「消えて なくなる」
冬枯れの校庭。
寒風抜けるレンガの通路。
空には鈍い色の雲、今にも落っこちてきそうなほど低い。
校舎の色は白っぽい灰色、年期の入った古いコンクリート。
路地の両脇には、丸裸の広葉樹が立っていて、これは多分桜。
春になったら相当綺麗だろうなーとか、想像してみる。
「寒いねェ」
鼻を啜って空を見上げるあたしは、少し後ろからついてきているはずの気配に声をかける。
勿論、答えてなんてくれないのは了解済みだ。
阿門君はいつでも、黙って、大きな歩幅でゆっくり歩く。
「こういう日は、あったかい紅茶か、ココアに限るよね」
片手に鞄を持って、あたしたちは学生服姿。
阿門君はコートで、鞄は持っていない。
そもそも彼が教室で授業を受けている姿なんてちょっと想像できなかったんだけど、聞いてみたらやっぱり、他の生徒の皆さんとは一緒に学業や運動に励んだりしていないんだって。
つまんなくないのって聞いてみたけど、阿門君はやっぱり無回答だった。
あたしは、そういうの、つまんないと思うんだけどな。
(感覚が違うのかな?)
でも、そうやって特別扱いするのって、良くないよね。
どんな人であれ、仲良くなれる切欠みたいなものは、多分きっとどこかに、ほんのちょっとだけでもあるはずだから。
最近、あたしは半分お仕事、半分個人的興味で、生徒会室によく顔を覗かせている。
皆守なんかはあからさまに嫌そうな顔して、何故だかわからないけれど「行くな」っていちいち牽制かけてくるんだけど、そんな事知ったこっちゃない。
あたしは、あたしのしたいように生きるし、あたしの行きたいところへ行くんだから。
生徒会室に行くって事は、阿門君に会うって事だ。
顔をあわせるからには、やっぱり無視はイカンでしょう?
だから最近、よく話をする。
でも、もっぱらあたしが一方的にあれこれ話してばっかりなんだけど。
阿門くんは聞いているのかいないのか、イマイチわからない雰囲気で、でも最近は出てけとか言われなくなったから、それなりに仲良くなれてるのかもしれない。
お屋敷に帰る頃を見計らって、途中までついていっても、嫌な顔しないし。
(まあ、それでもまだお屋敷の中には入ったことないんだけど)
「あ」
木枯らし。
あたしの短くてねこっ毛な髪の毛が暴れる。
ぽつんと頬にキスして落ちた、冷たい雨の雫。
「雨」
ぽつ、ぽつ、ぽつん。
泣き出した鉛色の雲からこぼれるにわか雨に、ちょっとだけ肩をすくめて縮こまった。
これは、もう寮まで引き返したほうがいいかも。
(今日はお屋敷までついて行けなかったなあ)
ちょっとガッカリ。
でも、明日もあるもんね、まあいいか。
「―――えッ」
雨が止んで、あたしの周りに黒い幕が垂れ下がっていた。
見上げると、阿門君がコートの腕を片方抜いて、片腕で広げてあたしの頭の上を覆ってくれている。
阿門君は雨に濡れたまま。
きっちりまとめた髪の毛が水気でしっとり湿っていて、おでこにも雨粒が流れてる。
「え、えーっと」
「走るぞ」
「えッ」
「屋敷まで走る、ついて来い」
いきなり走り出す阿門君。
あたしも、大きな歩幅に負けないように、一生懸命足を踏み出して、走る。
「―――ひゃあー」
お屋敷の入り口。
大きなひさしの下に立って、ようやく雨はしのげたけれど。
(濡れちゃった)
あたしのズボンも、阿門君のコートもびしょびしょ。
阿門君の髪の毛から幾つも雫が流れて落ちて、大きな掌がそれを拭って捨てる。
隣であたしもちょっと湿った髪の毛のぴんぴん跳ねた部分を気持ち直すようにつまんだりとかしてみた。
「なんだか、だんだん勢いが強くなってくなあ」
これは困ったぞ。
(傘くらいなら、頼めば貸してもらえるかもしれない)
「玖隆」
「うん?」
「寄っていけ」
―――えッ
ビックリして見上げるあたし。
阿門君は、濡れたコートを脱いで片腕に下げながら、踵を返してドアの前まで歩いていく。
ノブに手をかけたら、横顔がちょっとだけ振り返って、あたしを見た。
「雨が止むまでの、借りしのぎだ」
「いいの?」
「軒先に居座られては困る」
「そんな事しないよ、傘さえ貸してもらえれば」
「送られてきたアールグレイの茶葉が大量に余っている、おかげでこの頃は毎日のようにミルクティーばかり出されて、いい加減辟易していたところだ」
だから?
「―――立ち寄りついでに、消費していけ、ココアも余剰に残っている」
阿門君はそのまま、ノブを引いて、ドアを開いた。
えーっと。
あたし、いいのかな?
(でも、せっかく誘ってくれてるし)
初めての阿門邸に、興味がないわけじゃない。
―――むしろ、凄く興味深々で、おまけに凄く嬉しいし。
「うん」
開いたドアの傍で待ってくれている阿門君の傍に駆け出した。
雨の気配が、消えて、なくなる。
あったかい屋内に踏み込んだ、あたしの口元に自然に笑みが浮かび上がっていた。
(了)