「あたしは、あたしのために、この遺跡の最奥を目指す」
立ちはだかった神鳳君に、あたしは毅然と言い放つ。
「それが詭弁でない事を祈りますよ」
ここは遺跡の一角、新たに探索できるようになっていたフロアーの最深部。
フェイクの黄金で刻まれた、安っぽい彫刻の大広間に、あたしと神鳳君、そして、甲太郎は立っている。
弓の弦に矢をセットしながら、神鳳君の目は(多分)あたしを真っ直ぐ見据えていた。
「たとえあなたの理由が何であれ、僕は僕の役目を果たすだけです」
引き絞られる弦。
銃を抜くあたし。
駆け出すと同時に戦闘が始まって、辺りは一気に殺伐とした雰囲気に包まれる。
飛び交う矢と弾丸の応酬の果てに、勝敗は決して―――また、これか!
出てきたのはでっかい掌、じゃなくて、おじいちゃん?
とにかく物凄い大きさの、多分、ヘビだった。
(ヤマタノオロチだ)
あたしは悟る。
この区画は神武東征、神様の力を借りて日本の中央を制圧した話。
でっかくてもヘビはヘビなら、あたしお得意の鞭がよく効くはずだろう。
「覚悟ッ」
ぐおおおん、と。
ヘビは襲い掛かってきた。
広間をいっぱいいっぱいに使って、ズルズルと這い寄ってくる化人相手にあたしは走る、走る!
「あきらッ」
甲太郎が何度かあたしの腕を引っ張ったり、背中を押したりして、攻撃を逸らしてくれたから、大きな怪我も無く、状況はあたしに有利に進んでいった。
「トドメだあっ」
振り上げた鞭で、背中を、大きく1発。
のけぞったヘビの体がじわじわと消えていく―――そして。
(これは)
あたしの目の前に落ちてきたのは、かんざしだった。
すかさず掴み取って眺めていたら、神鳳君の、懐かしむような、少し悲しいような声が、広間に静かに響いていた。
「玖隆君―――いつか、僕の話を聞いてもらえますか?」
「うん」
ニッコリ笑ったら、神鳳君も笑ってくれる。
今度は、今までみたいなのじゃなくて、心からの嬉しそうな笑顔。
受け取ったかんざしを大事そうに制服の胸ポケットにしまった、途端。
「っつア!」
「えッ」
「神鳳?」
胸を押さえて苦しそうにした神鳳君は。
「気を、つけてください!玖隆君、この霊力は、くううううッ」
ぐらり。
体が揺れる。
咄嗟に支えようと手を伸ばしかけたんだけど、途端襟首を掴まれて、思い切り後ろに引っ張り寄せられた。
そのままフラフラって後ろに下がって、ドン。
「甲太郎?」
「よく見ろ、あれは」
「ぐうう、ぐうううううう」
我は、アラハバキなり。
(えッ)
長い髪を振り乱して、先頭の最中にも見せなかったような、獣じみた、禍々しい表情で。
「人の子よ、お前が、我を目覚めさせたのか?」
―――神鳳君の気配じゃない。
(アラハバキって、確かさっき)
そうだ。
七瀬さんに取り付いていた、あの『何か』。
口角から泡を飛ばして、唸る姿は尋常じゃない。
背後で甲太郎が舌打ちを洩らしていた。
「クックックッ、それほどまでに我が宝を望むか」
「何?」
「我は、この遺跡の奥底、深い闇の彼方からこの念を送っておる、お前の探す宝は我が袂にある」
胸がドキンと高鳴った。
天香遺跡の『秘宝』をこいつが守護している。
(やっと、たどり着いた)
宝の在り処と、そこにいるものの正体。
アラハバキの口元がニヤリと吊り上がる。
「人の子よ、もし、我が元までたどり着けたなら、お前に宝の力を授けよう」
(えッ)
「神の叡智を集積した、偉大なる秘宝の力を」
―――あたしは黙り込んだ。
神鳳君の糸目が怪しく光って、こちらの出方を窺っているような気配。
けれどあたしが何かしらのリアクションを起こすより早く、更に声が重なって、今度は別の方向から聞こえてきたんだった。
「では、俺にもそいつを授けてもらおうか」
振り返ったあたし、更にビックリ。
(夕薙君?)
どうやってここまで下りてきたんだろう。
いや、どうしてこんな場所にいるんだろう。
呆然と立ち尽くすあたしの肩に、そっと甲太郎の手が触れる。
幻かと思ったけれど、夕薙君は確かにそこにいた。
普段と同じ姿で、けれど、普段とはまるで違う雰囲気をまとって。
「その、秘宝の力って奴をな」
「貴様は何者だ?我にその気を感じさせぬとは、魂無き墓守とも違う、お前は、死人か?」
「死人は墓で眠るものだ、俺はただの―――人間さ」
「人の事はいつの世にも変わらず愚かな者よ、大いなる力を巡り血で血を洗うか、いいだろう、秘宝が欲しければ見事勝ち残って見せるがよい、お前達のどちらが秘宝を得るに相応しいか、我に示して見せよ」
「今夜の墓地はいつもより異様な雰囲気に包まれている、やはり、後を追ってきて正解だったようだ」
玖隆。
(はッ)
あたしはようやく我に返る。
さっきからぼんやりしていて、殆ど話とか、聞いてなかったというより、聞こえていませんでした。
ええと、今はどういう状況?
「悪いが今ここで、俺と戦ってもらうぞ」
「は?」
え?
「えええっ」
「俺の信念にかけて、手加減はしない」
ちょ、ちょっと、待った!
何がどうなってそういう話になるわけ?
(っていうかあたし、夕薙君と戦うの?)
双樹さんのときほどではないけれど―――それって、結構きついかも。
何でこんなことになっているんだろう。
双樹さんも、夕薙君も、あたしの大切な人たちなのに。
あたしを見詰める夕薙君の瞳。
そこに、迷いも、戸惑いもない。
あたしとはまるで正反対、一瞬視線が逸れて、またあたしに戻ってきた。
(やっぱり、ダメ、なんだよね)
双樹さんのときも、何とか回避しようとしたけれど。
(これは、夕薙君が望んでいる戦いなんだよね)
もう1度確認する。
あたしの胸はYESと告げる。
だったら―――
(負けるわけには、いかない!)
「玖隆―――その力、見せてもらうぞッ」
直後に夕薙君が猛然とこちらに向かって駆けてきた。
あたしはハンドガンを引き抜いて、弾丸による応酬。
ためしに一発打ち込んで、直後に確信して、迷わずトリガーを引き続けた。
夕薙君は両手を高く掲げるモーションの後で、そのまま振り下ろした腕の前面から、何か衝撃波のようなものを打ち出してきた。
(来るッ)
咄嗟に飛びのいてよける。
当たりそこなった衝撃波は、背後の壁にぶつかって、表面を盛大に切り裂いていた。
(あんなの食らったら!)
あたしは駆ける。
夕薙君は、間合いを詰めては衝撃波を撃つ。
逃げて、撃って、転がって。
そんなのがどれくらい続いただろうか。
神鳳君と夕薙君から受けた攻撃のお陰で、所々制服は裂けて、覗いた皮膚から出血していた。
あたしは、それでも力の限り応戦を続ける。
傷付けたくないと、思っているけれど―――
容赦したら、多分、殺されるだろう。
当たった弾丸は片っ端から夕薙君の手前で砕けて、けれどダメージだけは確実に蓄積されているようだった。
新しく突っ込んだマガジンが空になるのとほぼ同時に。
「くッ」
ガクンと、ぶれる夕薙君の体。
とどめを刺しに駆け寄るあたし。
「たあああッ」
鞭の一撃、そして。
「くうッ」
夕薙君は、完全に膝をついて座り込んでしまった。
肩で荒い息を繰り返す姿に、あたしは慌ててその傍らにしゃがむと、ぐらぐらしている体に手を添えた。
「大丈夫?」
「ああ―――玖隆、俺を倒してくれたんだな」
有難う、と。
お門違いの言葉に、あたしはきょとんとする。
(どうしてお礼を言われたのかな?)
あたしはただ、攻撃されて、それを返り討ちにしただけなのに。
苦笑いを浮かべた夕薙君は、すまないと言いながらあたしの頬に触れてきた。
それから、傷を見て辛そうな顔をする。
そんな彼の気持ちが、あたしにはまるで理解できない。
ラベンダーの香りが漂っていた。
低い、嘲るような笑い声に、あたし達は同じ方向を振り返って見た。
「人の子の力、確かに見せてもらったぞ」
神鳳君に取り付いたアラハバキだ、こっちはまだ解決していなかったのか。
「鍵、だ」
「何?」
「鍵を探せ」
我が元へたどり着き、秘宝の力を手にせんと欲するならば。
言葉の直後で全身が、まるで糸の切れた操り人形のようにぐらりと揺れて、神鳳君はその場に倒れこんだ。
あたしが咄嗟に駆け寄ろうとするより早く、甲太郎が彼の傍に走っていく。
「大丈夫、意識もある」
よかった。
ホッと胸を撫で下ろしたら、今度はあたしの腕に凭れていた夕薙君が身じろぎをしていた。
まだ辛そうな姿に手を貸して、二人で一緒に立ち上がる。
「すまないな、玖隆」
「ううん、もう大丈夫なの?」
「ああ―――それより玖隆」
「ん?」
「君は、アラハバキという神を知っているのか?」
夕薙君の唐突の質問に、あたしはちょっとだけ考え込む。
ここに来る直前、少しだけど、調べておいたんだ。
(ええと)
「―――確か、縄文終期から弥生時代初期にかけて、東北地方で信仰された異形の神、だったかな」
呼称の由来はアラビア語、宗教改革により転進したっていう説もあるらしい、広東語解釈では『九龍』と表記される事もあるって言う話だ。
それと、遮光器土偶の形がどうだとかいう、トンデモ系の説とか。
一通り聞いた後で、夕薙君は唇にうっすら笑みを浮かべていた。
「それだけ知っていれば、十分だな」
同時に頭をポンポンと叩かれて、褒められたみたいでちょっとだけ嬉しい。
「夕薙さん、あなたはいったい何者なのですか?」
神鳳君の声。
気付けばいつの間にか、甲太郎と一緒に傍に立ってる。
「おぼろげながら、あなたと玖隆君が戦う様子を見たような気がします」
「ならば、俺の力も見ただろう?」
「ええ」
夕薙君と神鳳君は、あたしを挟んで難しい顔をしながら、お互いの疑問点について話し出したようだった。
あたしといえば、確かに夕薙君の正体には興味あったけれど、それ以上にたくさんの出来事が一気に起こりすぎていて、状況把握で手一杯。
ニュッと伸びてきた腕が、夕薙君の脇で唸っていたあたしを、ぐいっと引っ張り寄せていた。
(うん?)
振り返ると、甲太郎だ。
何だろう?
相変わらず涼しい顔をして、アロマを吹かしながら、まるで興味のなさそうに二人の姿を眺めている。
「とりあえず、ここを出よう」
夕薙君が、静かにそういった。
どことなく思いつめているような表情に気付いて、あたしはふと、気になっていた。
(夕薙君?)
「地上まで長い道のりだ、昔話をするには、丁度いい」
一足先に歩き出した彼に続いて、あたしと甲太郎、それから、神鳳君。
遺跡の中は、やけに静まり返っているように感じる。
地上に戻るまでの間、重くて痛い夕薙君の『昔話』に耳を傾けながら、あたしはどこか落ち着かない気持ちで、そわそわと広い背中を見続けていた。
その予感が地上に戻ったとき―――現実の姿をとるのだと、恐らく、心のどこかで察知しながら。