物凄いノックの音に、あたしは耳をピッとさせる。

部屋で、アサルトベストに装備品を突っ込んでた最中の事だ。

嫌な予感にためらってると、そのうち音はどんどん激しくなっていって、このままじゃドアが壊されちゃいそうだったから、慌ててノブに飛びついてまわした。

部屋の外に、悪魔みたいに怖い顔をした皆守が仁王立ちで待ち構えていた。

(ひええー)

「入れろ」

強引に入り込んで、後ろ手にドアを閉める。

鍵をかけて、そのままズンズン近づいてきた。

「ちょ、ちょっと待って、お前、なんだか」

怖いんですけどーッ

ジリジリ壁際に追い詰められて、もう腕を伸ばせば捕まっちゃうくらいの距離まで来て、案の定伸びてきた両手にあたしはむんずと捕まえられてしまった。

「ヤッ」

ビクリと竦んだあたしに、咥えていたパイプを傍の机にこすり付けて消して、そのまま放り投げてから顔をぐいと近づけてくる。

あたしはぎゅううと両目を閉じた。

気配の後で、生暖かい感触が、グイグイと唇に押し当てられる。

「んむっ、フッ」

閉じていた上下の歯を無理やりこじ開けて、入り込んできた舌と、唇の感触が深い深いキスをあたしに要求してきた。

徹底的に口の中を嘗め回されて、生きた心地がしない。

「んふ、んっ、ううっ」

あたしは皆守の胸の辺りをドンドン叩いて、やめてと苦しいの主張をした。

けど、容赦ないキスはそのままあたしを圧迫して押しつぶしていく。

窓から壁伝いにズルズル座り込んで、お尻が床に付いた途端、シャツの裾からスルリと掌がもぐりこんできた。

(や、やっぱり?)

またですかー?!

怖くて、不安で、また頭の中が真っ白になっていくあたしをいいように弄って、皆守の両手があちこちに触れる。

こうされていると、あたし、熱を持った別の生き物に作り変えられていくみたい。

すっかり床に押し倒されて、ズボンのチャックを外して、掌が大事な部分をスルリと撫でた。

ひゃあ!

背筋にビリリと電流が走る。

「や、イヤッ、やめて、やめてよっ」

「口止め料だと、言ったはずだ」

「けど、こんな」

「お前に選択肢は無い、面倒事が嫌なら、おとなしくして黙ってろ」

怖い声。

昼間、気だるげに欠伸なんかかましちゃってる時には絶対に聞くことのない声。

有無を言わさず触りまくられて、あたしの体がどうしようもなくなっちゃった頃、硬くて大きな圧迫感がお腹の内側を思い切り突き上げてきた。

―――また、これだ。

ガクガク揺れる天井と、その間で影になっている熱っぽい皆守の顔を見上げながら、あたしはなんだか泣き出しそうになっていた。

やらしい悲鳴が唇からアンアンとこぼれる。

こんなの、あたしの声じゃない。

かすかな呻き声と、その後でジンワリと滲んでくる熱い感触に、深々と満足げな溜息を漏らして硬い何かが抜け出ていった。

すぐには動けなくて、呆然と天井を眺めているあたしの足元に腰を下ろして、皆守は、机の上に転がっていたパイプを取り寄せて火をつけた。

「お疲れさん、確かに領収させてもらったぜ」

ぼんやりしてたけど、直後にぐわっと怒りがこみ上げてきて、そのままいきなり起き上がろうとしたあたしの意識に反して、体はやけにのたのたと身じろぎくらいしか出来てない。

うー、痛い。

それになんだか、重い。

呻きながらもぞもぞする髪の毛をふわりと撫でて、パイプを咥えた皆守が覗き込んできた。

「お前、メール読んだのかよ」

「メール?」

そういえばさっき、HANTが鳴っていたような。

もう一回起き上がろうとしたあたしに、皆守が腕を貸してきた。

「お前の助けなんて要らない、俺なら一人で全然平気だ」

「嘘つけ、そんな生半可な仕事してねえぞ、いいからおとなしくしてろ、欲しいのはこれか?」

HANTを取って寄こしてくる。

あたしは苦い顔で受け取って、これまた不本意ながら、皆守の胸に背中を預けるような格好で、モニタを開いて操作した。

着信履歴、一件。送信者は皆守甲太郎。

「え?」

開くと、夕方の事に対して謝りの文章と、遺跡探索に同行させて欲しい旨が記されてある。

あたしは二三度読み返して、背後にいる皆守を振り返った。

「これって」

「まあ、そういうことだ」

パイプの先でフワフワと紫煙が揺れている。

そっけない顔をしている彼の、頬だけ少し赤いようで、あたしは改めて、まじまじと様子を窺ってしまった。

正直、わけがわかんない。

何考えてるんだろ。このメールも、今のことも、全くまともと思えない。

「玖隆、その、昼間は悪かったな」

「え?」

「少し感情的になりすぎたと思う、誘っておいて、先に帰って悪かった」

「あの、もっと他のことで謝ることとか、ないんですか?」

「他?」

何を、といわんばかりの表情に、あたしは改めてガックリと肩を落としていた。

つまり、昼間の言い争い云々に関しては悪いと思っているけれど、昨日と今日と、あたしにした無体な仕打ちに関しては何とも思っていないわけね―――

(本当にもう、どうしてこんなことに)

ヌルヌルと汚れている足の付け根辺りを眺めて、ハアと溜息が漏れた。

もう、何がといえないくらい色々最悪。涙も浮かんでこない。

閉じた端末を、近くの床に置いた。

「玖隆」

後ろからいきなりぎゅっと抱きしめられて、唇がうなじに触れる感触に、あたしの全身にゾワゾワと鳥肌が立っていた。

「も、もう、今日の分は払っただろ、離せ」

―――俺はまだ、お前の性別に関して、黙っている分の口止め料しか貰ってない」

「んなっ」

まさか、分割払いのおつもりですか?!

硬直するあたしに、耳元でいやらしい声がフフと笑う。

「まあ、今夜はお前も行くところがあるんだろうから、とりあえずこれで勘弁してやるよ」

そ、それは、どーも。

「けど、明日の晩、まとめて払ってもらうぞ」

えええっ

「今日の分とあわせて三回、楽しませてもらうからな」

「ちょ、ちょっと待てよ、それってぼったくりじゃ」

「そんなわけあるか、口止め料だって言ってるだろうが、何なら週末、まとめて払ってくれても、俺は一向に構わないんだぜ―――一日かけて、たっぷりと、な?」

さ、詐欺だ。

っていうか、やっぱり悪夢だ。

ショックで絶句したあたしの身体をスルスルと撫でて、首筋に一つキスを落とすと、皆守はあたしを床に降ろして立ち上がっていた。

斜めになって放心している後ろで衣擦れの音がして、すぐ後からそろそろ準備しちまえよと声がふってくる。

「だ」

誰のせいでッ

「準備が遅れたと、思ってんのよおおお!」

勢いに任せて立ち上がって、そのままふらりと倒れかけたあたしを、皆守が腕を伸ばして捕まえた。

うっかり腕の中に倒れこむと、覗き込んできた顔がフッと笑っている。

「なんだよ、お前ってやっぱりタフだよなあ、相変わらず元気じゃねえか」

「誰がッ」

直後にメチャクチャに暴れて、ついでに何発か殴りつけてやって、あたしは勢いよくベッドに倒れこんでいた。

はっきり言って、まだ全然動けるような状態じゃない。

でも、でも、もう我慢できない!

なにが『まとめて払ってくれても構わない』だ―――よ!

こっちのほうが全然疲労が重いって、わかって言ってんのか、こいつは!

おまけにあたしは昨日が人生で初めての体験で、まだ傷心覚めやらぬって感じなのにーッ

今日だって、本当は怖くて怖くて、最中何度も泣きそうになってたってのに!

うがああああ!

(憎いッ)

心から憎らしいと思う。

こんなに誰かに腹を立てたのは初めてかもしれない。

ぜったい、絶対なんらかの手を講じて、もう二度とあたしに構うことが出来ない体にしてやる!

あんないやらしいこと、金輪際お断りなんだから!

(そうだ)

丁度遺跡探索についきたいとか言ってるし、あそこで息の根を止めてしまえば―――

「ウフ、ウフフ、ウフフフフ」

そのまま薄笑いでいるあたしを、皆守が気持ち悪そうに見下ろしていた。

フフン。

そんな顔をしていられるのも今のうちなんだから、覚悟しておけ!

「おい、お前、なに笑ってんだ、大丈夫か?」

「ウフフ、平気」

むっくり起き上がって、乱れた衣服を整えた。

今晩こそはプールのシャワールームを使わせてもらわないと。

こんな気持悪い状態、もう一秒だって我慢できない。

アサルトベストに腕を通して、銃器の類をたすきがけにして、コンバットナイフをホルダに突っ込んだ。

脇に剣をさして、ゴーグルを被れば、あたしはどこからどう見ても立派なトレジャーハンターだ。

支度する間、アロマをふかして気のない素振りを装いながら、皆守がチラチラこっちを見る視線に気づかない振りをしていた。

もうこれ以上係わり合いになるのはごめんだ。

今夜こそ、地獄の果てまで後悔させてやる、皆守甲太郎!

「随分と物々しい格好だな」

不満そうな声に、あたしはゴーグルの下の口の端をニッと吊り上げて笑う。

失礼な。

「格好いいって言いなさい、じゃ、行くぞ」

「おう」

部屋をこっそりと抜け出して、学園の闇に紛れるように、あたしたちは走り出した。

目指すは墓地、そしてそこからたどり着くはずの、天香学園地下遺跡。

(まってろよおお)

一体何に向かって言ったのか、自分でもよくわからないけど、興奮で全身が火照るみたいだった。

天香遺跡探索作業、ようやくスタート!

踏み出す手足に気力をみなぎらせて、まだ体の中に残る感触にはなるべく目をつぶるようにしながら、あたしの気持ちは仕事モードに切り替わっていった。

 

続く