「甘い拘束」

 

「あれ、皆守クン、どうしたのそれ?」

 

八千穂に覗き込まれて、俺は「ん」と顔を上げる。

屋上、給水塔脇の定位置、季節はそろそろ春なのだろう。

まだ少し冷たい風の中に、かすかに花の香りを感じる。

これは、桜だろうか。

 

(気が早すぎる、か)

 

「ねえねえ皆守クン、何それ、どうしたの?」

「うるせえなあ、どれだよ」

「そーれ!」

 

指差したその先、ごろりと横になって頭上で両手を組み合わせていた、俺の左手薬指に光る、細身のリング。

しまった、と思う。

いつもこういった突っ込みをされるのが面倒だから、あいつの真似して首から下げて隠していたんだが。

(うっかりしていたな)

今朝、何となく本来あるべき場所に戻してみて、そのまま登校してきてしまったんだ。

それは、恐ろしく幸福な満足感。

こんな指輪一個で、いつだって繋がれてしまう。

俺とあいつの距離は、今は恐ろしく遠い、なのに。

(まったく)

馬鹿らしいッたらありゃしない。

甘い拘束は日差しを受けて、キラリといたずらな輝きをこぼした。

 

「ねえってば!」

 

いい加減しつこい八千穂に、俺はわざとらしくあくびをして見せる。

腹の中では意地の悪い虫がウズウズと出番を待ち構えて疼いていた。

極力無関心を装って、まるで何でも無い事の様に、のらりくらりと口を開く。

 

「うるせえなあ」

「何よ、皆守クンが意地悪して教えてくれないからじゃない、何なのよそれ?―――もしかして」

「これは対価だよ」

「タイカ?」

「ああ、俺が差し出したものと引き換えに頂戴したもんだ」

「何々?何を差し出したの?」

「フン、そこまでお前に教えてやる義理はねえよ」

 

何で、どうして、などと叫んで、まったく相変わらずうるさい奴だ。

けれど、俺は、直後にわめきたてる八千穂に完全無視を決め込んで、そのまま眠ったフリをする。

教えてやるわけが無い。

これは、俺とあいつだけの、秘密の取引なのだから。

 

―――差し出したものは心、与えられたものは未来。

 

今はまだ、遠く離れているあいつに。

(けれど、いつか追いつく)

唇に薄く笑みを乗せ、俺は両目を閉じたまま、そっとリングに指先を這わせていた。

 

(了)

※まあ、一応カプものってことで、リングは晃の代打ですよ(笑)