「VS十姫さん そのいち」
※っていうか、厳密に言えば対象不明
物凄く珍しい事になっています、CYWとGMで玖隆一家の構成が(ほぼ)判明した記念兼(笑)
「はあ」
曇った表情で椅子に腰掛けている、珍しくおとなしい晃の様子に、隣でマグカップを唇に押し付けていたあかりが、中のミルクティーをコクンと飲み込んで振り返った。
「しょぼくれちゃって、どうしたの?」
「どうしたも、こうしたも、お前」
わかってるだろうが。
そう言いたげな眼差しに、あかりはひとつ間を置いてから、プッと吹き出した。
途端晃の表情が再び険しいものに変わる。
「あかりー?」
「アハハ、ご、ごめん、あのメール思い出しちゃって!」
―――それは少し前。
アラブのカイロで飲み比べをして、不覚にも負けてしまった晃は酷く屈辱的な仕打ちを受けたのだった。
らしくもなく取り乱してしまい、それら全部をひっくるめて、協会では暫く話のネタにされてしまった。
もう大分噂も廃れつつあるようだが、心に負った傷は深い。
「まったく、俺も、不名誉な話題でモテたもんだ」
「自業自得でしょ?」
「失礼だぞ、お前」
再びミルクティーを飲むあかりを軽く睨んで、晃は背凭れにだらりと体を預ける。
「俺、それほど誰彼構わずねんごろになんて、なってないんだぜ」
「どうだか」
「そりゃ、女性と話すのは楽しいから好きだけどさあ」
はっきりいって、モテている自覚などまるで無い。
それは真実晃の本音だった。
彼女たちはいつだって、未知の世界をたくさん見せてくれるから、興味深くてつい構いすぎてしまうだけだ。
男の自分には、たぶん一生かかっても、女性心理を理解できないに違いない。
(だからこそ研究のし甲斐もあるってもんだ)
同性なんて所詮似たり寄ったりで、モノの考え方も嫌になるほど察しがつくから、そんなもの面白くともなんともない。
心の一番深いところを理解しあえる相手など、今の自分にはまるで不要だ。
晃の心には、誰にも埋められない孤独の穴が開いている。
その穴を一瞬埋めてくれる感情さえあればいい、女性は、その感情を容易く幾らでも与えてくれる。
(女好きは否定しないけど、多分、考えられているのとは、少し違うと思うんだがなあ)
ため息を漏らしながら天井を仰いだ。
「そもそも、誤解なんだぜ」
「ん?」
「俺は依頼人に手を出したことなんて一度も無いし、協会の諸女史にも挨拶でキスする程度だ」
あかりはマグカップを両手で包んで、じっとこちらを見詰めている。
「女性は誰も賢いから、俺みたいな半端者を本気で相手にしてくれるわけ無いじゃないか、俺だってそれくらいわかっている、だから、少しでも笑顔が見たくて、手を尽くしているだけなんだ」
「それがいけないんじゃないの?」
「ん?」
あかりは再びミルクティを口に運ぶ。
「誰に誤解されてるの?」
「ああ、十姫嬢だよ」
「十姫さんは真面目だから、晃の事、浮気者の軽くてふざけたヤツだって思ってるんだよ、多分」
「何だよ、それ、まあ悪ふざけが過ぎるのは認めるが、浮気者っていうのは納得いかないな、俺はいつだって本気だぜ」
「その考え方がいけないのよ」
「どうして?」
「―――あのね、晃」
マグカップをテーブルに置く。
真っ直ぐ晃を見据えて、あかりは真摯な表情を浮かべる。
「晃には、まるで女の子の考え方や気持ちってものが、わかってない」
「そりゃ」
「それくらい自覚してる、とか、言いたいんでしょ」
ぐ、と言葉を詰まらせる晃に、今度は呆れた様子でため息を吐いていた。
「晃はねえ、もう少し違う意味で、自覚すべきだよ」
「何を」
「世の中は、あんたが思ってるより、ずっとシンプルな仕組みで出来てるの」
「どういう意味だ」
「好きって言われて、嬉しく思わない女の子がいないのと、同じこと」
晃は首をひねる。
「それが?」
「んもう!」
脇腹をあかりが軽く殴りつける。
僅かにバランスを崩しかけて、けれど頑丈で大柄な晃の体はそれくらいではびくともしない。
困り顔で眉を寄せる様子に、空のカップを取りながら、あかりは立ち上がっていた。
「晃ってホント、そういうトコ子供なんだから」
「お、おい、どういう意味だ、俺のどこが子供なんだよ」
「知らない、この鈍感男!」
そのまま立ち去っていく姿を見送る。
部屋を出て行く途中、ドアの向こうにいたアルフレートと鉢合わせして、すっかり不機嫌な様子の娘に、子煩悩の父親はあたふたと顔色を覗き込んだりしていた。
「あ、晃、あかりはどうかしたのかい?」
どうやらさっさと行かれてしまったらしい。
困惑した声に、背凭れに体を預けつつ、晃は「知らないよ」とそっけなく答えた。
言い捨てられたあかりの言葉に、頭の中で疑問符が幾つもクルクルとダンスを踊っている。
「そうか」
「女の子は難しいな」と、アルフレートのしょぼくれた声がした。
(俺のどこが子供だっていうんだよ)
「これでも立派に成長しているつもりだぞ」
ぎしぎしと椅子をきしませて、天井を見上げると、あの時見た十姫の姿がほんの少し浮かんでくるようだ。
「ホントに、誤解なんだぜ」
長い前髪を煩わしく掌でよけながら、双眸を閉じて、唸りこむ息子の隣に父親も腰掛ける。
困った顔でテーブルの上を見詰めていた。
よく似た二人の後姿を、少し離れた場所で、母親が薄い笑みを浮かべながら眺めていた。
(了)