「はっと」目が覚めた。
ベッドに仰向けになっていた晃は、そのままむっくりと起き上がる。
閉じたカーテンの隙間からオレンジの日差しが申し訳程度に零れ落ちていて、机の上の端末に手を伸ばして引き寄せると、液晶画面を開いて時間を確認する。
「うわー、寝たなあ」
まだ朦朧としている頭をボリボリ掻いて、大きな欠伸を一つ漏らした。
目をこすりながら端末を閉じようとして、不意に着信を告げる表示に視線を留める。
「あれ、誰だろ」
確認すると、甲太郎の携帯電話からの着信だった。
時刻は正午過ぎ、大分時間が経ってしまっている。
メールも届いていたので、開いて中を確認すると、後で話しがあるという内容だった。
「話?甲太郎からの話、うーん」
暫らく唸って、不意に「カレーか?」と呟くと、言葉は急に確信へと変わる。
(バレた)
晃は苦笑いを浮かべながら、端末を閉じて机の上に乗せた。
寝ている間にすっかり乱れたスウェットの、ズボンを引っ張り上げて、めくれた裾を整える。
ベッドメイキングを済ませてから、カーテンを開くと外は半ば夜になりかけていた。
「あーあ、一日損した」
疲れがたまっているのだろうかと、首をコキコキ動かしながらカーテンを閉じる。
エアコンを適温に設定しなおして、照明をつけると、鼻歌を歌いながら流しの下に収納してあるカレー鍋を取り出して、コンロの上に置いた。
以前甲太郎がカレーパンの報酬としてプレゼントしてくれたものだ。
彼の部屋から奪ってきたレトルトカレーは自分で食べる専用。レトルトにしては、結構美味しくて気に入っている。
「アイツ、怒ってるだろうなあ」
まな板の上でリズミカルに皮を剥いた野菜を切り、肉を切り、ルウを調合する。
自分の料理は「調理」ではなく「調合」の方が表現的に合っている気がする。
この頃は何でも目分量だ。それでも、美味いといわれるので、晃はこれでいいんだと納得していつも食材を「調合」をする。
熱した鍋に植物油を引いて、火の通りにくいものから先に、野菜と肉は別で炒めて、カレールウも炒めて風味を出して、それから鍋に水を張ってコンロにかける。
沸騰する間に米をといで、調理室から失敬してきた電子釜にセットして、ぐつぐつ煮えだした鍋に具材を放り込んだ。
一連の動作には一切の無駄がなく、実にスムーズだ。
そうして動いている間に晃自身もどんどん覚醒していって、カレーの工程がほぼ終了した頃に端末を取りに行った。
画面を開き、イヤホンを取り出して、外線で甲太郎の携帯に繋いでみて、返事がないのでとりあえず通話を終了させる。
代わりにメールで、時計を見て、大体カレーが煮える時間くらいに食事をしにおいでと連絡を入れておいた。
「丁度夕食時だし、いくらあのモノグサだって、飯の時間には起きるだろう」
休みの日、甲太郎はいつも寝て過ごしている事を知っている。
それでもこの頃は休日はいつも一緒に部屋でのんびりしたり、外を散歩したりしているのだけれど、特に連絡をしなければ、自分から遊びに来る以外はやっぱり寝ているのだ。
仕方のない男だと苦笑いが漏れる。
自分なんて、一日寝て過ごしてしまっただけでわけのわからない罪悪感を覚えるというのに。
鍋がクツクツと音を立てている。
電話して、メールまでよこしてくるなんて、甲太郎はそんなに怒っているのだろうか。
(まあ、黙って持ってきちゃったからなあ)
こめかみをポリポリ掻いて、晃はやれやれと呟いていた。
「ハンバーグでも、つけてあげましょうかねえ」
どうせアイツの事だ。
連絡が付かなくて、そのまま腹を立てて、もしかしたら食事なんて気になれなかったかもしれない。
レトルトの減りに気づいて、且つメールが送られてきた時間から想定すると、丁度昼飯前だったのだろう。
(ならきっと、食ってないよな)
カレー甘口にしよう。
流しの下からココナッツミルクを取り出す。ヨーグルトも。
「ラッシーもあったほうがいいかな、あと、卵か、牛乳なんて飲んでくれないだろうし」
色々考えつつ、不意に晃はおかしくなって笑ってしまった。
「俺、かーさんみたいだな」
なら、可愛い甲ちゃんのために、愛情カレーを作っちゃいましょうかね。
再び鼻歌を歌いながら缶切りを手に取る。
本当に、厄介な関係だ。こんなに野郎の心配をするなんて、俺はどうかしてる。
「It has loved、恋は気の病ぃー」
デタラメな音符と適当に作った歌詞で、いい加減な歌を歌いながら、鍋で煮えている美味しそうなカレーを覗き込んだ。
これを食べたら、きっと機嫌を直してくれるだろう。
「ホント、俺もアイツも、病気な」
クスリと笑って、おたまで琥珀色の液体をかき混ぜた。
ふわりと立ち上った香りに、晃の腹の虫も鳴き声を上げていた。
(了)