「泡雪」※CYW前提大人版九龍…ご注意を
朝起きて、TVをつける。
半分時計代わりの画面には、見慣れたキャスターの姿。
皆守はあくびを半分かみ殺しながら、寝癖の酷い頭を掻いて、冷蔵庫の扉を開く。
2月。
春はもうすぐそことはいえ、まだ冬だ。
暖房をつけっぱなしにして眠るなんて、不経済この上ない。
着火したばかりのストーブの火はまだ小さくて、なかなか暖まらない部屋に、ゴムの緩んだトレーナーに首を引っ込めながら、マーガリンを取り出した。
オーブンレンジの中で、トーストがジリジリ焼けている。
火にかけたばかりのヤカンもまだだ。
カップを取り出して、粉末コーヒーを超大匙一杯。
毎朝自分に許している、唯一の贅沢。
ミルクも砂糖も入れない。
あんなものは贅沢品だし、そもそも子供の嗜好物だ。
「俺も、なかなかの苦学生じゃないか」
ビンの蓋を閉じて、ヤカンの様子を見に行くついでに、振り返ったTV画面には、雪で埋め尽くされたどこかの都市が映し出されていた。
「へえ」
世界には、こんな場所もあるのか。
日本の、
画面の向こうの大都市は、白く塗りつぶされて凍え切っている。
思わず立ち止まって、見入っていた。
膝まで雪に埋もれて、鼻の頭を赤くしたキャスターが、積雪38センチと伝えている。
背後では、ソリを持った子供たちが駆け回っていた。
手前で渋い顔でアナウンスするキャスターと、まるで対照的だ。
何だかおかしかった。
背後でヤカンが鳴き始めた。
「おっと」
慌てて駆け寄り、火を止める。
粉末コーヒー入りのカップに熱湯を注ぎ込めば、豊かな風味が鼻腔の奥を心地よく刺激した。
トーストも焼けたようだ。
マーガリンの蓋を開けてから、皿を取り出して、レンジに向かおうとしたとき、チャイムが鳴った。
「―――ん?」
(こんな時間に、誰だ)
皿を座卓の上に適当に置いて、皆守は玄関に向かう。
怪訝な気分でロックを外し、扉を開いた。
「あ、皆守甲太郎さんですか?」
「そうだが」
「お届けものにあがりました!」
朝っぱらから元気がいい―――配達員の鼻の頭も、赤い。
こちらは寝巻き姿のままだから、扉の隙間から吹き込む寒気に凍えてしまいそうだ。
「届け物?」
ますます眉間に皺がよる。
「誰からだ」
「えーっと、あれ?」
配達員と一緒に覗き込んだ、発送元の氏名欄は空白になっていた。
困ったように表情を伺われて、皆守は軽く嘆息すると、とにかく印鑑を取りに行った。
不審極まりない届け物だ。
捺印すると、ありがとうございました、の元気な挨拶と共に配達員は去り、荷物だけ残される。
およそ30センチ四方の小さな箱。
とりあえずドアに鍵をかけて、部屋の中に戻る。
TVにはまだ白銀の世界が映し出されていた。
「一体何事だ」
今の皆守の住処を知る人間は、両手の指で収まる程度しかいない。
外側を覆う梱包用紙を破いて開くと、ダンボールの箱が姿を現した。
それを更に開くと、今度はひとまわり小さい発泡スチロールの容器が入れられていた。
厳重な梱包に、怪しむ気持ちはさらに高まり、皆守は、開くかどうするか、一瞬ためらったけれど、結局開ける事に決めて、蓋を密閉していたテープをバリバリと引き剥がした。
持ち上げた蓋の隙間から、冷気がふわりと流れ出す。
「これは」
露になった四角形の空間いっぱいに詰め込まれた、キラキラ輝く白い結晶。
「雪?」
合間に鮮やかな赤色を見つけて、掘って取り出すと、透明なプラスティックのケースだった。
小箱の中にうっすら見えるのは、カードと何かの固形物の影。
かじかんだ指先で蓋を開き、まず固形物を一粒つまんで、目の高さまで掲げ見る。
「これ、は―――食い物か」
白くて硬い、アラビアの王宮の屋根のような形をした何かは、どうやら砂糖菓子のようだった。
甘い香りがふわんと漂う。
今度はカードを取り出して見ると、白地に金で縁取りされた洒落たデザインの中央に、短い文章が書き込まれていた。
「今日 この聖なる日 君に メレンゲより甘い愛を捧げる」
―――この文字を知っている。
綺麗とはいえないけれど、力強くて印象深い書き方。
砂糖や雪の匂いに混じって、ほんのり漂う、硝煙の香り。
皆守は一瞬硬直して、それから、すうっと瞳を細くした。
「どこで嗅ぎつけたんだ、あのバカ野郎」
『奴』ならば、それくらいのことが出来ても不思議じゃない。
けれど、自分はまだ『奴』に追いつくことができない。
探し出せる力すら持たない。
小箱の中身と差出人に、焦れると同時に、心底嬉しかった。
振り返れば、TVはすでに違うニュースを伝えていた。
この包みは何時頃発送されたものなのだろう。
雪の目方が減っているように見えないから、空輸便でかなり急がせたのだろうか。
差出人の性格からいって、メレンゲはきっと手作りに違いない。
俺も舐められたものだと、一つ口の中に放り込んだ。
メレンゲは舌の上で、泡雪のようにサッと溶けた。
「甘い、な」
子供の嗜好品で、誤魔化されるような歳じゃない。
俺はもう違うんだぜと、今すぐ教えてやりたかった。
あの頃と、今と、時間は確実に流れている。
動き出した夢は、誰にも止められない。
「追いついてみせるさ、かならず、な」
カードを箱の中に戻して、異国の雪に蓋をした。
玄関のあたりは寒いから、一日くらいは持つだろう。
箱を置いて、戻ると、取り出したトーストを皿に乗せて、まだ硬いマーガリンをこすり付けてから、ぬるくなってしまったコーヒーと一緒に座卓の上に置いた。
大分暖かくなった部屋の中で、赤く光るストーブの前に腰を下ろす。
取り出したメレンゲを一粒食べて、左手の薬指に輝く、誓いの証にキスをした。
今日はいい日になりそうだと思った。
(了)