R-style 41

 

 静かな部屋の中に、カタカタとキーを叩く音だけが響いている。

PM800

机に腰を下ろす晃は、スウェットの上下なんていうだらけた格好の癖に、ひどくまじめな表情だ。

パソコンの画面を見詰めながら、時折マウスを操作しつつ、作業に没頭している。

HANTから延びるケーブルが端子の一つに差し込まれていて、モニタに映っている画像は関係者以外検索すらできない出来ないサイト―――ロゼッタ協会、日本支部公式サイト。

依頼人の顔写真と、報酬額、依頼内容、瞳は忙しなく大量の情報を処理していく。

(俺も結構、人気者になったもんだ)

依頼人の顔写真には、仕事の結果を判断して各人が寄せてきたハンターへの信頼値がアイコン表示されている。

随分子供じみた趣向だ。けれど、こういう遊び心はかえって殺伐としがちな仕事の気分を和ませてくれる。

依頼人の内容は様々で、ヒマと贅沢をもてあましている王侯貴族の類から、大富豪、国家元帥、研究機関に名を連ねる有名な博士や、勿論民間人でも審査を通過できれば依頼人としてリストに載る事ができる。

ボロボロに擦り切れた衣服の少女の写真を暫らく見詰めて、画面をスクロールさせた。

おそらく、懸命に報酬や登録金を集めて依頼を出しているのだろう、それだけの事をするからには、よほど切羽詰った事情があるに違いない。

けれど。

「俺も、体張ってるからね」

晃の持論だ。

金を貰うからには、相応の仕事をする。

金額と依頼内容、依頼人の社会的地位、経済力などを考慮して、納得のいった仕事だけを引き受ける。

やるからには本気だし、命だって賭ける。依頼は確実に成功させて、依頼人に不誠実な態度は取らない。

それはプロとして当たり前の事だ。

そして、仕事に私情は挟まない。

たとえば―――手に入れたものがどのように利用されようと、どのような思惑で要求されたのだとしても、それは俺のあずかり知る所じゃない。

依頼を受ける基準も利害が一致するかというだけで、それ以上でも以下でもない。

倫理も、是非も、予測される未来ですら、必要とあれば片目をつぶってスルーだ。

ふと、醒めた笑いが漏れた。

「プロらしくなったもんだ」

くだらない感傷は一瞬で消去して、すぐ画面に集中した。

幾つか難易度の高い、高額の依頼をチョイスして、僅かに逡巡する。

傍にあったカップを引き寄せて、唇をつけた。

中の紅茶はすっかり冷え切っている。

それでも、ストレートのダージリンをひと息に飲み込んで、最後にもう一つだけ依頼を引き受けた。

合計六個、それが、一度に請け負うことの出来る依頼数の限界。

「さてっと」

椅子から立ち上がった晃は、端子を抜いてパソコンの電源を落とし、備え付けのチェストの前に立つ。

こんな平和(と言い切ることもできないような気もするけれど)な学園に、こんな殺伐としたチェストがあるなんて、なんだか不思議だ。

引き出しを引くと、一枚のコート、二着の制服、一着の私服と、大量の銃、刀剣、弾薬。

今の俺の全所持品。

なんだか間の抜けた光景だと唇に笑みが滲む。

仕事内容に見合った獲物を選んで、それとは別にアサルトベストの中身も整頓した。

制服に着替えて、チェストを閉じれば、部屋はまたどこにでもあるような平凡な雰囲気に戻る。

HANTを開いて、引き出したイヤホンを耳にはめながら、通信先を選んでキーを押す。

「あ、俺、うんそう、悪いなこんな夜中に、え?アハハ、じゃあ墓地で」

数言話して通信を切った。

「さて、お仕事に行きましょうか」

窓の桟に手をかける。

 

Sah ein Knad ein Roeslein stehn

Roeslein auf der Heiden

 

鼻歌交じりにサッシを開いて、ロープを垂らし、周囲に誰もいない、誰も見ていない事をよく確認して、一気に降下した。

地面に降りるのと同時にロープを引くと、金具の引っ掛けてあった細い隙間分、窓は開いたままだった。

戻ってきたときはまたそこに金具を引っ掛けて登る。

暗闇の中を、晃は身体を低くしてひと息に駆け抜けていった。

 

「遅いぞ甲太郎!」

夜霧を抜けてダラダラと現れた姿は、来てやっただけでもありがたく思えと逆に噛み付いてくる。

晃は苦笑した。

食えない男だ。

「何だ、今日は俺だけなのか?」

辺りを見回して、甲太郎が何の気なしに聞いてくる。

「今日はクエストだけだから」

「やれやれ、ハズレくじ引かされちまったのか」

「悪くいうなよ、お前とが一番やりやすいんだから、仕方ないだろ」

わかってるよと呟きながら、口元でアロマの煙が香っていた。

こんなナリして、花の香りのする男なんて、つくづくふざけている。

もっとも、硝煙の香りばかり強い自分なんかよりはずっと洒落ているのだろうけど。

「で?」

「ああ、降りてから話す」

詳しい説明抜きでも会話が成立するようになった。この頃の事だ。

晃は手際よく杭を打ち、ロープを垂らし、降下する後から甲太郎も慣れた手つきで続く。

地下数十メートル。

誰も、こんな場所にこんな光景が広がっているなんて、少なくとも地上でくつろいでる人々の殆どは知らないだろう。

靴底に触れる石畳の感触を確かめて、脇に除けた晃の隣に甲太郎がトンと軽やかに着地する。

「おい、端末」

「ん」

HANTを手渡すと、何も聞かずに画面を開いて、勝手に依頼内容を確認し始めた。

いつの間にか覚えていたらしい。

甲太郎は、最近では個人認証の要らない操作程度なら自由に出来てしまう。

(まったく)

こいつって男は。

面倒臭がりでやる気もなくて、毎日寝てばっかりいる癖して、運動神経は異様にいいし、学習能力も高い。

こういうのを宝の持ち腐れというのだろう。

「クソ、めんどくせえのばっかりだな」

パタンとモニタを閉じて、突返された。

「命を零だの、刹那に消えんだの、お前、自分探しの旅でもするつもりか?」

「まさか、お金が欲しいだけですよ」

「守銭奴め」

甲太郎は、自分が働くわけでもないくせに、文句だけは一人前につける。

「ご苦労な事だぜ、言っとくが、俺は何もしてやらねえからな」

「ハイハイ」

「怪我なんて間違ってもするんじゃねえぞ、運搬役なんてめんどくせえことこの上ない」

「ハイハイ、了解」

「ハイは一回」

「それは俺の台詞だろ?」

「返事は」

ハイ、了解と答えると、ならさっさと行けと顎で促された。

本当に口も悪くて、態度も横柄だけど、機敏だし自分の身は自分で守れるから、とりあえず余計な心配はしなくて済む。

何より、気を使わなくていいというのがもっぱら専属バディ並みに連れ回している一番の理由だ。

(それに)

これは、後付の理由だけれど―――

誰も連れずに一人で潜ると、次の日殆ど全員から何故、どうしてと非難の嵐にもみくちゃにされてしまう。

どうでもいい、と現状では割り切れなくて、だから仕方ないのだと、晃は誰に言うでもなく結論付けていた。

厄介な事だと苦笑いを洩らす。

厄介な温もりだ。俺自身、半ばふやけているのかもしれない。

「ニヤニヤしてる場合か、敵さんのお出ましだぞ」

石扉を抜けて、通路の先、姿を現す化人達と、イヤホンから響く合成音声。

―――仕事だ」

銃を撃ち、剣を振るい、晃は淡々とクエストをこなしていく。

時折敵の凶刃の何発かは甲太郎が除けさせてくれた。

ただ、彼はいつも「眠かった」と言い訳をするのだけど。

(別に何だっていい、役に立つなら)

金になるなら。

俺の欲求を満たしてくれるなら。

(なんだって、誰だっていいんだ、本当に)

三つ目のクエストを終了させた時、近づいてきた甲太郎にいきなり頬をぐいとこすられた。

「血」

「ああ、悪い」

掌で適当に拭いて絆創膏を取り出そうとすると、貸してみろと取り上げられてしまった。

「ちゃんと拭いとけ、ミネラル水は」

「勿体無い」

「少ししか使わない、いいから貸せ」

「拭くものがない」

―――じゃ、目ェ閉じてじっとしてろ」

暗転する世界と、直後に触れてくる、生暖かさ。

何度か舐め取られて、ペタリと貼り付けられる。

「いいぜ」

見開くと甲太郎は普段の調子で行こうぜとまた顎をしゃくった。

(他に誰かいたら、絶対こんな事しないよな)

指先で絆創膏に触れていると、早くしろとせっつかれてしまった。

二人きりのときはやたら勢いのある男だ。

「お前は気が短いよ」

「お前がのんびりしすぎるんだ、やるならやるで、さっさとしやがれ」

「わかりました」

陰鬱な石室に、足音ばかりが反響している。

幾つかの部屋を抜けて、行く手に立ちはだかる障害を撃って、その先、更に先。

GET TREASURE

化人が消えて、合成音声が告げる。

「あとひとぉつ!」

ホルダにナイフを突っ込んで、晃は吼えた。

体中がぎしぎしする。あちこち痛くていい気分だ。

後ろで、甲太郎が端末を開いて、最後の依頼内容を確認しながら僅かに不思議そうな顔をした。

「おい、晃」

「ん?」

「最後のコレ、なんだよ」

「依頼に決まってるじゃないの、さっき全部確認したんじゃなかったのか、お前」

ダメだなあと言いながら、晃は端末を取り上げて、歩き始めた。

通路を抜けた先の部屋、方角を確認して、対応する箇所に立つと、アサルトベストからおもむろにカレーパンを取り出す。

「おい」

「ダメですよ甲太郎、これは、今から俺が食べるんです、君の分はありません」

「は?」

袋を破いて取り出して、もぐもぐ食べ始めると、口の中一杯に辛さが広がる。

あちこち裂けたり切れたり殴られたりして、痛む箇所が少しだけ癒されるような気分がする。

(あくまで気分だけだけれど)

頬の傷はまだ疼いていた。

肌に残るキスマークと、どっちが多いか今度数えてみようか?

「お前なあ、こんな所で物食う奴があるかよ」

呆れた声の主に、振り返った晃はにこりと笑いかける。

俄かに、宝捜し屋でなく、恋人の笑みで。

―――俺がな、ここでこんなもん食うだけで、喜ぶ奴がいるんだよ」

イヤホンに合成音声が流れた。

依頼品入手の報告。

「言ってる事がよくわからねえが」

アロマを吹かして、僅かに頬を染めた甲太郎が、今日は稼ぎに来たんじゃなかったのかと付け足した。

勿論そうだ。

所持金はまだたんまり蓄えてあるけれど、もっといい武器が欲しくなったから、善良な依頼者様から巻き上げるために命がけでクエストをこなしてきた。

最後のイッコは割に合わない。

「まあ、いいじゃないの」

半分残ったカレーパンを甲太郎に放り投げる。

うまいことキャッチして、暫らく眺めたそれを、甲太郎はすぐ食べてしまった。

「お前だって、カレーなら何でもいいわけじゃないんだろ」

「は?」

それと一緒だよと答えて、晃は魂の井戸のある部屋へ向かって踵を返して歩き始めた。

仕組み自体はよくわからないけれど、依頼品は全て、あそこに転送されてあるはずだ。

引き出した荷物を依頼人に送って任務完了。数分と待たず報酬が口座に振り込まれる。

(合理的だよな)

背後から、追いついた甲太郎がオイと声をかけてきた。

「確かに俺はこだわりはあるが、基本的には美味けりゃなんでもかまわねえぞ」

「俺だって、基本的には楽しかったら何でもいいんだよ」

「はァ?訳わからん、何の話をしてるんだ」

「それでもやっぱりこだわりくらいはあるさって、そういう話をしてるんだ」

「何だ、いきなり」

「一人だけついてきてくれたご褒美に、帰ったらイイコトしませんか?」

暫らく逡巡する気配の後で、背中をドンと小突かれた。

―――言ったな?」

「言ったさ」

「淫乱め」

「お前にだけさ」

「もう聞いちまったからな?」

「甲太郎君、お返事は?」

―――ハイ、ハイ」

ハイは一回と呟いて振り返ると、甲太郎も緩い笑みを口元に浮かべている。

井戸には、カレーパンと引き換えにあの少女の欲しがっていたものが入っている。

安いもんだ。

晃は胸の中で呟く。

俺なんて、安い男だ。

 

「なかなか合理的になんて、なれないもんなんだよ、実際は」

 

最後の一言は聞かれずに済んだようだった。

埃臭い空気に、ラベンダーの香りはやけにマッチするようだった。

 

(了)