R-style 11

 

 トントントトンとリズミカルなノックに、甲太郎は向こう側の人間の確認もとらずに扉を開く。

「よ」

片手を上げて陽気な挨拶を投げかける晃を呆れ顔で眺めながら、お前なあとダレた声が口元から漏れた。

「いい加減、その調子はずれなノックはやめろって、言ってるだろうが」

「だってこれだと聞かなくても俺だってわかるだろう?」

「そりゃ、そうだが」

だからといって毎度毎度、こんなバカらしい物音を立てられたのでは堪ったものではない。

そう言おうとして、即座に甲太郎は諦めていた。

こいつに細かい事を言ったって無駄だ。人の忠告なんて聞くような人間じゃないんだから。

「甲太郎?」

立ちっぱなしの晃に顔を覗き込まれて、思わず仰け反ってしまった。

「お、お前、いきなり人の顔を覗くなよ!」

「いや、ゴメン」

苦笑いで謝られても正直困る。

晃は時々とんでもなく無防備に飛び込んでくる。

遠慮もなくずかずか人の領域に平気で踏み込むくせして、その事を本人がまったく自覚していないのだから手に負えない。おまけに。

(それを俺が嫌がっていないって所が一番問題か)

まったく呆れたバカ共だと、自分も含めて自嘲的に腹の中で笑った。

「なあ、甲太郎」

「何だよ」

「あのさ、俺、入っちゃダメなのか?」

言われてようやく戸口で立ち話をしていたことに気付き、甲太郎は晃を室内に招きいれた。

何かが擦れる音がして、見ると晃の手にはビニール袋に入った何かが下げられている。

「あ、これ」

甲太郎の視線に気付いた晃がニコリと笑った。

笑顔だけでも今の俺には毒だ。

視線を背けながら尋ねると、適当に座り込んだ晃は袋の中身を取り出した。

「さっきな、奈々子ちゃんが」

「あのウェイトレスがどうしたってんだ」

「ん、これ、試食してみないかって」

現れたのはタッパーで、蓋を開ければそれはおでんだった。

「なんだこりゃ、新メニューか?」

「ビンゴ」

晃がピッと指をさす。

「期間限定の、天香高校店限定メニューとして候補に上がっているうちの一品なんだと、そんで、一般のお客様にご試食願えないかって」

「チェーン店舗でそんなことするのか?」

「そんなことまで知らないよ、ただ、だからこれ食べてみてくれって、奈々子ちゃんがくれたんだ」

へえ、と甲太郎は呟いていた。

詳しい事は知らないが、ああいう大手飲食店では開発部が全店舗に供給する商品を立案、指示するものだろう。各店舗に新メニューの決定権は無いはずだ。

(ってことはこれは)

まあ、邪推しても仕方ないかと、直後にあっさり考えを投げていた。

とにかく晃はこれを奈々子から受け取って、それをわざわざ俺のところまで持ってきて一緒に食べようと誘ってくれているんだ。なら、その事実だけで構わないだろう。

他人の意図まで汲み取ってやるほどお人よしでもないのだし。

見れば、晃は箸が一つしかないから一緒に使おうだの、ちくわぶは俺にくれだのと食べる気満々で、それ以上は何も考えていないようだった。

察しの悪い奴だと、呆れつつ何故か安堵して、甲太郎もタッパーの中を覗き込んだ。

「で、どれとどれをお前は食べたいんだ」

「これとこれ、あと、これも、あ、でも甲太郎が食べたいなら譲るよ」

「俺はどれでもいい、お前の余りで構わない」

顔を上げた晃がじっと見詰めてくるので、またフイと視線を逸らす。

正面から向かい合えば、何もしないでいられる自信がなかった。

「甲太郎、お前」

「なんだよ」

「いい奴だな、凄く」

甲太郎は苦笑する。

「なんだよ、今更気付いたのか?」

おでん程度でいい人呼ばわりされるなら、監視の目をもっと強化する必要があるかもしれない。

ともかく気の多い男だから、こいつは。

晃は練り芥子を容器の蓋に出して、さあ食べようと箸を割った。

「まずはちくわぶからです」

楽しそうに言うので、ついまた笑ってしまう。

甲太郎に構わず芥子をつけて、晃はちくわぶの端を咥えた。

そのままもぐもぐと食べていく様子を眺めて、甲太郎ははっと息を呑んだ。

晃はちくわぶを食べるたび、口を大きく開いて、ぱくりと勢いよく咥え込む。

その動作や、口の動き、はみ出したちくわぶを見ていると、なんだか変な気分になってくる。

長い、筒状の、少し湿り気を帯びたそれを、柔らかな唇が口腔内に導いて、そして。

(なんともうまそうに―――

ニコニコと食べているので、甲太郎は口元を押さえて慌てて横を向いた。

いかん。

何を考えているんだ、俺は。

今、とんでもない妄想が沸いてしまった。これでは変態じゃないか。

「甲太郎?」

晃が呼ぶので振り返ると、今度ははんぺんを箸に挟んで不思議そうにこちらを窺っていた。

どうやらちくわぶはもう食べてしまったらしい。

少しだけ落胆する、自分自身を疑いたくなる。

「なあ、もしかしてちくわぶ要ったか?」

正確にはちくわぶを食べている晃をもっと見ていたかったのだが、そんなことまかり間違ってもいえるわけがないので、そうじゃねえよとぶっきらぼうに否定する。

「じゃあ、今の」

「うるせえな、気にするな」

我ながら無茶苦茶な転じ方だと思ったが、晃は受け入れたようだった。

わずかに困り顔で考え込んで、ああと呟くと箸に挟んだはんぺんを差し出してくる。

「なんだよ」

意図を汲みかねていると、親しげな表情が優しく笑った。

「口開けよ、ほら」

「なっ」

甲太郎は硬直する。

「うまいぞ、食ったらきっと機嫌が直る」

「べ、別に俺は不機嫌なんかじゃ」

「いいから、ほら、口開け」

目の前からはんぺんがいなくならなくて、すっかり動揺していると箸が更に近づいてくる。

「ほら、早く」

「い、いいって、俺は自分で」

「たれちゃうよ、口開け、何照れてんだ」

最後の一言でムッとして、甲太郎は口を開けていた。

そこに、はんぺんが差し込まれる。パクリと噛むと旨味が舌の上に広がった。

半分ほど食べて、残った分をためらいもなく自分の口に放り込んで、向かい合ってもぐもぐと口を動かしているとどうにも照れ臭くて困る。

食べ終わった晃が嬉しそうに笑った。

「な?」

甲太郎は困惑している。

「なにが」

「うまかったろ?」

「ま、まあ、な」

「機嫌、直っちゃっただろ?」

うっと言に詰まって、次に甲太郎の口からこぼれたのは溜息だった。

まったく、なんて恥ずかしい野郎だ。

そんなくらいで機嫌なんて直るはずがない、子供じゃないんだ、っていうかそもそも怒ってねえよ。

けれど、こういう行動を臆面なくとって、笑っている晃はいつもとても魅力的に見える。

無邪気さも強さの内なのかと、真理めいた思い付きがちらりと頭の端をよぎった。

「まあ、そうだな」

甲太郎は少しだけ口の端を吊り上げて。

「あのウェイトレスに言っとけよ、新メニューとしちゃ悪く無いってな」

そう、答えたのだった。

晃が笑顔で頷く。

甲太郎はタッパーの中の大根を指した。

「おい晃、次、これな」

「え?」

「え、じゃねえだろ、箸は一本しかないんだ、持ってるヤツが貢献しろ」

「食べさせろって事か?」

今度は珍しく察しがいいようだった。

甲太郎が頷くと、晃は仕方ないなといいながら、それでもちゃんと箸で食べやすい大きさに大根を割って口元まで運んでくれる。

「ほら」

端から見ればかなり恥ずかしい光景だけれど、どうせ当の本人は気付かないだろうし、今は二人きりだから気にしないことにして、甲太郎は箸に食いついた。

少しぬるめのおでんは、部屋と二人を十分に温めてくれた。