「2005年度お誕生日ミッション・晃Ver.」
指令内容「皆守に意外性のある贈り物をしなさい」
「意外性、ねえ」
こめかみをポリポリ掻きながら、晃は呟く。
「んーまあ、とっておきがあるんだけど、ちょっとやっちゃおうかなあ」
そして世界をまたに駆ける男前のトレジャーハンターはニヤリと―――微笑んだのだった。
「まあ、卒業祝いも兼ねてってことで、な?」
片手にメモ、片手に荷物を持って、甲太郎は今高級ホテルの前に立っている。ここは日本ではない。
「ここ、だよなあ」
晃から唐突に連絡があった事にも驚いたのだけれど、それ以上に用件に驚かされて、冗談かと思っていたら、実際封筒に入った旅券が送られてきて、合計三度も驚かされてしまった。
晃は今、北欧のとある国に滞在している。
そこで、依頼をこなしている最中という話だった。
結構大きな仕事だから、すぐにそちらへ渡る事はできないけれど、現地でなら1日2日の都合はつく。だから、甲太郎がこちらまで来て欲しいと、電話を受け取ったのは数週間前の出来事だ。
「誕生日、お祝いしてあげたいからさ」
そんないじらしい言葉についうっかりほだされて、けれど半ばタカをくくっていた事を、封筒の中身を確認した直後に甲太郎は後悔していた。
面倒臭いし、英語もろくに話せないから、無視してやろうかとも考えたけれど、結局今、こうして指定されたホテルの前に立っている自分はつくづくバカだと思う。
会いたい一心だけで、こんな所まできてしまった。
(どこの一途な女だ、俺は)
溜息を漏らして、ロビーへと向かう。
こんなラフな格好では目立って仕方ない。
ホテルの利用客は、誰も、見るからに仕立てのいい、上等な洋服を着て、何食わぬ顔で行き交いしていた。
ボーイも近づいてこないまま、バック片手にどこか落ち着かない気持ちで、目の前のカウンターに恐る恐る近づいていく。
―――受付も外人だ。あたりまえだけれど。
(クソ、めんどくせえ)
暗鬱とした気分が立ち込めていた。
サボりまくった学生時代、半端に覚えた、たぶん小学生レベルの英語力で、果たしてどこまで通用するものか。飛行機内からずっといやな汗をかきまくっているというのに。
最悪英会話の本でも見るかなと考えていると、難所にたどり着く前に聞き覚えのある声が、馴染み深い日本語で甲太郎を呼んだのだった。
「甲太郎!」
地獄に仏とはこの事だ。
パッと振り返ると、向こうからシャツとジーンズなどという、甲太郎と殆ど変わらないラフな格好で晃が駆けてくる。
「やっぱり!これくらいの時間につくと思ったから、ロビーで待ってたんだ、正解だったな」
「晃」
「久し振り、元気そうじゃないか」
ニコニコと、目の前に立った姿を感慨深く見つめた途端、胸にこみ上げてくるものがある。
気づくと、甲太郎もつい口元が緩んでいて、慌ててそれを掌で隠しながら気まずく視線を他所へそらした。
晃は嬉しそうだった。
「お前な、急にあんな事言い出して、こっちの都合も考えたらどうだ」
「まあまあ、そう言わずに、とりあえずチェックインしちゃおっか」
荷物をひょいと取り上げられて、驚く間もなくカウンターに連れて行かれる。
甲太郎の目の前で、晃は流暢な外国語で何か話して、差し出された用紙にサインしろとペンを渡してきた。
「その、どう書けばいいんだ?」
「普通に、日本の文字で大丈夫だよ、ただのサインだから」
甲太郎は逡巡して、結局漢字で自分の名前を書いた。らしくない事をしても仕方ないだろう。
「鍵はもう俺が貰ってあるから、一緒の部屋なんだ、さて、行きましょうか」
連れられて、毛足の長い絨毯の上を歩く。
エレベーターには専用の案内役が付いていた。
晃に言われた階のボタンを押して、たどり着いた先で恭しく送り出される。
一階のロビーにはあれだけ人がいたというのに、ここはシンとして物音一つしない。
進んだ先のドアの一つにポケットから取り出した電子ロック式のキーを差し込んで、扉を開くと晃はどうぞと甲太郎を先に促した。
部屋に入って、再び心から驚かされた。
「おい、お前―――」
高い天井、眩しい照明、広い床に、豪奢な内装、高そうな家具、そして、大きなベッド。
「大丈夫なのか?」
後ろでドアを閉めた晃が苦笑しながら近づいてくる。
「まあ、一応、足が出ないほどにはお祝いしようと思いまして」
「今はここなのか?」
「まさか!今日と明日だけ、甲太郎が来るから、リザーブしておいたんだよ」
東洋人だと思って、半額先払いだったから、来てくれなかったらどうしようかと思ってたと楽しげに話しながら、そのまま部屋の中央のソファまで歩いていく。
そしてすとんと腰を下ろして、お前もこっちにおいでと手招きで呼んだ。
甲太郎は少し落ち着かない気分で、荷物を適当な所に置くと、晃の傍に近づいた。
同じようにソファに腰を下ろすと、体がふわりと沈み込む。何だか溜息が漏れてしまった。
「浮かない顔だな」
「女じゃないんだ、こんな派手な事されたって、戸惑うだけでどうしたらいいもんか」
「へえ、お前って案外庶民派?」
「普段はこんな場所、縁がないだろうが」
「アッハハ、それわかる、実は俺も苦手」
甲太郎は改めて晃をじっと見詰めた。
こうして―――色々、ここまで大変だったけれど、面と向かいあうと、懐かしさと愛しさが一時にこみ上げてくる。
手を伸ばして抱きしめるには少し距離があるから、仕方なく我慢して、代わりに今度はちゃんと笑顔を浮かべた。
「久し振り、だよな、本当に」
「うん」
「元気そうじゃないか」
「まあね」
「また、無茶ばっかりやってるんだろう」
「アハハ、仕事なもので」
「―――晃」
話す傍からやっぱり堪え切れなくて、そのまま、近づいて押し倒そうとした両腕をスルリとかわして、晃は飲み物でも飲むかとソファの向こうに歩いていってしまう。
甲太郎は生殺しのまま、ジリジリと動作を瞳で追い続けた。
「もう学生じゃないし、酒、飲めるな?」
「未成年だぜ」
「気にするな、日本の風習じゃ、14歳で一人前なんだろ?」
持ってきたグラスに、封を切ったシャンパンをついで、さあと片方を手渡される。
「まずは、再会を祝って」
「ああ」
チン。
グラスの音とともに、たくさんの泡が中ではじける。
アルコールで喉を潤して、グラスをテーブルに置くと、甲太郎が仕切りなおす前に、晃がそっと身体を寄せてきた。
「ンッ―――」
圧し掛かるようにして、唇を重ね合わせる。
柔らかな感触と共に、濡れた音を立てて口腔内に舌が潜り込んだ。
求められるまま、こちらからも舌を差し出して、互いに絡めあいながら吐息まで飲み込むような深いキスを延々とかわした。
耳に響く水音が、全身にザワザワと興奮の波を起こす。
すでに反応は始まっていて、身の内に立ち上る欲望を今すぐにでも晃に押し付けてしまいたかった。
離れていた期間はそれほどでもないはずなのに、狂おしいほどの熱が彼を欲してやまない。
時間も距離も飛び越えて、あの学園にこの姿があった頃のように、強欲に求めようとした途端、そのままソファに押し倒されてしまった。
上に乗った晃が、顔を上げてフフと笑う。
「随分、たまってたみたいだな、寂しかったのか?」
「馬鹿、それはお前のほうだろう」
「強がるなよ、今日は―――」
チュ、と唇に、音を立ててキスされて。
「俺が、可愛がってやるから」
―――困惑した表情が、胡乱な間を設けて、次の瞬間サーッと擬音付きで青白く染まる。
今、なんと言われた?
「は?」
「ウフフ」
伸びてきた掌が、スルリと脇腹を伝う。
そのままシャツの裾を探し出して、内側に滑り込んでくるので、甲太郎はますますもって眼前の恋人を凝視する。
「オイ、お前」
「今日のためのこのシチュエーションだ、抜かり無しだろう?」
「じゃ、なくて」
「天国見せてやるよ、甲太郎、誕生日だもんな」
首筋に吸い付かれて。
「お、オイ!」
ようやく状況を飲み込み、途端甲太郎の全身に冷や汗が滲んでいた。
こいつは何を言っているんだ。
(本気なのか?)
慌ててジタバタともがこうとするものの、上に乗っているのは自分と殆ど身長の変わらない、同い年の男。
しかも、相手のほうが体重も腕力も上だ。
おまけに拘束術の心得があるらしく、甲太郎の抵抗は殆ど意味を成していない。
気づけばズボンのチャックが下ろされていて、取り出された体の一部が晃の手の中に収められていた。
片方の手で胸元を愛撫されて、大量のキスが降ってくる。
晃は着衣のままなのに、甲太郎だけ今や半裸だ、しかも、ソファに仰向けに押し倒されて、上にはいつも腹の下で喘いでいたはずの姿。
(ど、どーなってるんだ、オイッ)
「あ、晃、ちょっと待て!落ち着けッ、お前は何を考えている」
「そんなもん、この状況でわからないほど世間知らずでもないだろう?」
「俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな、うおッ、コラ、やめろ!」
包み込んだ掌が緩く上下して、快楽が脊髄を何度も駆け抜けていく。
「アッ」
うっかり甘ったるい声を洩らして、甲太郎はガツンと一撃食らったようなショックとともに、目元の赤く染まった両目を見開いていた。
(じょ、冗談じゃねえぞ、オイ!)
晃はさっきから非常に楽しそうだ。
「甲太郎、今の声、よかった―――もっと聞かせろよ」
耳元で囁かれてゾクゾクと鳥肌が立つ。
快感に、さっきから腰が浮いて仕方ない。
(や、ヤバイ)
「なあ、気持ちいいだろ?」
「やめろ、晃ッ、お前―――」
「いっつも俺ばっかり気持ちよくなってたらずるいもんな、今日は俺がお前をイかせてやるよ」
「そんなもん、俺は頼んでねえぞッ」
「大丈夫、挿れる前にちゃんとよく慣らすから、心配いらないさ」
「心配とかじゃなくてだな、オイ、いい加減に」
グッと握り締める感触に、ヒッと息を呑んだ瞬間、強引に押し付けた唇から無理に舌先をねじ込まれて、思うさま口腔を嬲られた。
晃の手が蠢くたびに、体中を快楽が駆け巡り、全身がビクビクと過剰に反応してしまう。
息を弾ませて、熱を帯びた重圧に、堪えきれない吐息と声を混じらせながら、いまや甲太郎は晃のなすがままだった。
(ああ―――)
こいつは、いつもこんな気分で、俺に抱かれていたのか?
(待てッ、俺は何を)
「アッ」
晃の愛撫は驚くほど巧みで、意思に反して神経と肉体はどんどん昂ぶっている。
相変わらず不本意なままだけれど、俺はきっと抵抗しきれないだろうと、甲太郎は半ば快楽に屈しかけていた。
―――晃になら
挿れられても、ギリギリ我慢できるような気がする―――のだが。
(や、やっぱり無理だ、俺は男だッ、それだけは!)
けれど、晃も男で、そしてこれまでは常に晃に受け入れてもらっていた。
ともすればこれは非常にフェアな行為なんじゃないのか?
散々突いて気持ちよくさせてもらったから、今度は俺が還元する番だと?
―――冗談じゃない
甲太郎は渾身の力を込めて、晃の身体をめいっぱい押し返した。
「いい加減に、しろ!」
「黙れ、甲太郎、今日はお前が下だ」
とろけるようなキスを。
途端腰砕けになりそうなところを、男の意地で何とか堪えきる。
「俺は、絶対に下は嫌だ!」
「何言ってんだ、これまで散々人の上で暴れてきたくせに、今更往生際が悪いぜ」
「うるさい、何といわれようと、俺は」
「気持ちいいだろうが」
「クッ」
「もっとよくしてやるよ、心配するな―――俺は、上手いから」
耳元で囁かれて、指先が臀部の窄まった部分に触れた。
ビクリと下肢が跳ねて、甲太郎は目の前の晃の顔を凝視する。
「あ、きら」
「一緒に溺れようぜ、甲太郎」
つぷりと。
「ヒッ」
両腕で抱きついて、肩で息を呑んだ甲太郎は、そこから先の衝撃に備えて無意識に両目をぎゅっと閉じていた。
晃の指先は―――更に奥へ入ってくる気配が無い。
やがてクックと小さな笑い声とともに、異物は引き抜かれて、甲太郎はそろそろと瞳を開き、様子のおかしい横顔を窺い見た。
「―――晃?」
「う、うくく、うくくくく」
突然。
「あーっはっはっはっはっは!」
腹の上で起き上がって、仰け反りながら爆笑する姿に、甲太郎はすっかり困惑して呆然と様子を眺めていた。
晃はそのまま苦しそうにソファの端に移動すると、背もたれを握り締めてゲラゲラとバカみたいに笑い転げている。
だんだん腹が立ってきて、起き上がった甲太郎は乱れた衣服を軽く整えた。
興奮して膨れ上がった箇所が、衣擦れの下で悲鳴を上げる。
「オイ」
まるで笑い袋のようになっていた晃が、目元の涙を拭いながら振り返った。
「わ、悪い、やっちゃうつもりだったんだけど、あまりのギャップに我慢できなくて」
「どういうことだ、これは」
「いやー」
乱れた息を整えて、甲太郎の傍に戻ってきた晃は、顔を覗き込みながらニコリと微笑んでいた。
平素と同じ、甘えた様子に、甲太郎の中で何かが安堵の吐息を洩らす。
「あのな、今日、お前の誕生日だろ?」
「ああ」
「それでな、意外なプレゼントをって思って、なら、俺がお前に最高の快楽をプレゼントしてやろうってさ」
「何だと」
「だっていいだろ?ムーディーなシチュエーション、上等なホテルの一室で、景気よく喘ぐ甲太郎、こっちはもう随分お前に開発されちゃったからね、お返しっていうか」
気持ちよくしてあげようと、そう思ったわけなんですね。
「でもさ」
伸びてきた掌が、不機嫌なしかめ面の上の緩いパーマのかかった髪に触れた。
「甲太郎は、そういうの、やっぱりイヤなんだろう?」
「―――当たり前だッ」
つまりが、今もし晃が笑いをこらえきっていたならば、俺はすっかり翻弄されて、今頃こいつにいいようにカマを掘られていたというわけか。
非常に腹が立ってしかたない。
相変わらずバカな事ばかり考えるこいつにも、うっかり受け入れそうになっていた自分にも。
悔しいというか、恥ずかしいというか、とにかくかなり立腹して、甲太郎は晃をギッと睨みつけていた。
「こらこら」
困り顔の笑顔が、スルリと頬を撫でる。
「そんな怖い顔するんじゃない、ちゃんと途中でやめただろう?」
そのまま、今度は甘いキスを。
渋々と目を閉じたのは、言外に混ぜ込んだ「ごめんね」の意を酌んだからだった。
離れて再び視線が混じると、甲太郎の気持ちは少しだけ落ち着いていた。
この程度で落とされてしまうなんて、俺も大概、安すぎる。
「甲太郎は、抱かれるより、俺を抱くほうがいいんだろ?」
指先が唇をツ、となぞった。
「俺はどっちでも平気だよ、お前とだったらどっちでも問題無いし」
「晃」
「相手が甲太郎なら、抱くのも抱かれるのも平気、っていうか、お前が抱きたいんなら、俺は抱かれたい」
そんないじらしい事を言うものだから。
(ったく、こいつは)
甲太郎も苦笑いで、暗緑色の瞳を見詰め返していた。
結局いつだってそうなのだ。
俺が欲しがって、お前が受け入れる。そして、お前は同時に自分の欲しいものを、欲しいままに手に入れたような顔して笑うから、俺はすっかり安心してしまう。
だから弱いんだ、依存しているのは、間違いなく俺のほうだろう。
目の前には非常に魅力的な、甘くそそられる果実。
さっきまで、とんでもなく大きく見えたけれど、今は両腕で抱えられてしまいそうなほどお手ごろサイズだ。
(とんでもない食わせ者だぜ)
はあ、と溜息をついて、甲太郎は改めて、晃を抱きしめていた。
「馬鹿野郎」
耳元に、吐息と一緒に囁きかける。
「なら最初から、妙な真似をするんじゃねえ」
「アハハ、おかげさまですっかり準備万端みたいだな」
「まあな」
「じゃ、今度は俺の準備をして」
覗き込んだ瞳が艶っぽく笑う。
「久し振りだから思い切りよくしてくれよ、誕生日だし、な?」
甲太郎はやれやれと苦笑いを浮かべて、今度はこちらから唇を求めた。
「誰の誕生日だと思ってやがる」
「プレゼントだよ、いらないか?」
「―――受け取らなかったら、何のためにここまで来たのか分からないだろうが」
思い切り強く抱きしめて。
「いるに、決まってる」
微かな笑い声を聞きながら、ソファの上、今度はゆっくりと晃の身体を押し倒した。
やっぱりこっちのほうがしっくりくる。口の端に、自然に微笑が浮かんでいた。
何はともあれ、忘れられない誕生日になってしまった。
意外性という意味では本当に驚いたんだぞと、剥いたシャツの下の素肌にキスの雨を降らせながら、甲太郎は胸の中でそっと囁いたのだった。
ミッション結果:ミッションコンプリート、コングラッチェレイション!(爆)