夜の闇を駆け抜ける、あたしはすっかり獰猛な獣の気分だ。

今までこんな風に思った事がなかったわけじゃないけど、今夜は散々だったせいで妙に気分が荒んでる。

なんというか、サーチアンドデストロイの気分。

今だけは誰であろうと邪魔なんかさせない。

体の内側がまだズクンズクンと痺れていて、やけに神経が張り詰めて、昂ぶってるのが自分でもわかる。

気を抜くとあの男、皆守甲太郎のことばかり思い出してしまって、それが悔しくて、何にも考えないようにしていた。

とにかく、今夜のうちに遺跡に通じる道を見つけ出さないと。

こんな仕事早く終わらせて、天香学園なんて早々に出て行ってやる。

息巻くあたしは墓地に到着して、辺りを油断無く見回しながら怪しげな場所は無いかと眼を光らせていた。

火照った体に夜の空気が気持ちいい。

綺麗な星空に、大きな月が煌々と光っている。

もう少し奥へ入ってみようかと思っていた矢先、急に背中に声をかけられた。

「玖隆クン」

慌てて振り返る。

視線の先には―――

「八千穂さん?!」

「エヘヘ、こんな所で何やってるの?肝試し?」

あたしは驚いて、直後に思い切り動揺していた。

また―――これか。

本当に、どこまで粗忽者なんだろうか、あたしって。

本日二度目の失態に、ほとほと自分に愛想が尽きる。

今日一日で、どれだけ自惚れていたか力いっぱい思い知らされたような気分だ。

どれだけ背伸びしてみせたって、所詮まだ駆け出しの新米ハンター。

協会に将来を見込まれていようがなんだろうが、経験値の不足は絶対。能力だけで補えるものじゃない。

ああと崩れ落ちそうになる足もとを何とか励まして、あたしは必死で言い訳を考えた。

「えっとね、お化け、そう、ここって墓地があるから、お化けも出るんじゃないかと思って」

「それで肝試し?でも変な格好してるね、あたし、そういうのテレビで見たことあるよ」

「え?」

「確か、なんだったかな、トラ?トロ?トレジャー?」

「トラハンターじゃないのかな」

「そうそうトラ狩りのって、それじゃただの密猟者じゃない!ここにトラなんていないし、大体日本語プラス英語だなんて訳がわかんないよ!」

腰に両手をあてて、睨んでくる八千穂さんに、あたしはガックリと肩を落としていた。

やっぱり、さすがに無理か。

「もういいよ、後で自分で調べるもん」

そうしてください。

「それより、ここで探し物してるんでしょ?あたしも手伝ってあげるよ!」

「え、いや、それは」

正直全然必要無いから―――

「いいって、いいって、面白そうだし、ね、所で何を探すの?宝物?あ、トラってのは無しね、もうそれ聞いたから」

あたしは髪の毛をクシャリとかき混ぜながら、あーとかうーとかよくわからない返事を返した。

もうどの辺りに突っ込みを入れるべきなのか、彼女をどうやって追い返せばいいのか、皆目見当がつかない。

わかってることって言えば、もうこれは完璧にペナルティ確実って事と、どうあっても現状打破の方法は無いって事くらい。

八千穂さんは好奇心満タンの顔であちこちきょろきょろと見回していた。

肩をすくめたあたしの耳に、何かが擦れるような音が聞こえてきた。

「あれ?なんだろ、今の音」

あたしたちは顔を見合わせる。

「向こうから聞こえたよね?行ってみようか」

「うん」

「じゃ、早く」

って、何誘導されているんですかあたし!

なんだか少し変な気分で、駆けて行く八千穂さんの後を追っかけて、走った。

 

 

「人ひとりくらい、通り抜けられそうだよねえ」

「うん」

隣から覗き込む。

さっきの音がした場所―――そこには、大きな穴が開いていた。

穴っていうか、墓石の一つが動かされて、そこに入り口があったっていう表現の方が多分正しい。

落ちてく小石の反響音がいつまでも聞こえてこないところを見ると、多分相当深い、おそらくは、天香高校地下にあるらしい遺跡まで通じているだろう、無骨な大穴。

(ビンゴ)

八千穂さんに気づかれないように、あたしは胸の中で指を鳴らしていた。

こんなに早く見つけられるなんて思わなかった、まあ、今夜中かけて探すつもりだったけど、あまりのあっさり加減にちょっとだけ拍子抜けしているのも事実。

おかげで張り詰めていた糸が少しだけ緩んだみたいだった。

何はともあれ進入路は確保した。

なら、次はここから降りて、探索活動を開始するだけ。

俄かに気合が入りなおすあたしと、同じくらいドキドキした様子で八千穂さんも穴の底をじっと見詰めている。

―――ついてくるんだろうな、多分。

(どうしよっかなあ、基本的に民間人の探索活動参加は認められてないんだけど)

もっとも、ハンターが一時的に全責任を負うという形でなら、例外的に許可が下りなくもない。

でもあたしも新米だし、今日一日で自分の至らなさが十分わかったばっかりだから、人の命一つ預かるだけの自信がない。

ううんと困っていると、おいと低い声が背後から響いた。

「っつ!」

こ、この声はッ

慌てて振り返ったあたし達の前に、立っていた姿。

それは―――

「お前、出歩くなって言ったじゃねえか」

どこか困っているような呆れ顔。

直後にあたしは斜め後方に飛びのいて、サッと身構えた。

「皆守甲太郎!」

―――おい、何の真似だ」

頭をボリボリと掻いて、皆守は、めんどくさそうにあたしを見ていた。

こっちはそんなゆとりなんてない!

急にギラギラしだすあたしに、八千穂さんが目を丸くしている。

「お前こそ何の真似だ、俺に何か用か!」

「用っつうかなんつーか―――なんだ、結構元気そうだな」

最後は小声だったけど、あたしは聞き逃さない。

これでも耳は凄くいいのだ。目と同じくらい、鼻も利くし。

ギッと睨みつけると、大仰な溜息なんて吐いちゃってる。

それはあたしですってば!

「ど、どうしちゃったの玖隆クン」

八千穂さんの声だ。

「皆守クンも、二人とも、喧嘩でもしたの?お昼は仲良くしてたのに」

「して、ない!」

「おい玖隆、お前、声がでかいぞ」

「うるさあい!」

こうして話してるだけでも、さっきの事どんどん思い出してきちゃってるってのにィ!

あたしは悔しくて、悲しくて、なんだか痛くって、泣きたいような気分になりながら皆守をぎりぎり睨みつけていた。

こいつにとっては大したことじゃなかったかもしれないけど、あたしにとっては本当に大事で、実際メチャメチャ傷ついてるんだから!

いっくら仕事だ、不可抗力だったって考えようとしたって、そんな簡単に割り切れるような出来事じゃない。野良犬に噛まれたと思って?冗談じゃない、ふざけんな!

出会ったその日に襲われて、しかもそれが初体験だったなんて、これで泣かない女の子がいたら会って顔でも何でも拝んでやりたいよ!

少なくともあたしはそんな鋼の女みたいにはなれない。これでも結構デリケートなんですからねッ

色々考えてたら段々グルグルしてきて、思わず涙がこみ上げてきてしまった。

―――いけない。

「玖隆クン?」

八千穂さんに見られる。

そしたらきっと勘ぐられてしまう。

あたしはこれ以上失態をさらすわけにはいかないのに。

「どうしたの?もしかして泣いて―――

「そこで、何をしている」

しわがれた声。

あたしたちは一斉に振り返る。

「墓地に無断で入り込む愚か者は誰だ」

そこにいたのは、ぼろを纏ったお爺さんだった。

シャベルを担いでランタンを持っている。

お化けみたいな出で立ちに一瞬ビックリして涙が引っ込んだ。皆守が、ちらりとあたしを窺って、こいつはここの墓守だと説明を入れた。

罪滅ぼしのつもりなんだろーか。

「あ、あたしたちは、その」

「誰の許可があって、ここに入り込んだ」

「えっと、あの」

「すまなかった、すぐ寮に戻る」

八千穂さんの声を遮って、皆守が一歩前に出た。

「そこのそいつは転校生なんだ、こいつはその付き合いで、ちょっと悪ふざけが過ぎただけだ、だから今回だけは見逃してもらえないか?」

「皆守クン」

八千穂さんはなんだかすごくビックリした顔だ。

こいつがこんな風に振る舞うのはそんなに珍しい事なんだろうか?

墓守はあたしたちを順番に見て、最後にあたしだけをもう一度ジッと見てから、フンと鼻を鳴らした。

「まあ、いいだろう、さっさと行け、俺の気が変わらんうちにな」

「ああ、悪いな」

おい、と振り返って、皆守があたしに振り返る。

「さっさと戻るぞ」

「あ、うん」

また踵を返して歩き出す後に続きながら、立ち去り際に八千穂さんは墓守にペコリとお辞儀をした。

あたしもおとなしく付いて行けばよかったんだろうけど―――どうしても、皆守に素直に従う気になれなくて、その場に立ちっぱなしになっていた。

私情を挟んでる場合じゃないんだろうけど、今だけは、やっぱりどうしても、どうしようもない。

「オイ」

気づいた皆守が振り返ってまたちょっと困った顔をした。

「お前も早く来い、処罰されたいのか?」

あたしは爪先に視線を落とす。

うー

―――同じ台詞を八千穂さんが言ってくれたら、あたしはすぐついていけるんだけどなあ。

(こいつに言われてはいそうですかって、絶対嫌)

本当なら声だって聞きたくないし、顔だって二度と見たくなかったのに。

(いなくなるなら、早く帰ってよッ)

あたしは後からゆっくり一人で帰らせていただきますから。

墓守はじっとあたしたちを窺ってる。

八千穂さんの声が小さく、あたしを呼んだような気がした。

「ったく」

舌打ちが響く。

「おい八千穂、俺はこいつを連れて帰るから、お前は先に寮に戻れ」

「う、うん」

僅かにためらって、足音が小走りに遠くなっていった。

その音と反対に、湿った土を踏んで乱暴な足音が近づいてきた。

「オイ」

正面で立ち止まって。

俯いているあたしの前髪に、ふうと溜息が吹きかかる。

「そいつを早く連れて行け」

墓守の声。

「わかっている、言われなくてもそうするさ、ホラ」

腕を掴まれて―――

「やっ」

「おとなしくしてろ」

さっきと同じ台詞。

見上げたあたしに苦い顔をしながら、皆守はかなり強引に両腕を捕まえて、背中に回ってグイグイ押すようにして歩き出した。

グダグダのポルカを踊るような格好で、連行されながらあたしの心臓がバクバク鳴っている。

「は、離せ、バカッ」

「うるさい、さっさと戻るぞ」

「ヤダ!お前の指図は受けない、このバカ!変態!手を離せッ」

「ったく、めんどくせえ奴だ、いいから歩け、ホラ!」

「やーだー!!」

「うるさいッ」

不意に、ひょいと体が浮かんだ。

「え?」

気づけばあたしは―――皆守の小脇に抱えられていた。

なんてこと!

叫ぼうとした瞬間、口まで押さえられてしまった。

「世話の焼ける奴だ」

なんとも言えない、呆れた声。

く、悔しい―――

信じられないッ、この状況!悔しい!悔しい!悔しいいいいい!

「んむー!」

「コラ、暴れんなッ、ったく、走るからなッ」

そのまま、人攫いよろしく走り出されて―――

 

結局、寮の部屋に放り込まれて、今夜の探索活動はとりあえず断念せざるを得ない状況になってしまった。

本当になんてこと。

今日は人生で最低最悪の一日だ。

天香高校遺跡探索第一日目、まったく散々なスタート、さっきからはらわた煮えくり返りっぱなしで、シーツのないベッドに倒れこみながらあたしはマットを思い切り殴りつける。

「皆守いいいッ、絶対、絶対に許さないんだから!」

今夜の鬱憤全部、あのとんでもない交換条件のことも含めて、まとめてアイツにぶつけてやる!

ふつふつと燃え上がる闘魂に誓いを立てながら、あたしは最後にもう一発だけ、思い切り、スプリングがへこむほど強くベッドを殴りつけていた。

 

―――あああ、器物破損は最小限に収めようって、決めてたのに。

 

続く