「VS更紗さん そのいち」
ちょっと寒い秋風が吹いてる。
あたしは、間近にある空を見上げながら、ぼんやりしている。
まだかな、まだかなーって気持ちばっかりドキドキしてて、不意に手元がくしゃっと音を立てた。
それはあたしの掴んでいるビニール袋のこすれる音だ。
不意に、屋上のドアの錆付いた蝶番が軋んで鳴いた。
両耳が素早く捉えて、アンテナがぴこーんと立ち上がる。
アッ、と思った直後―――
「あかりちゃん?そこにいるんですか」
この、優しくて、耳に馴染む素敵な声はッ
「はあーい!」
返事をしながら勢いよく立ち上がったあたしは、危うくバランスを崩しかけてフラフラしちゃった。
そりゃそうよね、ここって給水塔の上だもん。
足元、丸い、丸い!
「うわわ」
更紗さんはビックリした顔であたしを見ていて、フラフラ、ぺたりと座り込んで見下ろしたら、今度はちょっと呆れ顔で、でも口元がちょっとだけ笑ってた。
あたしは、何だか照れくさいような、嬉しいような気分が込みあがってきて、思わずエヘヘって笑い返す。
「こ、こんにちわー」
「こんにちは、そこは、あまり人を待つのに向いていないと思いますよ」
「アハハハハーッ」
この高さでもピョイと飛び降りれちゃうのは、日々の鍛錬の賜物だ。
これでも、足腰のバネにはちょっと自信あるんだよね。
(いやまあ、そんなことはどうでも良くてだ)
あたしはそのまま更紗さんの傍まで小走りに駆けていく。
「急に呼び出しちゃってゴメンなさい、更紗さん、色々仕事とかあるんでしょ?」
「いいえ、確かにそうですけれど、大丈夫ですよ」
それより、用事は何ですか?
栗色の髪がふわりと風に揺れて、優しい瞳があたしをじっと見てた。
(ううーん)
やっぱ、ダメだ。
格好いい。
双樹さんやルイセンセ、ヒナセンセもそうだけど、どうやったらこういう素敵なレディになれるんだろう。
やっぱり日ごろの鍛錬が必要なんだろうか?
そういうマニュアル本読んだり、オシャレを真似てみたりとか?
(マニュアルって、あるの?そもそも)
「あかりちゃん?」
「はッ」
あたしは慌てて両手を振り回して、違うの、なんでもないんですって必死に弁解する。
―――考え事しながら、更紗さんのこと、じーっと見てました。
(だって美人なんだもーんッ)
眼福眼福って、見逃して!
ちょっと困り顔の更紗さんは、何だか呆れ果てているみたいだったから、あたしは急いで本題のビニール袋に手を突っ込んでいた。
ここで帰られちゃったら、意味ないもんね!
「あ、あのね」
えーと、これでいいかな?
ピンクの袋を選んで取り出して、更紗さんに向かって高々と掲げて見せる。
「これ!」
「えッ」
ちょっと身体を引いて、それから、袋をじっと見て、あたしを見る。
更紗さんは今度は不思議そうにしている。
「ええとですねえ、これはキャラメルコーンいちごミルク味と言って、原材料ホワイトコーングリッツ、これは、遺伝子組み換えじゃないみたいです、まあそんな事あんまり気にしてないんですけど、それをこんがり植物油で揚げて、練乳やらマーガリンやら全粉乳やらデキストリンやらいちごパウダーやらで味付けして、隠し味に塩をちょっと加えてある、日本の東ハトという会社から販売されているお菓子です」
―――間違って、無いよねぇ?
一通り話を聞いて、更紗さんは「そうですか」って短く返事をしてくれた。
ううん、微妙にまだ掴めてない感じ。
あたしはお菓子を袋に戻して、今度は別の箱のお菓子を取り出して掲げる。
「こっちはいちごポッキー、これはですねえ、プレッツェルの約5分の4程度を全粉乳やバター、乾燥いちごとかデキストリン、クリームパウダー、乳蛋白や脱脂粉乳などの化合品でコーティングした、日本のグリコという会社から販売されているお菓子です」
「そうですか」
「次は、こっち、これはガーナクリスプスティック苺フォンデュ味、これはですね」
「あかりちゃん」
そんなタイプじゃないと思うのに、更紗さんは、途中であたしの話を遮って、ため息を漏らした。
「はい?」
「そろそろ、用件を教えてもらえませんか?」
ああっと―――いけない。
いちご関連の話題になると歯止めの利かなくなる、悪い癖がまた出ちゃった。
あたしは苦笑いをして、手に持っていた箱を袋に戻した。
「あの、更紗さん、お菓子は嫌いですか?」
「いいえ、好んで摂取はしませんが、食べられますよ」
「良かった!」
思わず目がキラキラしちゃう!
「あの、あの、もし良かったら、せっかく仲良くなれた記念に、一緒にいちごパーティーをしませんか?」
「いちごパーティー?」
「はいっ、あのですねえ、一緒にこの袋の中身を楽しく食べるパーティーです、更紗さんもいちごのお菓子とか、飲み物とか、好きになって欲しくて、いっぱい買ってきちゃいました!」
思い切って「えいッ」と袋を広げて、更紗さんに中身がよく見えるようにする。
更紗さんはまたちょっと驚いたような雰囲気で、袋の中を覗いて、あたしを見て、少し考えて、お姉さんみたいな顔で笑った。
「あかりちゃんは、いちご、好きなんですか?」
「はい!」
更紗さんも、これを食べたら、きっと好きになります。
あたしには勿論その自信がある。
だって本当に美味しいんだもん、食べたらきっと好きになっちゃうよ!
(お菓子、嫌いじゃないなら、そうなるはずだもん)
あたしがそうだから、この際勝手にそうだって事にさせてもらっちゃおう。
―――嫌がられたら、悲しいけど。
更紗さんはまた暫くあたしと袋を眺めて、髪の毛にちょっとだけ手をあてていた。
サラサラ流れる、綺麗で、長い髪の毛に、あたしはついまたうっかり見とれちゃう。
いいなあ、あたしも髪、伸ばそっかな。
(でも、ジャマになるかな)
「いいですよ」
「えッ」
「お菓子、ご馳走してください」
あたしはきょとんとして、それから―――猛烈に嬉しい気持ちがこみ上げてきて、すんごい、口元がニヤケちゃう!
だめだ、顔もちょっと熱いみたい。
(嬉しいッ)
「はいっ、もちろん!じゃあ、こちらへどうぞ!」
給水塔の下まで走って、袋から取り出したピンクのビニールシートを広げる。
こういうのは雰囲気が大切だもんね、ちょっと寒いけど、でもお菓子を食べて、お喋りしてたらあったかくなるよ!
更紗さんは優しい顔で、やっぱりちょっと口元に笑みを浮かべながら、ゆっくり歩いてきてくれた。
あたしは、シートの上にお菓子を広げて、これから起こる楽しい予感に、わくわくしてたまらなく幸せな気持ちになっていた。
(了)