R-style 18

 

 リスト片手に晃はダンボールの中身を漁っている。

「ええと、ガスHGは足りてるから、弾薬ぅーは、後二箱か、そろそろヤバイかな?それと」

その様子を眺めながら、ベッドサイドに腰掛けて甲太郎はアロマをふかしていた。

部屋中にふんわり漂うラベンダーの香り。

それはもうすっかりクロゼットの中身やシーツに染み込んでしまっていて、主は気に留める様子も無い。

夢中になって在庫の整理と注文表の作成をする後姿を、何をするでもなくただ見ていた。

「うーと、塩、塩、塩酸、硝酸、ミネラル水〜混ぜてマグネシウムでドーン」

メモ用紙に書きなぐっている。

「ミネラル水がそろそろ足りないな、九龍行くか」

オイオイ。

甲太郎は心の中で突っ込みを入れる。

この場合の「行く」と「盗る」は同義語だ。

晃は呆れるほど手際良く、誰にも気付かれず物を失敬する能力に長けている。

一体どこで仕入れた技能なのだろう。

トレジャーハンターとしての必須能力の一つだとしたら、それを統括するなんたら協会とかいう団体はいよいよもって怪しい奴らに違いない。

こいつ、窃盗でも食っていけるんじゃないのか?

そんな事を考えて、ふと笑みが浮かぶ。

どちらにしたって表街道を生きられないタイプの人間なんだろう、玖隆 晃という男は。

退屈とか平穏とか、そんなものは語ってやるだけ無駄だ。

いつだって自分から望んで危地に飛び込んでいく大バカ野郎なのだから。

そして―――多分、そんな奴だからこそ、俺はこんなに入れ込んでいるに違いない。

「しょーうさん、ミネラルミネラル硝酸塩、和紙と合体ニトロ剤、お酢と合わせてにっとろまいと〜」

「オイ晃、その妙な歌何とかしやがれ」

「うるっさいなあ、甲太郎こそアロマふかしてないで、俺の仕事手伝え、バディだろうが」

「善意の協力に胡坐をかくな、俺は賃金だって貰ってないんだぞ」

「何言ってんだ、その分俺を貪ってるじゃないか」

思い切り盛大にむせこんで、甲太郎はあのなあと身を乗り出した。

振り返った晃がクスリと笑う。

「本当のことだろうが、ぐうの音もでまい」

クソッと呻いてそっぽを向いて、再び漂うアロマの香りに、ハンターは鼻歌交じりに仕事に戻る。

「やっぱもうちょっとクエストこなしとくかな、金だけはありすぎて困るってもんでもないし」

「守銭奴め」

「バカ言うな、無償奉仕なんて俺の柄じゃないぜ」

そういう割には人の事ばかり気にかけて、筋金入りのお人よしのくせに。

手元のHANTに何か入力して、よし、これでいいやと呟いている。

どうやら作業は終わったようだ。

胡坐をかいてううんと伸びをする背後で甲太郎は立ち上がっていた。

そのままぶらりと隣へやってきて、近くにあるものを適当に足でどけてからごろりと横になる。

膝に頭を乗せられて、ようやく気付いた晃が覗き込んできた。

「オイこら、何やってんだ!」

「うるせえ、減るもんじゃ無し、膝くらい貸せ」

「なんだよそれ、減らなきゃ貸せって訳わからんぞっ」

「ウルセエウルセエ、あー眠い」

「せめてタバコくらい消しとけ」

「タバコじゃなくってアロマだ」

この部屋じゃ、まともな枕はお前の膝くらいだからな。

そう言った途端、平手がペンと額を叩く。

「悪かったですねえ、皆守クン」

ったくもうとか何とかぼやきながら、伸びてきた指先にパイプを取り上げられた。

「何するんだ」

睨むと、上から晃がニッコリ笑う。

「我が家は寝タバコ厳禁です」

「アロマだって言ってんだろ、精神安定剤、つまり俺の薬みたいなもんだ、返せ」

「そんなもんいらないだろ、今は」

不意に優しく髪を撫でられて、甲太郎は閉口した。

柔らかな感触。

確かに今なら―――今、だけなら、アロマは必要ないかもしれない。

軽く舌打ちを洩らして、それでも悔しいから憎まれ口だけは忘れなかった。

「まあ、灰が落ちても困るからな、俺が起きるまでそれ、持ってろ」

「何だよ偉そうに」

目を閉じるとまた髪を撫でてくる。

優しく、慈しむように、ゆっくりと。

ケホケホとむせる声がしたので、多分それは晃がアロマパイプをくわえてみたのだろう。

甲太郎はニヤリと口の端で笑った。

「オイ、お前にゃ百年早いぞ」

「う、うるさいなあ、寝てるんだったら静かにしてろよ」

憤慨するようなその声すら耳障りのいいものだ。

トロトロと落ちていく中で、伝わってくる温もりだけがただ愛しい。

「しょうがないなあ」

化け物をなぎ倒し、弾薬を詰め込み、埃臭い宝箱を開くその手が、静かに髪を撫でていた。

それは心地よくて、何故だか泣きたくなるほど幸福な瞬間だと思う。

逃げ場所でない、眠りの翼にくるまれて、満足げに微笑む口元に気づかないフリをしながら、晃はただ黙って目元を緩ませていた。

 

ラベンダーが、ほんのり香る―――