R-style 31

 

「悪いな、晃」

乾燥の済んだ洗濯物をたくさん入れたかごを脇に抱えて、甲太郎は自室のドアを開いた。

洗濯の合間、部屋に戻っていた所へ遊びに来た晃と一緒にダラダラ過ごしていたのだけれど、夕食を済ませた直後に洗濯物を乾燥機に放り込んだままだった事を思い出して、甲太郎は断りを入れて一人ランドリールームに向かったのだった。

ドアを閉めて、鍵を落として、それからフローリングの上に上がる。

そこに、晃の姿はない。

「晃?」

周囲を見回して、ベッドの上のふくらみに気づいて、そっと掛け布団を持ち上げた。

中で晃が丸くなって寝ていた。

甲太郎は、カゴを下ろして溜息を吐いていた。

「ったく」

やれやれとぼやく、その口元が甘く緩む。

屈みこんで、改めて上掛けを肩の辺りまではだけて、寝顔を覗き込んだ。

晃の寝姿は、どこか猫に似ていると思う。

両手を顔の前で重ね合わせて、うつ伏せで、伏せられた睫はどちらかといえば長いほうだ。

女顔では無いけれど、こうしていると改めて、洋の東西の混血である彼は美形の部類に入るのだなと納得させられた。

案外彫りの深い顔立ちと、肌理の細かい日焼けした肌。

僅かに開いた薄い唇から、すうすうと規則正しい呼吸が漏れる。

触れたい欲求がこみ上げてきて、前髪を持ち上げるときれいな額が覗いた。

指先で髪を弄びながら、頭の形に添ってゆっくりと撫でる。

耳に触れて、頬に触れて、首筋に触れると、ううんと小さく身じろいだ。

「んー」

甲太郎はすっかり優しくなっていた表情を僅かに引き締めた。

「んん?アレ、甲太郎」

「アレじゃねェ」

薄く開いた瞳が、まだぼんやりと虚ろだった。

すぐ手を引っ込めて、かわりに呆れた視線で軽く睨んでやる。

「人が留守の間に、何勝手にベッド使ってやがる、起きろ」

「あー悪い、眠くて」

晃は瞼をゴシゴシと擦り、起き上がって欠伸をした。

そのままグーッと身体を伸ばす、そんな仕草までなんだか猫のようだ。

「よ、洗濯終わったか?」

「ああ」

「そっか、じゃあたたむの手伝うよ」

「いらねえよ」

いいからいいからとベッドを降りて、勝手にかごの中を床に広げられてしまった。

甲太郎はなんだか気恥ずかしくて、下着だけは自分でたたむ。

晃は衣類をたたむのが妙に上手くて、甲太郎がたたんだ分より、きれいな山がサクサクと出来上がっていく。

「ハイ、できあがり」

そう言った時には、もうすっかり目も醒めたようだった。

洗濯物を片付けて、晃に紅茶、自分にコーヒーを入れて、ベッドにもたれて座っている彼にカップを手渡した。

「ありがと」

晃はニコリと笑って受け取って、念入りに、表面を何度も吹いて、そっと唇を淵につける。

「あ、駄目だ、まだ熱い」

「お前って猫舌だよなあ」

「うちの家系なんだってば、従兄妹もそうなんだよ、兄さんの方だけだけど」

「ふうん、厄介なもんだ」

窓の外で星が瞬いていた。

見上げて、カーテンを閉め忘れていたことに気づいて、甲太郎は立ち上がる。

戻ってきて、晃の隣に腰を下ろして、同じようにだらりと足を投げ出した。

二人でまるで伸し餅のようにベッドの脇で弛緩している。

紅茶をすすって飲みながら、不意に晃が笑った。

「なあ、俺達ってなんか、やる気のない猫みたいだよなあ」

甲太郎はちらりと横目で彼を窺う。

「俺は、猫舌じゃねえぞ」

「知ってるよ」

晃の肩にちょっとだけ寄りかかってしまいたく思う。

ためらっていると、先に肩に頭を乗せられてしまった。

「オイ」

「よいではないか、よいではないか」

「お前なあ、そういう言葉をどこで覚えて来るんだ」

「談話室で見た、時代劇って、案外面白いなあ」

「ふざけろ、重い」

頭をぐいとよけると、アハハと笑っている。

晃をすっかり元の位置まで戻して、やれやれと一息ついて、今度は甲太郎が肩に頭を乗せていた。

「あ、お前!人に重いとか言っておきながら、ずるい!」

「黙れ、俺は日頃からお前に貢献してやってるんだ、これくらいのことでガタガタ言うな」

「貢献ったって、お前のスキルは大体が不発だろうが、俺は怪我しまくりだぞ」

「それはお前の努力が足りないせいだ」

「皆守さんの愛情も足りないと思います」

バカ言えと呟いて、そのまま額を擦りつける。

「それは、足りてる」

脳天に何かがごんとぶつかった。多分晃も頭を寄せてきたのだろう。

「足りてません」

「足りてる、お前が鈍いのが悪い」

「何だと」

笑い声。

このまま眠ってしまいたいような気分だった。

―――欲深と言うのなら、それは俺のことだろう。

ある日ふらりと現れた黒猫。

きれいな毛並みが一目で気に入って、今ではこうして部屋で飼っている。

住む場所も定めず、ひとつどころにじっとしていない猫だけれど。

手を伸ばして晃の服を捕まえた。

けど、この猫は、今は―――俺だけのものだ。

「コーヒーこぼすよ」

カップを取り上げられて、甲太郎はむくりと起き上がった。

何となく、今考えていた事がバカらしくて、気恥ずかしくて、机の上に置いたままだったアロマのパイプに手を伸ばす。

晃が流しにカップの中身を捨てて、簡単に洗ってふきんはどこだと聞いてきた。

「そこの引き出しの中だ」

「うん」

「おい晃」

「ん?」

カーテンが閉まった向こう側には、漆黒の闇が広がる。

甲太郎は火をつけたアロマを煙らせる。

「そろそろ、行くのか?」

晃の瞳がすうと細くなった。

―――そうだな、もう出てる奴もいないだろうし」

「そうか」

カップを片付けて、戻ってきた晃がカーテンを開いて外を覗く。

星明りに照らされる黒猫。暗闇に紛れたら、どこにいるのかもう見付けられない。

「鈴つきの首輪が要るな」

呟いた甲太郎に、振り返って何と聞くので、何でもないと答えた。

「おい晃、ついでだ、俺も付き合ってやるよ」

「ああ、サンキュ」

「ま、散歩に飼い主が同行すんのは当然だ」

「は?」

「何でもない、気にするな、それよりホラ、早く支度して来い」

じゃあ後でと言い残して、晃は部屋を出て行った。

夜に紛れて仕事をする姿は猫というより猛獣だけど、それでも俺にとっては猫だ。

外で暮らす猫。でも、捕まえて、飼い猫にしたから、もう手放すつもりなんてない。

愛情のマタタビで目くらましさせて、ずっと繋ぎ止めてしまおう。

「それとも、それは俺かもな」

夜闇で手を振るマタタビ。

駆けて行く俺が猫か。

「やれやれ」

カーテンを閉じて、甲太郎は着替えを始めた。

首輪の色は赤が似合うかもしれないと考えて、口元に笑みが浮かんでいた。

 

(了)