R-style 29

 

 願い事はいつだって二つ同時には叶わない。

そんな事は知っている。けれど、今だけは欲張らせて欲しい。

 

お前が虜になるように。

 

「なあ甲太郎、一体何が悪いんだと思う?」

「ンな事、俺に聞くなよ」

晃はスコープに映る室内の全体図を頼りに、足でパネルを踏んでいく。

5番目に最北西、23番目に最南東、規定の順序で踏まないと先には進めないらしい。

今回は探索だけと決めて降りてきたので、バディは甲太郎一人だけ。

重装備で身を固めて、フロアの探索があらかた終わった所でもう一人呼ぶつもりらしい。

何を考えているのかは知らないが、悪い気はしなかった。

―――人数なら、少ないほうがいい。

晃は別に一人でも遺跡探索をできるだけの実力を有しているし、実際俺たちバディなんてオマケ程度の役にしか立っていないんだろうと思う。

トレジャーハンターという人種はそんなものなのだろう。

いないより、いるほうが役に立つから、探索協力を依頼する。

甲太郎も、まさかそこまで自惚れてもいなかったから、それくらいは重々承知の上だった。

それでも呼び出されると嬉しいし、口にも出さないし、表情にも絶対表さないけれど、晃と一緒に行動しているときは普段の自分じゃないように感じる。

最後までパネルを踏んで、反対側の祭壇に立って、何も変化が起こらないので晃はウガーと奇声を上げながらジャンプして台を降りた。

これで通算5度目のトライ。

リトライに挑むべく、ハンターは再びスタートの台の上に乗った。

沈んでいたパネルが再び浮かび上がってくる。

踏み出そうとした直前、見かねて、甲太郎は口を挟んでいた。

「おい、晃」

「ん?」

「お前、気づいてるか?」

「何を」

「お前がパネルを踏むたび、周りの松明に火が点いてくんだ、それがさっきからいつも途中で点かなくなる」

「え?」

晃は周囲を見回した。

パネルの周りを囲むように立つ松明を暫らく見詰めて、一歩を踏み出す。

そのまま歩いて行くと、5歩目で炎が勢いよく燃え上がった。

おお、と歓声を上げる様子を眺めて、溜息を吐いた。

「気づいてなかったのかよ、しょうがねえなあ」

「パネルに夢中になってた、ううん、俺とした事が」

「しっかりしろよ、ったく」

苦笑する甲太郎を、晃がじっと見詰める。

―――何だよ」

視線に気づいて僅かに動揺すると、ニッコリと笑顔で返された。

「お前ってさ、そうやって笑ってると、何かいいよ」

「は?」

「甲太郎っていつも感じ悪い笑い方しかしないから、そういうのっていいよ」

「悪かったな」

「悪くないってば、いいよ、うん」

何かしきりに納得しているので、段々居心地が悪くなってくる。

甲太郎が返す言葉を捜していると、晃は一歩踏み出しながら、言った。

「俺、お前のそういう顔、好きだよ」

―――おもわず、息を呑んでいた。

晃はもうこちらを見向きもせず、スコープの映像と歩く順番に夢中になっているようだった。

咥えたアロマのパイプの先端から漂ってくるラベンダーの香りを、胸いっぱいに吸い込む。

それでもまだ、落ち着かない。

目の前で悪戦苦闘する姿の、一挙手一投足をいちいち目で追ってしまう。

―――今のは反則だろ」

小さく呟いた声にも気付かないで、晃は四番目の松明が点ったのを見て無邪気に喜んでいた。

お気楽な奴だ。

こっちの気も知らないで。

どうやら法則に気づいたようで、最南東のパネルを踏んだ瞬間、最後の松明から炎が勢いよく噴出していた。

残りを慎重に選んで歩き、最後に終着点の祭壇に飛び乗る。

途端、両方の祭壇の彫像が淡い光を帯びて、奥のほうで微かに物音が聞こえた。

「よしっ」

晃はガッツポーズを決めた。

どうやら先に進むための扉の錠が開いたらしい。

「甲太郎!」

喜び勇んで駆け寄ってきて、そのままの勢いで飛びついてくる。

「うわ、お、お前」

「サンキュ、助かった、お前ってバディに向いてるよなあ」

どこまで本心で言っているのだろう。

僅かに赤くなった顔をごまかすように、甲太郎はそっぽを向いてアロマパイプを口に挟む。

邪魔だからどけと押しのけると、ごめんと照れ笑いで謝られた。

「じゃあ、次のフロアに行こう、化人がいるかもしれないから気をつけてくれ」

「オイ」

「うん?」

歩いて行こうとした晃の腕を、甲太郎は捕まえた。

―――このまま、俺だけ翻弄されて終わりだなんて、そんな事割に合わない。

俺がいつもどんな気持ちでいるのか、お前だって思い知っておくべきだ。

「何だよ」

「さっきのヒント、まさか只だとは思ってないだろうな」

「え?」

晃は不思議そうな顔をした。

まだ何か言い出す前に有無を言わさず引き寄せて、腕の中に身体を捕まえる。

ポカンと開かれた口の、更に上のほうにある邪魔なゴーグルをぐいと上に押し上げた。

下から黒い瞳が覗く。

いや、これだけ距離が近いと、黒ではなく翠だった。透き通った暗翠色の瞳。

こんな無粋なもので隠すのが勿体無いほど、綺麗で、俺にとっては何より魅惑的な宝石。

それが真ん丸に見開かれて俺を映している。

甲太郎はパイプを片方の手に持って、睫が触れそうなほど顔を近づけた。

「なッ」

唇に吐息が触れる。

掌が制服の背中を握り締めた。瞼がギュッと翠を隠してしまう。

そのまま、ちょっと間を置いて、鼻先を微かにくっつけると、直後に甲太郎はあっさり晃を手放していた。

耳まで真っ赤に染まった顔が、呆気に取られた様子できょとんとこちらを見ていた。

甲太郎は楽しげに笑い声を上げる。

「フン、さっきの礼だぜ、お前のそういう顔も悪くないな」

「は?」

「いつも不敵な顔ばかりじゃ飽きる、たまには動揺してるお前っていうのも、悪くない」

ますます真っ赤に染まった晃が何か怒鳴ろうとするのを遮って、とどめをさしてやる。

「俺も、お前のそういう顔が好きだぜ」

晃の全身がビクリと震えて、直後に機能停止してしまったようだった。

赤い顔のままで、へなへなとその場に座り込んでしまう。

―――それでいい。

甲太郎は満足げに微笑を浮かべた。

もっともっと、俺のせいでお前がそんな顔をすればいい。

お前が虜になればいい。俺と同じように。

そうすればきっと、俺達は離れられなくなるだろうから。

お前もそれを望むようになるはずだから。

「こ、こうたろ、それは反則だよ」

グッタリうな垂れる姿を、アロマを吸いながら暫らく眺めて、片手を差し出した。

「掴まれ」

顔を上げた晃は怒ったように甲太郎を睨みつけると、おとなしく掌を握り返してきた。

引き上げついでに抱き寄せて、今度は本当に首筋にキスを落としてやった。

「うわわわわッ」

触れた部分を掌で押さえて、晃が慌てて飛びのいて逃げる。

甲太郎はアロマを咥えなおしながらクックと笑い声を洩らす。

本当にいい反応だ。

熟れた葡萄の実。早く、ここまで落ちてこい。

晃は憤慨したようにぶつぶつ呟いて、スコープを元に戻すと、ややぶっきらぼうに足を踏み出していた。

「行くぞ」

背中向きで言う。

まだ照れているのか、動作がぎこちない。

後からついて歩きながら、甲太郎はフッと緩い笑みを浮かべていた。

 

―――想いの引力で、お前の内側に消えない面影を焼き付けよう。

寄せては返す、月の満ち欠けと波のように。

恋のトリコになりますように。