「R-style 21」
AM8:20
下駄箱を開いた晃の目の前に、数枚の紙の束がこぼれ落ちる。
「うわ」
驚いて仰け反った彼にかわって、隣にいた甲太郎がそれを拾い上げた。
「ほう、ラブレターだな、それと、こっちは果たし状か、なかなか有意義な青春を送ってるじゃないか、晃」
「まいるなあ、モテる分にはかまわないんだけど」
「おっはよ二人とも、あれ、それなーに?」
晃の背中をポンと叩いて現れた明日香が、どれどれと二人の間から首を突っ込んできた。
手紙の束を見て、甲太郎とあまり変わらない反応をしている。
「さすがだねあーちゃん、モテモテだ、目立つもんね」
それでも外見的には人より少し造詣がいい程度の彼の、一番の理由はその存在感と行動諸々だろう。
普段、意識しているのか、全力を出し切っていない様子の晃の、それでも垂直飛びで驚くほどのジャンプをかましたり、授業中にチラッと知識の深い様子を覗かせたりなどしているから、知らないうちにあちこちから注目を集めているらしい。
まあ、一番の理由はこの学園の最有力派閥―――生徒会の人間と深いかかわりを持っているせいだと思うのだけれど。
手紙を一瞥した甲太郎が、それらを問答無用で隅に備え付けられてあるゴミ箱に突っ込んだ。
「あっ」
晃と明日香と同時に声を上げて、振り返った彼をまじまじと見詰める。
「俺、まだ中見てないのに」
「っていうかそれってあーちゃん宛じゃない、なんで皆守クンが捨てちゃうのよ」
「そんなもん見なくったって分かるだろ、宛名どおりの内容半分、残りは部活の勧誘だ」
晃は一応水泳部所属だけれど、幽霊部員で殆ど顔を出していない。
それを知ってなのか、秘めたる能力を過剰に買った他部活動の役員クラスから時折勧誘の話が来ているらしい。
もちろん所属部にすら通えないほど多忙を極める彼がそんな話に乗るわけも無いのだけれど、ちょっと面倒に思っている話は明日香も聞いた事があった。
「でもでも、じゃあ半分の宛名どおりの内容は?そっちは捨てたらダメでしょ?」
甲太郎はいつものようにアロマをふかして、横顔で笑う。
「どっちも興味も無いのに、それこそいらないだろう、なあ、晃?」
振り返ると少し困惑気味な顔をしていた晃は、それでもうんと頷き返していた。
「何かちょっと引っかかるけど、まあ、本当のことだな」
悪いんだけどさ、と付け足して、苦笑する様子に明日香も溜息を漏らす。
「あーあ、あーちゃん好きになったり、喧嘩売ったりって、何か不毛だよね、かわいそ」
「そういう事を言うなよやっち、色々事情があるんだから」
「まあ、そういうこったな」
晃、行くぞと声をかけて歩き出す甲太郎を目で追って、振り返った晃がやっちも一緒に行こうと微笑んだ。
この笑顔がいけないんだ。
しょうがないなと溜息をついて、明日香は二人と一緒に教室へ向かった。
PM00:40
「あれ、あーちゃん」
友達と一緒に、マミーズで昼食を取ろうとしていた明日香は、むこうの席に向かい合って座る二人組に気が付いた。
もう一人は後姿しか見えないけれど、間違いない、あれは甲太郎だろう。
楽しげに話し込んでいる様子がちょっとだけ伝わってくる。
今日の話題はアロマのようで、随分白熱した議論を繰り広げているようだった。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
トレイに水二つとメニューを一つだけ持ってきた奈々子が卓の傍で訪ねている。
片方はもう何を注文するのか分かりきっているようで、晃にだけメニューを差し出そうとする様子に明日香は思わず噴出しそうになってしまった。
と、そのメニューを片手で制して、甲太郎がパイプを煙らせる。
「カレーライス二つ」
驚いたのは明日香だけでなかったようだ。
奈々子の確認するような視線に気付いて、晃がよろしくと笑顔を浮かべる。
ほだされたウェイトレスはすぐに気を取り直して、かしこまりましたとお辞儀を返して歩いていってしまった。
唖然としていると、不意に肩を叩かれた。
「えっ」
「明日香、何してんの?あと明日香だけだよ、早く頼むもの決めなよ」
「あ、ご、ゴメン、えっとカ―――じゃなくて、ハンバーガーと飲み物」
「飲み物は?」
「ええとねえ」
答えながら、あちらの二人がどうしているのか、ずっと気になっていた。
PM01:50
五時間目の授業は二年との合同体育で、男子は野球、女子はバレーボール、それぞれチームを組んで勝ち残り戦をおこなっている。
自分達のグループの順番が回ってくる前、明日香はベンチの傍で同じように順番待ちをしている晃と甲太郎に気が付いた。
「やっほぉ」
駆け寄っていくと、もうすぐ晃の打順が回ってくる様子だった。
メットをかぶって嬉しそうに笑いかけてくる。
「やっち、応援に来てくれたんだ?」
「うん、まあね」
「おい、女子はバレーだろ、こんなところに来ていていいのか」
怪訝な様子の甲太郎に、自分のチームはあと二試合後だと言い返してやった。
彼こそ、こんな授業中だというのにアロマパイプなんてふかして相変わらず不謹慎極まりない。
その辺りに突っ込みを入れてやるべきかどうか迷っていると、クラスメートの一人が晃にネクストバッターズサークルに入るように呼びかけてきた。
「あ、俺行かなきゃ」
「頑張れあーちゃん!かっ飛ばしてきてよねッ」
「まかせとけ」
グルグルと腕を振り回す姿は非常に頼もしい。
傍によってきた甲太郎がバットを手渡しながら笑いかける。
「サッカーん時みたいに明後日の方向に打つなよ?」
「あれはお前を試したんだよ」
「何をどう試したってんだ、つまらない言い訳は止せ」
「はいはい、じゃ、いっちょホームラン飛ばしてきますか」
歩き去っていく後姿を見送る甲太郎を、明日香は見ていた。
PM03:50
ガヤガヤと急に辺りが騒がしくなって、全ての日程が終了した教室から生徒達が吐き出されていく。
帰りの支度を終えて、ラケットを抱えて振り返ると、晃の机に片手をついて甲太郎が話しかけていた。
「素早いなあ」
明日香は呟きながら自分も傍へ駆けていく。
「あーちゃん!」
「やっち、これから部活か?」
「うん、そう」
「頑張れよ」
エヘヘ、アリガトと、はにかみながら答える明日香を見て、晃も嬉しそうな笑みを浮かべる。
傍で甲太郎がアロマの煙を吐き出していた。
「俺達はもう帰るんだ、なあ、甲太郎?」
「そうそう、こいつは幽霊部員だからな、帰宅部の俺に付き合ってくれるそうだぜ」
「何だよ、そのとげのある言い方は」
「別に?他意はねえよ」
そんなことより、と立ち上がりかけた晃の肩をぽんと叩く。
「帰りにマミーズ寄って、夕飯食って帰ろうぜ」
「ああ、いいよ」
「お前、どうせ今夜も潜るんだろうから、腹ごしらえしとかねえと身が持たねえしな」
「うん、いつも悪い」
「ま、気にすんな」
明日香は言いたい事があるのだけれど、タイミングを見極められずにいた。
くるりと振り返った晃がニッコリ微笑みかけてくる。
「じゃあやっち、また明日な」
「あ、私も、よかったら呼んでね?」
「了解」
すぐ頷き返してくれるので、なんだかちょっとだけ嬉しい。
じゃあと歩き出す二人の、甲太郎の肩だけ捕まえて、明日香はぐいと引き倒した。
「皆守クンッ」
バランスを崩しそうになってよろけた耳元に顔を近づける。
「おわ!な、なんだよ八千穂、何か―――」
「皆守クンって、なんだか千貫さんみたいだねっ」
「はア?」
扉の辺りまで歩いていた晃が、振り返って不思議そうにこちらを見ていた。
腕を振り解いて起き上がった甲太郎は、怪訝な目で明日香を見下ろした。
「何言ってんだお前、そりゃ一体どういう」
「あ、千貫さんって言うより、どっちかっていうとお母さんかな?」
「誰のだよ」
晃を指差す。
途端、硬直する甲太郎を見て、明日香は軽やかに笑う。
「やっぱり面倒見がいいよね、皆守クンって」
「だ、誰がだッ」
思い切り動揺する様子に、晃が何事だと傍まで戻ってきた。
「何の話?」
「ううん、あーちゃんって愛されてるって話」
「え?」
「や、八千穂ッ、お前、妙なこと言ってんじゃねえぞ!」
「だって本当の事だもーん」
今日一日リサーチした結果なのだから。
甲太郎が何か言い返すより先に、じゃあねと手をふって駆けていく姿を、晃だけ全然事情が飲み込めないまま困惑した表情で見送っていた。
ハアと嘆息してガックリ落ちた肩に手をかける。
「甲太郎?」
一瞬ぎくりとしてから、自称親友は疲れた顔で振り返ったのだった。
「―――何でもねえよ、それより今日のマミーズ、お前のおごりな」
「は?何でだよ」
「うるせえ、日頃無償で奉仕してやってんだ、それくらいの見返り当然だろう」
「甲太郎はマミーズのカレーなんかでいいのか、安上がりだな」
フンと鼻を鳴らして、先に歩き出す後から晃がついてくる。
「じゃあさ、飲み物もつけるよ、何がいい?コーヒー?」
「おう」
「分かった」
「ああ、晃」
「ん?」
「今日だけどな、ちょっと冷えるから、ちゃんと暖かくして―――」
こういう所がからかわれる所以だのだと、当の本人は気付いていない。
だからこその「お母さん」なのだけれど。
すっかり保護者が板についた級友と肩を並べる、ハンターはとても楽しげだった。
柔らかな冬の日差しが足元にオレンジの光を投げかけていた。
(了)