「R-style 23」
「皆守クン最近ちょっと変わったかなーって、あーちゃんもそう思わない?」
八千穂に振られて、晃は甲太郎をちらりと窺ってから嬉しそうに頷いている。
まったく、お気楽な奴だ。
「俺の愛情の賜物だよな、やっぱり」
―――くだらない事を言っているので、甲太郎は舌打ちを洩らしていた。
「勝手な事ばかり言いやがって」
そのまま立ち去ろうとする背中に、八千穂が慌てて行き先を尋ねてくる。
どこだっていいだろと、つれない声の主はぶらりと教室を後にした。
まったく、何を言っているんだ。
俺が変わっただと?
(バカらしい)
心底そう思う。
昨日も、今日も、胸の内は鈍色の雲に覆われたままだし、空の青すら虚無感を誘う。
風の音、人の声、日々の暮らしや、降り注ぐ日の光。夜の月。
何もかもそのままだ。
暗闇すら安らぎなど与えてはくれない。
ここにあるのは果てしない混沌だけで、逃れることのできない鉄格子の隙間から、騙し絵のような日常を眺めるだけ。
ただ、ラベンダーの香りにうずもれながら―――
「甲太郎!」
名前を呼ばれて、甲太郎の思考は途切れた。
振り返ると追いかけてきたらしい姿が近づいてくる。
「晃?」
正面に立って、晃は嬉しそうに笑った。
何よりも眩しいその表情に思わず瞳を細くする。
「なんだ、お前も抜けてきたのか?まあ、授業もないのにあんな所にいても仕方ないしな」
「お前は授業があってもなくても関係ないだろうが」
「フン」
そっぽを向くと、まだ楽しげに笑っている。
晃は本当に良く笑う男だ。
誰に対しても友好的で、そもそも怒る姿をまず見かけない。
殺伐とした職業についているくせに、平素のんびりとした彼からはそんな様子微塵も感じ取ることもない。
未だにどちらが本当の彼なのか、判断に迷う事がある。
けれど―――こいつは、それだけなわけじゃない。
一緒に過ごした時間はまだ短いけれど、それでも俺は知っている。
これほどまで、心を、強く惹きつけられる最大の原因。
傍にいると暖かくて、少しずつ癒されていくような妙な感覚。
錯覚なんかじゃない。
それは、多分―――
「お、あんな所に黒塚がいるぞ」
背後を指すので、甲太郎はわからない程度に溜息を漏らしていた。
俺らしくもない。
所詮、どれだけ焦がれようと、こいつと俺は他人同士だ。
どれほどまばゆく輝いていても、それは晃の世界であって俺のものじゃない。
俺は、変わらない。
変わる事ができない。
どこまで行っても暗闇の中、さまよい続けることだけが、この身に許された最後の生なのだから。
お前という光の傍で、泡沫の夢にまどろむだけ。
―――崩壊の時は、近い。
「甲太郎?」
不意に振り返った晃が不思議そうにしているので、甲太郎は何でもないとアロマをふかした。
紫煙の向こう、ちょっとだけ気にしたような表情がまた笑顔に変わる。
その姿に、胸の霧がわずかに晴れるような錯覚を覚えた。
「行こうぜ」
「―――ああ」
このまま、本当にどこかへ行ってしまえたらどれほどいいだろうか。
踏み出す感触は固い。
窓の外には、相変わらずの風景が広がっている。
世界は、このまま終末まで同じ姿のまま、何食わない顔で過ぎ去っていくんだろう。
変化など、いらない。
(了)