寮の、あたしの自室。
皆守と一緒に戻ってから、誰かが入ってこないように扉にきっちり施錠して、それから皆守をベッドに下ろすと、まずこっちの治療から取り掛かった。
寒いとかワガママ言うこいつのためにエアコンをつけて、上を脱がせて傷口の消毒、治療薬の塗布、そんでもって包帯を巻きつける。
「手際がいいな」
感心したように呟いた皆守は、次はお前だとか言って、今度はあたしをベッドに座らせて上を全部脱がせた。
―――まあ、あたしは腕だけだから、さらしまで取る必要は無いと思ったんですが。
皆守は包帯を巻くのが下手で、消毒と治療薬までは何とかなったんだけど、あとはあたしが指導監修をして、ようやく一段落ついた。
部屋はもうすっかり暖かくなっている。
シャツを着ようとしたら、引き止められて、胸元に吸いついてきた。
「ちょ、こ、この、変態ッ」
「黙れ」
そのままベッドに押し倒されて、胸元で擦れる奴の吐息とか、舌使いとか感じながら、あたしは溜息ともなんとも付かない声を洩らす。
これだけ元気なら、怪我の治りも早いでしょ、多分。
「あきら」
「うん?」
「―――お前は、死を恐れた事は、無いのか?」
「え?」
いきなり何を聞いてくるんだろう。
皆守はいつの間にか貧相なあたしの谷間に頬をくっつけて横になっていた。
心臓の音を聞いてるみたい。
柔らかなウェイブのかかった髪を、あたしはそっと撫でる。
「あるよ」
当たり前じゃない。
死ぬのが怖くない人なんて、もう死んじゃった人だけだ。
生き物にとって起こりうる、一番最悪な出来事は、死ぬこと。
だって死んだら全部おじゃん、何もかもお終い、続きは無いんだもん。死んだら最後じゃなくって、死ぬのが最後だよ。THE END。
「そうか、けど、お前は今夜もあの遺跡に行くんだろう?」
バレてたか。
怪我してるけど、真里野殿に頼まれちゃったし、何よりあたし自身、墨木君を放っておけない。
人の視線が怖いって、どういう感覚なのかな。
あたしは自分の両手を天井の照明にかざしてみる。
一ヶ月前、いきなり皆守に襲われて、それから暫らく、こいつの顔を見るだけで鳥肌が立ったけど、その感覚に近いのかな。
生理的嫌悪とか、そんな感じ?過度のプレッシャーっていうなら、協会のスクールにいた頃、教官の前での実演テストとか、でもやっぱりよくわかんないや。
「自分の身も省みず、か」
皆守の掌が、あたしの胸の片方を覆って、緩く揉んでいた。
こういうのも案外慣れてみるとどうって事ないから驚き、ある意味恐怖。人の慣れって怖い。
あたしの片手は皆守の髪に触れたままだ。
「いくらなんでも、俺にもわかるさ」
「何が」
「この学園の全ての答えは、あの遺跡にあるんだろう?」
「―――多分」
皆守はまた身体を起こして、唇であちこち触れようとしてきた。
けど、ちょっと含んで舌先でいじってる最中に、お腹がぐうって鳴き声を上げていた。
あたしは、起き上がって皆守ときょとんと見詰め合う。
「あ、いや」
少し赤くなってるのがわかって、思わず笑っちゃった。
だって変な顔してるんだもん。
照れ屋が怒り出す前に、するりと下から抜け出して、シャツを着ながら冷蔵庫を覗きに行く。
「お腹が減るのは元気な証拠、たくさん食べて、早く怪我治さないとね」
皆守は答えない。
ただ、ブスッと黙って、アロマパイプに新しい紙巻を詰めなおして、火をつけていた。
(なるほどねえ)
そうか、こいつ、照れるとこういう態度をとるのか。
「あきら」
「ん?」
「俺は、カレーがいい」
「わかってるよ、えーと、残り物がこれだから」
今夜はカレーうどんです。
「まあ、中の上って所か」
「作ってもらうくせに文句を言うな、黙っておとなしくしてらっしゃい」
「ハイハイ」
皆守は床に座って、ベッドに凭れながらアロマを吹かし始めた。
腹部の包帯は痛々しいけれど、でもいつもの皆守だ。
あたしはちょっとだけ安心する。
(Tシャツ、あとで血抜きして繕ってあげよう、制服も)
あたしのもまとめて、明日までに縫い直しておかないと。
やる事はまだまだ山盛りで、ご飯食べて一段落付いてからの順番をアレコレ考えていたら、おいって呼ばれた。
「何?」
「俺も、行くからな」
振り返ったら、皆守は、窓の外の月をぼんやり見上げてる。
そうか、もう夜になってたんだね。
あたしはまた笑った。
さっきから何だか変だ。
やけに気持ちが大きく広がってくみたいで、胸の奥も何だかもぞもぞするし、これって何だろ?
知っている気もするんだけど。
「あきら」
「了解、でも、怪我してるから無理はダメだよ、そうだ、魂の部屋に寄ってから探索しよう?ね、決まりね?」
「おう」
皆守はこっちを見ない。
でも声の気配で何となく察して、あたしはキッチンに立った。
美味しいものを食べて、お腹が膨れて元気が出たら、すぐに遺跡へ行こう。
何となく、今カレー鍋の底に映る自分の顔を見たくないような、そんな気分だった。
どんな顔しているのか、知るのが怖い。知りたくない。
水を張って、コンロにかけたら、鍋にはもう天井しか映らなくなっていた。