「唇から覗く舌」

 

 化人の一撃が容赦なく腕を切りつけ、散る赤い雫を見送りながら、玖隆は鞭を振りかざす。

「はあッ」

壮絶な今際の声を上げて、最後の一体がモニタから消滅した。

晃、大丈夫かと駆けて来る、足音と声。

「晃さまぁ、お怪我なさったんじゃありませんのぉ?」

更にパタパタとさっきより小さな足音が続く。

振り返った玖隆はアイスコープをグッと額に押し上げて、苦笑いを浮かべていた。

「ばれたか」

「バカ、当たり前だろうが!」

正面に立った皆守が、ちょっと見せてみろと強引に腕を掴んで持ち上げた。

脇では椎名がちょこんと立って、心配そうに玖隆を見上げていた。

「晃さまぁ、痛いですかぁ?」

「大丈夫、男の子はこれくらいで泣かない」

「ああ、結構深いな、オイ、これは一度魂の部屋に戻ったほうがいいんじゃないのか?」

人体治癒能力を高める、奇跡の光に満たされた小部屋。

多分古代のナノテクノロジーの賜物なんだろうが、詳しい事は専門分野じゃないから分からない。

玖隆は、いいっていいって、大丈夫だよと、心配性の友人に空いている方の手を振る。

「これくらい、つばつけときゃ治るって」

「でもぉ、晃さまぁ、血が垂れていますわ」

ぽたり、ぽたりと落ちる雫に、目を留めた玖隆はいけねと笑う。

「服が汚れるな、甲太郎、手、離せ、幸い利き手じゃない、止血したらまだ暫くは持つ」

「晃」

「そう怖い顔するなよ、本人が大丈夫だって言ってるんだから、ちょっとは信頼―――」

「だったら」

話しの最後まで聞かずに、皆守は玖隆の袖を捲り上げた。

露になった傷口に椎名は痛々しげに瞳を眇め、布のこすれる感じと震動で玖隆は僅かにうめき声を漏らす。

「って」

近づけた顔の、薄い唇の隙間から覗く、舌先。

鮮血の滲む傷口をぺろりと舐めて、そのまま吸い付いた。

 

「こッ、甲太郎?」

「まぁ」

 

滲み出す血液を、吸い取っては、吐き出す。

玖隆と椎名は唖然と眺めていた。

数回繰り返して、不意に顔を上げた皆守と目が合った途端、玖隆の頬にサッと朱が差す。

あたふたと言葉を捜す様子に、おい、と不機嫌な声が呼びかけた。

「えッ」

「止血、したぞ、早く手当てしろ」

「は?」

あ、ああ、そうか、そうだなと、我に返る玖隆を一瞥して、皆守は再び滲み出す血液を舌先で舐め取り、吸っては吐いて捨てながら、時々微量を飲み込んでいた。

鉄錆臭い味と香りが、口腔と鼻腔内部、それに胸の辺りに充満している。

甲太郎、と、呼び声を聴いて顔を上げると、玖隆はすぐさま手当てに取り掛かった。

片腕一本で、止血剤を含ませたガーゼで患部を抑えて、手際よく包帯を巻きつけていく。

「―――さて、終了だ、2人ともお待たせ」

「晃さまって手先が器用ですのね」

「まあね」

「素敵ですわぁ、今度、リカと一緒に特訓しませんことぉ?」

「いいよ、何するんだ?レース編み?それとも被服?」

「爆弾の作成ですぅ」

「へえ、面白そうだね」

「―――オイ、くだらない話をしてないで、さっさと行くぞ」

「ん?ちょっと待った」

歩き出そうとした皆守の肩を捕まえて、玖隆の指先が前触れなくその口元を拭う。

「血、ついたままだぜ」

取った赤色をぺろりと舐める仕草に、皆守は一瞬動揺して、僅かに頬を染めていた。

「さっきはサンキューな、甲太郎」

「あ、ああ」

「お前のお陰で、もう痛くないよ」

「―――何バカなこと言ってやがる」

一部始終を窺っていた椎名は、不意に呆れ顔で気付かれないようにポツリと呟いたのだった―――

 

「2人ともぉ、なんかちょっと、変ですぅ」

 

(了)