「フォークを喉元に」
舞草に案内された席に腰掛けた玖隆は、開口一番こう言った。
「あれ、珍しいなあ」
少しだけ大きく見開かれた切れ長の瞳と、吊り上った口の端。
姿を眺めながら皆守は食事を続ける。
「甲太郎がカレー以外食ってる姿なんて初めて見た、どういう風の吹き回しだ?」
「別に、俺だって、毎日カレーばかり食ってるわけじゃない」
けれど手前に置かれているのは、カレードリアだ。
よく観察した表情が、今度は苦笑いに変わっていた。
「まあ、そんなことだろうと思ったけどさ」
フン、と呟いて、香ばしく焼けた表面にフォークを差し込んだ。
とろりと糸を引くチーズとともに、スパイスの香りが鼻腔に忍び込んできた。
今から数十分ほど前。
それは、何も今日に限った事じゃない。
ある部分に関して玖隆の気質は半ば病気みたいなものだし、本人は明言していないけれど、彼はどうやら女性を神格化して認識しているようで、あらゆる場面でフェミニストの性分が顔をのぞかせる。
「玖隆君」
「うん?」
「ちょっとお願いがあるんだけど」
「どうしたの?」
相手の警戒心を緩ませる、懐っこい微笑。
「うん、あのね、実は」
余程無茶な事で無い限り、大概の頼みごとはそのままあっさり快諾される。
ただし、勿論女性限定だ。
そして少女達との会話中などは、常時―――
「君は綺麗だから」
「可愛いね、ホントに」
「ハハハ、そういうの、素敵だよ」
「俺は好きだな」
「魅力的過ぎる」
―――歯の浮くようなセリフの数々は、玖隆と同年齢程度の少年たちには大概真似できないだろう。
あくまでスマートな姿勢とあいまって、やっかみや非難の声なども聞こえてこない。
そしてストレートにぶつけられる賞賛の言葉を、あえて否定的に受け取る人間がいるだろうか?
玖隆の周囲は常にとても華やかだ。
けれど、そんな彼の最たる欠点にして、非常に手に負えない部分、それは―――
「お前」
「うん?」
玖隆は食器入りのバスケットの中から小さなフォークを一本取り出して、皆守のドリアを勝手につついている。
「さっきは随分な人気ぶりだったな」
「え?」
ああ、アレか。
「いやー流石に疲れたよ、まったく、女の子には敵わないね、上手に使われちゃった」
余裕交じりの苦笑い。
言葉の割に楽しげな様子を、皆守は具に観察する。
「まあ、女性に重たい物を持たせるわけにいかないし、そのために俺達は彼女達よりも丈夫に出来てるわけだから、仕方ないんだがなー」
(ほらな)
玖隆のフォークが突き刺したポテトを、即座に「食うな」とフォークで阻止した。
「なんだよ、イモの一つや二つ、ケチケチするな」
途端、少し垂れ目気味の眼差しが、対岸の姿をギロリと睨みつけていた。
きょとんとする様子に、益々イライラがこみ上げてくるようだ。
(嫉妬だなんて)
冗談じゃない。
けれど、非常に腹立たしい事に、ハッキリとした自覚がある。
だからこそ憎らしくてたまらない、この―――
「何だよ、嫉妬か?」
やれやれと肩をすくめて、玖隆は差し押さえられたポテトから手を引いた。
「お前にモテたって嬉かないぜ、俺は、どうせなら可愛い女の子にモテたいよ」
皆守はポテトをそのまま口の中に入れる。
上下の歯で噛み付いて、乱暴に砕いていく。
「甲太郎も女の子に優しくしてみろよ、お前ならきっとすぐ人気者になれるぞ、大丈夫、外見だけならこの俺が」
保障する、の言葉を聞きながら、まだあまり細かくなっていない塊を一気に飲み込んだ。
団体の下りていく感触を覚えつつ、そのまま握っていたフォークの先端を、玖隆の喉もとめがけて鋭く突き出す。
先端が肌の手前で寸止めされる。
「うお?!」
驚いて見開かれた双眸が、一瞬だけ赤く光った。
けれど、逃げなかったから、皆守はほんの僅か和んでいた。
「こ、甲太郎?」
「黙れ」
お調子者がグウと口を噤む。
「お前のそういうところが気に食わないんだ、俺は」
「ご、ゴメン」
「フン」
素っ気無く食事を再開して、皆守の視界にはすでにドリアしか映っていない。
対岸の気配はまだこちらを困惑気味に窺っているようだった。
(どうせ、誰が好意を寄せたって、お前なんか露骨に表現されない限り、まるで気付かないんだろうさ)
愛情をばら撒くくせに、向けられる愛情には呆れるほど鈍い。
どうしてこんな男を気に入ってしまったのだろうと、想いをドリアにぶつけるようにして、ガツガツとフォークを口に運ぶ。
多分、まだ目の前で困っているだろう。
姿を思い浮かべながら、皆守は心の中で(バカ野郎)と呟いたのだった。
(了)
※長すぎ、そしてこれは本当に皆主ですか?(謎)