騒動の犯人は、やっぱりトト君だった。

倒れていた男の子は、前歯が何本か折れていて、話を聞いたら石が飛んできたらしい。

それはトト君の操る『磁力』の仕業で、あたしも彼の操るナイフに危うく刺されるところだった。

だけど。

「はッ」

皆守がナイフを蹴り落としてくれて、改めて、あたしはトト君と向き合っていた。

「何故―――ソノ人ヲ助ケル」

「やはりお前か」

皆守の声。

「何故、こいつや夜会の参加者を襲った」

「アノ宴二招カレシ者ハ、ミナ罪深キ魂ヲ持ツ者―――ボクハタダ、神ノ導キ二従ッタダケ」

そうして、トト君は話し始める。

ただ一人きり、この学園を訪れてから、ずっと孤独だった事。

友達が出来なくて、いつの間にか目的まで見失って、心にぽっかり開いちゃった穴を埋めるように、不思議な力を与えてくれた誰かの存在。

黒い砂の話。

黒い砂―――改めて思い出すと、戦って倒した執行委員全員からその砂が抜け出すのを見てきた。

あれって一体なんなんだろう。

トト君にもあの砂が取り付いているのかな。

喋り続けるトト君の顔は、凍りついて、凄く寂しそうだった。

あたしは、何だか胸が張り裂けそうになる。

そりゃ、確かにあたしだって、いきなり一人きりで知らない場所に飛び込むのは怖い。

苦痛だと思う、くじけそうになるかもしれない。

でも、それが、自分で望んだ道ならば。

「甘えないでよ!」

あたしは叫んでいた。

北風が、スカートの裾や、リボンの端を、バタバタはためかせている。

「トト君は、何のために天香に来たの?誰のため?―――自分のためでしょ!」

「エッ―――」

「自分のために、自分で選んだ道なのに、誰かのせいに摩り替えちゃダメでしょ、それじゃ、一体誰が、トト君のために頑張ってくれるの?」

あたしだって、一人でここに来たんだ。

しかも、協会のトレジャーハンターの身分を隠して。

書類の手違いで性別だって嘘ついているっていうのに、それでもめげずに頑張っている。

それは、全部、自分のため。

あたし以外に、あたしのために、頑張ってあげられる人がいないから。

そりゃ、バディの皆にはいつだって助けられているけれど、でもそれはきっとあたしのためじゃない。

あたしが、みんなの怪我する姿を見たくないのと同じ気持ちでいてくれているんだ。

だから、純粋に自分のために頑張れるのは、やっぱり自分でしかない。

色々あっても必死で足掻くのは、それが望んだものだから。

あたしは一歩、踏み出していた。

「トト君、叶えたい夢があって天香に来たんでしょ、まだ何も見つけていないのに、無くしただなんて、冗談もいいところだよ!その程度の思いでエジプトから何十時間もかけて日本まで来たの?」

「努力ハ、シタ、ケレド」

「足りなかったら、足りるまで、努力するしかないじゃない!」

願い事をかなえる秘訣は、たった一つ。

それは、絶対に諦めない事。

あたしはそうやって、確かに、ちょっとずつかもしれないけれど、でも願いを叶えてきた。

ハンターにもなれたし、こうしてまだ生きて、頑張っていられる。

ラベンダーの香りがほのかに漂っていた。

「確かに、皆が強いわけじゃないよ、でも、努力は誰にでも出来るんだよッ」

自分が弱いって背中を向ける人は、苦しいのを我慢するのがめんどくさくて逃げているだけ。

そんなのあたしは認めない。

足掻けば足掻くだけ、何かは残るんだもの、怠け者の泣き言なんて、聞いてやらないんだから!

「トト君ッ」

大声で呼びかけたら、トト君はビクッと身体を震わせて、それでも、何も言わずに闇の奥へと背中を向けて走って逃げていった。

あたしはドレス姿だっていうのに、仁王立ちして鼻息荒く、まだその闇を睨み続けている。

悔しい。

うまく言えないんだけど、でも、凄く悔しい。

単身日本へ渡ってきたときの気持ちまで、トト君は忘れちゃったのかな。

肩をポンと叩かれて、振り返ったら皆守が立っていた。

風が吹いて、急に寒くなったあたしの背中に腕を回して、抱き寄せてくれる。

何だか優しいな。

どうしたのかな、今日は。

(変なの)

あたしは、あったかかったから、そのまま促されて歩き出していた。

とりあえず阿門君の邸宅まで戻って、ドレスを返して、制服に着替えてから、寮に戻る。

パーティーはいつの間にかお開きになっていた。

「遺跡に行くのね?」

曇り顔の双樹さんに、あたしは笑顔でそうだよって答える。

笑うくらいしか、出来る事が無い。

装備を整えて、部屋を出ると、案の定窓から降下した着地地点あたりで皆守が待ち構えていた。

髪の毛は多少ほぐしてあったけど、まださっきの名残が残ってる。

制服はまた着崩してあって、多分前を開いているんだろうけれど、上から防寒具を着込んでいるから見えない。

あたしもシャツを一枚重ね着して来た。

顔を見合わせて、墓地へと急ぐ。

「―――なあ、あきら」

「何?」

「答えたくなかったら、答えなくてもいいんだが」

お前、さっきは一体どうしたんだ。

走る背後から伝わる声に、あたしは思わず体を強張らせる。

即座に、夜会の前の出来事が蘇ってきて、そういえばまた墓地に戻るんだって、多少気分が滅入りかけた。

(いかん、いかん)

これは、お仕事。

私情なんか挟んでいたら、プロとしてやっていけません。

それに―――

(今は皆守が一緒だもん)

付いてくる足音や、息遣いが妙に心強くて、あたしは何でもないことだったように説明が出来た。

「墓地でね、襲われたの」

「は?」

「エッチな事されかけた、未遂だったけど」

「お、おいッ、それは、本当か!」

「うん」

「誰に!」

「鴉室さん」

「―――あんのエロ探偵ッ」

殺してやる。

ちらっと、不穏な言葉が聞こえた気もしたんだけど。

(気のせい気のせいッ、それより、お仕事!)

そんでもってトト君だ。

霞みかかった墓地にたどり着くと、墓守のおじいさんの姿はどこにも見当たらなかった。

さっきの墓石も、多分元通りに直されているんだろうと思う。

そういえば。

(学生服、誰のだったのかな)

おじいさんのものとは、考え辛いな。

(でもまあいいか)

あたしはいつもの場所に行って、墓石を動かして、そこから、地下に続く穴を露出させた。

今までもそうだったから、半ばカンみたいな感じで、わかる。

トト君はきっと、遺跡の次のフロアの奥で待ってる。

「頑張れば」

「うん?」

「頑張れば、叶わない事は無いんだって、教えてあげないと」

あたしの肩に、皆守の掌が触れていた。

トト君の傍にも、きっと誰かいてくれているんだ。

エジプトで、送り出してくれた人が、遠くても必ず見守っている。

それが誰だかはわからないけれど、でもたった一人で留学なんて出来るはず無いから。

「行かなきゃ」

穴の淵に降下用のくいを打ち込み始めた。

あたしの傍で、皆守が、黙ってアロマを煙らせていた。

 

続く