「そういうてめえは何なんだ、アア?」
剣呑な様子を隠そうともしない。
甲太郎と真正面から向き合いながら、背中の木刀を縛っている紐を解き始めた。
「ひーちゃんのこと気安く呼び捨てにしやがって、しかも、こんな時間に何の用だ」
「てめえこそ誰だ、どっから入ったッ」
「窓からだよ」
ようやく起き上がった光は、ベッドの上で激しく困惑しながら二人の様子を伺っている。
ギリギリと睨み合う京一と甲太郎は、どちらもあからさまな敵意を互いに剥き出しにしている。
「きょ、京一、甲太郎も」
ギロリ。
二人が同時に振り返った。
「ひーちゃん、こいつァ誰だ」
「光、誰だこいつは」
殆ど同時に聞いて、また睨み合う二人に、光はあたふたと声をかける。
「ま、待ってくれ、紹介するから、京一!」
京一が振り返った。
「こっちは皆守甲太郎、ここで色々と世話になってるんだ」
「ふうん」
「甲太郎!」
甲太郎も振り返った。
「こいつは蓬莱寺京一、俺の古い友達だよ」
「ふうん」
こちらも気の無い素振りだ。
お互いに、再び顔を見合わせて、殺伐とした雰囲気はまったく解消されていない。
間に挟まれた光はいよいよ困った顔で溜息を漏らす。
「オイ」
京一の声だ。
「―――何だよ」
甲太郎の瞳は、かつて見たことも無いほど鋭い光を湛えている。
「皆守とかいったか、ひーちゃんが世話になったってな、とりあえず礼しとくぜ」
「何であんたに礼をされなきゃならない」
「何だと」
「俺は俺の意思で勝手にやってるだけだ、あんたは関係ないだろう」
「ひーちゃんのことなら、俺にも関係あんだよ」
「フン、ダチ風情にそこまでのさばられちゃ、いい迷惑だぜ」
「何ィ、てめえ!」
身を乗り出した京一を、どうどうと光がいなす。
その様子を不機嫌そうに眺めて、甲太郎はアロマパイプを口に咥えた。
「きょ、京一、落ち着けって」
「落ち着いてられるか、大体、ひーちゃんもひーちゃんだぜ!何だってこんな野郎に世話になってんだッ」
「そ、それは」
いざ言われてみると、光もどうして甲太郎が親身になってくれているのかよく分からない。
ただ面倒見がいいというわけでもなさそうなのだが、こうも細々と気遣ってくれる理由は何なのだろう。
振り返ると、じろりと睨みつけられてしまった。
あからさまに非難する視線だ。
光は困り顔で甲太郎を見詰め返す。
「オイ」
すぐ傍で地の底から響くような声が呼ぶ。
「何見詰め合ってんだよ」
「み!」
見詰め合ってなんか!
慌てて振り返った光を、今度は至近距離から京一が睨みつける。
ああ、もう。
困り果てた光の背後からふわりとラベンダーが香ってきた。
「とにかく、天香学園は関係者以外全域立ち入り禁止だ、どこから忍び込んだのか知らないが、早々に出て行ってもらおうか」
「んだとてめえ!」
光越しに京一が怒鳴る。
「京一!」
「うるせえ、ひーちゃんは黙っててくれッ」
京一は、ずいと前に出て、そのまま甲太郎の正面に仁王立ちになった。
こうして近づいてみると、京一のほうが僅かに背が高い。
その所為で微妙な視線の段差ができて、自然と二人の目付きも柄の悪さが増したように思えた。
「おいてめえ、そんな都合のいい話どっから持ってきやがった」
「持ってくるも何も、規則だ、何なら生徒手帳を読み聞かせてやろうか」
「いらねえ、大体そんな規則俺には関係ねえだろうが」
「学園敷地内に入り込んだ時点で、あんたも例外じゃなくなってんだよ」
「俺は光に会いに来たんだ」
「なら、午前中に外来受付で記帳を済ませて、許可を取って出直してくるんだな」
「ハッ」
京一は吐き捨てる。
「そりゃまあ、随分な優等生ぶりだ事で、ひーちゃんに親身になるのも頷けるよなあ、ここじゃてめえみたいのがまともってわけか」
甲太郎の視線の険が更にきつくなった。
「別に、俺はそんなものじゃねえ、不法侵入してんのはアンタだろうが、とっとと出て行けといっているだけだ」
そして、不安げに事の成り行きを見守っている光をちらりと伺う。
「まあ―――光のダチだって言うからな、今日のところは見逃してやる、騒ぎを聞きつけた他の連中が来る前に、さっさと帰れ」
「てめえ!」
「京一!」
グッと肩をつかまれて、振り返った京一と光の視線がぶつかる。
「ひーちゃんッ」
「京一、すまないけど、俺も騒ぎが大きくなって部屋に人が来られると困るんだ」
「なっ」
ショックを隠しきれない表情に、さりげなく瞳を転じて部屋の様子を伺わせる。
床の上に広げられた弾薬の箱、爆弾、刀剣。
こんなものを見られたら堪ったものじゃない。
他にも色々な物があちこちに収納されているし、騒動を聞きつけた生徒に教員や管理人など呼ばれて室内に踏み込まれた日には最悪ここにいられなくなってしまうだろう。
それだけは、絶対に、避けたい。
いくら巻き込まれたとはいえ、すでに関わってしまった出来事だし、中途半端で投げ出すにはあまりにも寝覚めが悪すぎる。
真剣な光の様子に京一はあからさまに落胆の色を浮かべて見せると、急に叱られた犬のようにションボリしてしまった。
「そーかよ」
心なしか声も小さい。
「せっかくまた会えたのによォ」
「京一」
「けど、ひーちゃん困らせるのは、俺もヤだし」
ちらりと甲太郎を伺う。
甲太郎は、相変わらずパイプを咥えたまま何ともいえない表情でこちらを眺めていた。
「くっそ」
光の服の裾を、京一の手がギュッと握り締める。
「おい、ひーちゃん」
「何?」
「一つだけ、お前に言っときたいことがある」
そのまま顔を覗き込まれて、光は少しだけ驚いたように身体を引いた。
「な、何だ」
「浮気だけはすんなよ?」
「は?」
また甲太郎を睨みつけているので、光はやれやれと溜息を漏らしていた。
いつのまにか両腕で身体を抱きしめるような格好をとられている。
甲太郎はますます不機嫌を露にしながらその様子をじっと睨み続けていた。
アロマの香りがさっきから体中にまとわりついている―――まるで、引き戻そうとするかのように。
京一、と呼ばれて、京一は再び光に視線を戻した。
「浮気はしないよ」
「何」
「これは、その証拠です」
そのまま頬を両手で包み込むようにして。
―――キスを。
唇をゆっくりと重ね合わせて、離れた直後に赤く染まった笑顔がニッコリと京一に向けられる。
京一は一瞬ぼうっとして、それからすぐ同じように赤く染まった顔を幸せそうに緩めた。
「約束だかんな」
優しい眼差しだ。
額をゴチンとぶつけられた。
「ああ」
へへへ、と笑って、振り返った京一にはすでにさっきまでの気配は微塵も纏っていなかった。
逆に、甲太郎のほうはどす黒いオーラを立ち上らせてその様子を眺めていたが―――
「オイ!そこのワカメ頭!」
「何だと」
復活したかつての親友は、現地点で同じポジションにいる後輩を優越感たっぷりの表情で見下す。
「そういうことで、ひーちゃんは俺のモンだ、妙な気起こしやがったら切り刻むだけじゃすまねえからな!」
ぎりり、甲太郎はパイプを噛み締める。
京一はもう一度光を振り返って、まだ熱っている頬にキスを落とすと、耳元で「じゃあな」と囁いて窓に向かった。
冬の空を大きく開け放って、桟に片足を駆けながら振り返ってウィンクをする。
「また来るぜ、ひーちゃん、頑張れよ!」
「ありがとう、京一もまたな」
「おう」
京一はヒラヒラと手を振って、そのまま闇の底へと飛び出していった。
この程度の高さなら上手く着地を決めただろう。
それでも、少し心配で、窓から外をうかがうともう背中が遠くに消えかけている。
光はクスッと笑って、見えなくなるまで姿を追っていた。
寒気が身に染みて、窓を閉めて、やれやれと振り返ると、そこにまだ甲太郎が立っていた。
光はビクッとして、無表情のまま立ち尽くしている彼を恐々と伺った。
「あ、の、甲太郎」
今の彼の瞳には、何か邪悪な力が満ち満ちている。
ひと睨みされて石化してしまったかのように、光は息をすることすら何だか難しい。
歴戦の覇王、黄龍の定めを持つ存在の彼を軽くすくみあがらせて、影のようになった姿がゆらりと揺れた。
「こうた、ろ?」
「―――光」
ビクリ、肩が震える。
甲太郎はイライラとアロマを煙らせて、不意にパイプを手に取ると、つかつかと目の前まで歩いてくる。
すぐ正面で立ち止まって、光より少し低い視線でじっと睨みつけた。
「あ、その」
光が何か言いかけるより先に。
「さっきの野郎、タダのダチってわけじゃなかったんだな」
核心を突かれて、グウと言葉に詰まる。
甲太郎は多少怒りの篭った怖い目でこっちを見ている。
「う、ん、まあ」
「お前にあんな相手がいたとは初耳だ」
「そ、れは」
聞かれなかったし、特別話すようなことでもなかったから。
確かにそれは事実だけれど、今の彼が言い訳を聞いてくるとも思えなかった。
何故これほどまで怒っているのかは―――相変わらずよく分からなかったけれど。
「別に、お前の性的嗜好に口出しするつもりは無い、けどな」
「はい」
「規則は守れ」
「え?」
「部外者引き込んで、一番困るのはお前だろうが、何でとっとと追い出さない」
「そ、それは」
「いくら弁護するったって、俺にも限界があるぜ、こんな状況見られてみろ、お前、間違いなく退学だぞ」
「あ、う、うん」
答えながらどうにも論旨がずらされているような気がする。
それでも甲太郎は更にまくし立てた。
「大体、お前はすぐ流されちまうのがよくないんだ、さっきの事だって」
それは多分ベッドに押し倒されていた時のことだろう。
「お前がちゃんと抵抗してれば、あんな状況にはならなかっただろうが」
「は、はい」
「そうでなくても色々目をつけられているんだ、つまんねえことでボロ出して退学処分なんて受けちゃ、お前だって面白くないだろうが」
「はい」
「だったら、今度からあいつの事はビシッと追い払え、いいな?」
光は、ハイとしか答えようが無かった。
どのみち甲太郎はすっかり怒っている様だし、それは多分京一がここにいたからだろう。
それでもって、あんな行為に及ぼうとしていたから、不謹慎だと腹を立てたのかもしれない。
色々秘密を黙っていてくれているし、協力してくれているから。
(そうだよな、それなのに俺がこんないい加減じゃ、それは怒るかもしれないよな)
何となく納得して、光は深く反省した。
様子から心境を見て取ったのか、甲太郎の怒りが少しだけ収まったように思う。
けれどまだ瞳は厳しくて、直視するのも辛いようだった。
「―――じゃあな」
まだ何か言いたげな顔のまま、唇を真一文字に引き縛って、そのままくるりと背中を向けられる。
さっさとドアの所まで歩いていくと、去り際、ノブを片手で掴んだまま甲太郎は首だけ振り返った。
「光」
「な、何」
「施錠だけはきちっとやっとけ、また、明日な」
「あ、ああ」
「おやすみ」
「おやすみ、なさい」
バタンとドアが閉まる。
直後、光は窓に背中を預けて、そのままズルズルと座り込んでしまった。
視線を上向けると暗天から月が覗いている。
金色の龍の定めを背負った最強の男は、柄にも無い大きな、大きな溜息を漏らしたのだった。
「今日は、嬉しかったなあ」
けれど非常に疲れた。
こんなことになるとは思いもよらなかった。京一が来てくれたことも含めて、全部。
「京一大丈夫かな?」
闇に消えていった背中を思い出す。
もっと、もっとずっと傍にいて欲しかった。
―――懲りずにまた、逢いに来てくれるだろうか。
そんな事を考える自分はやっぱりらしくなくて、ほんのり熱くなる頬に少しだけ俯いていた。
「俺も、ちょっと、キスだけじゃ足りないかもしれないなあ」
呟いた声は外に聞こえない。
ドアの外、部屋を出た直後に、甲太郎も呻いていた。
「クソ、冗談じゃねえぞ、あんな野郎に今更、横から攫わせたりなんかするかよッ」
そして、夜闇を駆け抜けながら、京一も想っていた。
(ひーちゃん相変わらず可愛かったなあ、けど、すぐ近くにあんなモンが引っ付いてやがったし、こりゃちょくちょく様子を見に行かねえと、間男なんてシャレにならねえぜッ)
三者三様の想いが交錯する冬の夜闇にて。
朧な月が、壮絶なトライアングルバトルの幕開けを静かに照らしている。
舞台は
今、新たな愛と嫉妬と欲望の嵐が再び巻き起ころうとしていた。
―――黄龍の戦いに、当分終わりは、訪れそうも無い。
(了)※続きませんよ(笑)続編は各自脳内補完にて。