「R-style 15」
「お、いたいた」
微かな金属音と共に、扉の影からひょっこり晃が顔を覗かせる。
貯水槽にもたれて寝転がっていた甲太郎はむっくりと半身だけ起こした。
「よお、お前か」
よ、と片手を上げて簡単に挨拶しながら、晃は傍まで来て隣に腰を下ろした。
学園は冬期休暇中で、一般生徒の殆どが実家に戻ってしまっている。
敷地内には今、生徒会役員と、戻る予定のない生徒がごくわずか残っているだけだった。
その役員ですら、数年ぶりの里帰りを果たしたものが数名ほどいる。
ここで、心に枷をはめられてから一歩たりとも外へ出ることの叶わなかった学園の守人達。
彼らの、家へ戻ると告げた、照れたような笑顔が今でも印象的に記憶に残っている。
甲太郎といえば、そんな感傷とは縁遠いだらけた日々をいつもと同じように過ごしていた所だった。
この身を縛る鎖はもうどこにもない。
全て晃が破壊してしまった。あの、生徒会長の鎖すら打ち砕かれてしまった。
この地に眠っていた悲しい魂は解き放たれて、今は愛しい者達と共に永久の眠りについている。
こんなのほほんとしている奴の、どこにそんな実力が眠っていたのやら。
つくづくそう思う。
晃は、こうしてぼんやりしている分には取り立てて目立ったところのない普通の男子高校生だ。
(いや、違うか)
甲太郎は空を見上げる。
晃は普通にしていても十分目を引く。
それは容姿がいいとか、体格がいいとか、そういった外的要因だけでなく、彼の纏う雰囲気が人の心を惹きつけてやまないのだろう。
綺麗に澄んだ瞳も、理由の一つのような気がしていた。
「甲太郎」
呼ばれて振り返った。
「お前、もういらなくなったんだな、アレ」
「何が」
「アロマだよ、アロマ」
いつぞやの口真似をされて、甲太郎はフンと鼻を鳴らす。
「まあな」
フフッと笑い声が聞こえて、何笑ってんだと軽く睨みつけてやった。
晃は、なんだか嬉しそうにしている。
自分のことでもないくせにと思うけれど、こういう所がこいつを好きな理由の一つだ。
いつだって心を、瞳を奪われてやまない。
「おかげで口寂しくて仕方ねえよ、飴でも持ってないか、晃」
「残念ながら、今のポッケの中身は部屋の鍵だけだ」
「使えねえなあ」
なんだよと憤慨されて、甲太郎は笑う。
大あくびをして再びごろりと横になった。
「いい天気だなあ」
「でもちょっと寒いだろ、さすがに」
「そうだな、もう年の瀬だからな」
「来年か、早かったなァ」
学園全体を揺るがした大事件からまだ数日しか経っていない。
直後は周囲一帯を巻き込んでの大騒動に発展しかけたけれど、どこでどういう圧力が働いたものか、二、三日経つ頃にはすっかり事態は収拾していた。
結局遺跡は崩壊せずに残っていて、今も学園の地下には広大な古代の遺産が広がっている。
ただ、閉じ込めておくものの無くなった檻は徐々に崩壊を始めているらしい。このまま放置しておけば、何十年か後にはもしかしたら地盤沈下を起こすかもしれない。
その辺りも含めて、阿門は忙しそうにしていた。
墓を守る者は大変だ。
墓を暴くことが生業の自分には、あまり関係のない話ではあるが。
甲太郎と一緒になって仰向けに寝転がると、冬の空が広がっていた。
晃はああ、と手を伸ばす。
「オイ、副会長」
「―――何だよ」
「会長がひどく多忙のご様子ですが、副会長はお仕事なさらないんですか?」
「うるせえ、そもそも俺をそう呼ぶな」
「書記も会計も働いてるぞ」
「フン」
「どうして補佐が必要なのかよくわかった気がするなあ」
「黙れ」
「副会長」
首を曲げる。
晃がこちらを見ている。
「―――お前が、そうだったなんてな」
甲太郎の表情にフッと影が差す。
「晃、あの時は」
「いいよ、別に責めてるわけじゃないんだから」
晃は笑う。
「色々と事情があったんだから、いいんだその事は、俺は、気にしてない」
視線を落とすと伸びてきた掌が甲太郎の髪を優しく撫でた。
晃の手は温かい。そこから、彼の心が伝わってくるように思う。
「酷な事を言うけどな、罪は、永遠に消えることなんてない」
「わかって、いる」
「でも、償いは出来る、生きていれば、その意思があれば、それは絶対に出来る」
不意にバチンと叩かれて、甲太郎はイテッと呻き声を洩らしていた。
顔を上げると真摯な眼差しとぶつかる。
「もう、二度と、絶対に、死ぬなんて言うな」
「晃」
「俺があの時どれだけ怖かったか分かるか?バカなお前に振り回されて、戦いたくない相手と戦って、おまけに死ぬだ?ふざけるんじゃねえよ」
目の前の晃が何だか泣き出しそうに見えて、甲太郎は思わず起き上がっていた。
「落ち着いたら絶対一発殴ってやるつもりだったんだ」
宙に両手を伸ばして、おもむろに握って見せる。
「死ぬ度胸があるなら、生きぬいてみせろ」
晃は独り言のように呟いた。
切ない横顔を、じっと見詰めている。
「俺は本気で怒ってるんだぞ」
「晃」
「バカ野郎、お前ってバカでいい加減でどうしようもなく半端なダメ人間だ」
「―――お前、そりゃ言いすぎじゃ」
「バカにバカって言って何が悪い、何度でも言ってやるよ、バカ」
バカ、ともう一度呟いて、不意に片手の甲で覆った顔の端から雫が一筋、頬を伝った。
甲太郎は瞳を細くする。胸の奥が、キリリと痛む。
「二度と、簡単に逃げ出そうとするな、そんなの俺が許さないんだからな」
「―――わかってるよ」
「今度は助けてやらないぞ」
「ああ」
「甲太郎」
「何だ」
好きだよと、囁く声を飲み込むようにキスをする。
手をどかして目元をぬぐうと、至近距離で見詰め返しながらありったけの思いを言葉に込める。
「生きるさ、今日も、明日も、ずっと」
伸びてきた両腕に抱きしめられて、背中を支えながら上半身だけ晃を抱き起こした。
給水等の下、温もりに胸を満たし、顔が見える程度に離れるとお互い思わず笑い声がこぼれる。
「この不良役員、お前もたまには働け、阿門が愚痴ってたぞ」
「お前にか?っていうか、あいつはそんな事を言ってたのか」
「俺には人の心の声が聞こえるんだ」
「ウソつけ」
「ウソじゃない、お前の声だってバレてるぞ」
甲太郎はニヤリと笑う。
「―――なんて言ってんだよ」
晃も微笑んでいた。
「俺のことが好きでたまらないって」
額を指先ではじいて、緩んだ視線が囁き返した。
「言ってろこのヘボハンター、それはお前の声だろうが」
キスをするたび新しく生まれ変わっていくような気がする。
俺も、お前も、この青い空の下、どこへだって行ける。何にだってなれる。
背負ったままの罪は消えないけれど、それでも生きていくことだけが償いになるのだとしたら。
「隣にいても、構わないよな」
何も伝えていなかったのに、晃は小さく頷き返してくれた。
抱きしめる温もりはこの身の半身。
北風に乗って、年の瀬の、新しい予感がそっと近づいてくるようだった。
(了)