いつまでもしつこい皆守を何とか引き剥がして、あたしは夜の闇を駆け抜けていく。

いやもう、これは慣れですね、ハイ。

非常に不本意だし、恥ずかしいし、嫌で堪らないけど、さすがに一ヶ月近くも毎晩こうだと慣れちゃうでしょう。

ッていうか慣れた。慣れた気がする。

あたしのこういういい加減で鈍い所、案外助かってる。

こういうのを自己防衛機能とかなんとかいうのかな、詳しい事はよくわかんない。

とにかく、そういう手段で自分を守ってるんだと、それだけははっきりしていた。

だってそうじゃなかったら、きっと今頃とっくの昔に精神崩壊とか起こして、ハンターなんて続けられなくなって、自宅に強制送還されてるよ。

だって深刻に考えたら、尋常じゃない日々を過ごしているのだし。あたし。

もしくは頭がおかしくなった事をいいことに、あのバカのスレイブ?

(それは、最悪)

―――まあ、今もあんまり変わりない状況のような気はするんだけど。

アレの日でもないのにクッションを置いた下着の内側で、踏み出すたびに中からトロトロ出てくるもんだから、嫌な気分がなくならない。早く、一秒でも早く、全部洗い流しちゃいたい。

寮に戻ってすぐ、部屋にあのバカがフラフラと姿を現して、そのまま何だかんだ言いながらベッドに押し倒されて、速攻作業は開始された。ホントやんなっちゃう。

お支払いの時間は、えーと、今日は多分三時間くらいだったかなあ?

あたしがぼんやりしてるのをいいことに、あいつは絶対2回じゃ終わってくれない。

約束が違うと怒ってもダメだった。適当に誤魔化されて、満足するまでやめようとしないんだ。

あたしは時々自分でもビックリするような可愛い声でアンアン鳴きながら、合間に夕方の出来事を反芻していた。

隣人倶楽部とタイゾーちゃんのこと。

こんな状況で考えるのもどうかと思うんだけど、今何が起ってるのか、ちゃんと認識するより楽だから、やむを得ずそうしてる。

よくそうやって自分を誤魔化す。今日あった事とか、明日の朝は何食べようかなあとか、色々、適当に。

その間に好き放題されて、最後に皆守が満足した証拠のキスをして、それで終了。

そのまま気絶しちゃう確率は半々くらい。

今日は何とか持ちこたえたから、いつまでもベッドの中であたしに構い続けるあいつを殴り倒して、プールのシャワールームを使うために外に出てきた。そして今に至る。

昼の宣言どおり、あたしをくたくたに疲れさせた後で、あいつが自分のソレを目の前に突きつけてきたときの事を思い出して、改めて鳥肌が立っていた。寒いのもあるんだけど。

「じょーだんじゃないよッ」

なんだったらお望みどおり咥えた後で、思いっきり噛み付いてやればよかったかな。

でもそうすると、アレって毛細血管の固まりだから、きっととんでもない事になるよね。

お支払いはなくなるだろうけど、事後処理が大変そうだ。何より気持ち悪そうだし。

施設に到着すると、あたしは裏口の鍵をツールで開錠させてこっそり中に入った。

パララパッパラー!トレジャーハンター七つ道具の一つ、ヘアピン!

―――そこ、泥棒とか言わない。盗むつもりは無いんだから、この際いいの、気にしない気にしない。

あたしは慎重に、物音を立てないように、まだズキズキ痺れている下肢を一生懸命動かしながら、シャワールーム目指して歩く。

その後、おしゃぶりを拒否したあたしはもう滅茶苦茶に責められて、中に散々吐き出されたソレを、皆守は指で掬って無理やり口の中に突っ込んできた。

味の話は―――したくない。

何かもう『うええ』って感じ。当たり前だけど、カレー味じゃなかった。

おまけにアレってあたしのも混ざってたんだよねえ?中から取り出したわけだし。

(最悪)

内側からまたこぽりと出てくる。どんだけ入ってるのよ、一体。

無事目的地に到達すると、脱衣所に鍵をかけて、手早く着てるものを脱いで、タイル張りの室内に滑り込んだ。

ここのシャワーは何でか知らないけど二十四時間制で、夜遅くに使いに来てもちゃんとお湯が出る。

少し熱いくらいに設定して、浴びていると外も中もどんどん綺麗になっていくみたいだった。

誰かさんの忘れ物のボディソープを失敬して、シャンプーもリンスも置いてある。

女子用のシャワールームだから、洗顔料だって置きっぱなしになってる。ありがたいなあ。

Sah ein Knad ein Roeslein stehn♪Roeslein auf der Heiden!」

鼻歌交じりに泡立てたボディソープを塗りつけて、全身くまなく洗いまくった。

あ、これはローズの香りですね、くんくん、いい匂い。

シャンプーはシトラス系、リンスはパッションフルーツ。

「へえ、弱酸性?石鹸なのに弱酸性なんて何事?」

洗顔料を手に取って、顔を洗っていた最中だった。

かすかな物音に、あたしのアンテナがピコンと立つ。

慌てて泡を流して、シャワーを止めるのと同時に、ドアの開かれる音が聞こえてきた。

「っつ?!」

引き攣るあたしの所まで、歩いてくる足音。これは、まさか、ちょっとまって。

―――ヤバい)

シャワールームはシャワー一つ一つが仕切りで区切られていて、ボックスの入り口にはカーテンが備え付けられてある。

地上三十センチくらいの高さまでしかないその裾の向こう側に、赤いマニキュアの塗られた足が現れた。

入ってきたのは女だ。

気配からして一人だけ、これなら、何とか―――

(い、いざとなったら、いざとしちゃおう)

ボックスの中、壁のタイルにペタリと背中を押し付けて、なけなしの両胸を覆いながら、あたしが息を呑んだ瞬間、しゃっとカーテンが開かれて、その向こうには。

―――あら」

そこには、この間屋上で知り合った、水泳部部長、双樹咲重さんが、目をまんまるに見開いて立っていた。

「まあ」

あたしは返事ができない。

まさか、双樹さんだったなんて、どうしようと、美人な彼女をマジマジと見詰めていた。

お互い呆然と立ち尽くしたまま、どれくらい経っただろうか。

双樹さんはあたしの身体をきっちり三度は見直して、それからもう一度だけ、ビックリした顔のまま「まあ」と呟いていた。

「あなた」

「は、い」

「玖隆あきらくん、よねえ?」

そうです。

「その体って、まさか」

あたしはゴクリと喉を鳴らした。

皆守についで、これで二人目。状況的に誤魔化しようが無いだろう。だって裸なんだもん。

ついでにいうと双樹さんも裸で、でもこちらはビックリするほどのナイスバディ―――ふくよかなバストと、くびれたウエスト、形のいいヒップ、どこにも無駄が無くて、ピンと立った乳首が非常に誇らしげだ。

あたしの理想型がここにある。

けど、じっくり見詰める余裕なんかもちろんない。どうやってこの場をやり過ごすか、それが現あたしの思考の全て。なのに、頭の中は空回りで、何もサッパリ浮かんでなんてこない。

あ、でもこれで全校に秘密が知れ渡っちゃったら、お支払いは今夜で終わり?それはラッキー。

そんでもってあたしは任務失敗、ペナルティと傷ついた心と身体を引き連れて里帰りってオチか。

―――最悪だ。

こうなったらいっそお色気路線ハンターに切り替えるかな、この身体を武器に―――って、鶏ガラみたいなあたしの何をどう武器にしろってのよ。マニア受けがせいぜいじゃないの。

(え?じゃあ、皆守ってマニアだったわけ?)

思考が錯綜していた。あたしは今猛烈に混乱している。

落ち着け、と、グッと奥歯を噛み締めると、唐突に双樹さんがあたしの片方の腕を捕まえた。

(えっ)

ビックリする間もなくもう片方も掴まれる。

両腕をゆっくりと開かれて、貧相な胸元を露にされた。

つるつる、ぺったんこな体の上に、申し訳程度に盛り上がった小さなふくらみの、一番上にある突起だけが小粒ながら頑張っている様子を見て、あたしはカーッと赤くなっていた。

は、恥ずかし!

―――可愛い」

「は?」

双樹さんはニコリと笑いながら、そのままあたしの胸に触れた。

ビックリして固まった体の上を、胸から腹、腹から脇、更にその下へと掌を滑らせていく。

(ひえええっ)

最後に薄いお尻をスルリと撫でて、それから双樹さんは再びニッコリと、今度は穏やかで優しい笑みを浮かべながら、そっと囁きかけてきた。

「そう、女の子だったのね、あきらクン」

―――え、えーと、その。

「小柄で可愛いと思っていたけど、まさかそんな秘密があるとは思わなかったわ、ねえ、あきらって本当の名前?」

鋭い。あたしは思わず息を呑む。

双樹さんは手を伸ばして後ろのシャワーのノズルを回した。

暖かいお湯が降ってきて、あたしはどうしたものかとすっかり困惑しながら、とりあえず状況整理を試みる事にした。それだけの余裕はあるみたいだったし。

(えーと)

まず双樹さん。

あたしが女の子だっていう事はばれちゃったわけね。

ああもう本気であたしってばプロ失格だわ、このミッションが終わったら訓練場に通いなおすかなあ。

(いかん、また脱線しかけてるッ)

えと、それから、今度は幾つか選択肢が出てきた訳なんだけど、とりあえず双樹さんは害意を持っていないらしい。

目の前でニコニコと笑い続けている、彼女からおかしな雰囲気は感じられない。

なら、最善は交渉だろうか?

上目遣いにそろそろ見上げると、相変わらず自信に裏づけされた余裕たっぷりの表情が、じいっとあたしの出方を待っているみたいだった。

なんだかずっと年上の人に見詰められてるみたい。

あたしはまだちょっと戸惑いながら、あのうと小さく声を上げた。

「なあに?」

「えーと、その、双樹さんが言うとおり、実はあたし、女だったんです」

我ながら何て芸の無い発言だろう。ちょっと頭が足りないみたい。

双樹さんがクスッと笑う。

「そのようね、小柄で可愛いらしいわ、よく引き締まって、筋肉もあるみたいだし、素敵ね」

―――そんな事初めて言われた。

こんな、傷だらけでボロボロ、あっちこっち盛り上がったり引き攣れたりして、おまけに日焼けまでしてガリガリの骸骨みたいな体なのに。

「あの、それで」

「どうしたの?」

うーん、どう切り出そう。ここはやっぱり簡潔にいくか。うまい台詞も思い浮かばないし。

あたしはちゃんと双樹さんと向き合った。彼女は相変わらずニコニコしてる。

「ちょっと、詳しい事情は話せないんですけど、その―――この事は、黙っていてもらえませんか?」

ついでにシャワールーム勝手に使ってごめんなさいとも謝っておいた。

ここは夜間の一般生徒立ち入りを禁止している。

なのに、あたしはロックを外しての不法侵入だし、色々突っ込みどころもないくらいやらかしちゃってるから、いい訳のしようがないだろう。

双樹さんはどこまで見逃してくれるだろうか―――もしダメなら、気は進まないけれど、ここは実力行使あるのみ。同性に暴力っていうのもいただけないけれど、でもそれは出来れば最後の手段にしたい。

双樹さんの長い睫がパチパチと上下に揺れた。

目の奥が何だかちょっと楽しそうな雰囲気を浮かべて、あたしの表情をじっと窺って、不意にニコッと首を傾げて笑われた。

「いいわよ」

「えっ」

「どんな事情があるのか知らないけど、訊かないでいてあげる、黙っていて欲しいなら、全部秘密にしておくわ」

―――ほ、本当?

「本当、に?」

目をまんまるに見開くあたしに、双樹さんはでもその代わり、と、ウィンクを投げてよこした。

「貴女の本当の名前を教えてもらえないかしら?もちろん秘密にしておくわ、ね、どう?それが交換条件よ」

どう、も、こう、も。

あたしは呆然と立ち尽くしていたんだけど、すぐにハッと我に返って、あらためて、マジマジと、双樹さんの顔と身体を見詰めなおしてしまった。

もう、なんて言ったらいいんだろう。あたしの目の前に立っているのは、女神様かなんかなんだろうか。

―――とにかく。

(た、助かった)

ホーッと胸を撫で下ろす。

ホント、感謝します、有難う双樹さん!改めて安心したら、胸がバクバクいってたのに気づいた。

アハハ、緊張が解けたら嬉しくて興奮してきちゃった、本当に有難う、有難うございます!

「双樹さんッ」

涙交じりで名前を呼んだら、よしよしって頭を撫でられた。うわーん、優しいよう。

「ねえ、玖隆さん?」

「は、ハイ?」

「お名前、教えて?あきらじゃないんでしょう?それともそれは本名なの?」

違いますとあたしは首を振って、素直に答えていた。

「あかりです」

「あかり?玖隆あかりさん?」

「そう、です」

あかり。

双樹さんは呟いて、ウンと頷くとまたニコリと笑った。

「いいお名前ね」

―――厳密に言えば、ロゼッタに登録した『本名』なんだけど、まあ細かい事は言いっこなしだ。

とりあえず宝捜し屋としてのあたしの本名には間違いないんだし。

「どんな字を書くの?漢字は?」

「いえ、全部平仮名です」

漢字苦手なくせに、日本かぶれした父さんが、実家との兼ね合いでつけた名前だ。

詳しい事情はよく知らない。でも、あたしは自分の名前が気に入っている。

「そう、じゃあ、あかりちゃんね?ウフ、あなたらしくて可愛いわ」

双樹さんはそのままスルリとあたしから離れて、湯煙の立ちこめるシャワーボックスの出入り口に立った。

「でも、大変よね貴女、それじゃ寮の浴場は使えないものね」

「すいません」

「いいのよ、事情があるなら仕方ないわ、ここ最近誰かが夜中にシャワールームを使ってるみたいだったから気になっていたのだけれど、理由がわかればそれで十分、もとより騒ぎにするつもりもなかったし」

ううん、何て懐の深い人だろう。

あの胸の内側には大きさに見合うだけの器量が満ちているに違いない。何て羨ましい。

あたしは尊敬の眼差しで双樹さんを見詰めた。

「そうね、なら、貴女にここの鍵を暫らく貸してあげましょう」

「え?」

「許可も出しておくから、いつでも好きなときに使うといいわ」

ほ、本気ですか?

「いいんですか?」

「敬語も要らないわ、女同士ですもの、遠慮しないで、それに」

可愛いあなたを助けてあげたいのと、赤いマニキュアの指先があたしの頬をそっと撫でた。

「いらなくなるまで貸してあげる、だから、大切に使ってね?」

「は、はいっ」

力いっぱい頷き返すと、双樹さんはまたウフフと笑う。

「あかりちゃんは元気ね」

「それだけが取り柄だからッ」

―――この台詞、昼間も言ったっけ。

「じゃあ、私、もう行くから」

目の前で赤い髪の毛をふわりと翻して、白くて綺麗な背中がこっちを向いた。

ヒップラインも何て綺麗。ああ、やっぱり羨ましい。

「じゃあね、あかりちゃん」

肩越しに微笑んで、双樹さんはそのままシャワールームを出て行った。

ボーっと立ち尽くすあたしの頭の上にお湯が降り注いでいる。

雫に打たれながら、ハアと溜息が漏れていた。

「双樹さんって、色々凄い」

あのダイナマイトボディといい、こんな胡散臭いあたしをあっさり容認して、あまつさえ鍵まで貸し出して、入出許可も出してくれたり、とにかく凄い、凄すぎる。とても同い年とは思えない。

「うーん、でも、やっぱり」

属性はお姉さま。しかも、美人で頼もしいとくれば、相当もてるんだろうなあ。恐らく男女問わず。

湯煙の中で、あたしはもう一度溜息を吐いていた。

今夜の皆守とのアレコレとか、昼間のタイゾーちゃんとか、何か全部吹っ飛んだ。

よおしと呟いて、あたしは急に元気が出てくる。

皆守だろうが化人だろうが、隣人倶楽部だろうがやってやろうじゃないの!

今夜は負ける気がしない、エンジン全開絶好調、だ!

あたしはシャワーを浴びるだけ浴びて、勢いよくシャワールームを飛び出した。

すでに双樹さんは出て行った後で、けれどたたんだ服の上にはちゃんと鍵が乗せられてあった。

円盤型のプラスティックのキーホルダーに屋内プールの文字が彫られてある。

(うわあ、これでいつでもシャワーが浴びられるんだッ)

嬉しいなあ!

あたしは替えの下着を身に付けて、さらしを巻き、天香学園男子用制服を着込んだ。

鏡を覗き込むと、それはどっからどう見ても立派な男子生徒。背が低くて女顔だっていうだけで、後は見間違えようもない。

しっとり湿っている髪の毛を、備え付けのドライヤーでザックリと乾かした。

もうこれ以上秘密がばれないように、明日からはこれまで以上に気をつけて暮らすぞ。えいえいおー!

ここを使うとき、いつも感じていた嫌な緊張感は薄れて、ようやくホッと一息つきながら、あたしは抱えた汚れ物と一緒に施設を後にした。

夜空で星がキラキラしている。

体も綺麗になったし、よおし、じゃあ早速遺跡にでも潜るか、お仕事お仕事。

(待ってろ化人とかタイゾーちゃんとか!ついでに皆守、今夜こそ息の根止めてやるッ)

あたしは寮と墓地の方角に向かうと、両腕を振り上げて、声に出さずに雄叫びを上げていた。

ちゃんと、こうやって親切にしてくれる人だっているんだから。

ここだって捨てたもんじゃない。あたしはまだまだ頑張れるぞう!

『がーおー!』

―――あたしの中で、色んな事が、前よりちょっとだけ嫌じゃなくなったような、そんな気がしていた。

 

続く