「R-style 48」
分解したハンドガンをもう一度組み立てて、具合を確認して、床の上に広げたボロボロの布切れの上に置くと、ため息が漏れた。
弾薬、爆薬の確認、刀剣の手入れ、弓の弦張り、鞭を磨いて、防具を修繕して、明日の授業の用意や、その他諸々。
「俺って、イヤになるほどマメだよな」
同時に幾つもの事ができてしまう、手際の良い彼にかかれば、日々の雑事にとられる時間は僅かだ。
それでも―――
最後に登校用の制服にブラシをかけて、窓際に吊り下げて、ベッドに腰を下ろすと、そのまま晃は不意に奇声を上げながら両手を振り上げたのだった。
「つまーんなーい!」
直後に俯いてブツブツと何事か呟き、僅かにもたげた顔の、髪の合間でダークグリーンの瞳がキラリと怪しい輝きを放つ。
「そうだ」
イイ事思いついちゃった―――
「ウヒヒ」
ほくそえんだ宝探し屋は、そのまま端末に片手を伸ばす―――
「何だよ、こんな時間に」
それから十数分後、部屋のドアがノックされて、姿を現したのは不機嫌気味の皆守甲太郎。
部屋でくつろいでいたのか、よれよれのニットをだらしなく着崩して、穿いているスウェットのパンツも少しずれている。
「悪いな、甲太郎」
呼び出した張本人にニッコリと微笑まれて、甲太郎はまず晃の顔を見てから、開襟し過ぎのワイシャツから覗く、褐色の胸元をちらりと窺った。
わかりやすい男だ。
実際かなり意識して着崩した。
ワイシャツは脱ぎかけて、その下は素肌、裾は引き出して垂らしてある。
制服のズボンの、裾から覗く足元は素足だ―――何たって、コレは「ワナ」だから。
案の定、年中発情期の恋人は僅かに機嫌を改善するそぶりを見せる。
「まあ、とりあえず入れよ」
招き入れて、ベッドに座れと勧めながら、ポットに水を注いで火にかけた。
「どうして急に呼び出したんだ」
「んー?」
「俺は部屋でくつろいでいたんだぞ、そこへ、わざわざせっつくようなメールを寄こしやがって」
「だって寂しかったんだもん」
「はァ?」
「甲太郎君と一緒に、お茶が飲みたかったんだもーん」
「馬鹿、気持ちの悪いこと言うな、第一そんなくだらない理由で俺をいちいち呼び出すな」
「うるさいなあ、細かい事気にするなよ、男だろ」
「この際性別は関係ないし、俺は特に細かくもない、大体、お前はなァ」
それからお説教を食らいつつ、晃はコーヒーと紅茶を淹れた。
全部飲み干す甲太郎を横目に、自分は半分ほどでやめておく。
「失礼、こちらも」
空になったカップを受け取るついでに、指先からアロマパイプを奪って、卓上の灰皿に置いた。
「何するんだよ」
不可解に顔をしかめながら、甲太郎の頬が僅かに赤く染まっている。
「―――なあ、甲太郎」
「何だ」
「お前、熱くないか?」
「んん?」
また不思議そうに眉間を寄せる、その口元から漏れる吐息が、僅かに上がっているようだった。
心なしか目尻も潤んで、表情はどこかぼんやりしている。
「あ、あれ?」
ようやく、異変に気づいた当事者は、片手で胸元を押さえた。
動悸が早まっているらしい。
よろめいて、倒れかけた身体に触れた瞬間、全身が過剰に反応して震える。
「っあ?!」
「甲太郎」
「あ、きら」
「―――どうした、甲ちゃん」
「な、んだ、これ、何で、俺」
混乱する彼の隣に腰を下ろして、首筋に顔を近づける。
産毛に吐息を吹き掛けながら、晃は耳朶を軽く噛んだ。
「ヒッ」
ビクリと。
震えた彼の、涙交じりの眼差しが、動揺と混乱の混じった視線を向けてくる。
上気した表情にニヤリと微笑んで、晃は甲太郎の唇を指先でそっとなぞった。
「甲太郎」
「あ、晃ッ」
シャツを握り締める指先をなだめるように、掌でくるんだ。
「晃、な、何だよ、これ、俺、どうして」
「フフ、それはな」
そうして―――あくどいハンターは、自らのズボンのポケットから、怪しい紫色の小瓶を取り出して、被害者の目の前で振って見せたのだった。
「残念でした、皆守クン、君と、俺の飲み物に使ったお湯の中に、コレを仕込ませていただきました」
「な、んだ」
「媚薬」
そのまま腕の中に引き寄せられて、抗えずに凭れかかりながら、甲太郎は晃と小瓶の両方を呆然と見る。
「なんだ、と」
「成分をいじって、少量では強壮剤、多量では催淫効果を誘発するように調合しました、甲太郎、お前、コーヒー全部飲んだだろう?」
「っつ!」
「―――大丈夫、強壮効果も勿論あるから、朝までお前、パラダイスフィーバーだぜ」
「う、そだ」
「本当デース」
ニッコリと。
非情なまでに微笑む、いつもは受け入れる側の彼は、今はとんでもなく凶悪なけだものだ。
まだ信じられない様子で、こちらは普段圧し掛かる役の彼は、触れてくる指先に戦慄すら覚えていた。
「甲太郎クン」
「あ、あきら」
「さあて、悪戯しちゃおうか、ん?」
「お、お前ッ」
「可愛い顔だな、真っ赤だぜ、息も上がってる―――お前、凄く色っぽいぞ」
「何で、ど、して、こんなッ」
甲太郎の首筋に顔をうずめて、何度もキスを繰り返して、晃は、ふと顔を上げる。
交じり合った視線の下の、渇いた唇をぺろりと舐めた。
そのまま鼻の頭を少し齧り、改めて見詰め合う。
「愛してるよ、甲太郎」
「し、質問にッ」
ニットの裾から滑り込んできた指先に胸の突起を触れられて、ビクンと腰を震わせながら、甲太郎は最後の気力を振り絞って叫んだ。
「質問に、答えろ晃!どうして、何でこんなッ」
「だって」
「何?」
「だって、つまんなかったんだもーん」
「―――は?」
そのままベッドに押し倒されて、圧し掛かってきた晃は至近距離で口を尖らせる。
「たまには違う事してみたいだろ、宝探し屋としてはさ」
「は?」
「毎日、最後にはお前が部屋に来て、俺の上に乗って散々暴れて、朝になって一緒に登校とかするんだぜ、つまんねえ、つーか飽きた、俺はそろそろ男の沽券を取り戻したい」
「はァ?」
「そういうわけだから、甲太郎、一回やらしてちょうだい、お前の具合がどんなもんか、俺も恋人としてちゃんと知っておきたいし」
「な、何言ってるんだ、そんなもん」
知らなくたっていいだろうが。
青ざめる甲太郎の意に反して、しかし身体は熱く昂っている。
もう我慢できないと、愚息も悲鳴を上げている。
(や、ヤバイ)
どうにも―――今あちこち触られたら、それこそ、俺は。
「大丈夫」
ベッドの端を片手で探って取り出した、表面に丸く輪のような形の浮かび上がる見慣れたビニールの小袋を鼻先で軽く振りながら、何故か普段より数割増しに男前の表情を浮かべる晃の両腕が、がっちりと甲太郎の身体を押さえ込んでいた。
触れ合う部分や、擦れあう部分が非常に熱い。
晃の手が、スウェットの内側に潜り込んでくる。
「ちょ、ちょっと待て、お前、それはッ」
「俺は上手いから」
再び首筋に顔をうずめて、舌で肌をなぞられて、下肢に走った衝撃と共に半ば絶望的な気分で天井を見上げる甲太郎の耳元へ―――
「ちゃんとよーく慣らして挿れるから、今夜はたっぷり愉しもうな―――甲ちゃん」
「う」
うわァーッ
―――と。
しかし、悲鳴の最後は艶やかな鳴き声に変わってしまう。
その後、夜空が白々と明け始めるまでずっと、甲太郎の甘い吐息と水音は、絶えることなく晃の部屋にひそやかな波紋を響き続かせた。
―――朝。
「オハヨーって、あーちゃん!どうしたの、その顔」
入り口で声をかけてきた明日香は、いつものようにおはようと気さくに答えた晃の右頬に張られた手の痕を見つけて、元々丸っこい瞳を更にギョッと見開きながら丸くする。
「な、何か、あったの?」
「うーん、ちょっとね」
「そういえば、今朝は皆守クン、一緒じゃないんだね」
「気分が悪くて欠席だとさ、まだベッドの中でふてくされてるんじゃないのか」
「そうなの?」
「まあ、俺もちょっと無茶が過ぎたからなあ、けど最後まではしなかったんだぞ?ちゃんと寸止めで我慢してやったってのに、あいつ」
「―――あーちゃん?」
「あ、いや、何でもないよ明日香ちゃん、それより今日は一緒にお昼食べようよ、バカアロマもいないし、俺も寂しいからさあ」
「え?うんっ、勿論オッケーだよ、嬉しいな、エヘヘッ」
―――まだお子様の明日香は、晃のうっかり発言を理解せずに、あっさり騙されてくれたようだった。
今朝、起き抜けに激しく罵りつつ散々どつきまわされて、ついでに汚れたベッドのリメイクをさせられて、昼食用のカレーまで作り置きしていけと足蹴にされた。
我ながらイヤになるほど甲斐甲斐しいダーリンだ。
(まあ、それでもお釣りがくるくらい、楽しい一夜だったけどな)
案外感度がよろしかった事と、恐らく相性もバッチリだろう予感で、すでに二回戦を想定している。
「今度は最後まで、させてもらっちゃおうかな」
「なにするの?あーちゃん」
「うん、まあね、それより明日香ちゃん、今日は違う好い匂いがするね、コロン変えた?」
「わかるの?凄い、男の子なのに、さすがあーちゃんだね!」
「そりゃあもう、女の子の事には敏感ですから」
ハハハと笑いながら、けれど晃は自室に残してきた同性の恋人に想いを馳せる。
帰るまでに機嫌が直っていてくれるといいのだけれど。
(でも、今夜は恐らく、逆切れしたあいつに俺が散々攻められるんだろうなァ)
しかも、こちらは寸止めなどではなく、ちゃーんと最後まで致されてしまうのだろう。
―――明日は、俺が、腰痛で休む事になるかもしれない。
(はァ)
「どうしたの、また」
「んー、今晩も疲れそうだなと思ってね、そうだ、今日のお昼、精力つけておこうかな」
「そっか、宝探し屋だもんね、いっぱい食べて、いつでもエネルギー満タンにしておかないとねッ」
「おう」
お喋りに興じていた二人の頭上で、予鈴が響き渡る。
明日香と一緒に慌てて駆け出しながら、晃の足取りは、それでも、今夜の惨事を心配しつつ、知ってしまった新たな楽しみに、僅かに浮かれるようだった。
―――何も知らない災難の片割れだけ、不吉な予感にベッドの中でくしゃみを漏らしていた。
(了)