こす必要もないだろうって、これは阿門君の提案なんだけど、あたしを含めて全員が同じ様に考えたみたい。

ただ、あかりって本名は、その時双樹さんが皆の前であたしをそう呼んだから、ばれちゃった。

まあ、これくらいは構わないかな。

だって好きな人に嘘をつき続けるの、やっぱりイヤだし。

甲太郎だけやたら嫌そうな顔をしてたから、後で聞いたら、それは自分だけの秘密にしておきたかったんだって!バカだよねぇ。

(でも、ちょっとだけ嬉しかったけど)

甲太郎は、最近、あたしに想いや感情を隠さない。

好きな人に独り占めしたいなんて、言われて嫌な気分になんか、あんまりならないよねえ。

(むしろ、ロマンス)

そしたらアホとか言われてデコピンまでされた、まったくもう、乙女心がわかんないんだから。

「ハイ、これで全部だよ」

相変わらず副会長と睨み合ったままの補佐君に、あたしは拾った書類の束を差し出す。

「あ、す、すんません」

急いで振り返ってぴょこっとお辞儀をしてから、夷澤君は最後にもう一度だけ甲太郎をにらみつけると、おとなしく席に戻った。

殴り合いにならなくてよかったあ。

下っ端は大変だよねえ、ホント。

甲太郎とは上司と部下の関係で、益々、仲が悪くなったみたいだけど、ここもどうしようもないな。

まあ、そうでなくても甲太郎は最近何かと男の子たちから目の敵にされているみたいで、ささやかな攻撃が絶えないんだ、それが唯一最後の謎なんだよね。

(まさか、あたしと仲良くしてたから、なんちゃって)

無い無い、そもそも、意味がわからないよ。

甲太郎は今の出来事を気にも留めていない様子で、ポットのお茶を湯飲みに注ぐと、それを持って書類山盛りの自分の机にめんどくさそうに歩いていった。

あたしは軽くため息をついて、今度は立派な机の方に向かう。

声をかけたら、阿門君は顔を上げて、口の端だけでちょこっと笑ってくれた。

「年内に処理せねばならぬ仕事が溜まりすぎている、埋め合わせはしてもらうぞ」

「はーい」

やっぱりそうだったんだ。

「―――お前が、まさか、我等を手伝う日が来ようとはな」

ん、なんだか友好的な気配。

あたしも思わずニッコリ笑う。

「不束者ですが、頑張らせていただいちゃいます!」

そうか、って呟いて、阿門君は、おもむろに開いた机の引き出しから、取り出した何かを手渡してきた。

なんだろ、これ。

「貰い物だが、お前の方が口に会うだろう」

あ、東京銘菓のトリ、しかも、ふたつ。

「言った分だけは、働いてもらうからな」

「はーい!」

こういうのって嬉しいな。

生徒会の皆にも、いっぱいいっぱい、助けてもらったんだもんね。

せめてもの恩返しと、仲良し計画も兼ねて。

ありがとって言ってから、あたしは双樹さんの待っている机に向かった。

神鳳君も、夷澤君も、そして勿論甲太郎も、頑張ってお仕事しているみたいだった。

 

あと、どれくらいの時間、こうやって一緒に過ごせるのか、わからないけれど―――

 

(そういや、年が明けたらパパとママに甲太郎を会わせなきゃならないんだよね)

特に、パパからは強く言い付けられちゃったから、そうしようねって約束したんだ。

甲太郎は凄く不安そうにしてた。

理由は私にも察しがつくから、ちょっとだけ心配、でも、さすがに命までは取らないでしょ。

(パパの雷は一緒に受けるから)

前は不条理だったけど、今は連帯責任。

だから、甲太郎の問題なら、それはあたしの問題だ。

ついでに協会に暫くお休みをくださいって申請しておいた。

もう少し、あともう少しだけ、せめて、あたしと甲太郎の踏ん切りがつくまでは、ね?

だって一緒にいたいんだもん。

甲太郎の望みがわかるまで、あたしはすぐに動けない。

自分のことでも、自分の気持ちだけじゃ決められない事もあるんだ、だから、その結末をここで待ちたいって、そう考えている。

傍にいるだけが繋がりじゃないよ、勿論、一緒にいられたら、最高に嬉しいんだけど。

(でも、今なら)

どんな結末でも、きっと受け入れることができるよ。

大丈夫。

君が恐れている事は何も起こらないだろうって、ルイ先生は笑ってくれたんだ。

あたしも信じたい。

ううん、信じてる。

甲太郎の望む未来と、あたしの望む未来、それは、きっとリンクしている。

けど、恋に焦がれて漕ぎ出した道だけど、今はそれだけじゃなくなってしまっているから。

宝探し屋としての私。

女の子としての私。

どっちの道も、あきらめたく無いよ。

(ねえ、甲太郎?)

貴方は、覚悟を決めてくれるのかな―――?

 

机に向かって頑張ってた甲太郎と、不意に目が合ったら、お互い自然に笑いあっていた。

これが、あたしの見つけた宝物。

何ものにも変えがたい、きっとあたしにしか掴めなかった最高の秘宝。

寒々しい窓辺に、優しい日差しが満ちている。

お互いの想いが結びついて芽生えた輝きが、今、体の内側で、確かにトクンと爆ぜていた。

きっと学園中に、春の雪解けを待ちわびるような、そんなあったかな気持ちが溢れているんだ。

 

ありがとう。

これからも、ずっと、大好きだよ。

 

To be next continued―――