こっちも異常なしだなと言って振り返った皆守に、あたしもうんと頷き返す。
あたし達はまだ見回りの途中。
自分で腕を抱いてブルッと震えてると、皆守が顔を覗き込んできた。
「やっぱり、寒いか」
「大丈夫だってば」
「ちょっと、そこの君たち」
―――えっ
聞いた事のない声に、またまた振り返るあたし達。
皆守がさり気なーく前に立つから、やっぱりあたしは前が見えない。
「ハローッ」
「誰だ、あんた」
脇からぴょこッと顔を覗かせたあたしに、皆守が『アッ』って顔でこっちを見た。
「お?」
目の前にいたのは、皮のジャンパーを着た派手な男の人。
髭を生やして、タバコを咥えて―――何者?
「そっちにいるのは彼女かな?いやはや、可愛い―――って、男かよ」
すっかり出てきたあたしの格好と体型を見て、そう判断されたらしい。
状況としてはオッケーだけど、内心かなりムッとした。
どうせ、フェロモン不足ですよ!
皆守が隣で溜息混じりにあたしを見下ろして、口の端でちょっとだけ笑ってる。
くう、こいつまで!
(いいもん、仕事だもん、気にしないんだもんッ)
―――ぐうう、悔しいいいッ
皆守は、男の人に「誰だこのおっさん」とか言ってる。
(そうだそうだ、言ってやれ!)
あたしは内心ガッツポーズを振り回す。ううん、皆守をこんな風に応援することになろうとは。
「おっさん、て、俺はまだ二十八だ!」
「威張るなよ、俺達から見れば十分、おっさんだろ」
悔しそうに、でも『おっさん』は反論の余地がなかったらしくて、ぐうとか唸りながらだからガキの相手は嫌なんだよとぼやいていた。
「そうだ、自己紹介がまだだったな、俺の名前は鴉室洋介」
鴉室さんは自分を探偵だといって、名刺を一枚渡してくれた。
「ペット探しやら素行調査やら、依頼された事を色々調査するのが仕事さ、所で君たちはここの生徒かい?」
あたしと皆守は顔を見合わせる。
この格好で、それ以外何をどうだというんですか。
「そう、ですけど」
「んん?」
鴉室さんが顎をしゃくって、あたしの方に身を乗り出してきた。
皆守がピクリと反応する。
「君は顔が可愛いだけじゃなくて、声まで女の子みたいなんだな」
―――ぎくり。
「ま、気にするな、男は外見じゃない、ハートだぜ」
自分の胸を叩いてアハハと笑うので、あたしはビクビクしながら苦笑いを浮かべていた。
うう、本当にやりづらいなあ。
まあ、男の子と思われている分には全然構わないんだけどね―――あたしが苦労するだけで。
「で、だ、この学校の生徒さんなら、色々と聞きたい事があるんだが―――」
「その前に」
皆守がまたさり気なーく、間に割って入ってきた。
さっきからなんだろ、もしかして牽制してくれているのかな?秘密保持のために?
(こいつに限ってそんな気の利いたことしてくれるかな)
そうは考えられないんだけど。単純に目立ちたがり屋なのかもしれない。
何ごとかと見守っていたら、皆守は怪しい探偵の素性を明らかにしろと詰め寄っていた。
おおっと、なんだかちょっと意外かも?
皆守って、治安意識とか全然興味なしかと思ってたのに。
確かに、天香学園は全寮制だし、敷地内には関係者以外立ち入り禁止になっている。
だからこそあたしはこうして生徒のフリをして潜入しているわけだし、そうじゃなかったらもっと他の手段―――たとえば関係業者に紛れ込んだりして、外部からの関与を試みるだろう。
初歩の情報ミスを甘んじて受け入れてまで男物の制服に身を包んでいるのは、これが一番やりやすいから。
まあ、もっともおかげで余計な厄介事まで背負い込むことになっちゃったんだけどね。
あたしは斜め前の皆守の姿をちらりと見上げていた。
「ふむ、確かに、そこの無気力高校生君の言う事ももっともだ」
不健康優良児に続いて、またもや不名誉なあだ名ができたなあ。
急にムッスリした皆守を放っておいて、鴉室さんは前置きたっぷりに『お話』を始めたのだった。
―――うん、そう『お話』
皆守もいつの間にか無表情で立ち尽くしている。
だって、まさか本気にできる?
鴉室さんの口からポンポン飛び出してくる、宇宙とか、異星人とか、銀河連邦警察とか。
あたしなんかはちょっと頭がくらくらしてくる。
えーっと、嘘ならもうちょっと西部劇っぽいほうが好みなんですけど。インディアンの末裔とか。
(それとももしかして、鴉室さんって電波系の人?)
呆然としているあたしたちを置いてけぼりで、鴉室さんの話は止まらない。
こういうの、八千穂さん辺りは鵜呑みにしかねないだろうなーとか思う。
今頃彼女ってばどうしてるんだろ?
お風呂がどうとか言ってたけど、女子寮の湯船でのんびりしているんだとしたら―――いいなあ。
「―――というわけで、俺達のような宇宙刑事が世界各地に派遣されているっていう訳だ、更には、って」
まだ聞くの?と尋ねられて、あたしは皆守の影で首を傾げる。
その途端、目にも止まらない速さで皆守が右足を蹴り上げて、鴉室さんがグハッと声を上げながら横に吹っ飛んでいた。
―――こいつってば、こんなにいいキック持ってたのか!
(ってことは何?探索の時にうとうとしたり、アロマ吸ったりくらいしかしてくれないのは、やっぱり手を抜かれてたわけ?)
キイイ、悔しいッ
なんだかすごーく腹が立って、あたしは皆守の背中を睨みつけていた。
漂わせる殺気(っていうか妖気)に気づかずに、皆守はそのままの勢いで鴉室さんに噛み付いている。
あたしとしてはむしろお前を問いただしたいよ、皆守。
口止め料の見返りだって言うなら、今くらい働いてくれたってバチはあたんないでしょうに!
(それくらいは支払ってるんだから、こっちはッ)
蹴りが意外と強力だったのか、鴉室さんは慌てながら今度は本当っぽい事情を説明してくれた。
聞けば、行方不明になった生徒の捜索を対象の親族から依頼されて、極秘に潜入、調査をしていたとか何とか。
まあ、あたしと似たような立場だけど、同業者では無いだろう。
うまく言えないけど、雰囲気がちょっと違う感じがするし。
ハンター同士はスクールの同期でもなければ面識がないから、実際はよくわからないんだけどね。
あえて言うなら女の勘かな?
「はあー、まだ延髄が痺れてやがるぜ、クソ」
鴉室さんは毒づきながら、なあ君とあたしの方を覗き込んできた。
「はい?」
「老婆心ながら言わせてもらえば、友達は選んだほうがいいぞ、彼はどうもカルシウムが足りないみたいだからな」
「何だと」
「おおっと、どうどう、落ち着けよ、じゃ、俺はもう行かせてもらうぜ」
またなベイビー、と言って、ウィンクを残して、鴉室さんは反対側へと走っていってしまった。
鼻息荒く睨み続ける皆守の後ろで、あたしは苦笑いを浮かべてそれを見送る。
なんだか勢いだけは凄い人だ。まるで竜巻みたい。
ちらりとこっちを見て、振り返った皆守が、そうだと呟いてポケットに手を突っ込んでいた。
「ここに来る前に缶コーヒーを買っておいたんだ、お前にもやるから飲めよ、すっかり冷えちまっただろ?」
あ―――有り難いんだけど―――
「ん?どうした」
眉毛をハの字にして、あたしは悲しく皆守を見上げる。
「コーヒー、嫌い」
「何?」
うう、暖かい飲み物はものすごーく欲しいのにッ
気が利いてるのか利いてないのか、とにかく、コーヒーは苦手だから、あたしはションボリ俯いた。
こうしてると首筋が寒い。
いくらまだ10月とはいえ、日本の秋をなめてたかも。コートくらい着てくるんだったなあ。
(ああでも、寒い)
鼻をすすって、中身は飲めないけど暖を取るくらいには役に立つかもしんないから、やっぱりもらおうかなとか、そんなことを考えていた途中だった。
ふわりと、傍の空気が動いて―――
「うわ!」
あたしは皆守に、いきなりぎゅううーッと抱きしめられていた。
ちょ、ちょっと、どさくさに紛れて何やってんのよ!
「み、皆守ッ」
思い切り険の通った声で名前を呼ぶと、いいから静かにしてろと耳元で囁きかけてくる。
「随分冷えてたんだな、少ししたら、離してやるから」
「や、ヤダってば、離せよ!」
「騒ぐな、女子寮の中の奴らに気づかれたらどうするんだ」
そ、それは、そうですけど。
(でも嫌だよーッ)
第一こんな姿誰かに見られでもしたら、一体全体どうしてくれるのよっ
暗闇で抱き合う男子学生(あたしは女の子だけど)なんて、いかがわしすぎるじゃない!
クスリと、かすかな笑い声が襟足の髪の毛を揺らしていた。
「心配すんな、こう暗くちゃ、俺とお前だなんて、誰にもわからないさ」
「で、でも」
「黙ってればいい、それとも、あえて鳴かして欲しいのか?」
俺は構わないぜと、掌がスルスルと背中をさする。
あたしは全身がぞわぞわぞわーと総毛だって、閉口したまま思わずぎゅっと皆守の制服を握り締めていた。
「それでいい」
満足した声に、顔をしかめながら、それでも仕方なくて肩口に額をゴチンとぶつけていた。
―――うー、凄く悔しいけど、でもけっこう暖かい。
寒いときには人肌が恋しくなるっていうけど、その気持ち、今ならちょっと分かりそうな気がする。
あたしは抱きしめているのが皆守じゃなくて湯たんぽだと、そう思い込む事にした。
もしくは大きな抱き枕式ホッカイロ。
とにかく、皆守じゃなければ何でもいいや。あたしは今、暖を取っているだけなのだし。
「んん?」
急に息苦しくなったような気がして、あたしはぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「あれ?」
「ん?」
皆守越しに見える景色が、いつの間にか煙ってる?
皆守がちょっと体を離して、振り返って同じように首をめぐらせた。
途端、カッと眩しい光が目を刺す。
わっと言って顔を伏せたあたしを一瞬抱きしめて、それからすぐ離れた皆守が前に立ったせいで、あたしの目の前には多少日陰が戻ってきた。
「な、なんだ、この光はッ」
二人でゲホゲホむせていると、光の中心に奇妙なシルエットが浮かび上がったのだった。
「ま、まさか」
皆守の声。
あたしも、体の脇から覗き込みながら、ビックリしてマジマジとその姿を見つめる。
「―――ワレワレハ、コノ惑星カラ六九万光年ハナレタ星カラヤッテキタ」
うわー!
い、異星人?!
これってまさか、第三種接近遭遇とかいうヤツ?!
制服の背中をぎゅっと握り締めると、片腕が前にサッと遮るように出されて、皆守は呆然と何ごとか呟いていた。
あたしは、目の前の光景に多少度肝を抜かれながら―――
端末のプラズマ計測値及び大気環境、光源、磁場の乱れ、生体反応計測結果を覗き込んで、ヌーンと目が据わる。
(何、これ)
煙幕及び、光源は人工照明。磁場の乱れナシ、プラズマ発生ナシ、大気環境は灰塵率が高く、視界は悪いが人体に影響はナシ。生体反応はカテゴリーヒューマン、つまり、人間って事。
直後にバチンと音がして、辺りは一瞬でまた真っ暗に戻っちゃった。
女子寮の中も停電したらしくて、キャーキャー声が聞こえてくる。
呆然と立ち尽くすあたし達の目の前、さっきまで異星人らしきシルエットが浮かび上がっていた場所には―――変な格好の男の子が一人。
男の子、だよね?性別判断が微妙なんですけど。
「ワ」
男の子?が喉を震わせた。
「ワレワレヲ―――」
皆守が、持っていた缶コーヒーを大きく振りかぶって投げる。
相変わらずとんでもなく素早い動作だ―――って、感心してる場合じゃなくて!
ガツン!
「おごオッ」
缶が顔面にヒットした、男の子?はうめき声を上げて仰け反っていた。
「あぐおおお、か、顔に缶が」
「あ、悪い悪い、つい投げちまった」
「ぐうう、ちょ、ちょっとアンタ!痛いじゃないのよ、そんな中身の入った缶を投げて、当たり所が悪くて死んだらどうするの!」
いやいや、十分元気そうですけど―――
「やかましい!」
怒鳴りつける皆守の後ろで、あたしは溜息をつきながら端末をしまっていた。
バカらしい。
異星人って、こういうことだったんだ。
まあ、そう簡単に見られるものとも思ってなかったんだけどね。
でも、もし本当に姿を現したなら―――可能な限り生け捕りにして、協会に送りつけてやるくらいのつもりは、あったのに。
多分ラボの人たちが小躍りして喜んだだろう。あそこって、変人の溜まり場だから。
目の前で奇天烈な男の子?と皆守は激しく言い争いを続けていた。
こいつって、やる気ない割には誰にでも食ってかかるよね。
やっぱり社交性とか、そういうものが欠落してるに違いない。そんなでこれからやっていけるのかな。
まあ、皆守の心配をしても仕方ないんだけど。
「そこのあなた!」
「は、はいッ」
「隠れたってダメよ、このアタシの目にはお見通しなんだからッ」
隠れてるつもりは無いんだけどーと、あたしはひょっこり顔を覗かせる。
皆守がさっきから邪魔するんだ。
いちいち目の前に立つから、隠れているというより、隠されているという感じなわけで。
「ウフフ、姿を見せたわね、転校生―――玖隆あきらちゃん」
ち、ちゃん?!
ととと、というか、何で名前を知られているわけ?
(あ、でも別におかしい事じゃないか、だって同じ学校の生徒だし)
思い直すあたしの傍で、皆守が、どうして俺達の名前を、と素で驚いているみたいだった。
いや、別にビックリする所じゃないでしょうに。
(でもあたしはこの人の事知らないなあ、インパクトあるのに、なんでかなあ)
男の子?は自分を朱堂茂美って名乗った。美しく茂る、それで、茂美らしい。
まあ、美しくってより、むさくるしく茂ってるよね。
狙ってる方向性は何となくわかるんだけど、やりすぎてちょっと気持ち悪くなっているっていうか。
―――って、それこそ余計なお世話か。
「そっちは皆守甲太郎、ウフ、この学園のイイ男は全員このすどりんメモに網羅してあるのよ」
そう言って、ゴージャスなメモを顔の前でぱらぱらめくって見せる。
この人、顔が大きいなあ。
「まあ、玖隆ちゃんはイイ男って訳じゃないんだけどね」
ちらりとあたしを見て、なんだか気味の悪い笑みを浮かべられてしまった。
「高校三年でそれだけ可愛いっていうのは、ある意味貴重だわ、あなたみたいなタイプって、年を取るほどに色気が増すのよね、ウフ、希望株っていう点ではダントツね」
後はもうちょっと身長が伸びれば良いんだけどとか、余計な事まで言っている。
失礼な、気を使って損した!
(っていうか、男じゃないもん、そんなの関係ないでしょう!)
ぐーと唸るあたしの肩を、皆守がポンポンと叩いた。
「とりあえず良かったな、褒められてるぞ」
「良くないッ」
朱堂君は相変わらずメモの中身を読み上げている。
その、最後のほうの一言に、あたしたちはハッと彼を凝視していた。
『天香学園における女生徒の生態と傾向』って、じゃあまさか、例の痴漢騒ぎは!
「お前が八千穂や他の女生徒達を監視していたんだな?」
「そうよ、なぜならアタシはビューティーハンターだから!」
はい?と顔をしかめた皆守とあたしに向かって、朱堂君は片腕を高々と掲げた。
「さあ、アナタたちもアタシを呼びなさい、ビューティーハンターと!」
「ビューティー」
「おいこら玖隆!」
しまった、つられた。
朱堂君が、素直な男の子って可愛いわとあたしにウィンクする。
うー、怖いッ
「この変態野郎ッ―――まあいい、こんな馬鹿らしい事は今夜限りでやめにしてもらうぜ」
「フン、ご苦労な事ね、女生徒のことなんて放っておいて、寮で寝てればいいものを」
皆守がチラッとあたしを振り返る。
「な、何?」
急に頭をグシャグシャ撫でられて、口元が薄く笑っていた。
「言われなくてもそうするさ、なあ、玖隆?」
「え?」
「あら、アナタたち、そういう関係なの?」
はあ?
ど、どうにも妙な展開になりつつあるような―――
「まあ、皆守ちゃんの気持ちもわからなくないわね、その子ってばちょっとそんな感じだし」
皆守は黙ってる。
ちょっと、目が据わってるような気がするんですけど。
「でも玖隆ちゃん、気をつけなきゃダメよ?清潔には十分気を使わないと、感染症とか色々怖いんだから、特に直腸はデリケートだから」
「うるっさい、黙れ!」
(は?)
感染症?
直腸って、一体何の話を―――
あたしは急に不気味な気分になって、ジリジリと後退りをしていた。
なんか今、物凄く不名誉な事を言われた気がするんですけど。
朱堂君は茂美恥ずかしいーっとか叫びながら、頬を染めて身体をクネクネとくねらせていた。
皆守が舌打ちをする。
あたしは―――すでに、捕まえるとかそういう気分じゃなくなっていた。
なんと言うか、すっかり毒気に当てられたというか、本気で寮に帰って寝てしまいたい。
「とにかく、俺達と一緒に来い、何で女生徒を付けまわすのか理由をたっぷりと聞かせてもらおうじゃないか」
「フフン、アナタたちにアタシが捕まえられて?」
無理かも。
不意に、女子寮の中がまた騒がしくなっていた。
にらみ合っていた皆守と朱堂君、それから、すでに戦意喪失していたあたしは同時にそっちを振り返る。
―――ヤバイ。
中では、外の騒ぎに気づいた女の子達が、打って出ようとしているようだった。
冗談じゃないよ、男の子のフリをさせられるだけじゃなくて、痴漢にまで間違われたら!
(さ、最悪だーッ)
あたふたするあたしをチラッと見て、皆守が、ジリリと朱堂君ににじり寄っていく。
「あ、あら、それじゃアタシはこれで」
「おう、またな、って、そんな訳にいくかッ」
駆け出そうとした瞬間、朱堂君はあさってを指差して「あー雛川先生が着替えてる!」と声を上げた。
あたしはもちろんだけど、皆守もそんな引っ掛けには乗らなくて、そのまま駆け出すものだから、朱堂君は直後に180度向きを変えて物凄い速さで逃げ出したのだった。
は、早ッ
これは、皆守以上かも!
「逃がすかよッ」
もちろん皆守も自慢の俊足でダッシュをかける。
あたしも、これでも結構足は速いほうだと思うんだけど―――でもどうしても今は気合が入りきらなくて、その後からヨレヨレと追いかけて走り出した。
毎晩色々と大変だけど、今夜のキツさは尋常じゃないなあ。
―――この後、あいつはお支払いの事とか、まさか言ってくるんだろうか?
(うー、そんなタフネスにはついていけませんってば)
そうこうしている内に二人の姿はあっという間に見えなくなって、あたしは闇の中、不意に立ち止まっていた。
寒さはとりあえず走ったりなんだりでなくなったけど、精神的に非常に疲れたかもしんない。
「はあ」
空を見上げると、星が綺麗。
このまま後の事は皆守に任せて、寮に帰って寝ちゃおうかなあ。
探索って気分でもないけど、仕事だけはとりあえずしなくちゃだめだよね。ああ、大変。
「うん?」
不意に端末の着信音が鳴って、開くと皆守からメールが届いていた。
朱堂君を捕まえたんだろうか?
あたしはメールを開封した。
「―――ウソでしょ?」
何で?
っていうか、朱堂君ってば、執行委員だったのか。
皆守からのメールは、朱堂君が墓地にある例の遺跡への入り口に潜って入ったと、そう書かれてあった。
あたしはガックリと肩を落とす。
うわー、って事は、今回は彼と戦わなきゃならないわけね。
あ、あのくどいキャラと、どこまで対等に渡り合えるだろうか?
「皆守が何とかしてくれたらよかったのに」
使えないヤツ、と呟いて、あたしは端末を閉じた。
とにかく、いったん寮に戻って支度をしてこないと。
見張りにはヤツが立っているらしいから、どうにも心もとないけれど、それくらいは任せてしまおう。
まあ、あのキックを持ってるなら、心配いらないだろうし。
(まったく、秘密の多い男だなあ)
月明かりの下、あたしは歩いていく。
墓地に行く時に、今度はちゃんとコートを着ていこう。
―――また皆守にちょっかい出されたりとか、しないように。
(そういえば今晩って―――支払いは、後でまとめ払い、なんだろうな)
ああ、と俯いた、あたしの襟足を秋の夜風がヒュウッと吹き抜けていったのだった。