R-style 12

 

「ん?」

階段上の壁際に妙な一団を発見して、甲太郎は足を止めていた。

彼らは男女含めた三人組で、男二人、女一人。

どちらかといえば全員文系の、背の高い男が上段からカメラを構え、女は下からカメラを構えて、残りの一人が二人の背後から「今だ」だの「ちょっと待て」だの色々と注文をつけているようだった。

怪訝に思って様子を伺っていると、シャッターを切っては姿を隠す動作を繰り返している。

盗撮か。

すぐに感づいて、甲太郎は顔をしかめた。

確かにろくでもない学校だが、コレはさすがに犯罪だろう。

手際のよさから光画部の連中だろうとアタリをつけて、気配を悟られないようにこっそり階段を登っていった。

段上までたどり着くと、三人組の後ろに立つ。

彼らは大分白熱しているようで、それでもまだ甲太郎の存在に気付く様子は無い。

「おい」

おもむろに呼びかけると、三人は同時にビクリと肩をすくめた。

「ハッ」

指揮を執っていた男が一番先に振り返り、ぎょっと目を剥いて甲太郎を見上げる。

残りの二人もカメラを片手に、ひどく狼狽した表情をしていた。

「あ、や、やあ、君は皆守君だね?」

「そういうお前は光画部の部長じゃねえか、なにやってんだこんな所で」

アハハと白けた笑いが場に響く。

「ちょ、ちょっと、学園の風景をとろうと思って、ほら、僕らは今年で卒業じゃないか、だから記念に」

「物陰から隠れてコソコソとか?風景写真ならもっと堂々と撮れよ」

「あ、いや、ほら、みんな素人だからさ、カメラとかあると緊張しちゃうだろ?」

「私達は自然な姿の生徒を撮りたかったんです、ねえ?」

女子生徒に賛同を求められて、背の高い男はうんうんと慌てて頷いた。

甲太郎は深々と溜息を漏らす。

「なら疑いをもたれるような行動をとるな、こんな場所でそんなことやってりゃ、誰だって妖しいと思う」

「ぼ、僕達は、決してそんな事はっ」

言いかけた背の高い男の靴を部長が踏みつけた。

痛いと叫んで閉口する彼を一瞥して、とってつけたような愛想笑いと共に、忠告感謝するよと抑揚のない声で一気にまくし立てられた。

「じゃあ、僕らはコレで、サヨナラ!」

「オイ待て、お前ら撮影許可はちゃんと生徒会から―――

聞く耳持たずといった様子で、三人組は脱兎のごとく走り出していた。

途中で部長の抱えていたファイルのようなものが床に落下したが、誰一人気付かずあっという間に姿は廊下の向こう側に消えていく。

甲太郎はあっけにとられて見送って、おもむろにアロマをひと吹きしながら面倒くさそうに後頭部をボリボリと掻いた。

「ったく、とんでもねえな」

何気なく落ちているファイルに眼をやり、ぶらぶら近づいて難儀そうに手に取る。

最初の一ページを開いた途端、その瞳が大きく見開かれていた。

「な、なんだこりゃ」

唖然とした視線の先には、晃の笑顔。

学生服やジャージ姿、果ては着替え途中の生写真が、番号を振られて綴じられている。

写真は一ページに四枚、ファイルの項数は十、合計四十枚もの盗撮写真の見本帳のようだった。

甲太郎はそのまま硬直してしまったが、やがてはっと気付いて振り返ると、廊下の先にあるだろう姿を探していた。

―――案の定、いた。

教室の出入り口から廊下を挟んで真向かいの窓際で、クラスメイトと話し込んでいるのは間違いなく晃だ。

胸中に怒りとよく似た感情が沸々と湧き出してくる。

―――あいつらァ」

では、さっきは晃を盗撮していたのか。フィルムを強引にでも奪っておけばよかった。

こんなファイルなんか作りやがって、まさか売りさばいているんじゃないだろうな。

項の上段にふと目を止めると、写真番号の脇に数桁の数字が振ってあった。

下限は五百から、上限はどうやら五千のようだ。

甲太郎は確信を得ると同時に、感情に任せてファイルを引きちぎってやりたい衝動に駆られる。

こんな写真取りやがって、誰の許可があってのことだ、少なくとも俺は許可しちゃいない。

「クソ、ふざけやがって―――

イライラしながら睨みつけた写真は、高額商品の一つで上半身が露出していた。

なんというか、結構、いや、かなり―――腹立たしい。

辺りが煙るほどアロマパイプをせわしなく吹かしていた甲太郎に、背後から急に声がかけられた。

「甲太郎?」

「んあ?!」

叫んだせいでパイプが口から落ちて、慌てて拾いあげながら振り返る。

「あ、晃っ」

目の前にはきょとんとした晃が、不思議そうにこちらを眺めていた。

「なんだ、何慌ててんだ、大丈夫かお前」

「あ、ああ、まあ」

手にしたファイルに視線が止まる。

「なんだ、それ」

「えっ」

「お前の持ってるの、何のファイルだよ」

こ、これはと説明するより先に、はがれた一枚がペラリと隙間から抜け出してしまった。

足元に落ちた写真を拾い上げて、被写体の姿を確認した途端、晃は瞳を大きく見開いた。

「こ、これ―――俺?」

「ま、待て!それはな、違うんだ、晃、聞いてくれ、今―――

慌てる甲太郎を澄んだ双眸がじっと見詰めている。

その眼差しに弱くて、思わず言葉を詰まらせると、口元にフッと柔らかな笑みが浮かびあがった。

「甲太郎」

「な、なんだ」

「この写真、こっち見てないじゃないか、これじゃつまんないだろ?」

「は?」

「せっかく持っていてくれるんだったら、もっといい写真にしてくれよ、そのほうが俺も嬉しいし」

「な、何言ってんだお前、これはな」

必死の弁明を試みる甲太郎の手から、晃はひょいとファイルを取り上げた。

制止する間もなく項を開いて、めくりながら写真を値踏みしていく。

「なんだ、番号まで振ってある、上の数字は料金か?なかなかアコギだな、俺の写真にこんな値段つけるなんて」

「お、お前、それは」

「個人的にこういうのはちょっと困るんだけど、撮られちゃったもんは仕方ないしなあ」

顔を上げて、晃はニッコリ微笑んだ。

甲太郎は思わず赤面する。

なんなんだこれは、俺は何を混乱しているんだ。

―――あのな、お前、もしかして、勘違いしているかもしれないが」

ちゃんと事実を伝えておかないと、このまま冤罪を擦り付けられることになりかねない。

変態じゃないんだ、俺に野郎の写真を盗み撮りするような趣味は無い。

そもそも光画部のせいで余計な面倒ごとに巻き込まれたのだと、甲太郎は尚更イライラが止められなくなっていた。

畜生覚えてろよ、あいつら。

腹の中で絶対報復する事を決意する。

「このファイルは、俺のものじゃない、俺はただ」

「拾ったんだろ?」

「は?」

いきなりの的を突いた発言に思わず拍子抜けすると、晃は最初から疑っていないよと可笑しそうに付け足して言った。

「いつも一緒にいるのに、必要無いじゃないか、顔が見かったらいつでも呼びつけてくれたらいいんだし」

確かにそのとおりで、こんな記録媒体に頼らなくても傍にはいつだって本人がいる。

笑顔が見たければ、何か喜ぶような言葉を一つかけてやればいい。

それだけで晃はとても嬉しそうに笑うから。

泣き顔も、怒り顔も、真剣な表情も、見たいと思えばいつでも見られる。その特権が俺にはある。

―――親友だからな。

わずかな優越感に機嫌もいくらか直ってくるようだった。

「でも、誰だか知らないけれど、本人の許可も取らずに写真だなんて本当にいい趣味してるなあ」

晃はファイルを一通り見回して、憤慨したように顔をしかめた。

「しかも案外うまいし、視線は全部外れてるけど、狙いはちゃんと捕らえてる、結構なお手前だ」

「お前、褒めてんだか貶してんだか、よくわからねえよ」

「やってる事は卑劣で嫌いだ、けど、写真の腕はいいと思う、そういうことだよ」

ますますわかんねえと甲太郎はアロマをふかした。

「ともかく、これは校則違反だ、本人にもバレちまった事だし、生徒会もそのうち嗅ぎ付けて何らかの制裁を加えるだろうな」

「そうか」

まあ、仕方ないのかもなと、晃も呟く。

「生徒会直々の指導だなんてご愁傷様だ、流血沙汰にならなきゃいいが」

こんなことになってまで、まだ心配するような素振りをしている。

まったく呆れたお人よしだと、心中密かに嘆息していた。

―――まあ、お前がそういうんなら、それなりに気遣うだろうさ」

甲太郎はそっぽを向きながら天井に向かって紫煙を吐きだす。

晃は不思議そうな顔をしていた。

「なあ、甲太郎」

「ん?」

「このファイル、どうするんだ」

―――そうだな」

とりあえず焼却炉行きは決定だ。

「今から持っていって全部焼いちまうよ、まったく、胸くそ悪いにも程があるぜ」

「写真は?」

「ああ、写真も無論残さず焼くぜ、お前だっていやだろう?こんな盗撮―――

「そうじゃなくて」

手にした一枚をヒラヒラ振りながら、晃は甲太郎の目を覗き込んでくる。

「お前は要らないの?俺の写真」

「なっ」

い、いらねえよと怒鳴ると、なんだ、つまらないと口を尖らせた。

唐突な申し出に、なんだか心拍数が上がってしまっている。

「せっかくお前には特別に、好みのポーズで写真取らせてやろうと思ってたのに」

「いるかっ、そんなもん、大体毎日顔つきあわせてんのに、んなもん持ち歩かなくても俺には―――

いつでも傍にお前がいるじゃないか。

言いかけた言葉を思わず飲み込むと、察したらしい晃は嬉しそうにニコリと笑っていた。

こんな笑顔、ファイルのどこにも綴じられていない。

当たり前だ、これは、俺だけが見ることのできる特別な笑顔なのだから。

「まあ、そうだよな、所詮写真は写真か」

渡された一枚をファイルに戻して、甲太郎は焼却炉へと足先を向けた。

まだ今日の授業は残っているけれど、どうせついでだ、サボってしまえ。

「じゃあな」

わざと短い言葉を告げて、歩き出す後から晃がついてきた。

「なんだよ、何でついてくるんだ」

「写真、燃えるのをちゃんと確認するんだよ、俺も」

サボるつもりかと問いかけると、答えの代わりにばつの悪そうな笑顔が返される。

まったく、こいつも案外不良生徒だ。

もっとも彼の場合事情が事情なので、単純にサボりはいけないと指摘するのもどこか違うと思うのだけれど。

それに、そもそも甲太郎自身がそんなことを言えるような身分じゃない。

「まあ、当事者だからな、好きにすればいいさ」

一緒に行動する事自体は取り立てて不快でもないのだし。

隣に立った晃が悪戯な視線を寄こしてくる。

「それに、甲太郎が一枚くすねないか、ちゃんと見張っておかないと」

「オイ、あのな、何度も言わせるなよ、だから俺はこんな写真には」

「ハイハイ、持ってたって怒らないから、俺に秘密にするなよ?後で知ると余計に照れるから」

「するかっ」

楽しげな笑い声が響いた。

写真の晃では、こんなたわいもない会話すら望めない。

大枚払ってこんなくだらないものを購入した奴らには多少同情するけれど、それ以上に腹が立つからけじめはきちんとつけさせていただこう。

こういう事は、少し痛い目に遭わないと骨身に染みない。

フッと笑った甲太郎の横顔に気付いて、晃が肘で軽く脇腹をついてきた。

「何笑ってんだ、やっぱり写真が欲しいんじゃないのか?」

「だから、いらねえっていってるだろ、しつこいなお前も」

廊下にはすでに始業を告げる鐘の音が鳴り響いている。

並んで歩く、隣の晃はファイルの中よりずっと魅力的だ。

だから、こんなものは全部燃やしたって構わない。虚像は実像に到底及ばないのだから。

煙の白がよく映えそうな、青い空が窓の外に広がっていた。