R-style 24

 

 食事途中の甲太郎は不意にスプーンを置きながらオイと明日香を見る。

「お前な、人が飯食ってるところをじろじろ見るなよな」

「あ、ごっめんバレてた?」

「それだけ見詰めてたら誰だって気付くよ」

隣で晃が笑う。

三人は今、マミーズで一緒に昼食を取っている。

この時間帯にいつも揃う顔ぶれでもないので、何だか妙に浮ついた雰囲気が食事と一緒にテーブルの上に乗っているようだ。

向こうで忙しなく働く奈々子も、チラチラこちらを窺いながら、何だか仲間に入りたそうな顔をしていた。

ねえ、と身を乗り出す明日香を億劫気に眺めながら、甲太郎は再びスプーンを口に運ぶ。

彼は、いつだってカレーだ。

そして何故か晃もしょっちゅうカレーばかり食べている。

影響されたのか、元々好きなのか、それとも脅されているのかもしれないなどと考えつつ、ただ一人ハンバーガーの明日香はちょっとだけ仲間はずれの気持ちで端から覗くレタスを少しかじった。

それ以上に気になっているものを相変わらず視線で追いながら。

「ねえ」

「ン?」

「最近気付いたんだけど、皆守クンってもしかして左利きなの?」

甲太郎はカレーを飲み込んで、水を一口飲んで、軽く片眉を持ち上げる。

―――おっそいな、お前」

「だってだって!人の手元なんて、そんなに見ないでしょ?」

「今の今までガン見していた人間の言う台詞か、それが」

なにようと言ってむくれる明日香の肩を、ソフトな感触が二三回ポンポンと叩いた。

「まあまあ、確かにそうだよね、興味なけりゃそんなことにいちいち気を回さないさ」

晃はニコニコ笑っている。

「何だ晃、まさかお前まで今こいつが言うまで気付かなかったって話じゃないだろうな」

「まさか!」

目を丸くして、甲太郎を振り返ってから再び笑顔になる。

「いっちばん最初の、屋上のときから気付いてたよ」

「ならいいが」

どことなくホッとした様子の甲太郎に、明日香は思わず二人を交互に見てしまう。

「でも、でもさ、左利きって何かちょっと格好いいよね?」

あからさまに怪訝な表情が、呆れた視線と一緒にこちらを向いた。

「そりゃ、どういう根拠があっての台詞だ」

「だって、あんまりいないじゃない?」

「お前の優劣の基準は希少価値なのか?アホらしい」

「そう馬鹿にしたもんでもないだろ、希少って札がつけば特典が多くなる」

晃が横から助け舟を出してくれる。

「数が少ないって事は、それだけ需要に満たない可能性があるってことだ、だから無くならないうちに入手しようとする奴らが殺到したり、皆が一緒に保護したり、まあ何かと色々チヤホヤされるじゃないか」

「左利きをか」

―――とりあえず、こうして話のネタにはなってるよな」

「それだけだろうが、やっぱりバカらしいぜ」

つまらなそうに言い捨てるので、隣り合った二人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべていた。

切り捨てゴメンというか、本当に容赦のない男だ。

灰皿においてあったパイプをひと吸いして、再びスプーンを左手に取る。

「大体、利き手なんてもんはガキの頃に決まるもんだ、それが俺はたまたま左だっただけで、これといって騒ぐようなことじゃない」

「皆守クンのお母さんはその辺厳しくない人だったんだ?」

「さてな」

甲太郎はカレーに集中している。

「でも利き手が逆だと大変だよね、ハサミはみんな右利き用だし、ナイフとか包丁も違うんでしょ?」

「刀剣もレフトハンド用の物があるよ」

「そうなの?」

「うん」

舌の上に広がる辛味と旨味を楽しみながら、甲太郎はちらりと手元を窺う。

晃は右手でスプーンを持っていた。

「まあ、世の中には確かに左利きの人って少ないからね」

空いているほうの手でコップを掴む。

「格好いいかどうかは別として、やりづらいだろうとは思うよ」

一口飲んで、スプーンを置くとペーパーナプキンを取った。

コップについていた大量の水滴で濡れた指先をぬぐっている。

そのまま紙を適当に丸めて皿の近くに置くと、左手でスプーンを握った。

―――オイッ」

「うん?」

きょとんとした顔が、こちらを向いた。

「お前ッ」

甲太郎は視線で手元を指し示す。

「あれ?あーちゃん―――も、だっけ?あれ?あれれ?」

気付いた明日香も同じように目を丸くしていた。

一斉に凝視されて、それでもまだ理由のよくわかっていない晃が不思議そうに首をかしげる。

「何だよ、二人とも」

「だ、だってあーちゃん、その手」

「お前―――左利きとは初耳だぞ、いつもは右手しか使わねえじゃねえかッ」

「え?」

ようやくスプーンを持つ自分の手を見下ろした。

「ああ、これか」

小さく笑う。

「気付いてなかったか、あのな、俺、両手利き」

そのままカレーをすくって食べて、今度は手を持ち替えて、同じように食べて見せる。

動作に違和感はない。

両手とも、何不自由なく動いている。

今度は唖然とする二人を面白そうに眺めて、カレーを飲み込んだ晃は両手を少し前に出して握ったり開いたりして見せた。

「うちの母さん、気まぐれだったから、気まぐれな躾の結果がコレなんだ、案外便利」

「そ、そーだったの?」

「うん、まあ」

「知らなかった、っていうか、あーちゃん格好いいねえ!」

明日香が無邪気な声と共に、テーブル中ほどまで出されていた両手を引き戻していた。

そのまま自分の掌でギュッと握って、手の具合をまじまじと窺う。

関節に触れてみたりしてしきりに感心しているので、しばらく様子を見ていた甲太郎は不意に溜息を漏らしていた。

俺なんかいよいよもって珍しくもなんともねえじゃねえか。

バカらしい。

と、言うより。

(何で俺は今まで気付かなかったんだ)

微妙に胸の辺りがモヤモヤするようで、今の気分は形容しがたい。

晃は―――本当か嘘かは知らないが―――最初から俺の利き手に気付いていたっていうのに。

何だか憎まれ口でも叩いてやりたくなった。

甲太郎が口を開きかける瞬間、わずかの差で、晃に先を越されてしまった。

 

「ダメだなあ甲太郎、お前、俺を知らな過ぎだぞ」

 

思わずグッと口ごもる様子を見て、嫌味のない表情が楽しげな笑い声を上げる。

それで益々、というより唐突に悔しい気持ちが込上げてきて、甲太郎は不機嫌そうに黙り込んでしまった。

結局反論の余地もなく、物凄い勢いでカレーを食べ始める様子を眺めながら、晃は明日香と再び顔を見合わせて、今度はこっそり笑ったのだった。

窓から差し込む日差しの、和やかな光がテーブルの端を照らしていた。