「R-style 22」
屋上から寮へ戻る途中、階段の踊り場から踏み出そうとして、甲太郎は足を止めていた。
見下ろす先を真っ直ぐ行けば昇降口に繋がっている。
その、保健室脇辺りで、大和と話し込んでいる晃を見つけたからだ。
なにやらひどく楽しげにしているので、気になってしばらく様子を伺ってみた。
「ああ、じゃあ大和もホラーよりミステリーの方が好きな口だ」
「まあな、超常現象や霊だの、くだらないことこの上ない、それより人が自らの頭脳で組み上げた迷宮を同じく人が謎解く方がよっぽど痛快で興味深いな」
「分かる分かる、海外ドラマもいいけど、俺は日本のおどろおどろしい雰囲気もなかなか味わい深いと思うよ」
「趣味が合うな、俺もそうだ」
「やっぱり?大和って話が分かるなあ!」
嬉しそうに笑っている。
あんなふうに興奮しながら話す様子なんてあまり見ないので、甲太郎はなんだか少し面白くない。
手すりに隠れるようにして眺めていると、晃は身振り手振りで感情を伝えながら、時折大和の腕や肩をバンバン叩いてスキンシップも交えつつ会話に興じている。
大和はといえば、そんな晃を瞳を細くして見つめながら、やはり大げさな動作を交えつつアメリカナイズな反応を返していた。
急に外国語で話し出すので、甲太郎には会話の内容すらわからなくなってしまう。
時折聞き覚えのある単語が飛び出してくるので、多分英語だろうということくらいしか理解できない。
それで、また何か話して、晃が笑った。
大和に言われて、目を丸くしてから何か答える。
大和が耳打ちをして、クスリと笑って、人差し指を立てて返事をした。
―――気付けば辺りが煙るほど、アロマの煙を吐き出していた。
(俺は何コソコソしてるんだ、バカらしいッ)
後頭部をガリガリとかきむしり、何気ない素振りで、それでも、本人は気づいていないけれど、大分ぶっきらぼうな歩き方で階段を下りていく。
直後に晃の肩がピクリと揺れて、次の瞬間にはこちらをパッと振り返っていた。
つられたように大和も振り返る。
「甲太郎」
なんだか―――さっきより嬉しそうに見えたのは、俺の欲目か?
それでちょっとだけ機嫌が直りそうになるけれど、胸のむかつきはまだ消えていない。
「よお」
大和の視線が気になって、ちらりとそちらを窺ってから甲太郎は晃を見た。
「屋上からの戻りか?」
「ああ、まあな」
「寝床変えに来たんだろ、お前、今度は保健室で寝るつもりだな」
「うるせえ、お前には関係ねえ」
アハハと楽しげな声が笑う。
「しょうがないなあ、お前って、寝てるかカレー食ってるかだよな、ホント」
「確かに、それに関しては俺も同意見だ」
隣で、なにやら含みのある表情の大和を見て、甲太郎は舌打ちする。
随分近くに寄りやがって、やけに親しげじゃねえか。
階段を降りきって傍まで近づくと、そんなつもりなかったのにうっかり口が滑ってしまった。
「お前ら、やけに盛り上がっていたみたいだが、一体何の話をしていたんだ」
言ってから、しまったと思う。
晃はビックリしたような顔で甲太郎をまじまじと見詰めている。
大和は―――ニヤニヤしている―――ように見える。
「まいったな、そんなに大声で喋ってたか、俺」
どうやら、嫌味とは受け取られなかったらしい。
内心密かに胸を撫で下ろす目の前で、少しはしゃぎすぎたかななどと大和を気にするものだから、甲太郎は再び面白くない。
「大した話をしていたわけじゃない、ただの世間話だ」
大和が代わりに答えたりするので、これまた面白くない。
「そうそう、俺と大和って妙に趣味が合うんだ、ものの考え方とかも似てるし」
「そうだな、俺も時折そう思う」
「やっぱり誕生日が近いからかなあ、あ、そういえば大和も乙女座だっけ」
「―――まあ、な」
こんな大男が乙女座だなんて少し気恥ずかしいと、顔に書いてあるようだ。
晃にはそれほど違和感なく馴染むのだけれど。やはり、少し女顔のせいなのか。
「血液型はABだっけ?そうだ、BとABって合うらしいぞ?」
「なるほど」
(オイオイ)
甲太郎は突っ込みを入れたい。
大和は、心霊関係だけでなく、占いや迷信めいたもの―――根拠のあやふやなもの全般に嫌悪感を抱いていたハズなのに、なんでそこで素直に納得してんだ。
「乙女座でABだから、乙女座でBの俺と合うのかもな、なんて」
「君は占いで相性を見極めているのか?」
アハハ。晃が笑う。
―――また少しイラッと来た。
「まさか、そんなこと思ってないよ、大和と俺の気が合うのは、単純に」
直後、甲太郎は盛大に紫煙を吐き出していた。
直撃を受けた晃がケホケホとむせる。涙目の彼に鼻先を近づけて、真正面から目の奥を覗き込んでやる。
「ンな事より晃、お前暇なら、ちょっと付き合え」
「こ、こうたろ、お前ーッ、絶対わざとだろ、今の!」
さてなとそっけなく言い捨てた。
「こんなところで大和とダベってるくらいだ、どうせ暇なんだろ?」
「おい甲太郎、俺の事は無視か」
ちらりと横目で窺って、甲太郎は完全無視を決め込んだ。
今、お前はお呼びじゃない。
無言の重圧に、大和はやれやれと肩をすくめて見せる。
「どうなんだよ晃、それとも何か、まだコイツと話し足りねえか」
「は?何だよその言い方、大体お前の用件って」
「そんなもんはついてくりゃわかる、早く決めろ、どうするんだ」
晃は困り顔で目の前の不機嫌そうな男をしばらく見詰めて、それから振り返って大和に「ゴメン」と小さく頭を下げたのだった。
彼が悪いわけでもないのに、心底申し訳なさそうな顔をするので大和はつい苦笑してしまう。
「何かよくわかんないけど、俺行くよ、大和、またな」
「ああ、構わないさ、また話をしよう」
「ああ、ゴメンな」
「気にするな」
二人の脇をすり抜けて、すでに昇降口に向かいつつある甲太郎が首だけこちらを振り返って眉間を寄せる。
「オイ、早くしろ!」
「悪い、あのバカなんか怒ってるみたいだから、じゃあ」
「しっかりな」
晃は困ったような微笑を一瞬だけ浮かべて駆けていってしまった。
隣まで追いつくと、待っていた甲太郎が軽く晃を睨みつけて、並んで一緒に歩き出す。
少し足早な背中を追いかけながら、晃はしきりに機嫌の悪い理由を尋ねているようだった。
―――けれど、多分、甲太郎にはそんなこと、口が裂けてもいえないだろう。
大和はニヤリと笑う。
すっかり不貞腐れてしまった相方をなだめ透かしつつ、必死になっている晃がなんだか可愛らしくて、ついいつまでも目で追ってしまった。
甲太郎は、結局拗ねているだけなのだろうけれど。
「やれやれ、苦労するな」
少なくとも友達は選ぶべきだと、今度あったら忠告してやろうか。
でも、たぶん晃は気付かない。
ましてや甲太郎を「友達」とは認識していないようだし、言葉の意図なんて汲み取ることも出来ないだろう。
不憫なのは晃か、それとも甲太郎なのか。
どちらにしても面白そうだと、悪戯の虫が腹の底で疼いていた。
「やっぱり興味深いな、君等は」
一瞬刺すような視線を感じて、二人の姿は昇降口の向こうに見えなくなる。
アレは、間違いなく嫉妬の主の眼差しだ。
反対の方向へ歩き出しながら、大和はつい声に出して笑っていた。
(了)