「ハッ」

あたしは鞭を振るって水蛭子を消滅させる。

そのまま柱の影まで走って、マシンガンで狙いを付けて、塩垂の頭上の水槽を打ち抜いた。

粉々に砕けたガラスと、そこから溢れ出してくる水もろとも消えてく姿を構いもせずに、更に走ってジャンプして、水蛭子をもう一体、二体、それから柱に隠れて塩垂の攻撃をやり過ごして、また顔を覗かせて水槽を狙い撃ちにした。

光に変わって消えていく姿を目で追って、フウと溜息を吐く。

直後に背後から「お疲れさん」の声がする。

「学ランより動きがいいじゃないか」

「まあね」

くるりと振り返ったあたしの太もも辺りで、丈の短いスカートがひらりとめくれ上がる。

結局、どうしようもないと悟って、あたしは女子の制服に虎のマスクをかぶって遺跡に潜入していた。

鏡で見ると女版タイガーマスク?

はっきり言って変質者めいてるけど、でも天香の女子制服は思ったよりもずっといい感じ。

何より、例えこんな格好であっても、ちゃんと女の子でいられるのが嬉しい。

下着も靴下も、全部あつらえたみたいにあたしにぴったりサイズだった。

でもレンタル先を聞いても、皆守は何も答えてくれなかったんだ。

(まあいいけどね)

こいつの女関係なんかに興味ないし。

下着と制服からは、どこかで嗅いだことのあるような香りがしていた。

コレって双樹さんが作ってくれたシャンプーとリンスの匂いに似てる。

まあ、ローズベースだし、結構普及してる匂いなのかな?

何でもいいや、ヒラヒラのスカートに可愛い下着で、いい匂いがしてるなんて、あたしに関してはめったにありえない状況だから、思い切り満喫しちゃおう!

でもアサルトベスト着てるし、おまけにガータータイプのガンホルダと、腰にはガス爆弾ぶら下げてるから、早くも全身からガンパウダーの香りが混じって漂い始めている。

うー、やっぱ、どうしても、殺伐としちゃうのね。

あたしはぐるりと見回して、部屋の仕掛けをといて、先に進みだした。

皆守はついてこなくていいって言ったのに、どういうわけかあたしの後ろをおとなしく歩いている。

男の子のフリしてるときならともかく、こんな格好の人間とよく一緒に行動できるなあ。

(やっぱり羞恥心とかが普通よりちょっと薄いのかな)

あたしだったら、タイガーマスクなんかと一緒にどうこうなんて断固お断りなのに。

次の部屋で、入った途端ドアが閉まって、水がゴウゴウと流れ込みだしたから、あたしは焦らず、騒がずを心に定めて、石碑を解読して仕掛けの解除に取り掛かった。

「えーと、壁面図がコレだから、まずこのレバーを操作して」

一つめ、二つめまでは良かった、けれど。

「おわ?うわあああ!」

三つめに手をかけた瞬間、つるっと足元が滑って―――

ざばああん!

「あきら!」

落ちてみて気づいたけど、この水ちょっとしょッ辛い、何で?

まあ、泳げるから何とかなるかなって思っていたら、意外なほど水流が早くて、あたしは目的のレバーからどんどこ流されていった。

(こ、これはッ)

ちょっと、ヤバイかも?

水はどんどん流れ込んでくる、だんだん元いた足場が近くなってくる。

完全に接近してから一気に上ろうと思っていたら、どうと音がして物凄い量の水が一気に流れ込んできた。

―――や、やばい!

押し流されそうになった瞬間、グッと手をつかまれて。

「クッ」

そのまま一本釣りよろしく引き上げられる。

足場の上で少しだけむせて、それでもあたしは必死に顔を上げて、レバーまで駆け出していた。

足元で水がバシャバシャいう。

何とか掴んだ瞬間、また水が大量に流れ込んできた。

「あきらッ」

咄嗟にあたしの脇の壁に腕を突いて、皆守が盾になってくれたおかげで直撃までちょっとの間ができて、あたしはレバーを思い切り倒した。

ガゴンッ、の音と同時に、皆守ごと流されていく。

でも、その合間に今度はぐんぐん水量が減りはじめて、縁で落っこちそうになった皆守の腕をあたしは必死に捕まえて足場の上に引っ張りあげた。

そのまま二人で暫らくむせて、ようやく顔を上げる。

「あ、あきら」

「皆守」

お互い、びしょ濡れだ。

ポタポタ雫の垂れる前髪を骨張った指先に除けられて、視界が開けた。

「大丈夫か?」

「う、うん」

また多少むせるあたしの背中を、皆守の手がトントンと叩いた。

そのまま抱き寄せられて、あたしは湿ったTシャツの胸元にくったりと凭れかかる。

今は、本気でちょっと危なかった。

心臓の音がドクドク鳴っていて、肌の温度は高い。

皆守も大変だったらしい。

そのまま肩を抱いて、フウと溜息を吐いたのは殆ど同時だった。

「お前、なあ、もうちょっとしっかりしてくれよ、オイ」

「ゴメン、まさか転ぶとは思わなかったから」

「俺がいなかったら、死んでたぞ?」

「気をつけるってば、ごめんなさい」

ったくと呟く声と、頭に乗っかる頬の感触。

もうちょっと引き寄せられて、そこであたしはようやくはたと気づいていた。

―――なに、これ?

「あきら」

皆守の手がさすさすとあたしの太ももをさすっている。

そこからスカートの中に差し込もうとしたから、直後に飛び上がりざまキックを繰り出していた。

「こんのお、何する!」

メチャクチャ疲れた顔をしてたくせに、皆守はそれをひょいと除けて、立ち上がりながら軽く舌打ちしていた。

「ケチな女だ、ちょっとくらい文句言わずに触らせろよ」

「な、何言ってんのよ、このスケベ、変態ッ」

「フン」

皆守は鼻先で笑う。

「今更だろうが、そんなもん」

開き直るなッつうの!

あたしはムッスリしながら、ホルダから銃を抜いた。

―――皆守が一瞬、顔色を変える。

「オイ、お前、何考えてるんだ」

「何にも」

少し具合を見て、大丈夫そうだから、またホルダに戻す。

爆薬は外側が耐水仕様のボンベ缶だから大丈夫だろう、鞭や、刀剣は、濡れたって何も問題ない。

皆守は様子をはらはらした表情で伺っていたけれど、そのうち何か思い至ったように胸の内側を探って、ダメになった紙巻にまた舌打ちしていた。

アロマは諦めたらしい。

そのままつまらなそうにあたしの作業が終わるのを待っていた。

「よし、問題なし、探索作業続行」

端末はもちろん防水仕様で50気圧くらい耐えられる物凄いヤツだから、心配ないだろう。

ちなみに外側も耐衝撃、耐熱、耐電加工が施されてあって、実はよっぽどのことでもない限り壊れたりしない優れモノなのだ。

まあ、それくらいじゃなきゃ、常にハードな環境に身を置くハンターのお供は務まらないと思うけどね。

歩き出すあたしを、皆守がじっと見ている。

びしょ濡れのスカートが足に絡みついて嫌な感じ、靴の中も、ビショビショになってる。

背後から続く足音に紛れて、濡れ鼠とボッソリ声が聞こえてきた。

「いや、濡れ虎だな、お前の場合」

「うるさいよ?」

「マスク、流されなかったとは、ある意味驚きだ」

「紐がついてるのよ」

「びしょ濡れだな」

ようやく足場の端について、梯子階段を降りると、そこは真里野殿が多分待っているはずの、奥の間の大扉の前だった。

ちょっと休憩してから行こうかな、とか考えていたあたしの肩を、急に皆守が引き寄せる。

「ちょ、ちょっと、何」

「あきら」

そのまま抱きしめられて、暴れても良かったんだけど、まだ全身が濡れて気持ち悪かったから、あたしはおとなしく鎖骨の辺りに顔をうずめていた。

潮の匂いと、皆守の匂いと、あとやっぱりちょっとラベンダーの香りがする。

花の香りのする男だ。

(まったく、キザもいいところだよね)

でも―――最近、この匂いがちょっと嫌いじゃなくなってきている。

そんな事絶対言ってやるつもり無いけど、でも本当の事だ。

あたしは目を閉じた。

暖かいなあ。

皆守は暫らくじっとして、深呼吸を繰り返しているみたいだった。

何でそんな事してるのかよくわからないけれど、とにかくそうしたいらしい。

暫らくして、ハアと軽く溜息を吐いて、あたしは解放されていた。

「何?」

顔を上げて聞いてみたけど、皆守は苦笑いを浮かべただけだった。

「早いとこ行こうぜ、雛川が捕まってるんだろ?」

そう、そうだった。

あたしはドアを振り返る。

やっぱり、休憩は後にするか。

「じゃあ、行くよ、皆守ッ」

「おう」

あたしは気合を入れなおしながら、扉の開錠に取り掛かった。

 

奥の間で、真里野殿や卵型の何かに乗っかった化人と戦って、今日もあたしはちゃんと勝利した。

人質なんて取ってなかったらしい、じゃ、あれは嘘だったのか。

(なんだか散々だなあ)

でもとにかくウォーッと勝ち鬨を上げる傍で、真里野殿はガックリと膝をついている。

聞いた話を信じるなら、そもそもあのメールの送り主自体、彼じゃなかったらしい。

でも、それじゃだれ?

―――わからん

「ウォー!ガオーッ」

「オイ、やりすぎだ」

皆守の呆れ声で我に返って、とりあえず負傷している真里野殿を連れて地上に戻った。

墓地の空気は冷たくて、まだ少ししけっている体には結構こたえる。

くあー、寒いッ

くしゃみをしたら、皆守が傍に来て腕をさすってくれた。

なんだか今夜はいちいち優しいなあ、後の揺り返しが凄く怖いけど。

アリガトと鼻をすする、あたし達の傍で真里野殿はいきなり切腹ショーを始めようとしていた。

ちょ、ちょっと、待った!

「せめて潔く死なせてくれ、それが、武士の情けというものッ」

「あたしは武士じゃないから、そんな事できませんッ」

―――いけない、もろ素で喋っちゃった!

(あ、でもいいのか、今は変装してるんだもんね)

そう思ったら妙な度胸がついて、半べそみたいな顔で見上げている真里野殿に、あたしはコンコンと説教をかます。

真里野殿はどうやらあたしと皆守を『玖隆あきらに頼まれてやってきた代理』だと本気で信じ込んでいるらしい。

おめでたいことで、まあ、いいんだけどね。

「死んだら、その剣の先も見えなくなっちゃうでしょ?」

とどめの一言で、真里野殿はハラハラと涙まで流して、あたしの手を握り締めて有難うと、噛み締めるように呟いていた。

皆守は何も言わない、隣でぼんやりしてるらしい。

あたしだけ、なんだかちょっといい事した気分で、うんうんと頷いていた。

メチャクチャなまとまり方だけど、結果良ければ全てよし、だよね?

(そういうことにしておこう、タイガーマスクだけど)

「拙者、そなたに出逢えて良かった」

そう言って、直後に真里野殿は顔を真っ赤にしてわざとらしい咳を繰り返した。

隣で皆守の気配が急に強くなる。何?

「ありがとう、色々と―――では、また会おう、さらばだ」

あたしの手を何度もギュ、ギュと握りなおして、剣を携えると、真里野殿はタイガーマスク女のあたしに丁寧にお辞儀して去っていった。

こんなちゃらんぽらんな姿でもあえて突っ込みをいれずにいてくれるなんて、さすが、本物の武士は違う。

「日本の文化の真髄を見た気がする」

そりゃ良かったなの声と一緒に、延びて来た腕があたしを強引に抱き寄せていた。

「寒いな、さすがに」

それに関しては、確かに同感。

「うん」

「早いとこ寮に戻るか」

「うん」

「あきら」

「うん?」

―――今夜はそのまま、やらせろ」

は?

グタグタに疲れていたあたしは、のろのろ振り返ってこの信じられない台詞を真顔で吐く男を睨み上げる。

「今日はもう、無理」

「じゃあ明日」

「汚れちゃったもん、クリーニングに出さないと」

「じゃあ、それから戻ってきたらだ」

「返さなくちゃダメでしょ、持ち主に」

「そんなことお前が気にすることじゃない」

「は?」

何が?

皆守はダダをこねるみたいに、俺が返してくるからいいんだって、あたしの肩に顔を伏せた。

「だから、それ着てやらせろ」

「だ、誰がッ」

「でないとイヤだ、許さない」

んもー!

どこのわがまま君よ、こいつッ

(おまけにマニアックなオーダーをッ)

「返事しろあきら、イヤだって言うなら、この場で犯すぞ」

―――それは、本気で勘弁。

あたしは唸り声を上げたあとで、ガックリと脱力して、背後の変態にハイハイと答えていた。

こいつってばそれくらい本気でやりかねないから性質が悪い。

今は結構疲れ果てちゃってるし、強行されたら抵抗しきれないだろう。

墓地で喘ぐタイガーマスク姿の女子生徒と、それを犯す男子生徒の姿なんてシャレにならない。

誰かに見られたらきっと今年いっぱいは話題にされちゃう。そんなの断固勘弁だ。

変な噂ほど、万人が喜ぶネタはないんだから。

「なら、とっとと寮に戻るぞ、今夜のうちにクリーニングに出しておかないとならないからな」

「んもう、皆守は元気だよね」

「喜ばしいことだろうが」

「あたしにとっては災難だよ」

ようやく離れた腕が、でもまたよっかかって今度は眠いとか言い出すもんだから、あたしは仕方なくこの厄介な甘えん坊将軍を抱えて歩き出していた。

時折吹きぬける北風が、もう冬が来るのだと教えている。

ここ来て一ヶ月以上か、皆守のこういうところにもだいぶ慣れたなあ。

「眠い」

「ほら、ちゃんと歩きなさいよ、ったくもう」

「キスしてくれたら、そうしてやってもいい」

「だまらっしゃい、キリキリ歩かないと捨ててくからねッ」

「そんなことしたら、犯す」

「エッチする元気があるんだったらもうちょっと頑張れるでしょう、ホラ、歩け!」

長く伸びる影が足元から繋がっていた。

秋の終わりの朧月が、喧嘩して歩くあたしたちをぼんやり照らし出していた。

 

続く