「R-style 34」
殆ど一瞬だった。
体のあちこちが悲鳴をあげていて、それでも引くわけにはいかないから、ぬめる剣の柄を握り締めて、切って、切って、切りまくって。
大きく薙がれた腹の辺りが焼けるように傷んで
俺は
―――倒れた。
「晃!」
目の前で盛大に血飛沫を吹き上げて倒れた姿を、甲太郎は信じられないものでも見てしまったかのように、はじめ動けなかった。
化人の奇声で我に返って、慌てて駆け寄っていく。
抱き起こそうとした瞬間、襲ってきた腕を大和が弾いた。
「甲太郎!早く、晃を連れて逃げろ!」
声はどこか遠い。
耳鳴りがしている。
世界の何もかもが曖昧で、境界線が無くなりかけているようだった。
それは、現実と夢の。
生と死の。
「―――オイ」
震える手で肩に触れる。
「オイ」
そっと、腕を掴む。
「オイ、晃、返事しろよ」
背中に腕を回して、抱き寄せるように起こした。
首が、グニャリと背後に反れる。そのはずみにゴーグルが外れて、顔が見えた。
「オイ、無視すんなッ」
慌てて頭の後ろに手をあてて、元の位置に支えなおす。
晃の両目は閉じている。
息が浅い、恐々口元に耳を近づけると、ヒューヒューと風の鳴るような音が聞こえた。
口の端から伝わる、一筋の、赤い―――
世界がグニャリと、歪んだ。
「甲太郎!」
大和が戦っている、そんなことすら今の俺には遠い。
「何をしている、急げ、早く晃を地上に!今ならまだ」
間に合う、かも知れない。
抱く腕に一瞬グッと力がこもった。
そうだ、俺は何をしている?動揺している場合じゃない、早く、晃をつれて、ここから脱出を。
そうして腹の辺りを眺めた甲太郎の瞳がまた闇に堕ちる。
パックリ裂けた赤い亀裂の中から、本来見る事の出来ない器官が顔を覗かせていた。
血が、床にどんどん広がっていく。
甲太郎の体も赤い。
ああ、まるで、生まれたばかりの赤ん坊のようだ。
人は血まみれで生まれて、血を流して死ぬのか。
「し、ぬ?」
何の話だ?
それは、一体誰の―――
世界がきしむ。
晃の心臓の音がうるさい、流れる血と同じように、ドクドク、ドクドクと。
(違う、これは俺の心臓の音だ)
「オイ、晃」
手を伸ばして、腹からはみ出す臓器をグイグイと押し込んでみた。
「お前、どうしたんだよ、これ、でちまったら、ヤバいんだろ?」
赤く突起した骨の間に詰め込んでいく。
「ほら、ちゃんとしまっておけよ、なあ」
指先がニチャニチャと音を立てる。
赤い。
嗚呼、何て赤いんだ。
チクショウ、止まらない。
手元がヌルヌルして、うまく中に納まってくれない。
「制服、ズタボロじゃねえか、新しいの買わねえと、なあ、晃」
晃。
あきら。
「っつ?!」
閉じていた目が。
「あ、きら」
スッと開く。
晃は。
―――かすかに、笑った。
『逃げろ』
声にならない声が、そういった。
『逃げてくれ―――』
「そんなこと、できるわけ、無いだろ?」
視界がにごる。
ああ、くそ、これじゃこいつの姿が見えなくなっちまう。
ほたほたと滴った雫が、晃の汚れた顔に幾粒も落ちた。
赤い、赤い、赤い―――
「うわあああああ!」
化け物の奇声と、誰かの叫び声。
「大和?」
顔を上げると向こうの床に大和が伏していた。
ピクリとも動かない。
その正面で禍々しい吐息を洩らす、化人の瞳がこちらをキロリと振り返る。
あれも、赤い。
酷くにごった赤だ。
人の魂を喰らって生き永らえる、化け物だ。
再び見下ろすと、晃はもう笑っていなかった。
肌の色がどす黒く変色して、彼のつけていたゴーグルから機械的な音声が漏れ続けている。
『ハンターの死亡を確認しました』
「死ぬわけねえだろ」
はは。
乾いた笑いが漏れて、その拍子に落ちたパイプが石畳の上で硬質な音を立てた。
『ハンターの死亡を確認しました』
「死なねえって、言ってんだろ」
殺したって死なないような男なんだ、こいつは。
いつか遺跡の全てを踏破して、俺の所にも訪れる。
そして、俺はあっさり敗北して、ようやく踏ん切りをつけられるんだ。
過去に。
この心を縛る茨の鎖に。
そう決めたんだ。出逢ったときから、予感があった。
こいつこそが、俺がずっと探し求めていた光だった、と。
『ハンターの』
「死なねえって、言ってんだろうがよッ」
ゴーグルを無理やり剥いで、地面に叩きつけながら甲太郎は叫んでいた。
血は、流れるだけ流れて、もうこれ以上は広がらないようだった。
近づいてくる大きな気配。
倒れている大和。
「ああ、そうか」
甲太郎はようやく理解した。
「今、ここに残ってんのは、俺だけなのか」
体の震えが、いつの間にか止んでいた。
やけにゆっくりと流れる時間の中で、晃の抜け殻を抱きしめて、冷たい唇に唇を押し当てる。
妙に柔らかな、おかしな感触がした。
「せっかくキスしてやったってのに」
お前、色気ねえよな。
「ハハ」
本当に、欠片もない。
しゅっと大きな音がした。
倒れた時、手放してしまわないように、甲太郎は強く、強く晃を抱きしめていた。
「帰ったら、カレーでも食うか、なあ、晃?」
遺跡は闇に、包まれた。
(了)
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