R-style 14

 

 隣から聞こえてくる、通算十三回目の溜息にいい加減うんざりしながら甲太郎は振り返っていた。

「なあ、いい加減忘れろよ」

「外野はいいよな、気楽で」

「バカ、そういう意味じゃねえって、第一気にしたって仕方ないことだろうが」

起きてしまった事は取り消せないのだし。

そんな感じの事を言うと、晃はますます憂鬱な顔をして嘆息する。

「そうだよな、取り消せないんだもんなあ」

「だ、だから、な?」

フォローの仕方が悪かったと甲太郎は慌てた。

彼が何故こんなにも落ち込んでいるのか。

理由は数時間前に遡る。

 

「私の香りで、貴方達は何もかも忘れるのよ―――

双樹 咲重の能力で、記憶を操作されそうになったあの時。

「お待ちっ」

地面に突き刺さったのは薔薇の花。

それと同時に、強烈な臭いを振りまきながら朱堂 茂美が現れたのだった。

「晃ちゃんのピンチを助けに来たわッ」

誰も頼んでいないと、その時その場に居合わせた甲太郎と殆ど同時に突っ込みそうになったが、実際危機一髪だったので二人はぐっと言葉を飲み込んでいた。

まるでにぎやかしのように大騒ぎをされて、咲重は場をひき、結果的には茂美自身の言ったとおり晃は危地から救われた。だが。

「浮気しちゃ嫌よ、晃ちゃんっ」

俊敏の異様に高い彼に、不意を付かれて。

「んー」

チュッと。

頬に。

―――それ以上は思い出したくもない。

 

表情を曇らせて俯く晃を眺めながら、また思い出したのかと甲太郎は溜息を漏らしていた。

「なあ、あれは事故だったんだよ、だからもう忘れろ、な?」

「そんな簡単に忘れられたら、こんなに落ち込んでない」

「そりゃ、そうだが」

「俺はこの歳ですでにトラウマ持ちになったんだ、放っておいてくれよ」

ううっ、と呟いて顔を背ける仕草に、いい加減面倒になって後頭部をボリボリと掻く。

「俺だって放っておきたいさ、けど、今から墓地に行くんだろうが」

そうなのだった。

そのために、二人は連れ立って歩いている。

晃は件の事件が相当ショックだったようで、支度を終えてそのまま一人で潜りに行こうとしていたので、様子を察した甲太郎が慌てて後を追いかけてきたのだった。

だから、今日のバディは甲太郎一人きりだけ。

無用心にも程があると思うが、彼一人でも仕事に差し支えは無いので、実際ついていくのはただの老婆心と言えないこともない。

けれど、事実を認めるのは何となくしゃくで、だから甲太郎は仕方ないような顔をして晃の隣を歩いていた。

「あそこに行って、そんな調子じゃ、あの化け物共とまともにやりあえねえぞ」

「それは大丈夫、俺だってプロの端くれだ」

それもやはり事実で、だからやっぱり面白くない。

凄い奴だと尊敬する気持ちの一方で、守ってやりたいと強く願ってしまう。

俺は、多分身勝手で一方的だ。

でも、放っておくと無茶ばかりする晃の背中を見ていられるのは自分だけだと思うから、甲太郎はやれやれとアロマパイプを吹かす。

「ったく、仕方ない奴だな」

オイ晃と呼びかけながら、肩を掴んで引き寄せた。

晃が振り向きかける、その隙をついて、茂美がキスしたほうと反対側の頬に口づける。

「こ、甲太郎?」

ビクリと震えて晃は飛びのいていた。

顔が赤い。

甲太郎はフッと笑う。

「これで、忘れられただろう?」

「ば、バカッ」

あたふたする様子が面白くて、眺めながら紫煙をゆるゆると立ち上らせた。

晃は頬を押さえたまま、しばらく硬直して甲太郎を凝視していたが、不意に表情を困らせると小さく溜息を吐き出した。

「荒療治過ぎる、お前のは」

「ショック療法だ、効いたろ?」

「効いた、けど、納得いかない」

むくれた彼のすぐ傍まで行って、ポンポンと頭を叩いてから甲太郎は笑う。

「納得しろ、ほら、行くぞ」

晃は少し不満げに甲太郎を睨んで、それからわずかに微笑んでいた。

―――俺も安いな」

ぼやいて歩き出す。

「今更だろ、みんな知ってるぞ」

「みんなって誰だ、お前だけだろうが」

「まあ、そうとも言うな」

ふざけろと足を蹴られる。

お返しに軽く後頭部を小突いて、二人は笑った。

向かう先に、陰鬱な墓場の森が待ち構えていた。