R-style 3

 

 墓場へ向かう少し前。

連れ立ってもう一人を迎えにいこうと歩いていた最中、甲太郎の手が不意に肩を掴んだのだった。

「なあ、晃」

「うん?」

「今日は俺達だけで行かないか?」

「え」

「無理か?」

驚く間もなくお伺いを立てられて、晃は半ば釣られるようにして頷いていた。

甲太郎はそうかわかったと途端に踵を返して歩き出すので、理由を聞くこともできずに慌てて後を追いかける。

いつもどおりの手際で進入を果たし、遺跡を探索し始めて数時間。

 

―――どうにもおかしい。

 

晃の中に一つの疑念が生まれつつあった。

 

死の放った手裏剣が眼前に迫った瞬間。

「おっと!」

背後からぐいと頭を押されて、前倒しになったその上を鋭利な刃先が飛び去っていく。

確認する間もなく手にしたコンバットナイフで切りつけて、敵影が消滅したのを確認して振り返ると甲太郎は悠々とアロマパイプを吹かしていた。

「ああ、晃、さっきは悪いな、ついうとうとしちまって」

「あ、いや、おかげで攻撃も除けられたし、助かったよ」

「そうか、そりゃーおめでとさん」

ふーと紫煙を噴き上げる姿を眺めながら、本当にうっかりだったのかと何となく疑念が頭をもたげていた。

甲太郎は戦闘中でもよくうとうとしているらしい。

とんでもなく図太い根性だと感心することしきりだが、その余波で背後から急に前倒しに押された事がこれまでに何度もあった。

なぜかそれはいつでも晃が攻撃を受けそうになった瞬間限定で起こる出来事で、おかげさまで怪我を逃れた場面は数知れない。

さすがに、こう何度も偶然が重なるわけは無いので、晃もわざとではないかと疑い始めているのだが―――

そして。

「なあ、晃」

「うん」

聞き返した途端、甲太郎が前面からぐたっと倒れ掛かってくる。

驚いて抱きとめると、肩口でふああと寝ぼけた大あくびの声が聞こえた。

「うあー、眠い、眠すぎる」

「ちょ、ちょっとお前、なんだよ、こんな所で」

「うー、眠くなっちまった、晃、ちょっとだけこうしててくれよ」

「ええっ」

体重をかけられて少し後ろにのけぞりながら、甲太郎を抱えたまま晃はヨロヨロと壁際まで後退りした。

硬質な表面にドンと背中がぶつかって、それを確認したかのように両腕がするりと背中に回りこんでくる。

なんだか抱きしめられているような格好になってしまった。

晃が困っていると、件の彼は眠い、眠いと連呼しながらますます体を押し付けてきた。

仕方無しにこちらも背中に腕を回して抱きしめると、わずかに姿勢を変えた甲太郎がギュッと抱きついてくる。

「あー、悪いな、部屋で抱き枕使ってるもんで」

「そ、そうなのか?」

「ああ、そうなんだ」

実は。

そう言って肩口に押し付けた額をすりすりと擦りつけてくる。

仕草を困惑気に横目で見ていると、甲太郎は満足げな吐息を大きく一つ吐き出した。

「うー、夜遊びは身にこたえるぜ」

「お前、そんな歳でもないだろうが」

「俺は今はもう寝てる時間なんだよ、それをわざわざお前のために割いてやってるんだ、礼ぐらい言ったって罰はあたらねえぞ?」

「そ、そうなのか?」

驚く晃に、甲太郎はなおもああそうだ、だから眠いんだとふてくされた言葉をつなげた。

「ごめん、俺、気付かないでこんな場所までついてこさせて」

ならこのままで少し寝させろと、両腕が背中をさする。

晃はそのままおとなしく甲太郎に抱きしめられていた。

ただ、どこから敵が再び現れるかわからないので、周囲に気だけは万全に払っておく。

抱き枕代わりにされて数分後、ようやく気の済んだらしい甲太郎が開放してくれたので、もう大丈夫かと尋ねると大分眠気は治まったと気だるげな声が返ってきた。

晃はようやく、遺跡の探索を再開する事ができた。

―――でもなあ)

やはり、なんとなく釈然としない。

さっきの甲太郎は本当に眠かったんだろうか?

大体、こんな危ない場所で眠いもへったくれもないと思うのだが。

色々な憶測をめまぐるしくかき混ぜつつ、スコープの向こう側に映る扉の一つを開いた途端、高速で何かが晃めがけて飛んできた。

「晃!」

除ける間もなく額の辺りを直撃されて、鋭い痛覚にしゃがみこむと甲太郎が隣に膝をついて慌てて顔を覗き込んでくる。

「おい、大丈夫か?」

「う、イタ―――へ、平気、何か、トラップだったらしい」

顔を上げると扉のはるか先、壁面に穿たれた小さな穴がかすかに見えた。

元は矢でも打ち出す仕組みだったのだろう。

今はもう死んでいるらしい装置の中に、たまたま石壁の欠片などが入り込んで、それが運悪く動作し、飛来したようだった。

じくじくと傷む部分からは血が滲みだしているようだった。

(本物の矢じゃなくて良かった)

そうであったなら今頃即死だ、余計なことに気を捕らわれて、どうも状況確認がおろそかになっていたらしい。晃は内心深く反省していた。

(今は仕事に集中しよう)

決心しながら傷口を確認しようとした途端、その手を掴まれて甲太郎の顔が近づいてきた。

「え?」

事の成り行きにきょとんしていると、舌で傷口を舐められた。

「痛っ」

「ちょっと我慢しろ、すぐ手当てしてやるからな」

ぺろぺろと数回額を舐められて、止血した事を確認してから甲太郎は手馴れた様子で晃のアサルトジャケットの胸ポケットから簡易救急箱を拝借し、取り出した絆創膏をペタリと貼り付ける。

唖然としている晃を覗き込んで、気のいい笑顔がフッと笑った。

「よし、少し見栄えは悪いが、まあ血が止まるまでは貼っとけ」

「あ、ああ」

どぎまぎしていると先に立ち上がった彼にすっと手を差し伸べられる。

「ほら」

晃は捕まって、そのまま引き上げられるように立った。

両足を安定させる前に甲太郎が急に手を引いたので、思わずよろめくとすかさず両腕が胸に抱きとめてくれた。

シャツを通して体温がほんのりと伝わってくる。

「あわ、悪い、俺」

「なにやってんだ、ちゃんと立てよ」

うんと頷きながら体を起こして、晃はやはり釈然としない気分だった。

(何だろう)

この感じ。

(なんか、どうも)

変だ。

さっきから、うまく言えないのだが。

(妙だよな、どう考えても)

おかしい。

甲太郎と一緒にいるといつもこんな調子だけど、今日は特におかしい。

二人きりでいるから、比較する相手がいないから、だからスキンシップが過剰なように感じるのだろうか?

(もう一人いたら、そんなに思わなかったのかなぁ)

冴えない頭をかき混ぜてみても、気配の理由は一向につかめそうも無かった。

困惑している晃の背中を、甲太郎がポンポンと叩く。

「どうした、さっさと行こうぜ」

「あ、うん」

促されて歩き出す直前、思わず晃は甲太郎を振り返っていた。

すぐ目が合った視線の先、いつもの飄々とした姿を眺めながら、無意識に言葉が口をついて出る。

「なあ、甲太郎?」

「ん?」

「俺達ってさ、友達だよな」

何気ない一言だったのに、甲太郎はひとつ間をおき、優しげな笑顔で瞳をすっと細くした。

「当たり前だろ」

バカ、といいながら、その手が晃の髪をクシャリと撫で回す。

「何言ってんだ、お前」

「そ、そうだよな」

改めて本人の口から確認できて、なんだか安心したようなおかしな気分だった。

そうだ、甲太郎と自分は友達。

天香高校に転校してきて、八千穂と一緒に最初にできた大切な仲間の一人だ。

―――けれど。

「ほら、くだらないこと言ってないで、ちゃっちゃと歩け」

「あ、お、おう」

「それともなんだ、今の怪我で進むのが怖くなったか?」

「バカ言うな、俺に限ってそんなことあるはずないだろ」

晃の軽口に笑って、甲太郎は急に慈しむような穏やかな笑みを唇の端に乗せた。

「まあ、背中くらいは俺が守ってやるから、お前は安心して前だけ見て歩け、いいな?」

「お、おう」

晃はまた困惑する。

肩をポンポンと叩かれて、再び前を向きながらちょっとだけ首をかしげたのだった。

 

(こういうのが友達なのかな―――こんな付き合い方が、一般的?)

 

―――背後で甲太郎がニヤリと笑っていた事を、晃は知らない。